「不意打ちで逃げ場潰すの良くない思うねん」
「最初から逃げ場の無かった人間もいる分マシだろう」
「参考までに聞くけどそれ誰いややっぱええわ」
面接を終えて数日。屋敷の建設が終わるのに合わせて、俺たちの引っ越しとメレディスの本格的な移住が始まった。
俺たちの荷物は、マリーが職業柄滅茶苦茶多いくらいでまあそれほど多くはない。引っ越し作業そのものは半日もかからず終わってしまった。
……俺たちは、だが。この上にまた花フクロウや雨タヌキの小屋を移設・新設する必要があるのでまたそこから更に半日が潰れた。
さて、ともかく。
新しく出来上がった村長の屋敷は、ごくオーソドックスに、上から見ると「コ」の字になっている建物だ。
正面玄関前に小さな広場と庭園があり、噴水を最初に目にすることになる。雨タヌキは基本2~3頭ここに浮かんでいる。
屋敷の中は特に捻った部分があるわけではない。地上2階地下1階。エントランスがあり、客間や書斎、執務室や遊戯室、食堂といった部屋にそれぞれ繋がっている。地下は相変わらずマリー専用の工房だ。当然、トラップなども十分に設置して密偵と暗殺者に備えている。
まあ、あと食堂と厨房が少しデカいかなという特徴はあるかもしれない。
……逃げ場の無かった人間?
俺じゃよ。
「明日からこっちで暮らすわけね。間違えちゃったら大変よ博士ちゃん」
『むしろリンちゃんが間違えそうじゃないかい?』
「……この球体の中身が中身なんも慣れんわ」
「慣れろ。俺は慣れた」
メレディスはマリーの乗るゴーレムに視線を向けた。その視線には強い畏怖が乗っていた。
俺も異様だとは思うが、ぶっちゃけ慣れざるを得なかっただけとも言う。
「何で
「本人からの要請だな……そうじゃなきゃ『普通に』対応してるよ」
「ウチも同じ対応せんといかんの?」
『頼むね!』
「吐きそ」
実際吐いた人間が言うと違うぜ。
ビックリするのは分かるが、まあビックリしすぎだわな。とはいえ貴族でもない庶民が急に隣国の第二皇女と会ったら心の限界くらい超えるか。
……俺も当時大概精神にキてたな。
「理解しているだろうな」
「わーっとりますって。裏切らん裏切らん」
まだメレディスと会って日の浅いクリスは、そのまま彼女への疑いを口にした。
契約と賃金で縛っているとはいえ、メレディスは結構な拝金主義者だ。上昇志向も強く、裏切る可能性はどうしてもついて回る……と、クリスは考えている。
しかし実のところ、それをするメリットは特に無いと、俺は思う。多分メレディス自身も理解している。
「まず大金貰ってもお尋ねモンになってまともに使えんやろ? それに裏切り言うんはなぁ……なあ坊」
「裏切り者は同じ条件でまた裏切るだろうな。利用し終えたら始末するのが定石だ」
「コレやで」
「兄さま一見穏やかな雰囲気しといて結構容赦ないわよね」
「あんな見た目好青年なんにバリバリ冷酷非情やで。あー怖」
「そういう部分しか無いみたいな言い方やめろ」
貴族であれば、情の深い人に見えたとしても、誰だって多少ならず心に冷徹な部分を抱えている。そうじゃないと領地の運営なんてできるものじゃない。
でも別にそればかりというわけではない。あくまでそういう部分があるというだけだ。どれほど冷徹に見えてもちゃんと感情を持っているし、情との兼ね合いの中で苦悩することもしばしばある。情を通すために利を捻り出すというのもまた、貴族がよくやる手段だ。
……まあ本当に裏切ってきたら、何かしらで監視してる後輩が首を斬りに来るだろう。物理的な意味で。今のところ情報が漏れるルートはごく絞られるからな。
『で、だよ。今日受け入れの日だよね?』
「その予定だな」
列車を乗り継げば王都まで2日ほど。大昇降機を使って地上に上がってからこちらに来るので、マリーの知人がこちらに来るのには本来もう少し時間がかかるはずだった。
……のだが、なんか恐ろしいことにその使用人は無理矢理タイミングを合わせて走ってきた。一日でも早くこちらに来ようという気持ちなのだそうだ。
列車より早く走るって何? と思うがまあ目にも止まらぬ速度で動くクリスをしょっちゅう見てるのでそういうもんかとも思う。
俺の中の基準は多分相当破壊されている。
『誰来るか聞いてる? ボクまだしばらくゴーレムの中にいた方がいいわけ?』
「マリーの言ってた人を派遣してくれるそうだが、実際に本人かを判別できる人間が他にいないからまだゴーレムの中で待機だ」
『安全が確認されてからこっちも顔を晒していいってわけだね』
あっちとしてもマリーが本人かどうかを確かめないといけないしな。
本人と確認できて、そこではじめて雇用関係が成立する。通信の機密性は心がけているが、万が一ここで話を聞きつけてきた暗殺者が押しかけてきたら……考えうる中で最悪だな。マリーの居場所がバレれば、確実に襲ってくるのが分かるのにいつ襲ってくるか分からないせいで無駄に神経をすり減らしていくことになる。
……クリスにお任せすればそれで十二分に対応できるんだが、それはそれでやっぱり負担が集中するので避けたいところだ。
「……っと、すまん。通信」
「誰から?」
「トビーだ……どうした?」
タブレットを起動して応じると、どこか困惑したようなトビーの声が聞こてきた。
『おい、レスター。知らん男……女? あ? どっちだ? ……知らん奴が魔獣なぎ倒しながら村に向かってくるって報告上がってんだが』
「男か女か分からん人が魔獣をなぎ倒しながら村に向かってくる……?」
村周辺に現れる魔獣をなぎ倒……? えぇ……?
いくら洞窟内部の魔獣と比べるとまだ弱い方とはいえ、なぎ倒すってどういうことだ?
……クリスの同類か何かか……?
『うわパットだ』
「知り合いか……?」
どうやら心当たりがあったらしいマリーが、復唱した俺の言葉に反応を見せた。
しかし「うわ」って何だ。確かにちょっと……いやかなり引く類の戦闘力と行動力ではあるが……。
『男装してるんだよあの子。昔怪我した影響で片目の視力落ちて
「ちょっとアホなのその人?」
「片眼鏡の侍女もいくらでもいるだろう……?」
クソッ! 行動力がクソ高いせいで形から入るタイプのちょっと変な奴だ!
大丈夫なのか、主に家事能力は。今のところ異様に高い戦闘能力しか見えてこないぞ。
「……博士の知人だ」
『あの博士のかよ。ンで、汚れたからちと風呂貸してくれっつってるがホテルの使わせていいか?』
「構わない。終わったらこっちに通してくれ」
『ハンターになんとか勧誘できねェか……』
「悪い。使用人として呼んだんだその人」
『職業選択の自由ってモンはあるが何か間違えてねェか?』
少し頷きそうになるのを止めながら通信を打ち切る。異様に戦闘力が高い人がいるのは……もうよくあることとして済ますのが一番心の健康にいい。
あと多分亜人種だからな。基礎スペックが高……いやそれだけで説明するの難しいな……。
「マリー、そのパットという人はどういう人なんだ?」
『虎の獣人族でね、使用人だけど護衛でもある……みたいなところはあるかな』
「護衛だと……!?」
「そこ反応する?」
むしろマリーの方に一人、確実にそこら辺の魔獣なぎ倒せるレベルの強者が護衛につくんだから喜ばしいことだと思うんだよ。
何でクリスは若干アイデンティティに傷つけられそうな雰囲気になるかな。
「だが獣人族か。それなら強いだろうな」
「……獣人族なら強いの?」
「というか亜人種がな……全般的に普通の人間と比べて能力が高い。聖王国が神器をあれだけ抱えてたのに大戦が泥沼化したのはそれが原因だ」
例えばマリーのような竜人族はあらゆる能力が高い。
頑丈だし寿命も長いし魔力量も多いし、普通の人間が勝っている部分があまり無い。……生殖能力では勝ってるか?
で、獣人族は身体能力に特化した者が多い。魔力はやや控えめながら、純粋に力が強いので魔法で強化するまでもなく今回のように魔獣をなぎ倒すとかやってのける。
こんな相手ばかりなので、聖王国に神器が全部揃っていても帝国を圧倒するということはできず、戦争は痛み分けに終わったわけだ。
キメラであるクリスたちも生物的に強いが、こちらは別枠である。
『……で、到着時刻って本来何時だっけ?』
「列車到着から1時間予定で18時だな」
『今何時?』
「13時だな」
ちょうど食事を終えてお茶を飲んでいた頃である。
もちろん時間を守ってくれないよりは早く到着してくれた方がいいのだが、いくらなんでも気が急きすぎている。
「焦るのも分かるんだがな。いくらなんでも焦りすぎだ」
『実家の使用人があんなんで若干ゴメンネ』
「必要な人材だ。少しスケジュールを調整して対応しよう」
「せやったら坊、今からの洞窟の整地予定どうするんや?」
「……ギルドにキャンセル料を払う手もあるが、あちらに迷惑だな。メレディス、悪いが代理で少し引き受けてくれるか?」
「えー……まあええわ。けど坊ほどは上手くやれんで?」
「後で俺が行った時に適宜修正するからざっとでいい。マニュアルは用意してあるから目を通しておいてくれ」
「はいな」
さて、こちらも少し準備をして臨まないといけないな。
戦闘力が高いことは既に証明されているからクリスにいてもらわないといけないし、場合によってはお茶などもあった方がいいだろうか。
リンデはいつものように同席したがるかもしれないが……まあ多少はいいか。
さて、それから20分ほど。屋敷の応接室に迎え入れたのは、執事服を身に着けた虎の獣人族の女性だった。
褐色の肌に白と黒の髪。鋭く深い傷が右目に刻まれており、そちら側の視力が落ちているためか片眼鏡を装着している。
あと全体的になんというか……女性的な体つきだ。男装が似合っているかと言われると……少し言葉に困る。
「――目測で姉さまと互角!」
「お前今どこ見て言った?」
同じ女性とは言ってもド失礼すぎるわ。胸ガン見してんじゃないよ。
『あれ締め付けてるからもっとあるよ』
「……!?」
「この失礼な物言い、まさしく殿下」
「どこで判断してんの?」
マリーも変にノってきやがって。
いや、まあ……理解は……できるが。もちろん口に出すわけにはいかない。
文字通りの戦闘力に関しては、クリスと互角とはいかないだろう。その点に関しては、圧迫感がクリスの方がより強い。こちらはそもそもの部分がな……ちょっと桁外れというか、色んな背景が重なったせいで経験、技術、膂力の全部が極まってるレベルだから……。
というか、そもそも重要なのはそこじゃないんだ。
「……はじめまして。サラク村村長を務めております、レスター・コールリッジ・アシュクロフトです」
「お初にお目にかかります。シムゾニア帝国帝室使用人、パトリシア・クラルヴァインと申します。以後お見知りおきを」
パトリシア……だからパットか。
彼女は侍従として求められる完璧な所作でこちらに挨拶を返した。
「では、そちらにかけていただけますか」
「承知しました。それと、私に対して敬語は結構です。これから雇用関係を結ぶ以上上下関係は明確にしておくべきですので」
「……まだ雇用関係は成立していませんよ」
「いいえ。そちらのゴーレムに搭乗していらっしゃるのは殿下です。殿下の匂いもしますし、声そのものは変えておりますがイントネーションが変わりません。確信いたしました。雇用関係成立でございます」
「…………」
「ヤバい人よ」
ヤバい人だ。
すごいけどヤバい人だ。
いくら嗅覚や聴覚の発達してる獣人と言っても何で残り香と声音で判定できてるんだよ。いくらマリーのことを知ってるとは言っても、もうちょっと常識的な方面で知っていてほしかった……。
諦めたようにゴーレムの前面が開いてマリーが姿を見せる。すると、パトリシアさんは表情を変えないまま滂沱の涙を流し始めた。
「う……ううううう……マルガレーテ殿下……よくぞご無事で……」
「あ、ああ、うん……ありがとう……」
「……こ、この方は少し情緒が……乱れていらっしゃるのですか?」
「……す、少なからずありそう……だな……」
何せ生死不明、その後も機密漏洩防止のために何もかも情報を外に出さずにいたものだから、親しかったりする人にとってはこうして実際に顔を見られれば感極まるもの……だと思う。
情緒が少しおかしくなっても仕方がない、が……ちょっとばかり行き過ぎなところはあるようにも思う。それだけ慕われているのだろうか……。
「……えふん。ところで殿下、ここは再会の抱擁をする場面ではありませんか?」
「安全を考慮して一旦それは待ってほしい」
「それに今ボク、足が動かないからねぇ。抱きつきに行くのは難しいや」
「足が……?」
あ、そうか。そういう点も情報統制敷いてるんだな殿下。
とりあえずこの人は信用できると判断しておき、俺はマリーの遭った出来事を語った。
と、もう見るからにパトリシアさんは憤怒の表情である。万が一目の前に下手人が現れようものなら今この場で首をねじ切ってくれようという憤りを感じる。
「というわけで、視力は落ちたし足の神経にもダメージを負ったけど、こうしてなんとかなったというわけさ」
「お労しや、殿下……しかしレスター殿、この度は殿下の命を救っていただき何とお礼を申し上げればよろしいか……」
「いや、運が良かっただけなので……それに俺は微力を尽くしただけで、主にはこちらのクリスやリンデがいてくれたおかげです」
何か大変なことが起きているんじゃないかと思い至ったのはそうだが、あとはほぼクリスたちがいてくれたおかげだ。俺がお礼を言われるようなことは特に無い。
地上までの移動も空を飛んでの運搬も、二人がいてくれたからこそのことだ。命を救えたのはほぼ二人のおかげだろう。
「なるほど、しかし……」
「しかし?」
パトリシアさんはマリーをじっと見つめた。値踏みする……と言うよりは、観察するような視線。
わけがわからず困惑するマリーだが、しばらくするとパトリシアさんは少し言いづらそうにしながらも一言を告げた。
「殿下、丸くなりましたか?」
「性格が?」
「いえ物理的に」
「………………!?!?」
……ところで日々のマリーの食事量を考えてみよう。だいたいクリスより少ない程度である。
で、そのクリスは毎日のように自主訓練をして実戦にも出て、その上本来は巨大な魔獣形態を持つ以上、ちょっと人並外れて大食いだったりする。なのでマリーは俺よりもよっぽど食べる。
しかし、クリスのように運動をするわけでもなく、どちらかと言うと工房にこもってゴーレムで移動している関係上カロリーはどんどん溜まる一方。
つまりマリーは確実に体重が増えていた。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょい待ち。丸く? いや? レスター、ボクそこまで……じゃないよね?」
「…………」
「そもそもレスターの食事が美味しいのが悪い!」
「自制しろ」
「……リンちゃん!?」
「いやふくよかになってはいると思うわよ」
「常々あなたは運動をした方がいいとは思っていた」
「ア゜!!」
クリスにまで追撃を食らい、マリーは撃沈した。
流石に現実を見て見ぬふりできなくなってきたらしい。
「しかしこの私が来たからにはもう大丈夫です。殿下の生活も管理させていただきますので」
「……よろしく頼む」
「はい。是非ともこのパトリシアにお任せを」
……そんなわけで、使用人の雇用が決定すると共にマリーのダイエット計画が始動した。
俺、食べたいって人にはどんどん食べろ食べろって言っちゃうタイプなんだよね。
管理してくれる人がいてくれた方が、まあ……健康にもいいだろう……多分……。