夏。世間的にはレジャーの季節であり、農家にとっては悲鳴を上げなければならない虫の季節でもある。貴族も多くが避暑地へ向かったりするのだが……サラク村は今日も平常運転。というかまだろくに村の機能が整ってない関係上、まず「いつも通り」を確立して定着させていくのが先決である。
「ヴ~……」
「姉さまが溶けてる」
「本格的な夏に耐えきれなかったか……」
元々、暑さに強くなかったクリスは、夏の到来に合わせてグロッキーになっていた。
照りつける太陽! 焼けるような大気! そして南方であるが故に強烈さ2割増し! 種族特性も相まってもうぐっでんぐでんである。
護衛の任務だけは意地でも涼しい顔でやり遂げているが、ずっと自分の周りに冷気をまとわせるよう魔法を使い、時に対魔獣のために解除して熱気の中に自分を晒し……と、いくらキメラで膨大な魔力体力があると言ってもかなりの乱用っぷりである。結果、部屋に戻るたびにこうしてバテバテになっていた。
隙はいつも通り微塵も無いが。
「うーん……これは地味に困ったね。魔道具じゃ冷やしても一時的なものにしかならないし」
「逃げていくからな、冷気」
一般的に使われている冷却の魔道具は2種類。部屋の大気を冷やすものか、触れたものを冷やすか、だ。
前者はそのまま使っても大気に散っていくだけなので室内でもない限り効果がほぼ無い。後者は触れている部分しか冷えない。無駄ではないにしろ全身にペタペタ貼るわけにもいかず、地味にうちの最大戦力のピンチである。マリーもあまり茶化す様子が無い。
「あなたはあまり堪えた様子が無いな……」
「
「遺伝なら仕方ないな……」
帝国は立地上、人工太陽を中心としてそれに依存した国家運営が行われているが、人工太陽を維持、管理してるのが国家元首であるところのパラヘリオン帝室だ。その直系の皇女にあたるマリーにも太陽……炎の魔力適性は備わっている。魔法で鉄をそのまま出すのではなく、熔鉄として出しているのがその現れだ。
その上竜人族なので暑さへの耐性は人一倍だろう。リンデもこのあたりは似たような状態だ。
「兄さまはあまり暑そうじゃないわね?」
「貴族はそういう風に見せない技術が発達してるだけでクソ暑い」
「そ、そうなんだ……」
例えば誰にも見られていないタイミングで汗を拭くとか、服の下だけ汗をかくとか、胸元を圧迫するとか色々な地味な努力の成果だ。
別に耐えているわけでもなく気合いでギリギリどうにかしているだけである。
「あんまりこのままなのも不憫だ。何か対策は取れないかな」
「昔、冷却服みたいなのを作ったことはあるけど」
「そんなものがあるのか……!?」
「……この前見せたけどさ、回路を組まないといけない関係上硬質素材じゃないと作れないんだよね。で、ガッチガチになって動けないし無理に動こうとしたら壊れる……みたいなことになってて」
「ならば仕方ないか……」
「将来的に何か技術革新でもあって極薄で魔法回路を刻めるようなものがあればいいんだけどね」
布と同じくらいとなると、それこそ壊れやすそうだし難しいだろうな。
正直、この辺は氷の魔力適性を持った魔獣素材でも使った方がいくらか早いし確実だろう。
「……夏……だったらここは、水着を着て海にでも行く流れかしら!?」
「今その可能性が潰えたぞ」
「なんでよ!!」
「そんな暇が無い」
「はい」
「バッサリだね……」
夏と言えばレジャー。水遊び。海。そういう考えは俺にもある。
正直、リンデがどうしてもと頼むならやぶさかでもない気持ちはあるのだが、いかんせん時間も暇もまるで無い。村も離れられないし。
来年以降ならまあ……可能性はあるだろうか。余計に忙しくなってる可能性もあるが。
「あと、海はな……」
「サバルと逆方向の、山ひとつ向こうにあったわよね? 前飛んでる時に見たけど」
「……それがトラヴァーズ港」
「それって確かレスターの……」
「例の事件以降放棄されたままなんだ。今どうなってるかも分からない」
「と、というかこんなに近所だったんですか……」
言うほど近所という感覚も無いけどな。結局山ひとつ越えていかないといけないし。空でも飛ばないことには容易にはたどり着けない。直線距離だけでも20kmから30kmはあるだろうか。
下手をすれば海賊の根城になっていたり、山を越えて魔獣が入り込んで巣窟と化している可能性が高い。
リンデが獣化してひとっ飛びくらいしないと多分簡単には到着しないし、到着しても面倒が多い。海水浴に行くにはかなり危険だな。
「そもそも主題は暑さ対策だろう。海に行っても根本的な解決にはならない」
「防具とか冷やしたりしてみる? 胸当てとか、ひんやりするものがあると気分的に楽でしょ」
「防具でそういうことをすると強度や構造が気にかかるぞ」
「それもそっか」
あちらを立てればこちらが立たず。まあクリスは少々動きにくい程度でどうにかなるわけではないんだけどな。
ただ、クリスは格別に暑さに弱いというだけで、他の人にとって暑さ対策が不要というわけではない。俺もそうだし、ハンターたちだってそうだ。狂った環境の地下から出たら、皆等しく夏の熱気に体力を削られ続ける。早いうちに対策をしないと、そのうち体を壊す人も出てくるだろう。
「それに一部しか冷えないのが気にかかるな……前に医学をかじった時に、深部体温を下げないと意味が無いと書いてあるのを見かけたんだが」
「医学も触れたことあるんだ……」
「
結果は芳しくなかった。そもそも、依存症は精神的な病だ。長くその人に付き合い、依存傾向を弱めていくように生活を管理していくのが一番の治療法……というか、対症療法となる。
脳に影響が出るケースも少なくない。こちらは、魔法治療の併用でどうにかする筋道を立てられたが……要求水準が高く、現状ではかなり難易度が高いと論文を査読した医師に言われてしまった。既に所属は麻偵から離れてしまったとはいえ、間接的な形で何か貢献したいと思ったんだが流石に難しかったらしい。
「根本的な解決っていうのが難しいねー」
「でも、これやっとかないと皆大変よね?」
「基本的に作業は外でやるからそうだな……」
今の村の主な産業は、魔獣素材の取引と農業だ。いずれも外での仕事になるので気温がダイレクトに体調に響くことになる。
花フクロウたちも、羽毛で暑さを多少シャットアウトできるとはいえ、今はあまり活動せずに空調のきいた小屋にいることが多い。働いてもらうにしても短時間の交代制だ。
訓練などもこの分じゃまともにはできないだろう。洞窟にもこういう環境があるから体を慣らすと言うにしても、そんな場所に行くならまず対策をしてから行くわけだから本質的なところでちゃんとした訓練にはならない。
ハンターに関しては空調の効く室内訓練場を作る手もあるが、予算と……派手にやりすぎて壊す可能性がな……。
「いっそ皆マリーちゃんみたく快適空間のあるゴーレムに乗せちゃえば……」
「無茶言わないでよ。ボク専用だから色々機能入れてるけど、これと同じの量産は無理だし、立って歩いてもの運ぶくらいしかできないよアレ」
「……風で空気を固定、はちょっと難易度が高いな。体が動くのに合わせてとなると更に」
思いの外、気温対策というのは難しいのを実感させられる。
部屋に置いといてとりあえず作動させればいいだけの空調魔道具はいいとしても、それに並ぶほどとなると……オマケに人によって暑さ寒さの感じ方は違う。一律に調整するのも安直というか乱暴だ。
「あ、風か! その手があったね」
「え、何急に」
「空気の固定は難しくないか?」
「逆だよ。利用するのは物理さ」
「というと?」
マリーは手の中ですごい勢いで魔道具を作り始めた。ほんの数分とせず出来上がったのは、ちょっと大きめの留め金のような物体である。
「ちょっと失礼」
「ん?」
で、ひざ掛けとして使っていた毛布を俺に巻き付け、たった今作った魔道具をそこに引っ掛ける。
この時期に毛布である。当然暑――く、ない?
「涼しい」
「涼しいんですか!?」
「ふっふっふ……まあ考えてみるとすごく単純な話だよ。魔法じゃなくて物理で空気の流れを遮るだけでいいんだからね……本当に単純……」
何で気付かなかったんだろうね、とばかりにマリーは気落ちした苦笑いを見せた。
まあ……なんだ、俺たち皆魔法を使えるから、魔法的なアプローチをするのは言わば前提なわけだ。特に魔道具技師という職業な以上、考えから抜けてたりしても仕方ない。
「冷気を出しているのはこの魔道具か。毛布の内側を冷やし続けているから、前を開いたりしない限り空気の逃げ道は限られる」
「マントとかケープ、コートでも代用できるし出力を切り替えれば温風だって出せるよ」
「次世代の耐寒耐熱装備じゃないか」
「気付いて当然みたいなことに気付いてなかった自分が憎いぃ~」
なんだか滅茶苦茶悔しそうだ。まあ、マリーも割と自分のこと天才とか称するタイプだし、プライドはかなり高い方だろう。
やってることも既存技術の寄せ集めだから、ちょっとした気付きさえあれば他の誰かがやっててもおかしくない。
が、やっぱりこれはマリーだからこそ作れるものだと俺は思う。
「思いついてもできなかった側面はあるんじゃないかな。魔法式の効率化、簡略化は近年の技術だし、ここまで形にするにはマリーじゃないとできなかったはずだ。皆まずは魔法だけでなんとかしようとするし、先入観で完璧すぎる魔道具を目指してしまう。発想の転換がないとこうはならないよ」
「ううう滅茶苦茶フォローしてくれる……好き……」
「応じるわけにいかないけどありがとう」
「動揺くらいしようよ兄さま」
冗談で動揺するほどウブでもないんだ俺。
仮に本気で言ってるにしても、だったら状況をもっと整えろという話だし、仮に整えられたとしても応じるわけにはいかない。
ありがたいけど。嬉しいけど。そういうの滅茶苦茶惜しいと感じるくらいの感性はあるけども! 貴族ってそういうものなので万が一億が一マジ告白されても応じられないのである。
しかし父上的にどうするんだろうなこの辺。村の権利を確実にするなら子爵位くらいはないと厳しいところなんだが……。
「しかしこれは確実に商売になるな」
「ええ、これが?」
「マリーは納得いってないみたいだけど、なかなかすごいぞこれは」
「確かに。炎天下の作業だけでなく、洞窟探索でも役に立つはずです」
毒や酸、水中や溶岩みたいな特殊な地形までは流石にカバーしきれないが、暑さ寒さと寒暖差は対処できる。それだけでも荷物の数はかなり減らせるし、行ける場所も増えるだろう。
服などの内部に温風や冷風を送り込むだけなので、上手くやれば普段着にも装着できてファッション性も維持できる。普段使いにも適しているはずだ。
フード付きのマントなどですっぽり体を覆ってしまえばすっかり快適空間である。外見はクソほど怪しいが。
「ギルドの方にも話を持っていってみる。今一番特殊な気候に対応したいのはハンターだろうから、需要はかなり見込めるはずだし」
「え~……たった今雑に作ったやつだよこれ。ちゃんとしたの作ってからにしようよ恥ずかしい」
「それはもちろん」
「積層構造を利用すればもっとちゃんと機能付加できるはずだし、毒ガスなんかを遮断したりもできそうだから売るなら本気でやらないと」
「あ、そっちなんだ?」
「待った。ただ涼しくしたり温めるだけの機能しかない廉価版も一緒に作ろう。あまり機能が多くても使いこなせなかったり、人によっては本当に他の機能が必要ない場合もある」
「だね」
そんなわけで、マリーだけに作らせるわけにはいかないので逐一設計図を残しながらの作業となった。
流石にタブレットの開発者というだけのことはあり、この辺を自分の頭の中にしか残しておかないなんてことはしなかった。マリーも発明家としては超一流だが、いかにブラッシュアップしていくかは使っていく中でしか分からないことでもある。ある程度設計に余裕を持たせておくのも設計者の仕事、だそうな。
とりあえず最初に作ったものは、体質的に今一番必要だろうクリスに持っていてもらうことになった。
で、後日のこと。
「――というわけで、機能を絞った廉価版が9,800
「全部50個ずつ卸してください」
「え」
ギルドにサンプルを持ち込んで機能を説明してみると、食い気味に即決されてしまった。
現状サンプルだけで実物が無いのでエーゴンさんなどの手も借りながら数日かけて作り続けるハメになった。