秋も深まり徐々に気温も低くなり始めてきた頃、俺たちの洞窟開拓は唐突に一時中断させられることになった。
原因は別に政治的なアレコレでも作業員でもある俺が病気になったとかでもない。ごく当たり前の物理的な障壁である。
「水たまりですね」
「地下水脈か」
「地底湖です」
……まあ言い方は色々あるが。
要するに、鉄道を通す予定の場所に水場があるのが問題ということだ。
災禍の洞窟は魔獣の巣窟である。そのため、水場というのは相当……難しい場所だ。
水棲の魔獣が水脈を通って現れることもあるし、以前俺がハンターたちに示したように洞窟の魔獣は自身の領域を広げる方向に進化している傾向がある。水場を増やすために陸地を削り取る魔獣が現れることだってあるだろう。
ただ漠然と鉄道を通してしまうわけにはいかない。魔獣が現れないようにこれまであちこちの道を舗装して壁を固めて来た以上、水場という何がやってきてもおかしくない場所を警戒するのは当然のことだった。
「これまでに被害などは?」
現地を見回しながらラシェルさんに尋ねたが、彼女は首を横に振った。
「今のところはありません」
「今のところは――ですね」
今後どうなるかは分からないということだ。
何せ水場だから、どこから何が流れてきてもおかしくない。今までクリスとリンデとマリーが既にこの洞窟から流れてきてるんだ。今更何が出てきたって驚きやしないぜ。
「あ、水竜が」
「始末してきます」
「…………」
水竜。長大なサーペント――ワーム型の水棲ドラゴンとは異なる種類の、太い胴体を持つドラゴンである。長い首を持っていて水場に適応した生態をしており、多くは高位魔獣に認定される。
クリスは湖面を凍らせて道を創り出し、いつものように神速で水竜に接敵。自分に向けて開かれた顎を鎖で無理矢理に閉じさせると、下顎骨の間から槍で頭に一撃を入れて砕き割ってしまった。
…………今更何が出てきたって驚きやしないぜ!
「こういった魔獣が現れる可能性があるのは問題ですね」
「ええ。クリスさんがいらっしゃって助かりました」
俺とラシェルさんは心を殺すよう努めた。今は驚きをあらわにしたり声を上げるべき場面ではない。多分。
クリスの働きは素晴らしいし後でちゃんと称賛を言葉にするが、それはそれとして村長としてのメンツを保つには「このくらい当然」という態度でいるべきだ。
……高位魔獣なんだけどな。ハイドラ種と同じで。しかも外の魔獣より強いはずなんだけどな。
まあ元々、地上に出てくるために洞窟で進路上の魔獣を殲滅して来た実績もあるし、大したことない相手だと思ってはいるかもしれない。
「毎回現れるとも、陸地に上がってくるとも限りませんが、列車の運行においては相当な脅威になるのではないでしょうか」
「こちらとしても報告が上がってきた段階で対策は考慮しております」
ラシェルさんたちがあまり警戒しておらず、ハンターたちも唖然としているあたり、水竜ほどの高位魔獣が現れるのは初めてのことだったのだろう。
つまりこのレベルの高位魔獣と遭遇する確率そのものはかなり低い。しかし今回のようなことがある以上、何かしらの対策は必ず必要になってくる。
「一つは迂回。ただ、これは元々の計画から外れるし、鉄道の敷き方も変わる。あまり望ましくない」
「そうでしょうね……村長さん、他の候補はありますか?」
「壁を作って湖そのものを隔離する」
「あまりおすすめはできません。水竜も現れるようですし、隠れた場所で浸食を受ける可能性が高いでしょう」
「ええ。個人的にも、隔離してしまっては水産資源を得られないのでこれはやりたくない」
水竜が現れるということは、相応に食料があるということだ。水棲の魔獣なり魔魚なりがいればこれも「資源」になりうる。
俺の料理のレパートリーも増えるし、ギルドの食堂に卸すことも可能だ。土産物も増やせるかもしれない。ものによっては養殖なども考えられるだろう。だから、できれば隔離というのは考えたくない。村の産業が一つ増えるかもしれないわけだし。
「となれば?」
「堤防を作って管理……ですね」
言わばノータッチで鉄道を通すことと、壁を作って隔離することの折衷案だ。
この上で、監視を強化しておく。ついでに壁面を整備するにあたって水脈を調査。魔獣が通り辛いように金網などを設置したりして……それでも水竜が現れたらハンターを派遣するなりクリスに突撃してもらうなりして対処する。現時点で考えられるのはこんなところか。
「景観は少し残しておきたいというのもありますから」
「……確かに、列車から見えるのがずっと同じ風景になってしまいますね」
言うまでもないことだが、洞窟に鉄道を通すのだから外に見える風景というのはだいたい堅固に塗り固めた壁面くらいのものだ。
乗客の精神状態も考慮して、ある程度変化をつけておきたい……というのはちょっと贅沢な話だろうか。
単純に水場が見えるだけじゃなくて壁にペイントを施したり各所の特徴を残したりというのもアリかもしれない。観光としてもちょうどいい。
「では、少々お待ち下さい」
さて、ここからは俺のいつもの作業だ。組み換え魔法を用いて周辺を整地しつつ、岩塊を移動、足りない部分は魔力で岩を生成して湖を囲うようにして高めに堤防を作る。
が、普段は堤防なんて作らず、周囲の壁面を固めるだけに留めている。堤防まで作るとなると相当量の岩が必要になるので……結果、ここで俺の魔力が尽きてブッ倒れた。
「レスター様ー!」
「村長さん……言えば他の者がお手伝い致しますが……」
「その発想がありませんでした」
普段俺一人でやってたからね。フハハハ。
……いや割と真面目に何で俺一人でやってるんだろうな。適性の問題でそうする方が早いというのはあるが。
慣れか。慣れだな。もうずっと一人でやってたから……フフハハ……はぁ……。
「クリス、魔道具の設置を頼む」
「は、はっ」
俺はその場に突っ伏したまま、ポーチの中にあった監視用魔道具をクリスに手渡した。
クリスは水竜をハンターたちとギルドの職員に引き渡すと、代わって魔道具を手に迅速に見渡せる場所に設置しに行った。
「なぜそのまま行動できるんですか……」
「慣れですね」
「失礼ですが若干引きます」
「存じております」
俺だって俺と同じことしてる阿呆がいたら引くわ。
ただブッ倒れたまま作業するのはそれほど珍しいわけではない。俺がやるしかないことが結構あるし、マリーと二人で魔道具作りするのに揃って調子に乗ってやらかすこともあるし……。
元々、人数が少ない中で回していたこともあって過労気味なのもある。嫌なことに慣れてしまった気しかしないが致し方ない。
ともあれこの日の作業はこれで中断。俺はクリスに背負われて帰るというちょっと恥ずかしいことになった。
「さて、と」
翌日。俺たちは水竜の爪や皮、鱗といった素材を売り払った「後」のものを貰うことになった。水竜の肉だ。
厨房の真ん中にドンと置いてあるのは、赤黒いがよく脂の乗った水竜肉。今日はこれを使って料理をするつもり――だが、リンデとマリーも当然のように一緒にいた。当然味見目的である。
ついでにフローやいつも俺の執務室に入り込んでいる雨タヌキなどもいたりする。毎日のように来るのでそろそろ名前でも付けてやるべきかと悩ましいところだ。
「軽く味を見たがクジラ肉に近いな」
「クジラ?」
「海にいる巨大な動物だよ。リンちゃんが獣化したのと同じくらいデッカいよ」
「何それドラゴンの仲間?」
「よく知ってたな。帝国にはいないだろう」
「実際に見たことは無いよ。知識だけ。レスターは何で味まで知ってるのさ?」
「師匠に食わされた」
ひどいことを言われはしたが、修行そのものは真面目にやってくれたんだよな師匠。
修行時代に色んな場所を飛び回っていた時、色んな珍味やゲテモノでも一度は食べて味を知っておくように言われていた。クジラもその一環だ。
「ただ、クジラほど癖は無い。薬味を多く入れる必要は無いだろうな」
「クジラは癖があるのかい?」
「血の味が結構な。鉄臭いし獣臭い」
「ケダモノなのね……!?」
「…………哺乳類ではあるが」
師匠はこれを見事に調理して絶品料理にしてのけた。なお即興料理のため、再現性は無い。感覚派すぎて何をどうしたかを言語化できないのだ。俺はそれをなんとかして文章化してレシピ化するのを当時は主な仕事にしていた。
で、この水竜肉だが……これなら調理はシンプルなものでいいだろう。というか魔獣肉はシンプルな方が本来の旨味が出やすい。
まず一品目は薄切りにした生肉を野菜とともに盛り付け、調味液と和えて……と。
「じゃあまず一品目、水竜肉のカルパッチョだ」
「生肉だね」
「竜だけどイノシシとかの肉に見えるわ」
「まあ食べてみてくれ」
「ホー」
「ぶふ」
俺はカルパッチョに使ったアスパラの硬いところを雨タヌキに、ズッキーニの切れ端をフローに与えながら二人に促した。
今回のカルパッチョの野菜の量は多めにしてある。これは水竜肉の特性を考慮したものだ。
「ん~。お肉も美味しいけどお肉のおかげで野菜も美味しい」
「双方が双方を引き立てているようだね。見た目サシが入ってて脂っこそうだけどサラサラしてるね」
「そうだな」
でも脂は脂なのでそれなり以上にカロリーはある。
言うまでもないことだが、今日の試食のことを報告すればパトリシアさんから今晩の食事などに色々と制限が入ることだろう。
「野菜との相性が良さそうなんだ。で、次はコレ」
「葉野菜の上に乗った……から揚げかな?」
続いては調味液に漬け込んだから揚げ。これはレモンと、更にレタスと一緒に出すことにした。師匠はタツタ揚げって言ってたっけ。語源はよく知らない。
先程も言ったように野菜との相性が良いというのは大きい。揚げ物にすると少々重みは出てしまうが、野菜を上手く使うことでこれを軽減しつつ互いの美味しさを引き出すという目的だ。
「これもいいわね、脂はちょっと重いけど……」
「ギルドの食堂向けのメニューとしてちょうど良いんじゃないかい? 確か野菜を食べない人が多いって嘆いてたって聞いたけど……」
「ああ……とはいえ苦手意識は本人の問題だからな、偏食を改善するのは難しい」
特にギルド……というかハンターは、なんというか……好き好んで好き勝手なことをしたいって人の集まりな部分がある。
好きなものだけ食べる、好きなもの以外は残す、というようなワンパクさを持った人がいても仕方ないところがあるというか……バランス良く食べないと成長しないぞ、と言って聞かせてるローラン少年やその周りの人たちは割と何でも食べる傾向にはあるが、全体的には好き勝手やりたい人の割合が多い気はする。
とはいえ料理人としては食べてほしいよな、用意したものは。うむ……難しいのは分かるんだが。
「一度卸して感想待ちってところだな。じゃ、試食は次で最後だ」
「おや、今日は控えめだね」
「試食だしな。あと……」
「うっ」
厨房の入口からじっとこちらを覗き込んでいるパトリシアさんに気付いたマリーは、思わずうめき声を上げた。
獣人種だからな……クリスもそういうところはあるが、鼻はきく方だろう。調理を始めた段階でもう把握していてもおかしくはない。
「殿下……」
「し、試食係だから……」
「……本日の摂取カロリーは確認させていただきます」
「うぐう……」
……夜はちょっと控えめに食べられるものを選ぶとするか。
さて、ともかく最後の試食メニューだ。
「まあ簡単なメニューなんだけどな。水竜肉のロースト炭火焼きだ」
「おお……メインだね」
「これぞって感じね! で、これもやっぱり野菜つきなのね」
「ああ。好みでソースと、薬味も用意してあるから一緒に食べてみてくれ」
キャベツの芯を煮て柔らかくした後冷やしたやつに水竜肉の切れっ端を巻き付けたやつを雨タヌキに与えると、ものすごい勢いで食べ始めた。どうやらお気に召したらしい。
逆に葉っぱで脂身を包んだものをフローに与えると、これも結構気に入ったようだ。うーむ……人間用じゃないから味付けしてはいないが、ちゃんと味付けしてやれば結構いい感じに料理になるか……?
まあともかく。
「んー、美味しー! やっぱり魔獣のお肉ってシンプルな方が味がよく出るわね!」
「レスターって結構ロースト系作るよね。得意だったりするの?」
「いや、得意ってほど得意なものは無いよ。ただ魔獣肉には一番合う調理法だとは思ってるけど」
俺にとって得意と言い切れるほど得意な調理法というものは無い。重要なのはできるかできないかだ。あとはそれを素材に合わせて変えるだけ。
トビーから言うと器用。だけど師匠に言わせてみれば全部半端。俺の得手不得手はそんな感じだ。学んだことは学んだだけ出力できるのが唯一得意と言い切れる部分だろうか。
「これからは継続して水産資源も入ってくるようにできればいいんだけどなぁ……」
「それならボクはどちらかと言えば海の方が好きなんだけど」
「そっちはそっちで別に問題があるからいつになるやらだ」
最寄りの元トラヴァーズ港がどうなってるか、今はもう想像しかできないが……海かぁ。
俺もいつかは海まで行くことがあったりするのだろうか。正直この村の独立自治権だけ得られればそれでいいんだけど、爵位によってはもうちょっと広い管轄になる可能性もあるし。
ま、今そんなこと気にしても仕方ないか。洞窟の整備も順調にいきつつあるし、開通してからだ。