水竜の肉はクジラ肉に近い。そのことを察したらしいタレスが選択した調理法は、香草焼きだった。
俺は基本的に魔獣肉はその特性というか素の味わいを活かす方向で調理することが多いのだが、こちらは発想から別だ。若干の癖を香草で上塗りしていって、香りと味を重層的に表現しているようだ。
食堂でメイン料理が供され、その場の皆は感心で声を上げた。
「うむ、なるほどこれは美味い」
「レスターはいつもこんなの食べてるのか?」
「結果的にはそうですね。水竜ばかりではありませんが」
「いつもは姉さまなりハンターなりが狩ってきてくれる魔獣のお肉食べてるのよ……です」
魔獣肉が俺たちの常食であるというのは事実として、水竜肉をいつも食べているわけではない。
珍しい高位魔獣とよく出くわすのは事実だが……いや本当によく出没するな。クリスの強者のにおいを嗅ぎ取って、中位未満の魔獣が逃げて強豪魔獣ばかりが残ってたりするのか?
……まあ、それでも問題なく生活はできているからいいとして、だ。
「これを軍の非常食にしたら士気が上がったりしないだろうか」
「いけませんよ、そのような催促をするようなこと」
「いや、催促してるわけじゃ……すまんレスター」
「構いませんよ。お送りしましょうか?」
「人数の問題がある。何千人分も用意はできないだろう」
ミラベルさんに窘められ、
俺も半ば冗談と分かった上で言ってるし、これでじゃあ用意してくれと言われたら困ってたところだ。
それにそもそも保存は効いても2~3週間程度。保存食じゃなくて贅沢品のカテゴリにしかなりそうにはない。
「ですね。けど、別にお土産は用意しておりますよ」
「用意良いな……」
「村長ですので。用意が良くないと成り立ちませんよ」
「少しは謙遜しろっつーの」
「あんたが褒めといて何言ってんのよ」
「ごぺ」
また
いや本人は体罰してるつもりは無いんだろうけど。クリスやフェデリカさんみたいな素で強い人は冗談でやってるつもりでもこうなりがちだ。
ちなみにお土産は前に作ったコンフィである。保存性が良いし作ろうと思ったらそれなりの量を作れるし、単純に美味いのでお土産にはもってこいだ。
「そういえば、リンデは何か趣味などはあるのか?」
「ん?」
「んん?」
と、そんな折のことだ。不意に隣の方から不穏な話が聞こえてきた。
リンデの趣味……って、それは……色々まずいんじゃないか? あいつの趣味って基本エロ関連の追究だろ。
まずい。健全な少年少女であるウィルとミルが変な影響を受けかねない……!
黙らせるか? しかしどうやって。変に口を塞ごうとするのはこの場に相応しくない。大声を出すのもそうだ。それとなく注意だけするか? でも人の趣味聞いてる時に遮るのは……。
「……ど、読書かしら」
よくやった!
流石に世間体を気にする程度の心構えはあったようだ。危なかった。真相を知っている俺は背中冷や汗ダラダラだが、この場はとりあえず凌げたかもしれない。
「どんなのを読んでるのかな……」
追及するんじゃないウィル!!
「だ、ダールマイヤーの『霧幻探訪』かしら」
「あ、いいよねそれ。何巻まで読んだの?」
「今は色々……勉強とか、訓練とかで忙しいから4巻までかしら。他には『火のエニグマ』とか『魔弾装填せよ』とか……」
「名作だね」
……どれも多くの人が知っているくらいには有名な娯楽本だ。しかし俺は知っている。いずれも濡れ場があるやつだと。
近年はタブレットの普及に伴う情報化によって、娯楽本の評価が出回るようになっている。こいつは事前にそれを調べて
たまにお願いしてくる分には買ってやらんでもない……と思うところがあるが、何度もこの手を使われてるので最近はもう事前にこちらも調べておくようになっている。
「……穏当に行って良かったね」
「まったくだ」
小声で呼びかけてくるマリーに大いに同意した。
村だと散々「双子……つまりインモラルなのね!?」とか騒いでいたからな。当然俺たちは色んなことを憂いていた。
流石に本人を目の前にしてそんなことを言えるわけもなかったっぽいのは僥倖か。こういうところの感性はまともなんだよ……まともなんだけどなぁ……。
「でも慣れたら絶対下ネタに走るだろあいつ……」
「……うん」
そういうマトモな感性があるからこそ、打ち解けられて相手が許容してくれる下地を作ったら即座に下ネタに走ってしまうのだ。
今それが許されているのはあくまで周りの厚意ゆえのことであるというのはよ~く認識してくれてた方がいい。
……貴族の基準が俺やニネット嬢になってる傾向があるので、他の貴族はそういうわけでもないとうことは教えておいた方がいいと思うんだよなぁ。横暴だったり高慢な人間もいるし、下手なこと言うとそういうところで悪く言われかねない。
「クリス、わたしと手合わせをしてくれないか!」
「何故です……?」
食後しばらくして歓談している折、ぽんと思いついたようにミルがそんなことを言い出し始めた。
急に水を向けられたクリスは、大いに驚いているらしく声が震えているし目が泳いでいる。表情は毎度のごとく固まっているが。
「レスターの叔父上の護衛として活躍していると聞いた。水竜を狩ったりしているのだろう? ぜひご指南いただきたい!」
「し、指南ですか……私は槍しか使えませんが……」
「どれほどの強さかを知るだけでも学びになる。継承者候補として強者のなんたるかは頭に入れておきたいのだ」
…………巡り合わせってあるんだなぁ。
(推定)神器継承者に教えを請う神器継承者候補か。その上クリスは爺様の友人だしミルも爺様のひ孫。繋がりという意味では割と強い。まあクリス自身は確定的なことを言わないので、まだ推定でしかないが。
ただ、問題はなくもない。
「指南と言っても、クリス……ちゃんと人に教えることができるのか?」
「難しいと思います」
未だにクリスは説明がド下手だ。最近は俺に説明を任せることもあるが、他人に何かを教えるというのは……まるで向いていないだろう。
「問題ないぞ叔父上。わたしはただ強者とはこういうものというのを見せてもらいたいだけだ」
「ちょっと手合わせするだけでいいということか?」
「そういなし」
相違無いらしい。
なるほど。技術的な教えを請うのではなく、単にその強さを見たいというだけのことか。
クリスは少々渋りそうだが、まあ高位魔獣を平然と倒せるほどの人材というのはこういうものだというのを知っておくのは悪くないと思う。
「ウィルもどうだ?」
「僕はいいよ……」
「そうか。ならば仕方ないな!」
割と強引そうな物腰に反して、ミルは他人の意に反することはあまりしない。
身内に対してすらそれなので、外部の人間に対しても強く出ることはあまり無い。今回にしてもクリスが嫌がるならすぐに引き下がることだろう。
対してウィルは実はちょっと頑固だ。やりたくないことはやらないと弱気ながら結構主張する。双子ながらやや対照的だ。
クリスは若干不承不承ながら、次代の神器継承者についての興味が勝ったようだ。いつもの槍ではなく、怪我をさせないように棒を持ってミルと共に中庭に向かっていった。
「……レスターおじさんはどう思う?」
「ん、急にどうした?」
そんな2人を見送りながら、ウィルが唐突に不安そうに語りかけてきた。
文脈的には……神器の話だろうか。顔をうつむけたまま、気恥ずかしそうに問いかけてくる。
「神器の話。僕はミルが継承した方がいいと思うんだけど……」
「それはまたどうしてだ?」
「あんな風にやる気があるし……でも、僕は戦うのとか嫌いだし……」
「なるほど」
確かに、一見するとそういう風に見えなくもない。しかし、長年長兄の弟をやってきて、そしてこの1年クリスのことを見てきた俺としてはまた別の見解がある。
「
「え? そ、そうかなぁ」
「皆の前ではそういう姿を見せないように踏ん張っているだけだ。本当はもっと自由に生きたいだろうし、国境線沿いの情勢不安定な場所なんて離れて家族と穏やかに過ごしたいと思ってる部分はあるはずだよ」
そういうまっとうな感性を持っているからこそ、たまにそこから来る鬱憤を晴らすために奇行に走ったりするのだ。
去年まではその尻拭いは俺の仕事だったのだが、サラク村にかかりきりになっている春からはめっきりそれが治まっているため、あれはある程度自分をどうにかしてくれる人間がいるからこその理性的なストレス発散方法であったことがうかがえる。はた迷惑ではあるが。
「それに、継承したくともそれが叶わない人もいるし……そうしたくなくとも、継承しなければならなかった人もいる」
かの槍使いのクリスは、自分が「槍」を継承するなどとは露ほども思っていなかったことだろう。
俺の想像が正しいなら、戦うことそのものも大嫌いなはずだ。それでもそうするしか無いと認識した時は戦うことを選んでいる。
「それでも自分が、誰かを守るために行動することを選べる。それも資質の一つなんだと思う」
「それなら……やっぱり僕にはムリだよ」
「どうかな。継承者を選ぶのはウィルじゃなく、神器の方だ。そして、今選ばれているのなら、きっとウィルの中にも何かを守ろうとする意志はあるはずだ」
選ばれる余地すら無かった俺と比べて、ウィルとミルは将来的にどうなるかはまだ分からない。
世間の荒波に揉まれて歪んでしまい、資格を手放してしまうかもしれない。逆に、自分の本質と向き合って正しく立つことができるかもしれない。
いずれにせよ、今ここでその資格があるということは、神器にとって彼らは適格者に足る意志の力があるというわけだ。
「まあすぐに結論を出す話でもないから、こっちでも学院ででも、ゆっくり考えたらいい。リンデも手伝ってくれるさ」
「……うん。ありがとう、おじさん」
「迷ったらいつでも相談してくれていい。叔父さんはいつでも2人の味方だからな」
軽く肩を叩き、一旦その場を離れる。話が終わったというのもあるが、屋敷の中から視線で父上が俺を呼んでいたためだ。
機先を制され、神速の突きを間近で見せられ、時に寸止めでひやりとさせられるミルとクリスのやり取りを横目に、俺は屋敷の一室に戻った。
「どうしましたか父上?」
「うむ。悪いが仕事の話になる」
「
「どうしても俺とレスターに伝えなければならんことがあるそうだ」
父上は小さく息を吐くと、俺たちに向き直って真剣な視線を向けた。
「オリアス。私は来年の春には今の地位を退こうと思う」
「早いですね。まだ時期尚早では?」
「慌てるな、あくまで爵位だけだ。実権は数年かけてゆっくりお前に引き継ごうと思う」
「となると、レスターの支援が難しくはなりませんか?」
「うむ。しかし……あまり私の庇護下にあり続けるのもレスター自身のためには良くない」
確かに、結局それは父上の権力の下にいなければ何もできないと言っているのと同じことだ。
事実としてそういう部分はあるが、今後爵位を得ようと動いている身としてそれは悪影響を及ぼしかねない。
「爵位を得ようと動くならば、ですね」
「今、災禍の洞窟の開発状況についてはどうなっている?」
「イレギュラーが無ければ春から夏にかけて全面開通、鉄道を通すならそれからになります」
「経済効果は相応のものになろうな。この功績だけでも男爵位程度ならば受け取れよう。が……」
「爵位を得たのに未だ父親の庇護下にある、というだけで侮られかねんということでよろしいか?」
「そうだ。分かるなレスター?」
「はい」
これからサラク村を治める立場として自立するには、父上の権力という傘は少し大きすぎる。誰もが「侯爵家の子息」という色眼鏡のもと俺を見ることになるだろう。
これはちょっとまずい。貴族にとって侮られる、面子を潰されるというのはそれだけ統治能力を疑問視される理由になりかねないし、最悪よその家に村の実権を奪われかねない。
子爵程度の位が欲しいと言ったのは、最低限このくらいの権力があれば押し潰されるのを防げるからだ。もっとも、新興貴族なのは確かなので侮られることには違いないが……。
「いずれにせよ政務はこれからも続けていかねばならんし、実務上は私もオリアスも居場所を移すわけにいかん。あくまで形式上の話ではあるがな」
「お疲れ様でした父上。あとは我々にお任せください」
「おいおい、気が早いと言った者の言葉かそれが」
「ははは。俺もいつ侯爵の座を継ぐことになるかなと思っていたところですので」
「こやつめ」
「父上はいつ爺様から受け継いだんでしたっけ?」
「オリアスとほぼ変わらん、30だ」
よその国だとどうかは知らないが、少なくとも聖王国においては生前での爵位譲渡が許されている。
なので父上が侯爵位を継いだのは俺が産まれた直後くらい。長兄が継ぐとすれば決して早いというわけではないわけか。
ともあれ心構えは今のうちにしておくのが良いだろう。俺と長兄は互いに頷きあい、今後の指針を軽く定めることにした。
「これまで以上に密な連絡が必要となりそうだな。レスター、頼むぞ」
「
「こいつめ」
「ああそうだ。あとレスターの結婚についてだが……」
「その話また今度じゃダメっスか」
「……うむ」
ただもう考えることばっか増えていくのでそっちは後回しにさせてもらった。
すまん父上。マジでそろそろ脳味噌のキャパシティ限界なんだ。