「ちょっとくらい俺が作ってもよくない?」
「ダメです」
「でも俺だって一応料理人なんだし」
「ダメです」
「……せめて一品だけでも」
「ダメです」
夕刻。色々なことがあったせいでちょっとストレスが溜まったため、
……まだ村に来る前、実家にいた時の俺がちょくちょく厨房に入り込んで料理を作って仕事を奪っていたせいだろうか。あまりにも態度が頑な過ぎる。
「なぜそんなに強硬に断るのか理由を聞いてもいいかいタレス」
「今の坊っちゃんがお客さんだからですよ!」
「客でも……ほら……たまにはあるだろう? 料理をすることくらい……」
「無いです」
「そんなに断言する?」
「無いです」
「しかし……あわよくば?」
「無いです」
ゴリ押せどゴリ押せどなおタレスの態度は軟化せず。じっと目を見るが響かず。
……でも俺も分かってるんだよ、多分無理だろうなぁということは。実家とはいえ客なのは事実だし。
客に料理を作らせる例は、無いわけじゃない。しかしこれはあくまで例外中の例外のようなものだ。貴族に招かれたのに手土産を忘れたので料理で代わりに、という……俺の師匠の話だが……。
「我々の仕事を取らんでくださいよ坊っちゃん。特に今日は皆さん勢揃いなんですから」
「仕方がないな……」
「たまには休むのもいいもんですよ」
「俺にとっては料理が趣味なんだが」
「一日くらい本当に何もしない日を作ってみては?」
それは本当にできたらやってみたいところだ。
できねえんだけど。忙しすぎて。
その中でも料理は俺にとっては数少ない趣味だ。実益も兼ねてのことなので、ある程度仕事と並行してやっても……罪悪感は少なめだ。
「代わりと言ってはなんなんだけど、フローとシュネ……花フクロウと雨タヌキのおやつに野菜の切れ端とかくれないか?」
「そんなものでいいんですかい?」
「食事は持参してるから、あくまでおやつだな」
「何で持参しとるんですか」
「いや、だって普段の食事の配合も分からないだろうし、花フクロウも偏食だから……これで手を煩わせるわけにいかないだろう?」
俺個人としては、面倒を見ると決めている以上栄養素にも気を使うべきと考えている。
魔獣だから頑丈じゃあるんだけど、普段の食べ物だとカルシウムやミネラルといった栄養素が足りなかったりする。これを補うために色々と混ぜたり飲ませたりしているわけだ。
この配合は
「……ともかく、そういうことなら任せるよ。水竜の肉」
「意識させんでくださいよ……侯爵家にいて取り扱ったことのない肉なんて初めてですよ」
「やっぱやろうか?」
「ダメです」
……ここ1年ずっとやってきた分俺の方が多分この手の肉の取り扱いは慣れているが、こうも拒否されると仕方ない。タレスに任せよう。
なんだかんだ言っても侯爵家で長年料理長を務めている人だ。すぐに特性は掴んでくれることだろう。
そういうわけなので野菜の切れ端だけ貰うことになった。ここ2日ほど、ろくに料理とかできてないのでストレスが溜まりっぱなしだが仕方ない。
軽くガッカリしながら食堂に戻ると、うちの
「クルルルル……」
「ふぼ」
若干不服そうだ。
二人とも子供だからな……今住んでいる場所が国境線沿いの城塞都市で情勢も不安定だし、ペットを飼ったこともないだろう。撫で方というのがよく分からなくても仕方がない。
感触が良いからと言ってあまり触りすぎるのは良くない。嫌がる場所に意図せず触れてしまうこともあるからな。あくまで触らせてもらうという感覚でいるべきだ。
「叔父上、この子連れて帰りたいぞ」
「ホ……!?」
「うちの子だ。やれないな」
「口おしい」
ミルはどうやら相当気に入ったようだ。
……まあ、サラク村に来て、他の花フクロウの中で懐いた子がいれば……面倒を見ることを確約してくれるなら、連れて行ってもいいとは思うが。
少なくとも今この場でフローを譲るというわけにはいかない。一方的に猫可愛がりしてるだけだし。
「生活させるための環境はあるのか? 来年には学院に行くというのに世話をしきれるか? 生き物の面倒を見るというのは簡単なことじゃない。考えるにしても、まずそこができてからだな」
「それもそうか……無責任なことを言った。すまない叔父上」
「ホー」
「自分のことはいいのかと言ってるわよ兄さま」
「もちろんフローを譲る気も無い。もし飼いたいなら、まず先に気の合う花フクロウを見つけてからだ」
すごいナチュラルにリンデが通訳してくる。でも見た目確かにちょっと怒ってるっぽいので、そういうことを考えているのだろう。
フローを含め、花フクロウたちは今や完全に村に馴染んでて俺にとっても家族が増えたようなものだ。当然ながらミルの要望を承服することはできなかった。
さて、改めて食堂に集った顔ぶれを見てみると、母上に長兄家族、次兄家族とリンデ、それからマリーという状態だった。
一応帝室の血筋であるマリーはともかく、クリスやパトリシアさんといった従者は基本的に別室で食事を供されることになるのだが、リンデがここにいるのはウィルとミルとの交流のための特別措置である。
リンデの公的な立場は「クリスの妹」でしかないので、本来は従者的な立ち位置にいるのが正確だったりするのだ。
「ところで父上は?」
「ユーニスの件の説教が終わって学院に連絡をしていると聞いたぞ」
「さっきの話のことかな……」
長兄の回答になぜかマリーが補足を入れる。
どうやらさっき聞いたマリーの話はマジだったんだな……なんか……ユーニスが俺との婚姻を申し出たとかいう……。
確かにやり方も誤ってると思うし俺でも咎めるとは思う。色々と……そう、強引というか、焦りがあるというか。父上もそういうのを感じ取ってしばし説教をしていたのだろうか。で、学院に連絡というのは……謹慎とかか? 曲がりなりにも侯爵家の通信を傍受していたようだし。
……いずれにせよすぐにこちらに来るだろう。流石に俺も何度も気絶するわけにいかないし、今度は気を張っておいておくべきだろう。色々聞くべきこともあるだろうし……。
「すまん。待たせたな」
「お待たせいたしましたわ……」
しばらく経つと、若干憮然とした様子の父上と少しばかり憔悴したユーニスが食堂にやってきた。割と説教がキツかったと見える。
思わず心臓が跳ねるような感覚があるが、息を深くして抑え込む。落ち着け。彼女が俺のことを知っているのは何かしら理由があるはずだ。
「では、食事を用意してもらおうか。今日はレスターから水竜の肉を土産として貰っておる」
「おっ。さっきレスターが言ってたのはこれか」
「ええ。兄上たちの口に合うか分かりませんが……」
「なぁに、タレスがキッチリ料理してくれるさ」
俺もしたかった料理。
けれど拒否されたので致し方ない。仕事を奪うことになるのは俺も本意ではないのだ。
「……そういえば兄さま」
「どうした?」
「お兄さんたち、『兄上』って呼んでるじゃない。2人いてどっちも同じように呼ぶの紛らわしくないかしら」
「……まあ、言われてみればそうかもしれない」
言われてみると考えたことなかったな。その場のニュアンスで長兄か次兄かだいたい分かるだろうって感覚で伝えてるし。
「ただ、礼儀の問題もあるからな……呼び捨てにするわけにもいかないし、あだ名で呼ぶわけにもいかない。難しいところだ」
「気にしすぎだ。俺を見習えよレスター」
「
公的な場だと割合真面目なんだけどな……今は実家だから緩みまくって地が出てる。
俺も多少緩めた方がいいのだろうか。しかし俺が緩むと各方面で問題があるからな……やっぱり人には向き不向きがあると思うんだ。
で、ともかく。父上は上座に着席し……ユーニスは少し迷ってる。俺の近くにしか席が空いてないからだろうか。
……うーむ。
「こちらへどうぞ」
「えっ。よ、よろしいのですか?」
わずかな逡巡の後、俺は隣の空いている席を示した。
さっき考えた通り、結局のところ一度は話してみないと何も解決しないのだ。俺の苦手意識だけで避けるのはよろしくない。
「やめといた方がいいんじゃないかな」
「又聞きで判断するわけにはいかないよ。ちゃんと話を聞いてから見定めたい」
逆側でマリーが顔をしかめ、リンデも不安そうにしている。しかし、実際に話を聞いていない俺が勝手な先入観で決めつけてかかっては失礼だ。
まず、ちゃんと本人から直に話を聞く。避けるもそうでないもそこからだ。
「先程はご挨拶できず、申し訳ありません、ユーニス様」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません、ああなりかねないと存じておりましたのに……それから、どうぞユーニスと、敬称は必要ありません」
「……では、ユーニス」
急に距離詰めてくるじゃん。
一応あっちは子爵家の正統後継者だから礼を失してはいけないと思ったんだが、呼び捨てにしろとまで言ってくるのはちょっと想定外だ。
逆側を見るとマリーもリンデも「マジかこいつ」みたいな顔をしている。よっぽど初対面の印象が悪かったのだろう。
「お久しぶりです。しかし、名を名乗っていなかったはずなのに、なぜ俺のことを?」
「レスター様が病院に運び込まれた後、閣下が大急ぎでお名前を呼びながら駆けつけてきましたので……」
「父上?」
「あっ」
「あっ」じゃなくてだな父上。
……相当急いで焦っていたのは伝わるし、心配してくれていたのもありがたいが、一応父上の密命で護衛に行ってたのよ俺。本名言っちゃったら意味無いじゃん。
となると、本名を知っているとなればそこから辿っていくのは難しくないことだろう。俺のことを知っていた理由がなんとなく把握できた。
「こちらのことをご存知だった理由は分かりました。しかし、なぜ俺などを……その、結婚相手として?」
「家柄も人格も申し分ないと思うのですが……何か不思議に思うことがありますでしょうか?」
「……俺はあなたの家族を守れなかった、恨まれても仕方のない男です」
俺の力不足に由来するもので、どうあってもそこは逃れられない。
罪悪感で正面に目をやって向き合えなくなった俺に、ユーニスは視線を自身の方に向けさせたりはせずに首を振った。
「それは違いますわ。レスター様は全力を尽くして、助けてくださったのです。あなたがいらっしゃらなければ、わたくしもきっと命を落としていましたわ」
「……しかし」
「少なくとも、レスター様を恨むというのは筋違いでしょう。恨むべきなら……港を焼いた張本人ですわ。違いまして?」
……困った、正論だ。あくまでトラヴァーズ港の裏で暗躍し、薬物で住民を汚染し、最後には街そのものを焼いて消えたあの組織こそが全ての元凶というのはその通りだろう。
彼らさえいなければ、誰も不幸になることはなかったしユーニスの父母も死ぬことはなかった。
ただ……いや、恨まれていた方がいいというのは、俺が楽になりたいだけのエゴだ。押し付けてはいけない。
彼女自身がそうだと言うのなら、なおさらだ。
「何だい、常識的なところもあるじゃないか」
「……その説は、ご無礼を致しましたわ」
リンデが「本当に無礼だったわよ」とでも言いたげに唇を尖らせている。
まあ本人も気にしているようだから、俺からはそれほど強くは言わずにおこう。誰も味方がいないというのは辛いものだ。
「分かりました。寛大な心遣いに感謝します。とはいえ父上たちも申し上げた通り、婚姻というのは今はまだ時期尚早であるように思います」
「はい……それはわたくしも把握いたしました」
「まだお互いのこともよく分かっておりませんし、知れば幻滅されるやもしれません。ですが、もしよろしければ、まずはお互いを知ることから始めるのはいかがでしょうか?」
「まあ」
「……いかがしましたか?」
「閣下も同じことを申されておりましたわ」
と言うと、お互いを知ることから……ということだろうか。確かになんとなく父上ならそういうことを言いそうな気はする。
俺には割合無茶振りするが、なんだかんだ慎重なのも知っている。親子だし多少似通った思考も出てくるだろう。
「タブレットの回線をお教えしておきます。こちらも忙しいので対応できるかは分かりませんが……」
「ほ、本当によろしいんですの!?」
「え、ええ」
「ありがとうございますわ……あ、ご迷惑にはならないように致しますので!」
……え、なんかすごい感激されてる。
対応できるか分からないと言ったはず……だよな俺。そんな食いつく?
「むぅ……」
他方、マリーは露骨に不満を顔に漏らしていた。
ついさっき悪印象が根付いた相手だ。そんなユーニスが俺のタブレットの回線を知るのはどうかと思った……のだろうか。
魔法の才能を用いて盗聴するようなやたら行動力のある子だ。確かに不安は若干あるが、あちらも貴族だ。こうして父上たちの前で宣誓した以上、そこは違えないはずだと信じることにしよう。人間関係はまずそこからだ。
「なるほどこれはこれで……」
「り、リンデ……どうしたの?」
「何でもないわウィル様」
ところでリンデは何をウィルにまで気にされるレベルでニヤついてるんだアイツは。