村長の屋敷というのは、やはり村の最高権力者であるだけに、権威を見せるためにある程度大きく作る必要がある。
事務作業などもしなければならないので専用の執務室なども必要だ。職員を雇えば仕事場も必要になるし、宿直室も要るかもしれない。応接室や厨房も必要になることだろう。
しかしながら、ただ大きく作ればいいということは無い。侯爵邸ならともかく、ただの村長は「ただの村長」の領分を越えるべきではないからだ。それで痛い目……を見ることまでは流石に無いが、お小言を言われる人は割といる。
というわけで、俺たちの新しい屋敷というのは大きさと内装とその他諸々の塩梅が非常に重要だったりする。
重要だったりするのだが。
「俺は何でプール掘ってんだ?」
『レスターが一番この手の作業が得意だからじゃないかな』
俺はホテルに併設するプール……を、作るために、広く大きめの溝を組み換え魔法で掘り進める作業を優先していた。いわゆる流れるプールの導線である。作業は俺だけでなく、比較的属性的に「地」に近いマリーも手伝っている。クリスは護衛として同行。リンデはいつも通りの見学だ。
しかしこれ村長の仕事かな。
村長の仕事でいいのかな。
俺は……土木建築作業員……?
「兄さまって村に来てから土いじりしなかった日あったかしら」
「私の記憶の限り一度も無い」
『権力者的にどうなんだろうねこの状況』
「一介の村長ならこんなもんだと思うことにしてる」
あとは仕事なので仕方ない、か。
実際のとこ、ハンターはハンターの仕事があるしギルド職員は洞窟監視なんかにかかりきりだし、他の人に負担かけるわけにいかないしなぁ……本職の業者が入ってくる前にこっちでできることはある程度やっておきたい。
……あと本職土建屋の前でこれを披露するとまた勧誘されるというのもある。俺は変に波風を立てたいわけじゃないんだ。
「世の中の村長はこういうことをやっていらっしゃるものなのでしょうか……」
「地属性の魔法が得意だからまとめ役を押し付けられつつなし崩し的に土木作業もって人は結構いるらしいぞ」
『いるんだ……』
「土地の絡みは面倒だからな」
とりあえず魔法を使えばずずいと地面をある程度動かせるので、これがまたとりあえずでまとめ役をやらせておくのに楽なのだという。
……こうやってすいすいと土を避けて水の通り道を作ることができてるし、実感もまあまあある。
「それにしてもプールね。フフフ……夏、開放的になる男女、何事も起きないはずもなく……楽しみね!!」
「俺何か教育間違っちゃったかな?」
『教育以前の本質の問題だと思うよ』
自由にのびのびやらせてたのが良くなかったかな……。
貴族的に詰め込み教育してもいいけど、別にリンデは貴族じゃないし、相応の教養はあってもあくまで一村人として生きてほしいとこだし……教育というものの難しさをこの年齢で実感することになるとは……。
「しかし、レスター様。プールと言うには……排水路の伸び方に違和感があるのですが」
「そういえばなんだか本数が多いし幅広な気がするわね?」
「魔獣の素材を処理するのには大量の水が必要になるから、ギルドや洞窟の周辺に水を通す意図もある」
「魔法じゃダメなわけ?」
『狩りの直後だともう魔法が使えないってほど枯渇することもあるからじゃないかい?』
「そういうこと」
血とか体液とか虫とか汚れとか色々あるからな……処理できるならできるだけ早い方がいい。魔法でやれれば面倒が無いが、洞窟の魔獣を相手にした後、余力が残るかどうかは分からない。
解体はギルドの専門職員に任せるとしても、その一歩手前までやっておけば手数料が割り引かれる。これは先日、教官代理をした時に説明した点でもある。ここまで言えばハンターも手間を惜しむことはあるまい。
『水は川から引くかい?』
「いやー……川の生水はちょっとな……浄化魔道具を通しておきたい。魔道具で水を出すのと併用だな」
『どこかで歯止めかけないと洪水になるのは注意しといてねー』
過去にあった例だ。魔道具を使えばどんどん水は出るが、それをやりすぎたせいで排水量が追いつかなくなったり、生活用水に使う以上に出してしまったせいで水不足どころか水の過剰供給が起きて、ある街の下水道が溢れてしまったのだそうな。
捨て場にちょうどいい洞窟があると言えばあるが……もちろん、安易にそんなことをすると水没して大変なことになるのでやり方は考える必要がある。魔法や魔道具を使う際には自然現象との調和を取るよう努めるべきということだ。
努めていても時々エラいことにはなる。
と、まあそんな感じで数日ほど。業者が来るまでの間、俺たちは既存の仕事と並行しつつ調整しながら、プールの形をとりあえず作っていくことになった。
俺たちには元々ホテルを一晩で仮組みまで作り上げた実績がある。仕事の合間合間を見てやっているとはいえ、それなりの形になるのにあまり時間は要さなかった。
仕上げや塗装、その他の必要な物品などは業者に任せて問題無いにしても、いざ雛形が出来上がったとなればちゃんと機能するかを確認しておきたいのは人の情だ。軽く石で壁面を固めた後、ちょっと水を流してみようかという話になるのに時間はかからなかった。
……村中にその話が広まるのにも時間はかからなかった。
「まだ完成もしてないのに何がどうなってこんなお披露目会みたいなことに……」
「皆娯楽に飢えてンだよ」
「村長さんが変なことしてるのは周知の事実だったし……」
「見ろよあの浮かれポンチ共を」
あ、やっぱプール作ってるの外から見たら「変なこと」の範疇なわけね。
そりゃそうだ。そもそも普通は自前で製図から整地、建築の一歩手前までやろうとしてもできないし。うちはマリーと俺がいるから条件が特殊すぎる。
見れば既に水着になっていたり完全レジャー態勢の人もいる。まだ仮設段階で水も普通に川の水流すだけって言ったつもりだったんだけど俺?
「……お嬢様もお止めしなければ水着で来ていたやもしれません」
「よくぞ止めていただきました」
「しかし……その……」
トビーたちと逆サイド、額に手を当て苦悩した様子のフレデリクさんの視線の先には、既に水着になってるローラン少年と、浮き輪を携えてゴーグルまで装着して完全装備のノエラさんがいた。
どうやらニネット嬢を優先しすぎてあちらにまで手が回らなかったらしい。
……年齢相応。微笑ましくてよろしい。そういうことにしておこう。
「お……お恥ずかしい……」
「彼らは貴族というわけではないのでしょう? だったら、年齢相応というものです。とやかく言うつもりはありませんよ」
「気にしすぎなンだよ。見ろ」
「は?」
「朝っぱらから酒呑んでベロベロになってるアホとバーベキューしてるバカにとっくに溝に足踏み外して落ちてるマヌケだ。アレと比べりゃマシもマシだぜ」
「………………」
「気のいい人たちということにしておけないか」
「俺だって酒呑みてェのに」
「全力で止めております」
「ご苦労さまです」
お前だって
さて、ともかく水を流す段階だ。まずはごく少量流して埃や汚れを軽く落としていく。この時点で歓声が上がり、ばちゃばちゃと水音がし始めた。どうやらプールに降りた人がいるらしい。
このまま放置しておくとそのまま流されていってしまいかねないが……どうする? と視線で聞けば、トビーは「やれ」とのことだ。まあ、用水路に流れ込む方にはマリーに目の細かい鉄柵を作ってもらっているから引きずり込まれて死ぬなんてことは無いだろう。
「それじゃあ水を流しまーす」
宣言して石壁を消滅させると、せき止めていた水がどんどんプールに流れ込んできた。
こちらにも目の細かい網を張り、浄化の魔道具を使用しているので、汚れや木くず、石ころなどが流れ込んでくる可能性については特に考えなくていい。
……が、やはり水量は水量だ。既に降りていた数名は押し流されてしまい、周囲から笑いが漏れていた。
「順調だな。このまま仕上げてもらったら稼働しても問題無さそうだ」
『むしろこのまま勢い任せに稼働しちゃって皆泳いじゃうから仕上げができなくなるまで無い?』
「……その可能性は考えてなかったな」
……いざとなれば流石に退いてくれるだろう。多分……。
彼らだってノリは軽めだが考え足らずというわけではない。業者が来て立入禁止と言えば流石に……流石に……大丈夫だと信じたい……。
「とーぅ」
「あっ、ノエラ待てよ!」
考えているうちに数名が飛び込んでいってしまった。
……まあ、新設したプールに最初に入る、というのだからそれなりに記念にはなるか。あまり強くは言うまい。
さて、こちらは置いておくとして、俺たちの方は仕事に移ろう。
「じゃあ博士、こっちはこのまま点検に行こう。クリス、周辺警戒を頼む」
「承知しました。フェデリカさん、レスター様たちの護衛をお願いします」
「逆でよくない?」
「水難は氷の魔法を使える私の方がより早急に対応できますので」
とは言うものの、クリスの雰囲気からは半分くらい不満が漏れていた。
……いやね、クリスでももちろん問題は無いんだが、ああやってハメを外して遊び始めた人たちを思うと……ああ、また酔った勢いで足を滑らせて落ちた人が……。
ともかくああいうのに即座に対処しようと思うと、氷の魔法に強い適性を持つクリスの方が適任なわけである。いい大人ばっかりなんだから好きにさせとけと言われるとそれもそうなんだが、流石に管理責任というのもある。十代前半の子供もいるし。
「さて……と、水漏れとひび割れと……」
『今のところは特に無いね。流石ボクの設計』
「博士さんって結構自信家?」
「客観的に見て天才なので分相応ですよ」
『だよね~』
特に
タブレットにこないだの個人用空調に……そもそも、普通に作る分にも量産速度がずば抜けてる。ものづくりに関しては掛け値無しに天才だろう。
「水量ヨシ、浄化ヨシ、それから異物……」
『異物……』
「………………」
『なんか毛玉浮いてない?』
そんなマリーの設計したプールだ。問題などあろうはずも……と思ったところで、俺たちは異様なものを目にした。直径にして1メートル少しあろうかという巨大な毛の塊だ。
それがふよふよプールの上を浮いている。花フクロウたちの美しい羽毛とは異なり、野趣あふれる濃淡ある茶色の毛皮。なんというか……ボフッとしているあの感じは……。
「あれは……」
『熊……?』
「いえ、それならあんな風には浮きません」
思わず、フェデリカさんが腰元の双剣を抜きかけるが手で制する。もし沼熊のような大型種なら、あの程度の水量でプールに浮いているようなことは無い。
となると別種。普通の動物でこんな種の動物はそうそういるわけじゃない。俺は魔法で軽くそいつを引き寄せて抱き上げた。
「ぼふ」
「タヌキです」
「タヌキって毛量じゃないんだけど!?」
『ていうか何で抱き上げたのレスター』
「いや……見せてみないと分からないだろうし、あと安全な種だから……」
当然俺はびしょ濡れだがまあそれは置いておくとして。
「タヌキ……それにこの毛量……浮いて……ううん、水を吸ってる、となると……村長、もしかしてこれ、雨タヌキ?」
『マメダヌキ?』
「いや雨タヌキ。水場でたまに見られる種だ」
その場に雨タヌキを降ろすと、彼または彼女はぽこーんと地面でバウンドしてもう一回プールに入っていった。
あ、水には入りたいんだ……暑いからか……?
「その名前の通り、ああやって体毛に水を溜め込んで雨を降らせるんだよね……」
『へー。洪水を起こしたり?』
「いや、むしろ荒れ地や乾燥した土地に水を運んで豊かにする有益な魔獣だ」
「あと自分で作物食べた後……ちょっと汚い話で申し訳ないけど、何か果実なんかを食べたらさ、フンに種が混じってるでしょ。あれを埋めて、雨を降らせて……」
「……自力で農業をする知能を持つんだ」
『え、すご』
そんなわけで地味にすごいやつである。
いやーいるところにはいるもんだなーと思いつつ、俺はふと周辺環境を思い浮かべた。
……クソほど数のいる魔獣、死ぬほど過酷な環境。ひとつ洞窟に入り込めば死。
どうやって生き残ってこれたんだろうなこの図太い通り越してどんくさそうなの……。
『でもレスターに抱っこされるくらいどんくさいのに何でサラク村の環境で生き残ってこられてるんだい?』
「雨タヌキは中位魔獣でね、そんな弱くない」
『どんくさそうだけど』
「見れば分かるけど――」
と、フェデリカさんは堤の方を指差した。そうすると、再びぽこーんぽこーんと水を吸った毛玉まんじゅうが何匹もプールにやってくる。
……あー……群れるタイプなのね、こいつ……。
「攻撃してくる敵に遭ったら全員で取り付いてあの毛量と水で窒息死させるんだよ」
『怖ぁ……』
そして魔獣なので案外したたかであった。
……抱き上げた時敵対心持たれなくて良かった……!