軽微な火傷を負うことにはなったが、とりあえず一番大きな問題は解決した。とはいえ仕事は依然として山積みだ。
まず仕留めた沼熊の血抜きをして解体の準備を整え、簡易住居を作るのと同じ要領で小さめの蔵を作って保管する。そのまま放置したら当然、先程の二の舞いなので、瑠璃色の右眼が氷の魔法の適性を示しているクリスに部屋の冷却を頼んだ。これでしばらくは大丈夫だと思いたい。
で。
「シモの話だ」
「シモ!?」
「シモはシモでも汚いほうだ」
「汚い話はもうヤぁぁ……」
お花の話だぞ。
お花はお花でもお花摘み(隠語)だがなァ!!
「しっかりするんだ、リンデ。今我慢しなければ、今後永遠にこの手の問題は私たちにつきまとうことになる」
「世界で初めて生まれた魔法が浄化魔法だったなんて言われるくらい、公衆衛生ってのは無視しちゃいけない分野だからな……」
「う~……分かったわよ……」
この少人数の集団で病気でも蔓延したらそれが一番まずい。
変な病気に罹って家に助けを求め、管理能力無しと思われて廃村確定――は、まだマシな方。容易に体を動かしちゃいけない状態にでもなったら、もうあとは死ぬしかなくなってしまう。
「それで、どうするの?」
「土地によっては、集めて発酵させて堆肥にしているらしい……が……」
すごく悲しそうな雰囲気でクリスが俺を見ている。
……そ、そうだよな……やたら鼻が利くのに、そんな悪臭の発生源なんてあったら、さっきみたいにまたダウンしてしまうな……。
「……公衆衛生を説いておいて雑菌を繁殖させかねないマネはしたくない。別の方向性で考えよう」
「でも兄さま、肥料が必要だって」
「ヒトの排泄物は上手くやらないと根腐れを起こすらしいんだ。素人が手を出すには敷居が高い」
見るからにクリスの雰囲気がホッとしてきている。
こいつ表情変わらないだけで内面メチャクチャわかりやすいな!
「街の方式を参考にしよう。一箇所にまとめて、浄化魔法をかけて自然に還す」
「燃や」
「すな」
蒸発した成分が風に乗ってエラいことになるぞ。
緊急時ならそれでもいいが……。
「しかしレスター様、我々は……その、浄化系の魔法とは相性が良くありません」
「ん」
クリスとリンデは眼帯を上げてもう一方の瞳を晒す。それぞれ紫色と、オニキスのような黒。
瞳にはその人間の魔力の特性がそのまま映し出される。キメラは人為的にこれを2つ以上持つよう調整された存在であるため、両目の色がそれぞれ異なるが、それ故に魔力のバランスが悪く特化した属性のもの以外を扱うのは難しい。相反するものとなればほぼ扱えないと考えていいだろう。
浄化は神聖系なので、二人の瞳の色とは対極だ。もう一方の瞳の色を考慮するに、クリスなら炎、リンデなら氷や水のような属性も扱えまい。
なら仕方ない。
「じゃあその分俺がちょっと頑張るか」
「負担になりませんか?」
「そりゃ多少は。けど、集団生活っていうのは皆がそれぞれの仕事や役割をちょっとずつ頑張って成り立つものだろ? 二人ができないことを俺がやるし、俺ができないことを二人にはやってほしい」
「……はい、承知しました」
分かりやすい例で言えば戦闘力だ。俺はあんな簡単に魔獣を倒せないし、接近も感知できない。そちらの分野ではどうしても頼らざるを得ないだろう。
一方、曲がりなりにも貴族なので、手続きや事務的な仕事には詳しいし、実家の蔵書も度々読んでいるので多少なりとも知識はある。交友関係も、まあ顔が広いとは言い難いが狭いわけでもない。
だから役割分担というやつだ。
「ともかく、あとは水道設備……水路も要るな。近くの川から引いてくるとして……」
「井戸ではないのですか?」
「それもいいけど、地下を掘り抜いて魔獣の巣に行き当たる可能性も高いからな。今は確実な方を選ぶよ」
土と石を用いて水路を作ることくらいならわけもない。元々、村があっただけのことはあって川までの距離もそう遠くないし、数時間もあれば水路も開通できるだろう。
もっとも、場当たり的にただ水路を通すだけでは今後の発展・拡張に差し支える。田畑を拓いていく必要もあるので、計画的に行う必要はあるだろう。
学院にいた頃に散々都市計画の講義を受けさせられていたのがこんなところで役立――これ都市か? 村より更に手前の集落じゃないか?
……いちいち触れてもしょうもないな、こういう細かい話。要点は同じなのだか考え方も似通う部分はあるだろうしそれでいいじゃないか。
「そうだな、あと今のうちに改めて、今皆ができることを確認しておきたい。後になって『実はできません』『実はできます』っていうのは困る」
「能力面のお話でよろしいですか?」
「うん。俺は……土や石の組み換え魔法が一番の得意分野。他の魔法もある程度までなら一通りは使えるはずだ」
まあ本当に「はず」程度なんだが。普段使ってないと使い方忘れるからな、魔法。
あとは……貴族なりの知識と人脈、いざという時のコネ。多少戦闘の心得があるくらいで、ほぼ普通の人間だと言っていい。
「趣味は料理、特技も料理、あとサバイバル」
「今明らかに貴族と思えない特技無かった?」
「樹海で一ヶ月無補給で生き残った実績もあるぞ」
「気のせいじゃなかった……!」
まあ死ぬ気も無かったし、保険もかけていた。あくまで生存を前提にしたサバイバルなので、実際に遭難したわけではないのだけど。
しかし何で貴族がそんなことを? と言われても俺自身よくは分からん。ただ、師匠の教育方針というかなんというか……キャンプならともかく、好き好んでサバイバルするようなつもりは無い。
結果的に獣や魚の捌き方とか極限状況の体調管理は身についたが……。
「行軍経験がおありなのですか?」
「ない……こともないな。兄上に付き合わされたことがある」
「兄さまって何者?」
「当主になれないから芸ばっかり磨いてただけの貴族」
自分が変なことしてる自覚がないわけではない。学院にいた頃、他の貴族が俺と同じことをしたという記憶は無いし……。
俺の料理好きもある意味迷走の果てと言えなくもない。
「じゃあ次クリス」
「テキトーに投げたわね」
「うっせ」
「と、申しましても、私は……氷と毒の適性があり、風の魔法に多少詳しい程度です。戦いしか知らぬ身の上です故、それ以外は……」
「さっきの獲物も冷やしてくれたじゃないか。それに、その『戦い』のおかげでここでの生活が成り立ってるんだ。あまり謙遜しないでくれ」
心底そう思う。
知恵を出せる者は発展のためにはいた方がいいだろうが、クリスのように危機に対して即応できる人材は極めて稀有だ。
この場所で村を興すのならば「必須」とか「前提条件」とか言うべき存在でもある。
「天下無双です」
「急に謙虚さゼロになるじゃん」
「……じょ、冗談のつもりなのですが……」
「事実そのくらい強い奴に言われたらそうだな以外に言いようがねえのよ」
「そうよね」
ここ笑うところでは? みたいに見るんじゃないよ。急に事実を口にしていったいどうしたんだとしか思えねえよ。
実際のとこ、無敵ではあるだろうが万能ではないだろうし無敗でもないだろう。頭がそこまで回る方でもないし、適宜カバーしていくのが重要といったところか。
「ともかく、今の私にできるのは戦いくらいのもの。それ以外はご期待に添えるとは限りません」
「分かった。俺も指示は出していくし、今後のために色々と学びながら挑戦していこう」
「はっ」
「で、次はリンデ――」
「あたしを丸裸にするつもりね!?」
「俺お前のスイッチがどこにあるのか全然わかんねえよ……」
「私もです」
身内でさえ――――。
ま、まあ……前みたいにパニック状態で話すことすらままならないって時より遥かにマシではあるんだが……。
わざとやってるんじゃないなら、一度キツめに言って聞かせておいた方がいいんじゃないだろうか? これが対外交渉の場で暴発したりしたら大変だぞ、今後。
「み、見せてあげた通り炎なら大得意よ! あと、適性があるのは腐敗……? よね、姉さま?」
「間違いなく。これで何かお役に立てますか?」
「十分過ぎるくらいだぞ……」
二人揃って「えっ、マジで?」みたいな顔するんじゃないよ。
というか、ある程度以上の火力調整ができる時点で、炊事に鍛冶に陶芸に焼却処理にと八面六臂の活躍ができるのに、この上腐敗の属性持ちなんて下手すると俺よりよっぽど人材として重要だ。
「確かに火の扱いには長けておりますが、そのような評価を下すほどでしょうか?」
「生活の質が3段階は上がると思ってくれていい」
「そんなに」
「腐敗と発酵は呼び方が違うだけで、『微生物の働きによる変質』という点で同じだ。人間にとっての都合の良し悪しで呼び分けているに過ぎないよ。意図的にこの状態をコントロールできれば、肥料にも困らないし保存食も調味料も作り放題だ」
しかも状態をコントロールできるので発酵が不十分になることやムラができることも防げるし、発酵のしすぎで腐敗するということも無い。適性のある人間が少なすぎるという点を除けば夢のような魔法だ。
こう見ると二人とも素晴らしい才能の塊じゃないか。ちょっと方向性こそ偏ってるけど、今からすぐに任せたいくらいの仕事は多い。リンデに関しても、早いうちからコントロールを身に着けてもらわないとな。
「うん、だいたい分かった。教えてくれてありがとう」
「もったいないお言葉です」
「改めて仕事も割り振らないとな。とりあえず――」
魔法で作った粘土板に軽く各々のタスクを描き出す。
クリス→護衛、狩猟、食品等の冷蔵・冷凍、他雑務
リンデ→一定以上の火力を要する作業、肥料作り、発酵食品の製造、他雑務
俺→それ以外全部
「こんなところか……」
「ちょいちょいちょい兄さまちょい」
「どした?」
「なんだか一人だけエラいことになってない?」
「…………」
そんなことないぞ、という言葉がギリギリ口から出てこない。
俺だって内心分かってんだよ。何だこのクソ分担。
でも、できない相手に任せるのは違うじゃないか。教えて身につくまでには時間もかかる。クリスは字を読めないのでリンデよりも更に倍はかかる。
今は俺が二人にできないこと、つまり家事炊事、大半の事務作業と土木関係の作業、それから都市計画など村の運営にかかる業務は全て受け持つ必要があるのだった。
「俺に少しでも同情するなら早く手伝えるようになっておくれ」
「善処します……」
「う、うん……」
もしくは、その辺で仕事ができる人材を拾えるならな……流石にここまでついてきてくれる使用人はいなかったし、在野で見つけるしかないんだよなぁ……。
しかし、金が無いと人を雇うことはできないし、定住してもらうにはまだちょっと……な環境なので、半分詰んでるようにも思える。
(いやいや、ここからだ、ここから)
半ば無理矢理にでも考えを切り替える。
今苦労しないといけないのはその通りだけど、この村ならではの強みや売りが見つかれば必ず転機は訪れる。
現在の全くのゼロの土台からなら、どんな変化でもそうそうマイナスに転ぶことは無い――俺の業務量さえ除けば。
前向きだ。とにかく
……まずは簡易住居にトイレを作るところからだが。
俺はとにかく自分にそう言い聞かせた。