災禍の洞窟はアリの巣状の構造をしているが、俺たちの目的はこれをぶち抜いて帝国までの直通路を作ることだ。
ここ最近は別な作業があったりハンターたちの対応をしなければならなかったりと、やや整地作業が滞っているものの、元から予定の3割程度は制圧できている。短ければ1年以内、長くとも2、3年もあれば開通はできるだろう。
で。
「ハンターの皆さんの主な仕事場は、この帝国直通の鉄道を『幹』とした場合に枝葉にあたる未開拓地域になります」
俺は説明のために訓練場に持ち込んでいた洞窟の石材模型の材質を少し魔法で変えて、視覚的にわかりやすく「枝葉」の部分を色付けした。
……幹に比べると枝と葉の範囲がデカすぎるが、これは洞窟の性質上仕方ないことだ。わかりやすく幹と称しては見たが、クリスが踏破した道だってだけで他と広さは変わりない。洞窟そのものも魔獣の個体数増加に合わせて年々広がっているし、全容は分からないというのが実態である。
ハンターがどんどん魔獣を狩ってくれれば空き部屋もできるので、拡張し続ける必要も無くなるかもしれないが……いつになるかはまだ分からない。
「村長さんよ、主な仕事場っつったけど工事の時の護衛はいいのかい?」
「そちらももちろん重要です。ただ、よりお金を稼げるのは自由狩猟。皆さんが力を入れるのもそちらになるのではないでしょうか」
「へっ……それをしようとして無様に逃げ帰ったんだぜ?」
「逃げ帰った、というのは正確ではないと思います。あくまであれは準備不足や油断が原因であって、本領を発揮できれば洞窟の魔獣を狩るのも無理じゃない、そこは支部長と同意見です」
「村長……」
「へへっ」
俺からの評価の言葉に屈強な男たちがまんざらでもなさそうな反応を見せた。
まあ俺はトビーのことは信用……は、微妙に弱いな。信頼はしてるし、そのトビーが連れてきたとあれば信じることはできる。彼らが本当は強いというのなら間違いなくそうなんだろう。
「では、本題に入りましょう。洞窟の環境についてです」
ギュッと雰囲気が引き締まるのを感じる。流石にここまで色々あったから、あちらも俺の言葉をちゃんと聞き入れる姿勢になったようだ。最初の挨拶の時と比べると随分な違いだ。
「鉄道を通す予定のルートは既に一度踏破した者がおり、比較的に安全であることが確認されております。ただ、他の場所は情報が集めきれておりません。濃密な魔力と閉鎖環境のせいで突然変異などを起こし、今回のように地上とまるで違う姿形の魔獣が現れることもあります」
俺の説明に合わせ、クリスが台車を押してやってくる。乗せられているのは2頭の沼熊だ。
一方は地上で見かける、沼の泥水を掻くための平べったい腕を持ち、沼で泳ぐことに特化したものだ。
そしてもう一方は体毛が地上の沼熊より黒い。腕も太くハンマーのように変異しており、若干印象が異なる。
……どちらも胸部、心臓をひと突きにされて死んでいる。クリスが一瞬で葬ったものだ。
「この2頭はどちらも沼熊ですが、見ての通り腕などの形状が異なります。沼を泳ぐことではなく、身の回りを沼に『変える』ことでテリトリーを広げる能力があるようです」
「それはもはやただの新種では?」
「その可能性も否定できないのでギルドが調査中とのことです」
ともかく、この話で重要なのは一見似てても全然別の能力を備えた魔獣がいるということだ。
突然変異でも別種の収斂進化でもこの際どっちでもいいが、同じように対処しようとすれば思わぬ反撃を食らう可能性は非常に高い。
同じような対処で全然問題ない
「頭に入れておいていただきたいのは、洞窟の魔獣はこうして周囲の環境を改変するよう進化を遂げたものが多いということです」
「こうして無数の小部屋があるから、その場所を自らの領域に変えていくようになったというわけか?」
「自らの能力をより発揮しやすくし、他者に力を発揮させない……という生存戦略と思われます」
コツコツとハンターが模型の小部屋を叩いて示す。案の定折れた。目を剥いて驚く彼を尻目に組み替え魔法で修理しておく。
地下の空洞で有利になるように進化するならこうなりそう、という推測でしかないし、具体的な理由は知らない。その辺は学者の領分だろうから断言は避けておく。
炎酸アリのようにただ大きくなっただけの種もいるようだが、アレはその「ただ大きくなっただけ」で相当な脅威と化している。可燃性の強酸でそこら中を燃やすだけでも相当な環境破壊だ。オマケに蟻塚というテリトリーを作り上げるのだから地味に……いや、割と派手めに手に負えない。
「それぞれの小部屋は魔獣にとっての縄張り――能力を最大限に発揮できる空間と化しています。環境も人間にとっては不利。それを
「失礼。村長はそれを見たことは?」
「上層、このあたりの位置は氷の洞窟のようになっております。中層に何部屋か連なるような形で毒の沼地が……クリス」
「相違ありません」
記憶している限り、異質な環境変化を起こしている空洞に別の色付けを行う。
実際には俺はこの場所に行ったわけではない。マリーに作ってもらった魔道具の設置をクリスに頼んだおかげで監視網に入っており、俺も送られてくる映像を通してこの場所を知っているというだけだ。整地のためには別に行く必要無い場所だしな。
なので補足をクリスに頼んでおく。ハンターとしても、隔絶した能力を持ったクリスが言うならと納得してくれるだろう。
「そして頭に入れていただきたいのはもう一つ。こうした環境変化は、必ずしも人間に不利益なものばかりというわけではないことです」
「逆用できるっつーことかい?」
「逆用もそうですが……クリス、アレを」
「はっ」
そろそろ夏だ。暑さで腐ってしまわないように沼熊を倉庫に片付けてもらい、代わりにとあるものを持ってきてもらう。一抱えもある水晶のような外観の鉱石だ。
「魔晶か!」
「はい。高濃度の魔力が洞窟内に満ちている関係上、あちこちで魔晶や霊銀が採掘できます。まだ未確認ですが、新種の魔草なども採取できる可能性は高いかと思われます」
長期に渡って高い濃度の魔力を浴びたことで生まれる特殊鉱石、魔晶。当然と言えば当然なんだが、山のように魔獣がいる関係上、災禍の洞窟はこの生成条件を満たしている。
どこにでもいくらでもあるというものではないが、探せばそこそこ見つかる。人工的に作り出せるものではないのでこれが非常にありがたい。
俺たちは見分け方を学んでなかったのでスルーしていたが、フェデリカさんが判別方法と採取方法を知っていたので、こうして一定量を確保できている。クリスの槍を作る時も使ったようだ。
「こちらを採取していただければその分査定を行います。また、魔草は生育環境を併せてレポートで報告いただければ追加報酬を出す予定です」
「オイオイ太っ腹じゃねえの」
「何か裏でもあるんじゃないの~?」
「ええ、裏はありますよ。将来的に村の産業にしたいと思っておりますので」
「裏ですかそれ?」
魔草は中には成分的に麻薬になってしまうようなものもあったりする。が、そんなものを作ったら俺は絶対に許さん。
なので先に確保して成分を分析して合法違法のラインをはっきりさせておくというわけだ。裏があるとしたらそんなところだな。
良からぬことを考える人間はいくらでもいるので、表に出さずに裏でさっさと判断してルール化する……まあ裏と言えば裏だろう。多分。
と、まあこんな調子で、落ち着いた状況であればハンターたちも余裕が出てくるのだろう。冗談や疑問などを投げあいながら、割と和やかな雰囲気ではじめての座学は無事終わった。
終わった後にラシェルさんからマニュアルの提供を頼まれたが、そんなものは存在しないのでまた作らないといけないのかと困るハメになったが、これはまた別の話である。
「話を聞こうか」
夕方。ハンターへの講義や今日のノルマの整地作業、それから夕飯の仕込みなどを済ませた頃、俺はようやく後輩と話す時間を取ることができた。
場所は地下生活スペース。前回みたいに深夜急にやってくるというのは避けてもらった。
何か確認したいことがあっても相手が寝てる可能性が高くて、連絡もできずに朝まで悶々として一睡もできず、なんて経験するのは一回だけでいい。
「ふーん。麻偵の子って言っても見た目普通だね」
「そりゃそっすよ、フツーの見た目じゃないと市民にまぎれて情報収集できないですもん」
この前は全身黒ずくめで来といてコイツ……。
いや、そのことは一旦置いとこう。重要なことじゃない。今は普通の村娘ルックなので……いや、だとすると今のハンターだらけの村の状況にはそぐわないな?
今回はマリーも珍しくゴーレムから降りているが、これは後輩がとっくにマリーのことを知っているためだ。もし暗殺者絡みの話なら確認すべきこともあるので、同席してもらう形になっている。
ただ、血なまぐさい話になる可能性も高いのでリンデはフェデリカさんと一緒に畑の方に出てもらうことにした。聞かせてもいいけど、うっかりこの辺の事情を外に漏らされたりするのも困るので仕方ない。
「……本題は?」
「あ、すみません。閣下からの命令で、洞窟の調査に来ました。ハイ」
「調査はレスター様と我々が行っているが……」
「地質とか魔獣の生態調査じゃなくて違法な品が外に流れないか、流れてこないかの調査になるんでパイセンたちのやってることとは別っすね」
急に人が増えたことだし、父上も流石に手を入れざるを得ないと感じたのだろう。以前は暗殺者の調査に麻偵を派遣してもらうために違法な品が流れる可能性を示唆したが、そこに実態が伴ったような形だ。
ハンターも全員が全員清廉潔白ってわけじゃないし、むしろ荒くれ者の集まりだ。万が一はあると想定するに越したこともない。
「ついでに殿」
「『殿下』はやめてね」
「……マル」
「本名も『様』も禁止」
「マリーさんの件の調査も併せて行う予定っす」
「よし」
皇帝の血筋が変に圧をかけるな圧を。
相手は一介の密偵だぞ。
「サバルの方はどうなった?」
「ボスに言って引き継ぎ完了してます。懐に入る必要ありそうなんで、今はローリエさんが潜入中っす」
「
「本名を名乗るわけにいかないんでコードネームっすよ」
「コードネーム」
いかん、ちょっとワクワクする響きにクリスが興味深げにしている。
諜報組織だからこそ必要なだけで単なる護衛には必要ないぞ。軍人なら部隊名とかがあってもいいだろうけどさ……。
というかそんな感じなので俺も後輩の本名は知らない。後輩や元同僚は俺の名前を皆知ってるが、これは立場上仕方ないとする。
「ちなみにこいつがローゼル」
「で、パイセンがヘリオトロープ」
「ハーブの名前がコードネームなのかい」
「
「反撃食らって壊滅的被害受けたっすけどね」
「言うな」
お前俺の心にダメージ与えに来たの?
まだ刺さって抜けてないんだけどトラヴァーズ港の件。
「話としてはその報告くらいか?」
「あ、いえ。これ確認しておいてくれって閣下に頼まれたんっすけど、パイセン将来的に村のことどうするつもりっすか?」
「村? って、そりゃできるだけ発展を目指して…………」
「どしたん?」
「それ、父上に確認してくるよう頼まれたんだな?」
「そっすけど」
「レスター様? 何か問題が……?」
……今の村の発展度合いは、せいぜいが集落程度のものだ。というのも、現状の人口は100人足らず。恐らく60年前に滅ぶ以前の村よりも人口が少ない。
将来的にはもちろん、帝国との貿易窓口を作って更に発展させていくつもりだ。そのための構想もある程度作り上げている。
具体的に言うと駅から洞窟前までメインストリートを繋ぎ、その周辺を発展させていくという……しかし、冷静に考えるとこの構想にはちょっとした問題がある。
「権力が足りない」
「えっ」
「アシュクロフト家が、とかじゃなくてレスター個人の?」
「ああ。ここは確かに侯爵直轄領ではあるけど、領都からは離れてるだろ。列車を使っても一日以上かかる」
「そういえば……しかし、それはそういうものなのでは?」
「ここ、魔獣の存在や災禍の洞窟の厄介さのせいで誰も面倒を見ない……のと、爺様の義理のおかげで侯爵家預かりになってただけなんだよ」
クリスが悲しそうになっていたので一応フォローも入れたが、実際のところ、この土地は今まで価値が無かったからこそ誰も求めなかったんだ。
しかし俺が手を入れることによって土地に価値が生じ始めてしまった。帝国との貿易路に加えて魔獣素材。あと花フクロウの生息地。挙げていけばキリが無いが、人を呼び込むためにしてきた色々なことが、回り回ってこの土地に価値を生み始めている。
……それ自体はいいのだが、目ざとい貴族ならこの土地に価値が生まれ始めたことに気付く者もいることだろう。
「あー……よそのお偉い方が領地の管理をしてやるから、って言った時に跳ね除けるだけの力が無いわけだね、今」
「そう。父上には今までここの管理をできてなかったってマイナスの実績もある。で、実際手も足りない」
「知らない方がサラク村を治めようとする可能性があると……?」
「しばらくは抑えてくれるだろうけどな」
曲がりなりにも……っていうか押しも押されぬ侯爵家だ。兄上なんかバリバリ国境線で小競り合い繰り返してるし、南方将軍なんて言われてるのは伊達じゃない。権力も実力も立場相応のものがあると言っていいだろう。同じ貴族の横暴なら少なからず抑え込んでくれるはずだ。
しかしそれも限度がある。父上も引退が近いし、兄上に地盤を引き継ぐ時の混乱に乗じて何かされないとも限らない。だから介入を防ぐならもって2年というところだろう。
俺が立て直しを図ってるからって言っても、俺は爵位も無ければ実績も闇に消えていった継承権も無いただの三男坊。こいつに任せておけないという声を退けるだけの力は俺には無い。
……今のところ。
「父上もそれが分かってるからこそ、婉曲的にだが村のことをどうするんだって聞いてきたんだろうな。父上が選ぶ以上、そう悪い奴が来るとは言い切れないが……」
「それは嫌だね」
「エラい正直に言うっすね」
「ボクね、上にいるのがレスターだから納得してるけど、全然知らない誰かだったらこんな穴蔵にいるのも我慢できないよ。クリスもそうでしょ?」
「……しかし、主家の命令とあれば従わないわけにはいくまい」
……ふむ。
そうは言いつつ、あからさまに嫌そうな雰囲気がにじみ出ている。
まあ、クリスは元々爺様の縁を辿って、アシュクロフト侯爵家に仕えることを目標としてきたわけだから、そりゃ知らない人間が上につくのは嫌だろう。
戦時でもないんだ。自分が納得行くようにしてほしいというのが実情ではある。
「本音は?」
「レスター様のもとでなければ納得致しません」
「ヒュー」
「……分かった」
こうまで言われてしまっては、気恥ずかしいが仕方ない。
俺向きの話とも断じて言えないが……。
「期限は父上が引退するくらいまで。なんとかして爵位を手に入れて、この土地への介入を防ごう」
「え……!?」
「太っ腹だねぇ。何? ホレた弱み的な?」
「違う。あえて言うなら貴族として、村長としての責任だ」
侯爵家に生まれた貴族としての責任であり、クリスたちを拾った人間としての責任であり、今日まで村を治めてきた村長としての責任……と、まあ複数の理由がある。あの能力に惚れ込んだのも間違いではない。
下心は……下心……まあホテル維持すればシェフやれるなとか、フローたち花フクロウに癒やされたいとか、あと結婚するなら相性の良い相手がいいなとか、そのくらいの思いはあるが……。
……見れば、マリーたちは揃って微妙な顔をしていた。
「パイセン真面目すぎっす」
「下心をさぁ……もっと解放しようよ!」
「だが、こういうお方だからこそ私もお仕えしようと思ったのだ。少々潔癖すぎるところはおありだが……うむ……」
「………………」
あんまこの手の話は長引かせないに限る。これはマリーが散々色々やってくるせいで身についた習慣だ。俺は話を打ち切るように軽く手を叩いた。
「よし、今後は爵位を得るためにも動く。以上だ」
「都合が悪くなったらすぐこういうことするー」
「あなたが変な追及をするから都合が悪くなられるのだろう」
「んじゃパイセン、ご飯よろっすー」
「おう」
後輩の方はこの辺全く気にする素振りは無い。だいぶカラッとした性格だし囃し立てるだけだろうが……問題はマリーだ。以前の件もあって変に絡んではこないだろうが、だとしてもあまり心が離れるようなことがあっても困る。
俺も何かしら下心を多少は出していった方がむしろ安心される……のだろうか。
……俺の下心って何だ……?