「あれ飼おう、村長さん」
「えぇ……」
雨タヌキが発見されて2日。あの日以降、村の安全性に目をつけたのか、時折ぽこーんぽこーんと村のそこら辺で跳ねているのが日に日に目撃されるようになってきた。
攻撃さえしなければ無害で可愛らしいやつである。のんびり屋なだけで農業ができる野生動物ということもあり頭も良く、気温も普通に安定している方がお好みらしい。花フクロウの小屋で寝てたり冷気がちょっと外に漏れてる倉庫周辺で寝てたりする。時々邪魔になるが、言えばのそっと退いてくれるし別に攻撃してくるようなことも無い。
人間の食べ物に手を出すと敵対されると察しているのか今のところ作物にも被害は無い。時々外でものを食べている人に食べ物をせがんでいるのは御愛嬌の範疇だろう。だいたいの人は誘惑に負ける。そして撫でくり回す。
村の新しい住人、というよりは隣人ができたようなものだろうか。しかしその無害な彼らをフェデリカさんは飼おうと言う。レストランで疑問符がいくつか飛んでいった。
「……五つ星ハンターで度々護衛もしていただいているフェデリカさんの発言を無下にはできませんが、なぜ飼うと……?」
「……他の人には黙っといてもらえる?」
「クリス」
「他の方はおりません」
じゃあ聞かれる心配は無いか。
と同時にレストランの敷居の高さにやはり皆尻込みしているらしいことが気にかかる。そんなに言うほどお高い店でもマナーの必要な店のつもりも無いんだけどなぁ……。
安心したらしいフェデリカさんは鉄甲コンドルの赤ワイン煮を口に運んだ後に、ぽつりと呟いた。
「……いやその……アタシの村じゃ雨タヌキって豊穣の化身って言って昔からの憧れなんで……」
「純度100の私欲ですね」
「ごめん、私欲です……」
「うーむ……」
そういうとこトビーと師弟だよなとちょっと思うとこあるんだが、侮辱になるかもしれないしやめとこ。
あいつの突拍子のないところに比べると可愛らしいものだ。昔から憧れてた動物を飼いたいというだけのことだし。魔獣という点を除けば。
とはいえ、村長という立場を考えるとここで素直に「はい」と頷いてはいけない。
「そうしたいから、というだけでは頷くわけにはいきません。村長としては、それに足る理由を提示していただく必要があります」
「り、理由……」
確かに五つ星は特別だ。友人の弟子ということもあって仲もそれなりに深められたと自負しているが、だからと言って特別扱いして特例を認めてしまっては秩序に障る。
本当は俺だって別にやりたいなら協力くらいすると言ってしまいたいんだわ。しかし、体外的な問題もあるのでそうはいかない。
……で、ここからが本題。要するに、建前をちゃんと用意してくれればそれに応じて対応するよ! という話である。
「と言っても、貴族ではない方にこのあたりの機微を語るのは難しいので、こちらからも手助けはしましょう」
「いいの? 仕事滅茶苦茶あるんじゃ?」
「……いいんです」
別に一日二日で終わる仕事でもあるまいし、ちょっと理由をひねり出す程度のことで大した支障はない。
……これ以上積み重なったところで誤差という意味で。
「では雨タヌキについて少し考えていきましょうか」
「こちらにご用意しました」
「ぼふ」
「何で???」
「……洗った?」
「抜かり無く」
今、村の中では雨タヌキがほっつき歩いているので、ちょっと外に出てぽこーんと跳ねているのを見つけたら連れてき放題である。衛生的に問題はあるので手足などは洗ってもらっている。
クリスにはしばらくこいつを抱きかかえてもらって話を一緒に聞いてもらおう。
「基本は、花フクロウと同じように考えます。村の利益になることがまず第一。この場合の利益とは主に経済的な利益です」
「生々しい話だね」
「ええ、その生々しい話が無ければ村は運営できませんので」
完全無償で思うがままの村落経営。なるほど最高だ。破産という現実が待つことを除けば。
生々しい話はどうしても必須なのである。お金とか倫理とか義理とか人気とかその他諸々。
「経済動物としてわかりやすい例としては牛やヤギ、肉や乳が取れるのでどこでも飼育されていますね」
「……食べる気?」
「ぐっふ……」
「食べない」
タヌキはもうだめです……みたいなすべてを諦めた顔でこちらを見ないでほしい。食べる気は無いから。
「わかりやすいところで言えば、という話です。うちで言えば花フクロウが観光資源と香水、農業補助などの仕事があります。そういうところを示していけばいいということですよ」
「なるほど……キミ何ができるの?」
「ぼふ」
そんなこと言われてもタヌキわかりません、みたいなぽやっとした顔で返される。
あまりにもぽやぽやしているのでクリスが両頬を掌で軽くぐにぐにしているがどこ吹く風だ。
「畑に雨を降らせてもらえば水やりの時間は短縮できますね」
「あ」
元々そういう生態なのでこれは考えやすいことだ。ただ、もちろんこれだけではどうだろうというのはあるのであくまで一案。魔道具で代用もできるしな。
問題はその魔道具を作れるマリーのキャパがいっぱいいっぱいなとこだが。
「それから、この毛」
「毛皮?」
「いえ、毛を少し刈らせてもらいます。羊みたいに」
「しかしこの吸水性は少々……扱いづらいのでは?」
「逆にこの吸水性だからこそ役に立つものもある」
「そうなんですか?」
「うん」
雨タヌキに触れると、野性的な……野性……?
……牧歌的な外見ゴワゴワな雰囲気とは裏腹に、その毛皮の肌触りは滑らかで柔らかだ。
究極とも言えるこの吸水性を利用するには……。
「例えば高級絵筆だな」
「筆? あっ」
水をよく吸うということは、そこに含まれているものもよく吸うということだ。それこそ絵の具などはわかりやすい例か。
……まあそんなによく吸うので、亜種として毒沼に適応した毒雨タヌキもいるわけだがそれは別の話として。
ともかく雨タヌキの毛はものすごい吸水力があるんだが、「雨」として発散する関係上撥水力も尋常じゃない。雨タヌキはこれを魔力のオンオフで使い分けているので、人間も同じようにやれば水を弾く量を調節できる。ハケや絵筆として使えば使い勝手も良いことだろう。
「布に加工すれば用途も色々あるはずだ。吸水タオルなら掃除に役立つだろうし……あと高級おむつ……寝具に使えば吸った湿気を瞬時に発散もできるはず」
「思ったより用途あるんだ……」
「あくまで一例です。それに、雨タヌキ自身がちょっと毛を刈ってもいいかわかりませんので……」
「ぼふ」
「特に何とも思ってなさそうな顔してる」
徹頭徹尾ぼんやりしとんなこいつ……。
「外敵から身を守るためにも利用するとお聞きしましたが、そうすると毛を狩る頭数はある程度制限すべきかもしれません」
「そうだな。伸びるまでどのくらいの期間が必要なのかも見てローテーションも定めたらより確実だ」
「アタシこれ適当に言っただけのことなのにどんどん肉付けがされてく……」
「そういうものですよ」
ちょっとした発言のせいでどんどんどんどんコトが大きくなっていくのは俺にも覚えがある。
タブレットの黎明期に「へーじゃあどこにいても情報送り放題ですね」なんて言ったせいで父上や兄上が抜本的な情報戦略の改革が必要だとか言い出した時は、お……俺そういうつもりで言ったわけじゃ……ってなったし。
あと、問題は加工設備だな。羊毛を加工するにも専門の設備が必要になるが、雨タヌキの毛を加工しようと思うとこれも別に専門の設備が必要になるだろう。
「……と、なると……タヌキ小屋や洗浄設備、それからあちこちを歩き回るわけだから浄化の魔道具が必要になりそうだな……」
「教え込んで理解するだけの知能があるでしょうか?」
「種を植えて育てるという概念を理解しているなら問題ないだろう」
人類でさえ大昔は狩猟中心の営みをしていて、その結論に到達するのに長い時間がかかったのだ。農業について理解する知能があるのなら、たとえ一見ぼんやりして見えても知能はそれなりに高いはずだ。
……はず、であって確証は特に無いのが悲しいところである。
「ちなみにその小屋ってどこに作るのかな村長さん」
「村長としての屋敷近くに、花フクロウの小屋と併設する形になるかと」
「……個人飼育とか」
「したいんですか?」
「それは……そういう人もいるかなって……」
「したいんですね?」
「はい……」
まあ……最初にこの話を持ち出してきた時からなんとなく察してはいたが、そういうことらしい。
俺としては単純に管理の問題で一箇所に固めて飼育する方針なだけで、別に個人で飼いたいと言うなら……ちゃんと責任が持てる範疇なら止めるつもりは無い。
これは花フクロウも同様だ。仲を深めて互いに合意が得られるなら個人宅で飼育しても問題は無いと思う。
「……実はもうあなたの家にいたりしないか?」
「え」
「狩りの時に感じたものと違う獣臭がする」
「……実はいる」
「だからこういうことを言い出したんですね……」
「あの家広すぎて寂しくて……」
「いかがしますか?」
「今居ついてる子を引き剥がすのもよくない。そっとしておこう……」
更に、クリスのせいで……おかげで? 既にフェデリカさんのお宅に雨タヌキがいついてることまで判明してしまった。
今、フェデリカさんが住まいにしているのはギルドが建てた五つ星ハンター用の豪華邸宅だ。これがまあモチベーションを煽るための豪邸ということもあって、なんというか一人では持て余すくらいには広い。寂しくなるとしてもそういうことくらいはある……あるということにしておこう。
「飼育すると決められた以上はしっかりお願いします。特に衛生面に関しては指導もさせていただきますので、そのおつもりで」
「ん……分かったよ」
「特に雨タヌキの毛は色んなものを吸い取りやすいので……特に手入れは入念に……」
「お、お手伝いさんにも言っとく」
とまあそんなわけで、村の住人と獣の比率がまたしても獣の方に傾く結果となったのだった。
……俺の執務室にもたまに入り込むようになった。