まってい貴族とTSキメラの地元復興計画   作:桐型枠

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80.伸縮素材を採取しよう

 

 

「そういえばクリスたちって体全体を獣化するしかできないの?」

「……どういう意味だ?」

 

 屋敷地下室の工房、クリスの持つタトゥー状の魔法刻印について検証しながらふと思いついたようにマリーが呟いた。

 俺も思わずどういう意味だろうと視線を向ける。あくまで拘束・封印を解除するわけだから、体全体が獣化するのが普通のことではないのだろうか?

 

「ほら、例えば腕だけとか足だけとか部分解除したり解除率を操作したりさ」

「……すまないがどういう意味か分からない。そういう発想自体が無かった」

「あ、そう?」

 

 そもそもクリスは平時から人間としてもほとんど無敵と言っていいほどに強い。獣化そのものの必要が無いんだ。

 洞窟を脱出した時だとかのどうしても殲滅力が欲しい場合や、素早く移動しなければならない……マリーを外に運び出した時などくらいしか獣化した例を見たことがない。

 だからそもそもマリーの言うような部分解放とか限定解放といった発想自体が生まれない。俺も付き合いはそれなりに長いのにそんなこと思いつきもしなかったくらいだ。

 

「なぜ急にそんなことを?」

「急にポロッと思いついただけだよ。一応この刻印って部位ごとに分けられてるでしょ? だったら起動も部分ごとにできておかしくないと思ったんだよね」

「理屈としてはそうなるな」

「でもやる意味あるのかしら、それ」

 

 隣でクリスに教えてもらいながらゆっくり体を動かしているリンデが首を傾げる。確かに、体の一部分だけ獣化できたとして、それが何の利点になるだろうか。

 ……突然リーチを伸ばすとか? しかし、そんなことしなくともクリスの動きは素早いし、射程距離を幻惑する程度なら自力でも十分に可能だ。

 

「さぁ?」

「そんな無責任なことを」

「ボクは可能性を示してるだけだよ、兵士や戦士じゃないからね。活かし方はよくわかんないから自分で検証してほしいな」

「そう言われてもだな」

 

 別に必要無いだろう、と言いつつクリスは上着をめくって右肩から先を露出した。

 直後、刻印が暗く魔力の光を灯し、黒い魔力の帯が紐解かれてわずかに腕が変異しかけ――自身の意思で解放を止める。

 腕が甲殻に覆われ、尖った爪が伸びた状態だ。一見すれば鎧の籠手のようにも見えなくはない。実際、クリスがそこに槍を軽く添わせると、軽い金属音が聞こえてきた。氷狼の形質と甲虫の形質が微妙に出てるだけで止まっている。

 かっこよ。

 

「できた」

「そんなあっさりできていいことなのかなこれ」

「……咄嗟の防御の役には立つかもしれない」

「へー……あたしもやってみようかしら」

「リンちゃんはやめといて。制御間違えたらこの屋敷吹っ飛ぶから」

「むぅ」

「実際実家の離れ吹き飛ばしたことがあるしなぁ……」

 

 領都で領民登録したときのことだったな。あれは徹夜で事務処理をしたこともあって地味に苦い記憶だ。

 工房にするために天井を高く作っているおかげで、クリスならギリギリ制御を誤っても問題ないが……まあ、それはそれとしてギッチギチになるだろうな。

 

「で、この部分解除ができるのが何に影響するんだ?」

「んー……色々考えたんだけどね、獣化した状態で衣服を着せるでしょ。で、服の方にも刻印を刻んで、人化する時に変化に『巻き込む』。こうすることで衣服を体の一部と誤認させることはできるはず」

「なるほど、そんな手段が……」

 

 でもその手段にも何か落とし穴があるんでしょう? と俺は軽く顔をしかめた。

 マリーも理解しているのか微妙な顔で応じた。やっぱ何か問題はあるんだな。

 

「ただし人体の一部として認識されるから、もしかすると脱げないか、脱げたとしても質量が元に戻ってその場でドカンと膨張する。もう一回獣化しないと再着用できない」

「ダメじゃない」

「あと人体と誤認してるからやっぱり裸になる可能性もある」

「裸にする気なのね?」

「今は言っていいぞ」

「裸にする気なのね!?」

「変にノせないでよ!?」

 

 外部の人間がいない今、そこまで外聞を気にする場面じゃないのでリンデの下ネタが出てもあまり問題はない。

 言われる側の身にもなってみろと言われるとそうだが、俺が度々言われているのでたまには同じ気持ちを味わってほしい。

 

「主題は獣化しても服が破れないようにすること。うーん……あとはそれこそ伸縮性の高い素材を使うか、魔道具を使うか……もしくはその両方」

「なかなかハードルが高いな。金銭的には大丈夫だと思うが」

「大丈夫なのですか?」

「十分に足りる」

 

 なんなら魔獣素材使って更に魔道具を取り付けてもかなり余るんじゃないか。クリス自身のおかげでそれなりに稼げてるし本人の貯金だって相当残ってる。

 獣化が必要になる局面がそうそうあってほしくはないが、万が一を考える必要はあるだろう。

 

「しかし、そこまで伸縮性の優れた素材なんてあるものだろうか?」

「ボクらのすっごい身近にあるけど」

「……雨タヌキの毛か?」

「正解」

 

 両手でこちらを指差してくるマリー。なるほど、確かに雨タヌキの毛は水を吸っただけで膨れ上がるものすごい膨張率の素材だ。素の状態で引っ張っても、相当な力が無いと千切れないだけの頑丈さがある。

 換毛期に合わせてブラッシングしてやるとものすごい量の毛が取れたものだ。可能な限り集めて保管してあるが、アレをより集めて糸にして、縫製すれば……。

 

「生え変わりの時期に集めておいた毛を紡いで糸にすれば……」

「夏毛だったから流石に足りないね。もうちょっとあれば足りる……とは流石に断言できないけど」

「……刈るか?」

「もう寒いし可哀想よ」

「別に今すぐでなくともよろしいのではないですか?」

 

 マリーは俺に視線を寄越した。やろうよとその目が雄弁に語っている。

 ……放置したら怖いな。もしかしたら勝手に毛刈りを始めるかもしれない。マリーにやられるよりもこっちである程度制御した方がいいか。

 

「2頭くらいを選んで毛刈りをさせてもらう。ただし、雨タヌキたちにも負担になってしまうのは事実だ。代わりに優遇策を取る」

「優遇策って?」

「まあちょっと色々とな」

 

 若干無理矢理ひねり出したので小屋に向かう前に改めて考える必要はあるが、今日まで見てきた雨タヌキたちの様子を見る限りかなり賢いし、取引の余地はあるはずだ。

 今後も同様の手法が使えるのなら継続して毛の採取ができるだろうし、それを村の加工品として売り出すこともできるだろう。

 

 そんなわけで数分後。クリスと共に雨タヌキの小屋に到着した俺は十数匹の手荒い歓迎を受けることになった。

 どうも俺イコール食事の時間と思っているフシがあり、ごはんですか? とでも言いたげにこちらにしがみついてくるせいだ。

 

「今日は2頭くらい毛を刈らせてもらいたいんだ」

「!?」

 

 どうしてタヌキにそんなむごいことができるのですか? とでも言いたげに雨タヌキたちは震えて互いに身を寄せ合った。

 やはり寒い時期に毛刈りは酷か……しかし、雨タヌキの冬毛はどうにも長く、引きずってしまっていて不潔に見えてしまうのでせめてちょっとトリミングくらいはしてやりたいのが実情だ。

 まあそちらはブラッシングの時にしてやるとして……と。

 

「怯えていますよ」

「そういうつもりじゃないんだが……」

 

 クリスの戦闘力の高さのせいで強引にやると思われているかもしれない。

 しかしこれはあくまで志願制というか……できれば自分から身を委ねてほしいところだ。そのための手も用意はしてある。

 

「もちろんただ毛を刈るだけじゃない。毛を刈ったら水も吸収できないだろうし、身を守る力も弱まる。だから毎朝の水やり当番からは外れていい」

「ぼふ」

 

 お、ちょっと反応が上向いた。

 やっぱりあれ面倒は面倒だったんだな。元は普通に俺たちの仕事だったから気持ちはとてもよくわかるが。

 

「そしておやつのランクをひとつ上げる」

「!」

「更にもう一つ。お風呂に入り放題だ」

「!!」

 

 目が輝き始めた。

 雨タヌキたちは水場に生息している生態もあって、基本的に暇さえあれば水回りで遊んで水に浮かんでいる。暑さ寒さはそれなりに感じているので夏は水、冬は温水が一番いいようだが、とにかく水辺にいるのが一番調子がいいようだ。

 しかし、ずっと浮かんでいては他の雨タヌキが風呂に入れないし、水があれば吸水して膨れ上がってしまう。そのためあまり大勢入っていると人間の方が入れない。それどころか毛に埋もれて呼吸困難で死ぬ可能性すらあるので、基本的には当番や持ち回りを決めてローテーションで風呂に入ってもらっている。

 それを無視して入り放題だ。彼らにとってはかなりの魅力だろう。

 ……変な話、毛刈りしたら生え揃うまで長期休暇取っていいよ、という話である。

 

「ウルルッ! グルッ!」

「ふもふもふも!」

「ぼへぇ……」

「急に醜い喧嘩を始めましたよ」

「…………」

 

 モノで釣る作戦は成功したが、成功しすぎたか……。

 雨タヌキたちがぽこぽこ互いに膨れ上がった毛皮でぶつかり合っている。まだ小競り合いだが、ケガをするような喧嘩に発展する前に止めた方がいいだろう。

 

「順番だぞ順番。全員ちゃんと順番は回ってくるから……」

「ぼふっ」

「急に喧嘩をやめましたね……」

「…………」

 

 先に説明しておくべきだったか……。

 ともあれ、あまり順番争いをさせるべきではない。その場でランダムに2頭を選ぶと、特段の抵抗も無く大量の毛を刈らせてくれた。

 あまり切りすぎても見た目が貧相になってしまうので、短毛の犬くらいには残すような形だ。見た目もスッキリして本当に犬のように見えなくもない。いずれにせよ可愛らしい。

 生物種的な意味ではおそらく犬だが。

 

「まるで犬のようですね」

「わん」

「本当に犬のような鳴き方をしないでくれ」

 

 懐き方も微妙に犬っぽいが。

 ともあれ無事に2頭分の毛を採取できたこともあり、俺は安心してマリーに採取完了を報告できたのだった。

 

 

「まあ服1枚分くらいにしかならないけどねこの量だと」

「……地道にやっていこう」

 

 ただし、結論から言えばまだまだちゃんと揃えられる日までは遠いらしい。

 ……雨タヌキたちはそれなりに数もいるし、毎年2度は確実に換毛期がある。地道にやっていけば確実に量が揃えられるというのは悪くない状態と言えるだろう。かなり気長に待つ必要はあるが。

 

 

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