まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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57.食えぬゲテモノ

 

 

 アシュクロフト侯爵家一同が甚大な精神ダメージを受けて一夜明け。胃壁の痛みも癒えない中だが、俺はクリスと共にギルド支部近くに設けられた巨大な共同倉庫に訪れていた。

 この倉庫を建てた目的が魔獣素材の保管のためということもあり、空調の魔道具によって倉庫は一定の温度に保たれている。もう初夏だというのに肌寒いほどで、冷凍区画や冷蔵区画なども設けられた村最新鋭の設備である。

 寒さに強いクリスが動じていないが、俺は南部(こっち)の生まれなのでちょい寒い。表情に出さないように気をつけながら、俺たちはトビーをはじめとするギルド職員の手によって運ばれてくる魔獣の死体を迎えた。

 

「待たせたな。コイツが……」

「第一陣を撤退させたヤツか」

 

 俺が見上げるほどの体高がある……蟻だ。

 両の複眼は威圧的に赤く、全身の甲殻も警戒色の如く真っ赤。確か、名前は……。

 

炎酸(えんさん)蟻か」

「視界がクソ広い、やたら外殻が硬ェ、飛ばしてくる強酸で溶かすだけじゃなくて燃やしてくる。オマケにこの巨体で壁を這い回るとかふざけんなっつーハナシだ」

「地上に出たら大惨事だな」

「このサイズがまんま来るならな」

 

 トビーはイライラしたように炎酸蟻の外殻をコツコツ叩いた。

 こいつは外でも割と見かけるタイプの魔獣だ。ただ、その大きさは今俺たちの目の前にいるやつの三分の一ほど。人間と同じくらいの体高のものは珍しく、発見されれば近くの街に通報の一つでも行って厳戒態勢になることだろう。

 一方、トビーたちが遭遇したのはこの3m近いバケモン蟻である。しかもヌッと現れたときにはハンターの首を顎で挟む直前だったというんだから参るね。

 クリスのおかげでパニックホラーは免れたようだが。

 

「環境の違いでここまで大きさが変わるか……」

「よくある話だぜ」

「外の炎酸蟻は違うのですか?」

「大きくなってもクリスの身長に届くかどうかじゃないか?」

「それでも大概なのですが……腕がもがれた、足を溶かされた、家を燃やされた……とか……依頼もよくありますので……」

 

 仕事柄、様々な事例を見ているのだろうラシェルさんは重苦しいため息をついた。

 ……まあ、うん、1mもあればそりゃね。兄上が拡大した蟻塚を破壊しに行ったって話もしてたし、軍も動くレベルの魔獣ではある。能動的に魔法を使ったりはしないので中位魔獣といったところだが、影響力の大きさは高位魔獣並みだ。

 深層で蟻の王国的なもの作り上げてるかもしれないと思うとちょっと肝が冷えるな。

 

「問題なのはたかがデカくなった程度で対応できねェ奴がいることだ」

「失礼ながら、大きくなればそれだけ能力も向上するものでは」

「種の範疇を超えてはこねェ」

「普通ならこの手の発言は相手を侮ってる人間の常套句なんだが……」

「マクレーン支部長は洞窟に同行して自ら剣を振るっておられました。適切な評価かと」

 

 コレだよ。

 何で支部長直々に同行してんだよ。そんでもって仕事も山積みだろうに何で腕がまるで(なま)ってないんだよ。未だに一線級かよ。

 

「本当に『ただ大きくなった程度』って認識でいいんだな?」

「一回り強いがそのくらいだ。油断こかなきゃ仕留めンのは難しくねェ」

 

 言うと、トビーは剣代わりにギターで炎酸蟻の首関節――ちょうど甲殻と軟質的な部分との境目を叩いて見せた。

 的がデカい分簡単なくらいだぜとか言いそうなドヤ顔である。

 

「的がデカい分簡単なくらいだぜ」

 

 言いやがったコイツ。

 

「……いや、こいつの強さとかは今いいンだわ」

 

 と、話が魔獣そのものの方に盛り上がりかけたところで、スパッと切るような音を鳴らして話が打ち切られた。

 まあ俺が言えることあんまり無いしな。戦闘のカンについては優れてるわけじゃないし。

 

「それよりもだ」

「はい。どうも衝撃的だったせいでトラウマになってしまった方がいるようでして」

「トラウマ?」

「夜な夜な宿舎の方から『酸だーッ!』とか『蟻だーッ!』とか聞こえてくるんです……」

「近所迷惑ですね」

「ホテルの方に避難しに来る人がいたのそれですか」

 

 対処できて当然の相手に一方的に殺されかけただけならまだしも、見ず知らずの相手に救われた挙げ句にそいつはホイホイ炎酸蟻を仕留めるんだ。常識を疑ったり気に病む人が出てきてもおかしくはないかもしれない。

 仕方ないけど叫ぶなよ。

 ……しかし、原因は油断か。

 

「……俺がナメられすぎて油断させてしまったせいかな」

「バカ言え、頼んだのはこっちだ。それに、ハンターは自己責任の生き物だぜ。油断した奴が一番(わり)ィンだよ」

 

 正確には、侮られたのは俺じゃなく洞窟か。

 いずれにしても、全く気にしなくてもいいと言うと嘘になるだろう。ヘタすると命を落とす危険を理解した上で、意図的に油断させたわけだし。

 死人を出さないためにクリスについていってもらったとはいえ、トラウマどころか死んでいた可能性も否定できないわけで。

 

「フー……ま、レスターは気にすンなっつっても気にするか」

「しかし、おかげで洞窟の脅威度をより正確に伝えることができていますし、次からハンターたちも真面目に取り組んでくれるはずです。それにこれは、どちらかと言えばギルドの管理問題ですので村長さんに責任は……」

 

 ラシェルさんの擁護に対してクリスがすごい勢いで頷いているが、俺の気が晴れないのを察したらしいトビーが二人を手で制した。

 

「ちょうどいい。そもそも俺ァお前にやってほしいことがあって呼んだンだ」

「まさかその人のトラウマ解消に付き合えとか、そういう話か?」

「あァ」

 

 ……いや、割と無茶言ってないかお前。

 トラウマって言うなら、そもそも俺自身がトラヴァーズ港の件のトラウマ解消できてないのに他人の面倒まで見るのはちょっと難しいぞ。

 どうやっても本人の気の持ちよう次第という部分はあるし、無関係な人間が外から干渉して何が変わるかというと……。

 

「つってもレスターに戦えとか洞窟に付き合えとか言う気はねェ」

「当然です。そうなれば私が止めさせていただきます」

「右に同じく」

 

 我こそ護衛と言わんばかりにクリスがずいと前に出る。

 もちろん、俺個人としても戦いに出る気はサラサラ無い。自治体のトップが戦うとか、その時点で一般的には大ピンチだからな。最初の洞窟探検の暗殺者との戦闘は……アレはノーカウントとして。

 そもそも俺トビーやクリスほど直接戦闘に長けてるわけでもないし。

 

「安心しろ、狩りじゃねェ。せっかくだしここは料理で頼むのがスジってモンだ」

「ふーん、分かってるじゃないか。で、何をすればいい?」

「コイツ料理できねェ?」

 

 コイツ。

 コイツとは――と、トビーの指差す先に視線を向ければ、そこにいるのは横たわる炎酸蟻。

 他にこの指の延長線上に何か無い? 無いな。無いか……。

 クソッタレ、正気かコイツ!?

 

炎酸蟻(コレ)食わすの!?」

「トラウマの人に追い討ちをかけて確実に精神を破壊しようという魂胆ですか!?」

「そもそも食べられる部位はあるんでしょうか……」

「そんなダメか?」

 

 ……これが万一普通の蟻なら俺も一考に値するとは思うよ。

 土地によっては昆虫食の一環で蟻も食べるし、体内に蜜を貯め込むタイプの蟻なら甘くてそれなりに食べられる。

 酸を持つ種でも大量に摂取しなきゃ酸っぱいだけで体を壊すまではいかないだろうし、レモンのような酸味を持つ蟻もいるというし……。

 

「そもそも蟻自体そんな美味いものじゃないんだぞ。緊急時の栄養源としてならともかく、普通に食べる分には蜜を運ぶような蟻じゃないととても食えたもんじゃない。土臭いし洗ってない動物の毛皮みたいな臭いも……」

「ンだその食ったことあるみてェな口ぶり」

「あるよ」

「あァ……?」

「嘘ぉ!?」

 

 ラシェルさんが素でビックリした。

 トビーもちょっと引いている。

 ……基本、俺がこういう時に変なものを口にした経験があるのは、だいたい師匠にジャングルに放り込まれたせいだ。断じて好きで食べてるわけではない。

 

「サバイバル訓練させられたんだよ。この話は関係ないから飛ばすぞ」

「ある意味ものすごく気になるのですが……!?」

「すみません、色々あって」

「色々で済ませていいことなんですか!?」

 

 いいんです。この辺の枝葉を掘り下げすぎても仕方ないし。

 

「一番の問題は強酸だ。可燃性が高い上に人体も簡単に溶解してしまう。これが全身に巡ってるからちょっとやそっとじゃ中和できない」

「ゲテモノは美味いと相場が決まってンだが……」

「何事も限度があるって話だ。普通に然るべきところに卸してくれ」

 

 炎酸蟻は食材として見ると……多分処理の方法によっては食べられなくもないんだろうが、ともかく普通の手段じゃ無理。

 なので食材としてはいっそ見ない。元々様々な活用方法のある魔獣……というか魔虫だ。外殻は炎熱に対する耐性が高いし頑丈だから防具や様々な工業製品として適しているし、強酸性の体液も工業的な用途がある。無理に食べようとせずとも、普通に卸せばそれなりの値段になるだろう。

 むしろ変に料理に使おうとする方が金にならないまである。

 

「それよりも、立ち直ってほしいのは本当にそのトラウマを抱えた人『だけ』でいいのか?」

「ん? あァ、なるほどな……それもそうだ。お前呼んで正解だったわ」

「……どういうことですか?」

「今回は結局クリス以外ほとんど何もせずに撤退してるんだろう? 変なトラウマを抱えてしまった人はダメージを負ってるのが目に見えてわかりやすいけど、何もできずに逃げ帰るしかなかった人もショックはあると思うんだ。特に、腕に自信がある人なんかは」

「ああ……なるほど、わかります」

 

 戦時(むかし)の経験と重ねているのか、クリスはしみじみと頷いた。

 軍人の中にも当然、腕自慢というのは大勢いたことだろう。で、戦争となれば、たった一人の腕自慢ではどうにもならないことが多い。そうして無力感に打ちひしがれることになる人も、かなりの割合でいるだろう。

 頼りにしているものが折れると人というのは案外脆い。腕力なり魔力なり、「力」を頼りにしてハンターとなった者も似たようなことが言えるだろうか。

 

「うし、まとまった。レスター、手ェ貸してくれ」

「昆虫食なら毒の無いヤツ狩ってきてもらうぞ」

「違ェよ昆虫食(そこ)から離れろ」

 

 ちょっと安心した。俺も専門に学んではないし、そっち方面はあまり自信がないんだ。

 まあ話の流れからしてもそれはないと分かってはいるが。

 

「立食パーティやンぞ。レストラン使わせてくれ。予算はギルド(うち)が持つ。ラシェル、書類関係と通知は任せる」

「承りました。時間は?」

「今夜だ。今夜やれ。早いうちじゃないと空気が萎えきったまま戻らねェ」

「パーティなら料理が要るが、40人……50人分か? ちょっと手が足りないぞ」

「食堂のオバチャンとうちで手ェ空いてる職員にハナシつけてくらァ」

 

 これと決まると話は早い。ひょいひょいとトビーはアレしろコレしろと関係各所に話を繋いでは指示を下していく。

 やるべきことさえ定まってたら、キビキビ動くんだコイツは。

 

 普段からもう少しこうやって働いてりゃいいのにこいつはよぉ……。

 

 

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