人間誰しも自分の役割について見失うことはあるものだ。
俺も結構そういうところはあったし、それで少年時代色々迷走して色んな技能に手を出したことがある。最終的に師匠に特別な能力なんかの才能が無いと断言されたことで、良くも悪くも完全にその辺の意欲が断ち切られて無職と化してしまったものだが、普通の人はそういう契機がない限りは多少なりとも社会や集団の中でどういう役割を果たすべきか、という気持ちは捨てられないと思う。
もちろんそれは二つ星ハンターの若人たちも(俺も別に老いてるわけじゃないが)同じこと。
他人の力を借りようという気持ちになってくるのも同じことのようで――。
「弟子にしてください」
「なんでぇ?」
その日の夕方、タヌキ小屋の清掃を終えてひとっ風呂浴びてから来たらしいホカホカのローラン少年が、俺に向かって頭を下げてきた。
……人に会う前にしっかり汗を流してきたのは好印象だが、それ以上に何言ってるんだかわけわかんないのが減点対象かな!
いや本当にちょっと待ってほしい。俺は思わずクリスと顔を見合わせた。
「じ、事務員志望、ということだろうか……?」
「いやハンターとして」
「クリスでなく?」
「村長さんス」
なんでぇ?
何がどういうことなのか理解できない。
クリスに弟子入りを志願するなら分かる。それだけの強さがあるからな。けど俺? ただの一般通過村長だぞ。
「フェデリカさんや支部長は?」
「畏れ多くて……」
「村長のレスター様が畏れ多くないと……?」
「すみませんそういうことじゃないです!」
小さな怒気に過敏に反応して再度ローラン少年が頭を下げた。
あー、なんというか分かるような分からんような。あっちはそもそもの実力差が違いすぎて、教えを請うにしても相手を失望させそうに感じたり、結局基礎固めが必要だって言われて断られる可能性が高いと思ってるんじゃないか?
その点俺はこの前ちょろっと模擬戦やって誰にでもできそうなこっすい動きを見せただけだし、真似しやすそうではあるな。
「言いたいことは何となく分かりますよ。つまり、フェデリカさんや支部長の動きは、洗練されすぎていてローランさんにはまだ真似できるとは思えない、ということですね?」
「う、うん。そんな感じ」
「よく分かりましたね彼の言いたいことが」
「慣れてるから」
貴族特有の、他人の言いたいことを推し量れないと死ぬ価値観と、ここ数ヶ月クリスの言いたいことを推し量り続けてきた経験の相乗効果がなせる技である。
今なら、たとえもっと言い淀んでいたとしても表情と声音で何が言いたいかをある程度当てられる程度の自信はある。
「それで、どうかな……」
「うむ……」
「残念だがレスター様はご多忙だ。師事する相手は別の者にしてはくれないか」
「あー……それはそうなんだけど、ちょっと待ってくれクリス」
断るのは前提だが、断るにしてもやり方はある。特に彼は……今後の村のハンター産業を担う若手だ。悪印象を受けるような断り方は避けるべきだろう。
ローラン少年は十代前半の少年にしてもやや背が低い。今の姿勢だと威圧的に感じてしまうだろう。少し身をかがめ、目線を合わせる。
「ここからは村長ではなく君に師事を請われた人間として喋らせてもらいたい。さっきクリスも言った通り、俺は仕事が詰まっていて君の訓練を満足に見てやれる状態じゃないんだ。申し訳ない」
「……だ、よな」
「だが君の焦りは分かる。フレデリクさんが一足先に三つ星に昇格したし、トビーの助言も君に対しては少々漠然としていた」
「魔獣への対応と人間への対応を誤るな、でしたか」
「だけど残念ながら俺は対魔獣用の戦術をあまり学んでいない。学ばせてあげられることは少ないだろう」
俺、職業柄学んできたことが対人特化だからな。
闇討ち不意討ちや罠のかけ方というのはある程度狩りに共通する事項だろうが、あくまでこれは人間心理や思考に基づいた手法だ。魔獣相手に扱う技術ではない。
それに魔獣相手となるとなぁ……人体ならナイフひと刺しでどうにでもなるけど、魔獣は毛皮の硬さや特性、稀に心臓が複数あったりするから隙を突いてサクリじゃダメなことも多いんだ。教えても役に立つとはあまり思えない。
「ところでローラン君。フレデリクさんがなぜ試験に合格したか分かるか?」
「え? ……動きが良かったから? だんだん盾の扱いも良くなっていったし……」
「それもあるだろう。けど重要なのは、君たち4人が基本的にチームで動いているということだ。彼はチームを『守る』役割を果たせると認めたからこそトビーが認めたわけだね」
「チーム……役割……」
「君のチーム内の役割はなんだろう?」
フレデリクさんはさっき述べた通り。ノエラさんは試験の時の動きを見る限り最前衛でアタッカーを務めているはずだ。
ニネット嬢は……牽制役? しかし魔杖は狩りに使えないとなるとこれは見直しが必要になるはずだ。ではローラン少年はどうだろう?
いずれにせよ、過干渉というのも良くないので俺から言っていいこともそれほど多くはないのだが。
「いいかな。君のやるべきことはまず仲間や先輩たちに話をよく聞いて、自分の役割を定めること。鍛えるのはそれからだ。方向性が定まれば鍛え方も変わる」
「はい」
「鍛え方を君に教えることはできないが、教えられる人に口利きはできる。フェデリカさんや支部長に伝えておこう。それから……今までの環境もある。よく食べて栄養状態が改善すればまだ背も伸びる余地はあるはずだよ」
「はい! ありがとうございます!」
「では私は仕事があるのでこれで失礼します。頑張ってください」
「あ、村長さんモードなんスね」
あくまで一個人としての意見を求められたから一個人として応じただけで、本来俺はプライベート以外では「村長」でなければならないのだ。
というわけでもう話が終わったら俺は一礼してギルドへ向かった。約束した以上は果たさないとな。
さて、ところで魔杖はあくまで対人武器であって魔獣に使えないというのは既に知られた話だが、ではこれの代用になるものは無いかと言うとそれほど多くない。
弓だが、よほどの剛弓でなければ魔獣の皮膚を貫くことはできないので現実的とは言い難い。比較的使いやすいのはクロスボウだろうか。滑車とテコの原理を利用して強烈な
ただ、これら遠距離攻撃用の武器というのは矢だったりボルトだったりと、矢弾が必要になるため経費がかさむ。それに素材に傷もつきやすく、魔獣素材を売ることでも生計を立てるハンターのあり方と食い合わせが悪い。
というわけで、新たな武器というものを発明できないかとマリーに相談しにきた時のことだった。
「待ってたよぉ!」
マリーはベッドの上でやたら露出度が高い格好をしていた。
具体的に言うと水着。ビキニタイプの、色味や外観は派手というわけではないが悩ましげなポーズを取っており、見ようによっては誘惑してきているようにも感じられる。どこから調達してきたんだと思ったがパトリシアさん経由か。
若干お腹に肉が乗ってる。前より遥かにマシだが。
俺は言葉無くそっと上着をマリーにかけた。
「反応しろよぉ!!」
「季節の変わり目は風邪を引きやすいぞ」
「せめてうろたえなよ!」
「ダイエット成功したようで良かったよ。いい仕事だったパトリシアさん」
「お褒めにあずかり光栄です」
「格好!」
めんどくさ。
確かに夏の間も外に出られなかったしプールも楽しめなかったのは正直申し訳ないけどこんなことに水着使うか普通?
こういう時の対応の正解わかんねぇよ。助けて兄上(下の方)。
「こう……あるだろ何か!」
「どんな言葉が欲しい?」
「ぬっ、ぐ……」
「村長様。殿下は褒め言葉をいただきたいものと思われます」
「パット!」
「似合っているよ。だけどみだりに男の前で肌を晒すものじゃない。生まれ持った品性に傷をつける」
「堅物がぁ……!」
……俺も俺で割とニブいところがあるって後輩に言われることはあるが、流石にこう何度もアプローチかけられるとこいつ俺のこと好きなのか? とか思っちゃうからやめてほしい。
だいいち万が一にも傷物にしたら帝室を敵に回しかねないし、俺だって色々仕事と趣味で誤魔化してるけど結局我慢してるだけだからいずれ限界は来るんだぞ。
「実は村長様はアッチの能力が無いということはありませんか?」
「そういうわけじゃない。ただ死ぬほど我慢してるんだ」
「我慢」
純正血統の貴族ナメんな。
俺の一挙手一投足は見られてるし全ての行動の責任は貴族として家にのしかかるし、最悪治安にも関わるとして徹底して教育受けてるんだ。末弟とはいえ血統だけはガッチガチの侯爵家で変に外に血筋残したりしたら争いの種になりかねないしな。
学院でもその辺の教育は滅茶苦茶厳しかった。まあ結果は俺の兄上やらトビー含め個人差はあるが。
「ホレホレ」
「視界封印」
「クッ、心を閉ざす速度が早い!」
「殿下たちいつもこんなコントみたいなことしていらっしゃるんですか?」
上着をピラピラし始めた段階で俺は石仮面を生成・装着して視界を完全封鎖した。
以前の件もあって俺の危機対処能力は更に高まっているぞ。
「で、肝心の仕事の話だが」
「あー、うん。魔杖に代わる対魔獣用の中~遠距離用武器を発明できないかどうかって言ってたね」
「現実的にはボウガンが適当なのかもしれないが、経済的にあまりな……」
「矢弾にお金がかかるから、でございますね」
「アイデア程度でもいいんだが」
「ま、それこそボクの頭脳の使いどころではあるね。ちょっと待ってて」
どうやらマリーはタブレットを操作して図面を引き始めたようだ。俺は時折質問に応じつつ、パトリシアさんと食事の方針や料理当番などについて脇で話して邪魔にならないようにしておく。
そうして小一時間ほど経った頃、「よし」とマリーがタブレットを置く音が聞こえた。
「終わったのか? 流石早いな」
「昔聞いた
「服着た?」
「どっちだと思」
「今はちゃんと着ていらっしゃいますのでご確認をどうぞ」
「あっ、コラ」
石仮面をずらして確認すると、確かにマリーは上着を前で止めてちゃんと体を隠していた。
これでまあ安心と言えば安心か。タブレットを覗き込むと、奇っ怪な形状の……棒? 銃? のようなものが映し出されていた。
「何だこれ?」
「杭の射出機。杭に魔法効果を付与して射出する感じかな」
「杭じゃないとダメなのか?」
「ある程度の質量が無いとダメだね。今の技術力だと、いわゆる『銃』ってやつの弾丸に術式を刻むのは流石に大きさが足りなさすぎるよ」
なるほど、それで積層構造にした上で多量の魔法式を刻み込むことができる杭の形状が必要なわけか。
「どういう原理なんだ? この棒で杭を挟み込んで……火薬で打ち出したり?」
「ううん、磁力の作用を利用するんだよ。フェデリカさんの戦い方は見たことあるよね」
「そうか、刀身同士を反発させて瞬発力を生み出して……」
「それを利用して杭を打ち出す。ただ……魔道具だからね」
「
「術式を刻んだ上に射出時の圧力、衝撃に耐えて着弾しても傷つかず再利用できる、くらいじゃないと魔杖の代用ってことにはできないと思うんだよね。銃身はともかく、杭の製造に魔晶くらいは要るよ」
「……軽く見積もっても500万は要るか」
「経済的に問題があるからボウガンを見送ったのにそれでは本末転倒ではございませんか?」
「うん……まあ……」
初期投資がエグすぎる。多分効果自体は発揮できるんだろうが……それに素材に傷もつきやすい。
……いざという時のための最終兵器みたいな扱いにして、村の自警団の装備にするとか?
「あのさレスター。ちょっと一回作ってみてから有用性を検証しないかい?」
「それは俺も少し考えてた。必要なものは?」
「さっきも言った通り魔晶がそれなりの量必要になるね。あとは魔道具を作るのに標準的な材料があれば」
「分かった。ちょっと調達してこよう」
「頼むね」
ま、仮に欠陥兵器になるにしても一度は試作して検証してみないと何も分からない。使い道が無いなら無いで鋳潰せばまた何かに流用できるだろう。
そんなわけで再度ギルドに行ってトビーに話をつけると、去り際にふと思い出したように声をかけてくる。
「お前いつもと印象違ェけどどうした?」
「……あ」
そういえばいつもの上着マリーに預けたまま返してもらってないわ。