列車移動を始めて数時間。サラク村最寄りの駅は日に2度しか列車が出ないため、時間的な問題もあって俺たちは別の街の宿で一夜を明かすことになった。
ちゃんと列車本数が増えて早朝発車の便があればギリギリ1日で辿り着けるのだが、こればかりは村が発展しないことには要望も通らないのでどうしようもない。
ちなみに宿は当然ながら男女別室である。
そんなこんなで更に翌日、朝イチの列車に乗り込んで俺たちは昼前頃に領都エウテルペに到着した。
ここで乗降する客は相当な数だ。その中ではぐれないようにするには少し難しいが、マリーのゴーレムという特別目を引く存在感の塊がある。これを中心に円陣を組むような形で抜け出すと、駅前の広場に駐車している侯爵家のゴーレム車が目に入った。
「お待ちしておりました、坊ちゃまと皆様」
「待たせたようで申し訳ない」
「いえいえ」
『こちらの人は?』
「当家の筆頭家令のイアンだ」
その前で待ち構えていた老紳士に軽く手を振り挨拶を返す。アシュクロフト侯爵家筆頭家令イアン・ハンフリー……父上の右腕と言える、我が家の古株だ。
基本的にはこの人が実家の金勘定の関係を取り仕切っている。普段は外に出てくるような立場じゃないんだが……マリーがいるからな。丁重に扱うように父上から言われているんだろう。
「イアン、クリスとリンデは知っているな。こちらパトリシアさん、シムゾニア帝室から村に出向していただいている」
「ご紹介に与りました、パトリシア・クラルヴァインと申します。お見知り置きを」
「これはご丁寧にどうも」
「それから……」
『おっと、ボクのことは「博士」で一旦通してもらえると助かるよ』
「ほっほ、承知致しました」
流石にイアンは機微を理解している。追及も遊びも無く即座に対応してみせたか。
往来で「殿下」などと呼ぼうものならどうしても周囲の人間の注目を浴びることになる。ゴーレムに乗っている時点で既に注目は浴び放題だが、それでも帝室の出だと知られるのはまずいだろう。
自己紹介はそこそこに、イアンは恭しく隣のゴーレム車を指した。
「では、屋敷にご案内致します。お荷物はこちらでお預かりしましょう」
「よろしく頼む」
「いいのかしら? 荷物おまかせして」
「それが私どもの仕事でございますのでご遠慮なくどうぞ」
「私も言わばレスター様の
「では、力仕事などを……」
若干クリスの圧が強い。「筆頭」という言葉に心惹かれたか。
……まあ、イアンもそこまで若くない。父上と同じくらいか若干上の歳だから体にガタも来はじめてるだろう。車椅子なども載せてあって重いし、力仕事はクリスに任せるのが上策だ。
ともあれゴーレム車に乗って十数分ほど、幸いにも特に波乱などは起きることなく侯爵邸に到着した。
正門から玄関までの間も広大な庭が広がっているため、フローやシュネはそちらに意識を割かれている。一応先祖代々から伝わる土地だ。侯爵家の権威を示すのにも一役買っているため、その手入れは相変わらず行き届いていた。
とりあえず屋敷の中にまで入ることができれば人目もほとんど無くなる。ここでマリーはようやくゴーレムから降りて車椅子に乗り換えた。
「いやぁ、やっぱり外の方がスッキリ……寒い!」
「おや、暖房が効いておりませんでしたか」
「ゴーレムの中が暖房効きすぎてただけだと思う」
マリーのゴーレムの中は本人基準での快適さを保っている。で、それはあくまで本人基準なので、夏は冷やしすぎたり冬は暖めすぎたりとちょっとやりすぎなところがあったりする。
屋敷の中は、普通に冬らしい格好をしていればそこまで寒いわけではない。ゴーレムの中が快適だからって薄着でいるのが悪い。仕方ないので上着をかけてやった。
「こうやって女の子をどんどんコマしていくのね……いやらしい……」
「何で急に人聞きの悪いこと言い出した?」
「ほっほ」
イアンも何で笑う。
俺一応主家の人間ぞ?
……そもそもコマすって何さ。貴族として生まれたからには、女性が寒がってたら上着の一つも貸してやれと下の兄上に教わった通りにやってるんだぞ。
「時間が惜しい。父上のところに挨拶に行こう」
「誤魔化したわね」
「誤魔化したね」
「だがレスター様の仰ることも正論だ。行こう」
「ほっほ」
さっきから何なんだイアンは俺たちを見ては微笑ましそうにして。
若い人間を見るとパワーを貰えるとかそういうやつか。
ともあれ俺たちは父上の執務室へ向かい、扉をノックしてしばし待つ。
「入れ」
「失礼します」
「失礼致します」
「しまーす」
「おじさまこんにちはー」
父上からの応答があったことで、ようやく扉を開いて入室する。気が抜けたような声で俺に続いたのはマリーとリンデだ。
一見無礼だが父上の方が許容しているので致し方ない。オマケにマリーに対しては若干萎縮しているようでまるっきりスルーだ。
俺もできれば父上くらいの対応で行きたかった。
「よく来てくれた、レスター。皆と……それから殿下も、お元気そうで何よりです」
「いや、閣下……あの……ボクのこと殿下って呼ぶのやめて……」
「しかしですな」
「マルガレーテ殿下直々のご要望です。お聞きになられた方がよろしいかと思われます、閣下」
「うむ……」
パトリシアさんは渋る父上を押し切って説得してみせた。それがマリー直々のお願いというのであれば、俺たちは従わざるを得ない。
侯爵家も大概上級貴族だが、マリーはシムゾニア皇帝直系の子。色んな意味で格が違う。
「ではマルガレーテ様と」
「……まあ、それで」
父上の方も体面というものがある。現役の侯爵である以上、礼儀をおろそかにしてはならないわけだ。仕方ないのでマリーはこれで妥協することにしたようだ。
とはいえマリーも不本意らしく、かなり顔が渋い。後輩にすら強いるくらいだからそりゃそうか。とにかく自分と帝室をつなげるものを避けたいらしい。
「新年の挨拶に参りました。それから、村の経過報告と……兄上はまだ来られていませんか?」
「二人とも先に来ておるぞ。家族で応接室にいるから挨拶でもして来るといい」
「そうですね。リンデをウィルとミルに会わせないといけませんので」
「そういえばその子たちってどんな子なの?」
「いい子だよ」
神器継承者になりうるという意味では間違いなくいい子ではあるんだが、やや癖が強いのも確かな気がする。
一応俺も叔父として何度も会っているが……まあ癖が強いという意味ではリンデの方が遥かに上だし問題ないか……。
「……ただ、前も言ったけど」
「どっちが神器後継者に相応しいかを見極めろって言ってたわね」
「外でそれは漏らすなよ」
「任せてちょうだい!」
ちょっとハツラツとしすぎて逆に心配なんだが、本当に大丈夫だろうなこいつ。
話の流れでうっかり外部の人間に言ってしまうという可能性も否定できない。若干そういう迂闊なとこあるし。
「ところでレスター。経過報告の資料はあるか?」
「ええ。クリス」
「はっ」
ひとつ指示すると、クリスは荷物の中からいくつかの資料を持ち出した。
本来ならこういうのはメレディスがやる仕事だが、今は村で留守番中なのでクリスに仕事を託した形だ。
……資料を手渡すという簡単な仕事を割り振った、という形でもある。ここにいる間ほとんど仕事無いからな。神器継承者である兄上がいて侯爵家が雇っている本職護衛も大勢いて、ぶっちゃけ戦力過多だし。
「たった1年足らずで黒字に転ずる目処が立ったか。剛腕だな」
「村にいてくれる皆が頼りになるだけです。俺個人の功績は微々たるものですよ」
「謙虚も過ぎると顰蹙を買うぞ」
「しかし事実です。俺一人でできることはほとんどありません」
洞窟の整備もクリスやギルドの協力ありきだし、多くの技術開発を頼んでいるマリーの存在も欠かせない。
あくまで俺は全体責任者として立っているだけと考えるべきだ。剛腕と言うなら俺じゃなく、構想を実現してくれる皆こそがそうだと言えるだろう。
「……油断はするなと注意しておくつもりだったのだがな、余計なお世話だったか」
「油断ができる立場ではありませんので」
「レスター様がいらっしゃるからこそ村の運営が安定しているのです。もう少し自信を持っていただいても……」
「まあこのスタンスだからこそのレスターって感じでもあるけどねぇ」
何せ、少々のことならなんでもできると言っても「ある程度」だ。その分野において突き詰めている人間を超えることは無い。だから油断はできない。
なんか後ろの方でマリーがやれやれと言いつつ得意げな顔をしている気がする。
呆れるのは分かるがなぜそんな理解者面なんだ。いや、理解者というか……仲間ではあるけど……。
「それから……こちら、村で飼育しております花フクロウと雨タヌキです」
「連れてきたのか……」
「侯爵家の権威のもと保護できておりますので、ご挨拶をしておかねばと思いまして」
「ホー」
「ぼふ」
カゴから2匹を出してやると、まずフローが羽艶の良さを見せつけるようにふわりと翼を広げて見せた。種族的に美的なセンスに長けていることもあり、安全な場所にいる間はやや自己顕示欲が高かったりする。
シュネは……いつも通りぽやぽやしながらのんびりマイペースにカゴから出てきた。のんびりすぎてフローが上に乗ってポージングしても気にする様子がない。
「ほう、随分と大人しいものだな」
「村にいる他の皆も大人しくて賢いのよおじさま」
父上は影でこっそり2匹を手招きした。俺の父上だけあって背も高いし体格もガッチリしているから見た目そんな風じゃないが、あれで動物とか可愛いもの結構好きなんだよな。
シュネはまるで警戒心無く近付いていくので、自然とフローも一緒にこれについていくことになる。そんな2匹を撫でて父上はご満悦のようだ。いつもより表情が幾分か柔らかい。
「今後も父上の力をお借りすることになると思いますので、よろしくお願いします」
「こやつめ、元々それが狙いだろう」
「無論です」
「お為ごかしくらい使いなよレスター……」
親子だから多少なりとも互いに遠慮なしというのはあるだろう。
それにお互い、この辺りは了承済みだ。手続きとして議事録や資料に残しておく必要があるからわざわざ言葉にしているだけで、既定路線と言ってまず間違いない。
と、そんな折に不意に扉を叩く音がした。誰か挨拶に来たのだろうかと思いはするが、そういえば兄上たちは既に二人とも家族と一緒に既に応接室にいるんだった。となると、イアンが何か用事でもあるといったところか……。
「おじ様。入室致しますわ」
「む、ユーニスか? いや、少し待――」
「え?」
ユーニス?
想定外の人物の名前が飛び出したことで、俺の心臓が跳ねる。
他の皆は誰? とばかりに首を傾げているが、そもそも彼女について知っているのは俺だけなので反応するも何も無い。まずいと父上が制止しようとするが、止める間もなく扉が開かれる。
「ユーニス・クラレンス・トラヴァーズ、罷り越しました。ご無沙汰しておりますわ、侯爵閣下」
姿を現したのは、上品な仕草で挨拶をする一人の少女だ。
菖蒲色の髪に、放射状に外に向かって色の変わる虹色の瞳。
ユーニス・クラレンス・トラヴァーズ――かつて俺が守りきれなかったトラヴァーズ子爵家唯一の生き残り。トラヴァーズ港の大火、そして彼女の両親の死から5年以上……14歳になって立派な淑女として成長した彼女が、そこにいた。
ギュッと胃が痛くなる。恐らくあちらは覚えていないだろうからまだそれほど負荷はかかっていないが、少し何かあると決壊するかもしれない。
「――そして、レスター・コールリッジ・アシュクロフト様。
ニッコリと、花の咲くような笑顔で彼女は俺に向かって頭を下げた。
完全に覚えてるよコレ。
その事実に気付いた俺の脳は、頭痛やら胃痛やらめまいやらの高負荷に耐えきれずに意識を手放した。
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