「そういえばずっと村にいるけど、王都に戻ってコンサートとかしなくていいのか?」
「あァ?」
結局断りきれずに週2くらいのペースで参加させられているバンド練習会。ギルド地下の専用練習室で、ふと俺は思い立ってそんなことをトビーに尋ねてみた。
トビーとフェデリカさん、エーゴンさんの3人とラシェルさんは、今でもちゃんと音楽の練習を欠かしていないことで分かるように、まだバンドと兼業している状態で解散宣言などはされていない。
調べる限り依然として人気は衰えていないし、待っているファンもいるんじゃないだろうか、そう考えての疑問だった。
「今ンとこサラク村の方優先だ。こっち来る前、しばらくできねェっつー報告もしといた。問題ねェよ」
「そっか。ならいいんだ」
「小僧ならすぐにでもやるかと言い出しそうだと思ったがのう」
「やる機会がありゃやるさ。レスター、今すぐ祭りでもできねェか?」
「住人も足りないし資源も足りない。できてたまるか」
俺たちは今のところ100人足らず、その中でも半数はハンターが占めており、村から出ていってもおかしくない程度の、言い方は悪いが腰の軽い立場なわけだ。
他も大多数はギルド職員など、異動の状況によっては村を離れても致し方ないかなという立場。支部長のトビーやマネージャーのラシェルさんなどはそう簡単に離れはしないだろうが、確実に村民と言えるのはそう多くない。そんな状況で、しかもこれから冬を迎えて備蓄を増やしていかないといけないのに祭りなんてやる余裕は無い。
「そもそも祭りと言うならお題目は何だ?」
「武闘会」
「却下だ」
一般的に武闘会は祭りとは言わない。イベントと言えばそうだが。
確かにハンターの多い現状、ストレス解消に模擬戦みたいなことをやるのは構わないが……怪我をすればそれだけ戦力が減る。洞窟の整備に大打撃を受けることになるだろう。
それにかなり厳密に階級分けをしないと、例えば全員参加したとしてもクリス一人で全員蹴散らすとかそういう可能性は高い。クリス自身は参加したがらないだろうが。
「でもよォ……フェデリカだって歌と武技を鈍らせたくねェだろ」
「いや、アタシ今の状況で結構満足してるし……畑で土いじりしながらたまに魔獣狩って、可愛い同居
「チッ、環境に慣れやがって……」
「冷静に考えたらサラク村の環境に慣れるのってすごいことじゃないか?」
「ダハハッ、言えとるわい」
「…………」
今も三つ星四つ星ハンターたちはヒーヒー言いながら洞窟の魔獣を駆除している状態だ。その中で鼻歌でも奏でながら流れ作業のようにポンポン魔獣の首を刎ねていくフェデリカさんは、慣れたと言っていいのかもしれないが……慣れられるだけの強さがあるからこそとも言えるか……。
その辺俺たちも大概と言えば大概か。仕事に追われているとはいえそれ以外は結構のんびり暮らしてるようにも感じられるし。クリスの戦闘力ありきではあるが。
「あァー……クソ、レスターに言われたせいで
「村長さん余計なこと言った」
「……申し訳ない」
フェデリカさんに恨みがましい目を向けられ、申し訳なさで目を瞑る。
俺は部外者だけど、直接的に関わってくる彼女たちは確実に巻き込まれることになる。トビーはこうと決めたら速攻で何もかも勝手に決めるからな……学院時代もそれで色々巻き込まれて、その結果が3年でトビーを詰める会合計99回の記録だ。
まあいざとなれば通算101回目の開催も考慮しておくか。この分だと早々にやることになりそうだが。
「おい、ちょうどいい演奏場所とかねェかよ」
「サバルならイベントが無ければどこかしら空いてるんじゃないか」
「よォし行くぞサバル」
「うぇ。師匠だけ行ってよ」
「ギターソロだけで満足できるワケねェだろ。お前らも行くぞ」
「ワシ仕事あるぞい」
「アタシも別に忙しくないわけじゃないんだけど」
エーゴンさんは鍛冶師としてハンターの武具の手入れに忙しくしているし、フェデリカさんはのんびりした暮らしに適応しつつあるが、ハンター最高峰の実力者として他のハンターのカバーをしながら時折クリスの代わりを務めてくれてもいる。とてもじゃないが到底暇とは言えない。
まあ二人とも決して代わりを務められる人間がいないわけではないが。鍛冶師は他にもそれなりの人数がいるし、森の中にいる魔獣の相手は四つ星ハンターでも十分に可能だ。一日空ける程度なら問題ないし、それを把握していないトビーではない。アイツはそういう悪知恵はよく働く。
「何素知らぬ顔してンだお前も行くんだぞレスター」
「はぇ?」
「ほぁ?」
後日、俺はなぜか大入り満員の野外音楽場――それもステージ上に連行されることになった。
俺の周囲にはベース、ピアノ、ヴァイオリンの三種の楽器、頭には馬の被り物。今から曲芸でも始めますよという準備にしか見えないが、そういうつもりはない。
いや本当にこういう、ステージに立つつもりは全く無かったんだけど。何で俺ここにいるの?
我村長ぞ?
「……今日は突然のライブだっていうのに集まってくれてありがとう」
フェデリカさんのよく通る声の挨拶に、困惑気味の歓声が上がる。
そりゃそうだ。見に来たのはトビーたち人気バンドの"明星の猟団"であって、被り物をした曲芸師らしき変質者ではない。
俺もこの場にいるつもりは無かった。何してくれてんのアイツ?
「急なことで短いライブになるけど……ね」
「ところでお前ら、気になってるとは思うが……いつもはいねェ奴がここにいる。紹介しよう。臨時メンバーのレ……」
顔隠してんのに本名言うんじゃねえこの野郎という気持ちを込めて睨みつける(俺の顔は見えてない)と、怒気を感じ取ったのかトビーはわずかに額に冷や汗を流した。
「スタリオンくんだ」
誤魔化し方が下手!
俺の名前言いかけたところから無理矢理軌道修正したからか、前から続く文字と合わせて普通に名前の要素がほぼ入っちゃってるじゃねえか。
「コイツのおかげで音楽の幅が広がってっからな……俺らの新境地を見せることができるはずだぜ」
「結構無理言ってついてきてもらったんだよ。まあ、楽しんでいってほしいな……」
フェデリカさんのコメントが若干の申し訳なさを醸し出している。無理を言った以前に、まず何も知らされず不意討ち的に連行されたんだけど俺?
あと音楽の幅が広がってるとは言うが、俺が音楽の幅を広げさせられているというか無茶振りありきで数々の楽器に適応させられている状態だ。
トビーのような超絶技巧は無いのでそもそも俺は練習のための人材とばかり思ってたんだが……何で俺ライブに出させられてんの?
……いや、村に来たその日に参加させられてるんだが。あれもあくまで観客3人、身内しかいないからこそのお遊びだから許されたことだと思ってたんだけどな……。
「兄さまの負担がデカすぎない?」
裏手から覗き込んでいるリンデからの小さなツッコミが俺の負担をそのまま示している。
隣で繊細に風の拡声魔法を使って音響を調整しているラシェルさんが、申し訳なさそうに顔を伏せた。
俺、普通に演奏できるって程度の腕前なんだけど。そんな俺に楽器3つも使わせるって何さ。
ちなみにクリスは今日は留守番である。ハンター最高戦力のフェデリカさんがこっちにいるのでマリーの護衛と村の防衛をお願いしている。
「まァ何とかなンだろ。行くぜ」
行くぜじゃねえんだわ。
馬の被り物で見えてないけど、こんな人前に出るの想定してないから俺今冷や汗ダラダラだよ。
しかし、状況的にもう逃げ道が無い。元々ライブは学院にいる時にトビーと散々やってたんだ。その延長と思えばいい。
頭のスイッチを切り替える。なすべきことをなす、せめて貴族として不甲斐ない姿を見せるわけにはいかないという心持ちでやるとしよう。
さて、ともあれここで披露できるのは4曲ほどになる。列車の時間と、野外音楽場の利用時間の問題もあるためだ。
俺は曲ごとに使う楽器を取り替え入れ替えで半パニック状態だ。それでもなんだかんだ取り繕いきれば、俺の技術でも目立たず他の演奏を引き立てることはできたようだった。
外見的には悪目立ちするものの、演奏的にはそれほど目立ったところは無く、どうにかこうにかそんな感じで4曲の演奏を終えられた。
「マジでやりきるとかちょっとキショいな」
「自分がやらせといてお前……」
終わり際にボソッとトビーが呟いたが、そもそも会場と三種類もの楽器を用意して俺をステージに上げたのはこの男である。
それをギリギリでやりきったら気持ち悪いと言われるのだいぶ傷つくんだけど?
「今日はここまで、皆ありがとう。今アタシたちはサラク村で復興支援をしてるから……こうやって演奏を見せられるのは村か、この街くらいになると思う」
フェデリカさんのシメの挨拶に、悲喜こもごもの声が上がる。一応プロモーションはしていたようだから遠方から来ている人もそれなりにいるし、ここか
逆にここらに住んでいる人にとっては頻繁……とまでは言うまいが、見る機会が増えるかもしれないこともあって嬉しいことと言えるかもしれない。それはそれとしてサラク村にいるというのは心配な部分もあるだろう。事実死ぬほど忙しい上に危険地帯ではあるわけだから。
「村の住人も随時募集中だぜ。おっと……来るとしても春からだぜ。冬も近ェし環境も厳しいからな」
「魔獣も出るからね。来るならよく安全に注意して護衛を雇ってから、だよ」
あ、ちゃんと村の宣伝もしてくれた。そこのところはちゃんとしてるなアイツ。
……そのちゃんとした部分をもっと普段から発揮してほしいんだけどな。俺を巻き込まず。俺を巻き込まずに!!
「悪ィがアンコールは無しだ。突発ライブだかンな」
「またその内会おうね。それじゃ、また」
サラッとしたフェデリカさんの挨拶は、ステージ衣装とクールな雰囲気も相まって観客からの歓声を誘った。
果たして彼女が村ではのんびり土いじりしながらタヌキと戯れて過ごしていると言ったら信じられるだろうか。もしかしたら一見したら本人と気付かれないかもしれない。
俺も3人に続くように舞台袖にハケると、後ろからやはり困惑混じりの歓声が追いかけてきた。
困惑するよな。なんか唐突に大スターの集団の中に入り込んできたと思ったら普通に演奏を完遂して普通に下がっていく馬仮面なんて。しかも一言も発さずに消えていくし。
「お疲れさん」
「はっ倒すぞ」
「シメの挨拶にしちゃァ物騒だな……」
舞台袖に戻って馬のマスクを外した俺にトビーが挨拶をよこすが、俺が返したのは魔力の奔流だった。
物騒にさせたのはお前だよ。クッソ無茶振りしやがってよ。
「すまんの村長、うちの小僧が」
「本当……ごめんね……色々……」
「ギャラは振り込んでおきますので……」
そしてトビー以外の全員が恐縮しながら接してくる。
……殊勝にしてはいるけど、巻き込んだのは割と巻き込みましたよね? と言いたいところだがまあこっちは態度で示してくれているので許しておこう。
「何で兄さまあれ全部できるの? すごいと感心するより先にちょっと引くわ」
「酷くない?」
トビーに続いてリンデにまで楽器を全部演奏しきったことに気持ち悪がられてしまった。
だいぶショックだ。トビーならお前張り倒すぞで済むことだが家族同然の相手に言われるとキツい。
「酷くはねェよ。お前何でもできンの器用すぎてキショいんだよ。学院でも姐御が言ってたろ」
「でもトビーやフェデリカさんたちほど上手くできてない」
「俺らほど上手くできねェってだけでお前一流の奏者半歩手前くらいはできてっだろ」
「悪目立ちしそうで心配なんだが」
「俺ァ天才だから前に出てお前の粗隠すことなんざワケねェぜ」
大口をたたいているように聞こえるが、困ったことにこいつは本当に音楽分野では天才なのでマジでやってのけている。
それを理解しているので俺個人としては足を引っ張っているようで後ろめたさがあるわけだ。
何をさせても一流未満――師匠によって植え付けられた引っ掛かりは未だに俺にとってのコンプレックスだ。
「つかよォ。極められねェだけで俺がそれなり満足いくレベルでできてっだろ? 専攻分野でも一生二流三流で終わるヤツだって多いっつーのに一流半歩手前レベルで何でもできるヤツなんざ普通いねェぞ」
「それアタシも思った」
「それは――」
そう、か?
確かに器用だ器用だと言われていたが、そういう部分はある……かもしれない……のか?
「この俺に認められてンだ。自信持てよ相棒」
「お前は自信持ちすぎだ」
「天才に自信がねェのは逆に嫌味だぜ」
フハハ、と自信たっぷりの笑いでトビーは俺から背を向けた。
……俺とは根っこの考え方が違うが、コイツのこういうところは多少なりとも見習うべきかもしれない。
それに、なんとなく……心のつかえが少しだけ取れたような気がする。確かに自信は大事だ。少なくとも俺はこれまで自分の能力に対してそれを持つことができてなかった。
まあ、それですぐに何が変わるというわけでもないが……村長として前に出るにあたって、そしていずれ爵位を得たいのなら、卑屈さを改善するべきだろう。
それはそれとして楽器3つも使わせた心理的負荷は割と根に持つからなこんにゃろう。トビーを詰める回101回目の開催決定だ。