「こちらがクリス、リンデ、マリーとパトリシアさん」
「お初にお目にかかります。現代の神器継承者とお会いできて光栄です」
「どうも。できれば殿下呼びは避けてくださいね」
「ははは。こちらこそどうも。マルガレーテ様はご無事なようで何よりです。ウィル、ミル、挨拶を」
「ミルドレッドだ。どうぞよろしくおねがいする!」
「うぃ、ウィルフレッド……です」
俺の紹介に合わせてクリスとパトリシアさんが最敬礼をし、それに続くように慌ててリンデが頭を下げる。
マリーの反応は……ある意味毎度のことである。しかし兄上は、父上と同じように即座に対応してみせた。流石に社交界にも出席しなければならない立場だしな。
双子の挨拶はどうにも対照的だ。ミルはハツラツとしすぎているし、ウィルは前に出たがらない。兄上も実父らしくその辺は理解しているようで、軽く苦笑いしている。貴族として女性は貞淑さ、男性は勇猛さを求められる傾向がある。オマケに長男長女だからどうしてもパーティなどに出る必要があるし……社交界ではちょっと受けが悪いかもしれない。
「ウィル、ミル、こちらのリンデはお前たちが学院に入学する際、使用人枠で入学することになる子だ」
「よろしく……お願いします。ええと、ミルドレッド様にウィルフレッド様?」
いつもなら誰に対してもタメ口のリンデが今日は珍しく丁寧に接している。
パトリシアさんの教育が効果を発揮してきたと言うべきだろうか。一応枠組みとしては使用人なのだから、歳が近いと言えど敬語を用いる必要はある。距離が近づけば近づくほどリンデはどんどん言葉遣いも砕けていく傾向があるが……。
「ミルでいいぞ! 父上はまだ侯爵じゃないしわたしもまだ神器をついでいないからな!」
「ぼ……僕もウィルで大丈夫」
「じゃあミル様とウィル様で。あたしはリンデよ……です」
……まあ、敬称付けてるからいいか。
あまり要求しすぎるのも良くない。そもそもリンデの目的は使用人になることではないのだし、今はこれで第一段階クリアとしていいだろう。あと一年の余裕もあるし、徐々に口調を馴染ませてもらうためにはむしろ急ぎすぎないことの方が肝心だ。
「叔父上、リンデに名字はないのか?」
「……そういえば無いな」
「私もですが」
「別にそれで困らないものね」
思えばクリスもリンデも、本人が言うように大して困らないので名字というものが存在してなかった。
あと、クリスはこうなる前も元々家名持っていないからな。その感覚のままでいるので別に違和感も覚えていないんだろう。
ただ、元々のクリスの家族がいた痕跡というのを残せないのが悲しいところだ。いずれ慰霊碑を建てる計画はあるから、覚えていればその時に名前を教えてもらうしかないか。
「ふむ……それなりに功績もあるんだろう? 父上に言って新規に家名を名乗るというのはどうだ?」
「いえ、そこまでしていただくほどでは。必要なこともそうはありませんので」
「わかる」
単純に必要ではなかったクリスに、家名を重荷に感じているマリーが同意を示した。
個人の特定や家名を示すのに大事だと思うんだが……この辺は個々人の捉え方の問題なのでどうしようもないか……。
「しばらく3人に交流していてもらうか?」
「あ、いえ。まだ挨拶が済んでおりませんので……」
「それもそうか。では、また後でな」
「はい」
「うむ! また後でだな!」
ミルはやはりちょっと元気すぎる挨拶を寄越し、ウィルはその後ろに隠れるように控えめにこちらに手を振った。
ううむ……やはり表面的な性格だとウィルはちょっと神器継承者としては弱気すぎる気がするんだが、兄上の話だと神器はどちらにも反応をしたと言う。もっと内面を深く見れば何か分かるのかもしれないが、俺の視点から言うと、今のところはミルの方がやや継承者としては優勢かな……。
そんなことを考えつつ、俺は
「おいおいレスターが女の子に囲まれてるぞ。ようやく春が訪れたのか」
「久しぶりに会ったのに第一声がそれですか兄上」
で、続いて挨拶をするとまず出会い頭から余計なお世話の塊のような言葉が飛び出してきた。
女性に囲まれているのは事実だが、別に春が訪れたというわけでは……いや、婚約話が持ち上がってるし若干あるのか?
……だとしてもどう考えてもからかってる風にしか聞こえないので普通に文句は言わせてほしい。
「いやいや本音だよ。お前お堅いからなぁ。兄としては安心ってもんよ。んで誰が本めぐほっ!」
「ごめんねーレスター君。うちの旦那が」
「……い、いえ」
そんな風に兄上がニヤニヤしていると、赤ん坊を抱えたロミーさんから肘打ちを食らってうめき声を上げた。相当痛そうだ。
次兄の方は昔からだいたいこんな感じだ。若干お調子者というか……トビーと同タイプというか……。
とはいえこれでも政治に携わっているので、頭脳は明晰だし冷静で冷徹な部分は確実にある。親しい相手と一緒にいる時はこういう本性が漏れるが。
「
「ありがと。……ほら、貴族の挨拶ってこういうのじゃないの?」
「いいだろう、もう貴族ではないし身内相手なんだから」
ロミーさんは軍人で、次兄とは恋愛結婚で結ばれた仲だ。貴族家的には珍しいことだが、次兄は既に独立しているので特に問題視はされなかった。
現在は腕に抱いている赤ん坊――ロレッタのために育児休暇中で現場から離れているが、それはもう結構な強者だったとか。
不意に意志の強そうなルビー色の瞳がクリスに向けられた。なんとなく強者のにおいを嗅ぎ取ったようだ。クリスも頭を下げ、慌てて視線に対応した。
「あら……いけませんよ。あまり礼儀を疎かにしては、やはり教育を施した家が悪いとあらぬ悪評を立てられてしまいます」
「こりゃ参った。
穏やかに、しかし強く断言するミラベルさん。この人は北方のフェアバーンズ侯爵家の次女であり、うちと同じく高位貴族なのでその辺にはちょっと厳しい。結婚したのも両家の繋がりを深くするための政略結婚の側面が強かったりする。それでいて基本的に夫を立てることを忘れない、まさに理想的な淑女という風格があった。
元軍人で気が強く、恋愛結婚だが旦那を尻に敷くタイプのロミーさんとは対象的な人と言えるだろうか。まあどちらも夫婦仲は良いので、どちらのタイプに優劣があるわけでもないが。
「で? 実際誰が本命なのさ」
「あらまぁ」
くそっ、兄上のたわ言にマリーが乗っかってきやがった面倒くさい!
ミラベルさんも兄上に注意したんだからマリーにも同じように注意してくれたってよくないかな!?
「家の決定に従うだけだから本命とかそういうのは考えてない」
「出たよお前跡取りってわけでもないのに」
「昔からこうなのかい?」
「昔っからこの調子さ。下手すると兄貴より責任感強いんじゃねえの?」
……いや、確かに長兄は豪快な方で割と自由な気質だが、責任感が無いわけじゃないはずだ。
あとなぁ……次兄が若干長兄に対して含みがあるんだよな。幼児期に既に長兄が継承者になってたせいで継承者になれる可能性自体が無かった俺と違って、次兄は「盾」の継承者争いをする機会があったみたいだからな。その件が心に残っているのだろう。
「良くないぞレスター。女性の前でそっけない態度は」
「仰ることは分かりますが、スタンスを明確にしておかないとお互いにとって不幸になりかねませんのでこれは崩せません」
「レスターさんは真面目ね」
「堅物って言うんですよ義姉さん」
やかましいわ。
確かに兄上の言い分も分かるしそれが必要な時があるのも分かるが、俺が急に誰それが本命ですなんて言い出したらそれが既成事実化してしまって大変なことになってしまう。
仮にも俺村長だし、影響力とかも考慮しないとまずいんだよこれが……。
「っと、そうだレスター。ちょっと話がある」
「……構いませんが」
と、不意に兄上の目に冷徹な光が宿る。
皆のいるところでできる話だろうか、と思いつつ視線で問えば、席を外してほしいらしい。皆に軽く手で合図して、俺と兄上だけで少し離れた場所で向き直った。
「お前のところにムーレヴリエ子爵家の娘がいると聞いた。侯爵家の権力で一時保護をしているそうだが事実か?」
「はい、事実です」
あー……政治的な話か。兄上、政務官だからな。
実家の権力を使っているわけだから多少色々言われるのは覚悟していたが……まあ、聞けるタイミングがあるなら聞きに来るか。
「問題があるようなら対応しますが……」
「いや、そういう話じゃないんだわ。問題と言えば問題だけどな……娘のことじゃなくて、子爵領のことだ」
「あー……」
ムーレヴリエ子爵領。以前触れた通り、ジュスト・カイレ・ムーレヴリエの統治の腕がそれほど高くなく、はっきり言ってだいぶ荒れている領地だ。
近年は徐々に経営が上向いているそうだが、代償に治安が悪い。領主も絵に書いたような悪徳貴族のようであり、ニネット嬢に聞いた通り娘に仕送りをせびるほどだ。
「その娘さんから何か聞いていないか? 保護しているってくらいだから、何か問題があったんじゃないか?」
「まあ……ありますね、問題。今ハンターをしている娘さんに少々……高額な仕送りを求めていましたので」
「高額? どのくらいだよ」
「数日何も食べられない程度には」
「えぇ……」
政務モードに入って冷徹さが増しているはずの兄上が普通にドン引きしている。
そりゃドン引きするだろうよ。俺もドン引きして普通に同情しちゃったもの。
「流石にモラルに問題があるだろ、それは。いずれ監査するつもりじゃあったが……何か良い具合に介入する言い訳が立たないか?」
「聞き取りを調書にしています。タブレットに送っておきますので確認してください」
「用意がいいな。助かる」
「いずれ対処をお願いする予定ではありましたから」
いずれ父上からの支援が行われなくなった後、俺が爵位を獲得して守る算段もあるが、それはあくまで庇護者が変わるだけで根本的な解決にはならない。
なので直接的に家からの影響力を断つ。そのためにムーレヴリエ子爵家のやっていたことを文書化して、中央政府が政治的に介入しやすくしたわけだ。
悪徳貴族と称するに相応しい家とはいえ、個人が対抗するには少しばかり存在が大きすぎる。武力で制圧は……多分クリス1人いれば十分可能だろうが、流石にそんな強行手段に出るわけにはいかない。
「政治的に対応していただけるのでしたらこちらとしても助かります。もしかすると村への介入がありえましたので」
「ま、こういうのは俺の仕事だ。たまには頼れる兄貴ってとこを見せなきゃな」
「兄上たちはいつも頼れますよ」
「よせやい」
真面目な話、長兄が国境線で他国からの干渉を堰き止め、次兄が中央で便宜を図ってくれているおかげで、余計なことに気を割かずに済んでいる側面がある。
今回の件も俺たちが独力で解決しようとしていたら絶対に何か無理が出るし……結局のとこ、ちゃんとした手続きに基づいて正攻法で政治的に処理してもらうのが一番早くて確実だ。後処理もその方が圧倒的に楽になる。
「お礼と言ってはなんですけど、お土産も用意しています。気に入っていただけるか分かりませんが……」
「おっと、まだ内容は言うなよ。後のお楽しみにさせてくれ。俺サプライズ大好き」
「じゃあそのように」
と言ってもボカす理由も無いんだが。
村からのお土産と言えば当然、魔獣肉の料理だ。瓶詰めのお土産と併せて、今晩の晩餐会に出してもらうよううちのシェフに申し付けてある。
同じ釜の飯という言葉も伝わっている。食事を一緒にすれば打ち解けるところもあるだろうし、リンデとウィル、ミルの3人が夕食を共にして仲良くなってくれるといいんだが。