「そういえばこの熊、肉以外はどのようになさるのですか?」
食事も終わり後片付けを始めた頃、何の気無しにクリスがそんなことを尋ねてきた。
魔獣の素材というものは総じて高価だ。毛皮は元より爪や牙も加工によっては市販の武具を優に超える能力を発揮できる。金についての「アテ」というのはこれのことだ。
「基本的には全部売り払うよ。軽く見積もって……一頭あたり100万スフィア*1?」
「???」
「ごめん兄さま、姉さまが基準分かってないわ。米で例えて」
「米」
金の割合計算ではイマイチ分かり辛いという人に向けて、食品の数で例える事例は識字率の低い時期に実際に存在していた。
クリスが単純に金だけ提示されても分かり辛いと感じて自然にそれを求めてくるとは、将来有望な奴め。
まあ税収のそれとはだいぶニュアンスが違うだろうけど……。
「生米ならだいたい1000kg。茶碗多めに一杯で15000食分くらい?」
「……だ、だいたい分かりました」
だいぶぼんやりした理解をしていることは分かった。
恐らく数字が大きすぎて眼の前のもので例えても実感が湧いてきていないタイプだ。もしかしたらもっと別の例えをすれば分かるのかもしれないが、今の俺にそれを想像することは難しい。軍事的なアレコレなら分かるだろうか?
まあ、今は置いとこう。
「骨は料理に使えるから置いておく。その後は肥料にして……素材の販路は父上に一旦頼むか……」
「レスター様、それほど高価で売れるのでしたら、私が魔獣を狩ってくるのはいかがでしょう? 村の財政も潤うはずです」
「ん? んー……」
「たくさんお肉も手に入るしお金ももらえるけど、悩むことあるの?」
「……良い面と悪い面がある」
つまりクリスの言っているのは、これを村の主要産業とするのはいかがか、という話だろう。悪くない提案といえば提案だが――考慮に値する一方で問題が多くある。
「リンデの言う通り、肉も金も手に入るのは良いことだ。ただ、そのためには狩猟に出ないといけない」
「それは、当然そうなります」
「獲物が見つからなかったら延々探し続けるのか?」
「……あっ」
別に狩猟生活を一概に否定するわけじゃないが、難しいとも思う。
農業と並行して行うのは前提と言えるが、魔獣を狩ることによる利益ばかりをアテにするのは難しい。生き物だから生息域はどんどん変わっていくだろうし、環境の変わり方次第ではこの周辺から姿を消すということだってあるだろう。クリスの強さを考慮すると狩り尽くすということだってありえてしまうかもしれない。
「相手は生き物だから行動なんてコントロールできないし、場合によっては見つからずに成果ゼロってこともありうる。金のためだからって狩りすぎたら、今度は生態系に影響も出かねない」
「むむ……」
「そして金も稼げばいいというものじゃない。税金がかかるし、その年に稼いだ金額次第じゃ翌年から一気に大増税を食らう」
「何それひどい! お金を稼いだら損になるなんて!」
「ちなみにこの辺の制度を無理にいじろうとすると鉄道と街道と公共機関と軍の運営が立ち行かなくなる」
「なら仕方ないわね!」
その理解力の高さと手のひら返しにはちょっと感心するぞ。俺はこのくらいきっぱりしてても好きだけど、こんな早く手のひら返しされると顰蹙買うこともあるから外でやるなよ。
……とはいえ税金については確かに、国や貴族が反感を買いやすい一因ではある。特に高額納税者からは突き上げを喰らいやすい。
しかしさっきもリンデに説明した通り、街道を整備したり、鉄道の管理運営をしたり、軍人をはじめとする公務員の給金を出したり、図書館や国の学院の運営費に充てたり……国民の生活を豊かにするために様々な使われ方をしている。迂闊にこの辺に手を入れようとすると、明日から鉄道の運行本数を減らします、とか軍が動けないせいで魔獣や盗賊の被害が、ということにだってなりかねない。
「そこに関しては販売数を調整したりして対策はするよ。逆に、狩らなさすぎても今度は個体数が増えて被害が出かねない」
「む、難しいですね」
「そうだな、難しい。……でも、それで調整ができれば、60年前にこの村が滅びるきっかけになった魔獣の大発生も予防できる」
この言葉に、クリスの耳がピクリと動いた。
「学術的な理屈は一旦置いとくけど、簡単に言えば増えすぎた魔獣が餌を求めて地上に登ってきたというのがあの件の原因だ。捕食者の数を減らし、食物連鎖のサイクルを地下で完結させられればそう簡単に同じことは起きない」
――はず。
人肉を好んで食べるような
あと街に入ってきて商店で商品を食い荒らしたとか、そういうのも基本的には駆除すべきだ。定位置に食い物があると分かれば何度でもそこに襲いに来る。いずれ人も襲われるだろうし。
ともあれそういう事例を除けば、わざわざ住処を離れて人里に来たりは無い。野生動物というのは元来慎重なものだ。食べ物が無くなったりしない限り、縄張りから離れるリスクはそうそう冒さない。
……今の巣穴がどうなってるかは分からないけどな! 何せクリスが地上に上がってくる時に邪魔な魔獣手当たり次第に葬り去ってるから!
全部が全部現状維持でいいってわけではないけど、当面は何もしなくとも地上に進出してはこないだろう。
「だからクリスには、『必要に応じて適度に狩る』ことを頼みたい。感覚で頭数調整をするのはちょっと難しいけど、頼めるかな?」
「お任せください。身命を賭してやり遂げてみせましょう」
「い……いや、そこまで覚悟キメなくても、無理しない範囲で……」
同じことを繰り返させないという気持ち自体は大事だけど、それはクリスの心身の健康あってのものだ。
いずれ人を増やしてローテーションで狩りに出てもらうのがいいだろう。一人に負担をかけすぎるのは良くない。マジで。
……よし切り替えよう。切り替え。
「――で、仕事の話はここまでにしとこう! 折角の臨時収入だし、何か欲しいものがあるなら買いに行けるが、どうする?」
「あっ、じゃあ服が欲しい! 姉さまもあたしも全然服持ってないんだもの」
「あー……うん、そうだな。うちにあった服に穴開けただけの代物だからな、今……」
「服に……穴……!?」
「それを開けずに済まそうという話だ」
冷静に横からクリスがツッコんでくる。
そうなんだよ。だから文脈としてはエロスな話と対極なんだよ。
リンデが特に顕著だが、二人とも常人に無い角だとか尻尾だとかの器官があって、普通に流通している服は加工しなければ着られない。亜人中心社会の
可能ならやはり、オーダーメイドで作ってもらう方が都合は良いだろう。
「姉さまも新しい服欲しいよね?」
「え? い、いや、私はこれだけで十分……」
「それだけってわけにもいかないだろ……」
「えっちなことになるやつ?」
「洗濯の度に裸になりかねなくはある」
「えっちなことになるやつね」
ご満悦である。
クソッ、絶好調だなこいつ!
わざわざ覗いたりしなきゃならねーよそんな展開!
「こんなカッチリした服ばかりなのも良くない、そうよね兄さま?」
「……そうだな」
「レスター様!?」
「悪いけど実利的にも否定する要素が無い。時と場合と状況に応じた服装は持っていた方がいいのは事実だ」
例えば護衛として俺に同行するという場合でも、護衛「らしい」格好をしていない方が都合が良いこともある。
村の発展に伴って人が増えた時、カッチリしすぎた外見で村民を威圧してしまってもいけない。状況に応じた、そして個人の外見に応じた服装というものは確実にあるのだ。
……まあ眼帯着用の時点でだいぶ目立つんだが。
「俺は別にどんな格好でも少々気にしないし、気は進まないのも分かる。ただ、流石に取引先なんかに失礼になってもいけない」
「承知しました」
不満感が全身から出ているが、こればっかりは我慢して慣れてもらうしかない。
この軍服に似た作りの服はうちから持ってきた一着しか無いから、似た服を作るにも一回外には出ないといけないんだ。
そのうち服飾関係も村の中で完結できたらいいんだけど。
「いつ出るの? また
「もうちょっと近くの街だよ。出かけるのは報告と毛皮の納入を済ませて金を送ってもらってからだから、3日後くらいかな」
流石に毎回泊りがけで実家まで戻る気は無い。列車で2時間もかければそれなりに栄えた隣街に到着する。
……森を抜けるまでに一般人の足では一日以上、更にそこから列車で2時間の距離はとてもじゃないが隣とは言い難いというのは置いといて。それでも多少は……うん、村に戻る前に多少道を整備したから、もう少し早くたどり着けるはずだ。
「まずはやるべきことを済ませてからだな」
「……その間の姉さまって洗濯中は裸?」
「いや……流石に他の服着てくれ」
葛藤しているのかクリスの頭が無表情のままカタカタ揺れている。
そんなに嫌か。どっちが嫌なんだ。女物の服着るのと軍服っぽいの脱ぐのと。
……どっちもか。