まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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7.ジビエの心得

 

 

 野生動物の肉というものは、基本的に寄生虫の温床だ。

 人間界より遥かに不潔な環境に生まれ育ったのだから仕方のないことだが、これ、実例を見せると決まって「うげぇ」とでも言いたげな表情を返される。

 まさしくリンデがそうだった。

 

「ってわけで、下手に食ったら腹を壊すどころか死ぬことだってあるからな。一人で生食だけは絶対にするんじゃないぞ」

「し、しないわよ!」

 

 薄切りにした肉から必死に目を背けている。

 別に見たからって死にやしないだろうけど、ちょっと怖がらせすぎたか。

 

 夕刻、トイレを作って水路を作って、とりあえずの体裁を整えた頃。

 そろそろ空腹だというので、沼熊の解体ついでに野生動物の肉というものについての危険性をレクチャーしようとしたのだけど、どうやら効きすぎてしまったらしい。怖がって抱きついてくるリンデをクリスが受け止めている。

 弱ったな、このままじゃ食べないとか言い出しかねない。

 

「レスター様。『一人で』『生食』をしてはならないということは、そうでなければ問題無いのですか?」

「あ、ああ。適切に処理すればいいだけだから」

「……ほんと?」

「だからそんなに怖がらなくていいって……」

 

 怖がってはほしい。しかし、それは適切に処理するために適度に恐れてほしい、という意味であって全く近づくなという話じゃない。

 基本的には熱処理でなんとかなるのだし……。

 

「まず、生食は……実は場合によってはできる」

「できるの!?」

「浄化魔法を上手く使えば。微生物や細菌を殺す作用があるから、強めに使えば大半の寄生虫は殺せるんだ」

「なるほど、それなら我々『一人』での生食はできませんね」

 

 腐敗魔法と浄化魔法は真逆の特性を持つ。腐敗の魔法は微生物を生み出して操ることで腐敗・発酵を促進させるが、浄化は逆に微生物を殺して無菌状態にし、物質を「清潔な状態」に戻すものだ。使い方によっては、それこそ魚だろうが鳥獣だろうが生食できるような状態にできる。

 ……が、逆に使い方が悪くて行き過ぎると、肉が「不潔なもの」とみなされ分解される可能性も高い。この辺の塩梅は一ヶ月の樹海生活で学んだので、俺にも一応可能ではある。

 

「と言っても確実ではないから、できるだけ避けた方が無難だ。で、普通に食べたいなら、中心部までしっかり火を通せばいい」

「『生食』を避けろというお話ですね」

 

 これは大半の食品に対して同じことが言える。

 別に野生動物じゃなくても寄生虫や細菌は存在している。火の通し方が甘ければ容易にそれらは人の体を蝕む。

 なんだか異様なまでの執念によって、寄生虫と細菌の影響を避けての完全養殖を成し遂げるような変態もいるが、それは例外としておいた方がいいだろう。環境とか資金力とか、あまりにも前提条件が違いすぎる。

 

「小難しい話はこれくらいにしよう。まずは食事だな」

 

 リンデも賢い子だし、注意喚起はこれくらいでいいだろう。ここからは俺の腕の見せ所だ。

 流石に家の厨房にある備品は持ってこられないので、私物の携帯調理キットだが、当面はこれでなんとかなるか。

 

(そのうちちゃんとしたの買うか……)

 

 幸い資金のアテはある。優先度はそれほど高くないが、余裕があれば仕入れを頼もう。

 スキレットに熊脂を引いて加熱。ジリジリ脂が浮いてきたところで、沼熊の細かい端っこの肉を投入する。

 

「そんなちっちゃいお肉?」

「いや、これは味見用」

 

 肉の大きさに不満げなリンデだが、あくまでコレは肉の特性を確認するための味見用だ。

 なので文字通り「そのまま」の味を確かめるため、一切の調味料を加えない。エグ味や臭みも抜けてくれないため、はっきり言って多少まずいくらいは覚悟して口に運ぶが――驚いた。心配を軽く吹き飛ばしてくれる程度に味が良い。

 沼熊はその名の通り沼、湿地帯や泥の深い水場を主な生息地としている。このため、ほぼ常時泥水を飲んでいるはずなんだが……泥臭さというのはほとんど無い。雑食で身質もあまり良くないはずなのに、獣臭さも最小限だ。これ以上は臭みを感じそうだという手前で留まっている。

 クセはあるがその程度。臭みをごまかすために濃い味や強めの匂いで覆い隠すような必要はあまり無さそうだ。

 

「うん、いいな魔獣肉」

「よいのですか。肉」

 

 クリスの頭頂部の耳らしき器官がすごい勢いでピコピコ動いて尻尾がブンブン振られている。より強く匂いが感じ取れるせいだろう。表情に出さないだけで楽しみにはしているようだ。

 しかし……うーむ……。

 熊肉は脂を出しすぎないように弱火でじっくり焼くべし、と俺も師匠に教わっている。これは熊肉の旨味が脂にこそあると考えられているためだ。

 事実として痩せた熊の肉はあまり美味しくない。これはこれで、シチューにしたり脂を補ったりと手間暇をかけて美味い料理に仕上げる楽しみはあるのだが……それはともかく。

 

「すまないクリス……ちょっと時間がかかる」

「いえ、私のことはお気になさらず」

 

 殊勝なことを口にしている……が、クリスの腹の音は本人に思いっきり反逆して音を立てていた。

 鉄面皮に珍しく軽く朱の色が差す。こればっかりは生き物である以上しょうがない。

 

「少し待っててくれ」

 

 一旦肉を別皿に引き上げる。少し予定変更だ。水路を作る時に見つけた野草や山菜、キノコ類を刻んで、調味料と香辛料と共に炒める。

 しんなりしてきたら……こんなもんか。

 

「山の幸の熊脂ちょい辛炒めってところか。とりあえずこれ食べててくれ」

「わあ」

 

 辛すぎず、ちょっと舌に残るくらい。子供でも安心して食べられる……を目指した一品だ。

 問題は山菜と野草を使ってるので苦みはあるし、恐らく子供には向いてないのが一番の問題である。

 

 リンデは率先して、クリスは恐縮しながらフォークを延ばしていたものの、少しするとすぐに二人ともこれに食いついてみるみるうちに皿から炒め物が消えていった。

 俺の分残してくれなかったわ。フフッ。

 まあいいさ。料理人冥利に尽きるってもんだよ。フフフちょっと腹減ってきた。

 

 ……ともかく主菜だ。

 弱火でじっくり火を通し、浄化魔法で殺しきれない細菌や寄生虫を最後までしっかり処理する。最初に食べるのだからシンプルなものにするつもりだが、あまり臭みは強くないのでソースもそこまで強いものでなくてもいいだろう。

 脂身の甘みと赤身のさっぱりめのうま味のコントラストを出したいので、味は濃すぎずそれでいて薄すぎず。

 

「コレ使うか」

 

 そこで取り出すのは、東国由来と伝えられている秘伝の発酵調味料醤油(ショーユ)

 ただこれ、実際の東国出身者に聞くとだいたい「何それ知らん……」という反応を示す。多分、自作とバレた時に面倒だからと異邦人(ストレンジャー)が東国由来の品物と騙った説が有力なのだが、魚醤や肉醤(ししびしお)といった調味料よりもクセが無く使い勝手が良いため、各地で製造法が共有され重宝されている。俺もよく使う。

 これとワインをベースにして肉汁と混ぜ、ペーストにしたにんにくや玉ねぎなどの香味野菜を加えればソースの完成だ。せっかくなので今日はそこに炊いた米も加えて出すとしよう。

 

「沼熊のステーキだ。熱いうちに食べ――もう食べてる……」

「リンデ」

「あう」

 

 待ちきれなかったのだろうか。リンデは配膳した瞬間にはもうフォークを肉に刺して口に運んでいた。

 けっこうアツアツのつもりだったのだが、堪えた様子は無い。恐らく、火炎の魔力特性を持つドラゴンに由来する特性だろう。

 

「でも姉さま、これすっごく美味しい!」

 

 高速で咀嚼して飲み込んでから、興奮した様子で感想を伝えてくる。食べながらは喋らないあたり、一線は引いているようだ。

 フフフ美味いかそうかそうか。フフフめっちゃニヤニヤする。

 

「も、申し訳ありません、不躾なマネを」

「美味しく食べてくれるなら多少はいいよ」

 

 現状、そういうの気にするような人間いないしな。流石に父上とディナーでも行くとかなったら礼儀も教え込む必要はあるだろうけど、俺にそこまで気を遣われても肩が凝るだけだ。

 そういうわけでこっちも気にせず食べ進めよう。俺もクリスたちに続くような形でステーキを口に運ぶ。

 

(――うん、美味い)

 

 一般的に流通している牛の肉と比べてやや肉が締まっていて固いが、脂の旨さを味わうには身が詰まっている方がいいかもしれない。

 咀嚼回数が増えるほどジワッと染み出す脂が、ソースと絡んでいい味を出している。

 

(好きな人は牛肉より好きかもな。これ)

 

 師匠が言うには、質の良い熊肉は牛肉にも勝るほど美味いという。俺はその辺人の好みの問題だし断言しない方がいいっすよ、という立場なのだが、このくらいの質のものを指して言っているのなら多少の納得もできる。

 それでも好みの問題という点は曲げないけど。

 

「…………」

「…………」

 

 内心そんなことを考えながら味わっていると、ふと二人から視線が手元に注がれている事に気づいた。

 

「どうしたんだ?」

「レスター様は……」

「うん」

「食べる時の所作が綺麗ですね」

「え? ああ、うん、ありがとう……?」

 

 そんなことを言うクリスも、むしろ礼節を弁えている人間の手の運びだ。

 俺としてはそちらの方を評価したいくらいである。

 

「クリスこそ礼法をよく知っている綺麗な動きに見える」

「私など、そう大層なものではございません。所詮は付け焼き刃です」

「そうか……?」

 

 追求されたくないならそういうことにしとくけどさ。

 これだけ作法を理解しているなら、護衛としてどこに連れて行くにも申し分無いくらいだ。父上もいい人材を逃したな。

 

「どういうところでそういう礼儀作法って習うの?」

「家の教育係だったり、王都の学院だったりだな。礼儀を失すると家も軽く見られるから頑張って身につけたよ」

「あたしにも教えて」

「いいよ。他の貴族と会う機会もあるかもしれないしな」

 

 今の村の状態で一人だけ留守番っていうのもさせたくない。

 なるべく三人で行動するためにもそういった部分は身につけてもらってた方がいい……のは確かだ。

 

「とはいえ今もフォークやスプーンの使い方も達者だな……」

「そ、そう? フフッ、にじみ出るものがあるのね!」

 

 ……いや、本当ににじみ出てるものがあるんだよ。脳内桃色暴走小娘だけど、なんかこう……礼法っていうか……所作にちょっとした高貴さが出てるような……。

 俺も貴族だから「そう見える」っていう感覚は結構重要だ。少なからず高い地位にあった人間を素体にした可能性すらある。

 下手したらとんだ厄ネタになりかねないんだが――。

 

(……まあサラク村(ここ)にいる分には何の影響も無いか)

 

 こんな辺境で実は大貴族でした! とか王族の落胤です! みたいなこと言われても大層な影響があるわけじゃない。

 まして50年以上も前の人物となれば、王都や地下の帝都にでもいない限り対して注目するような必要もない。

 俺たちにとっては、ただのマセた妹分だ。

 

 

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