「何や
あれやこれや色々あってサラク村の屋敷に戻ってきた俺にかけられたのは、そんなちょっとばかり心配の色が混ざるメレディスの苦笑いだった。
ううむ……外から見てすぐ分かるくらい俺は疲れた顔をしているのか。まあ、正直割と自覚はあるが……ほんの2、3日会わないだけで分かるものか……。
心配してるやら呆れてるやらというクリスとマリーの視線がちょっと痛い。
「体を癒すために帰ったわけじゃないからな……」
「お言葉ですが、レスター様が先日気を失われたのはあの方にお会いになったショック以上に疲労が大きいと思われます」
「…………」
クリスからすら言われてしまった。
「何や気ィ失ったって」
「まんまの意味だよ。ユーニスって子に会った時に気絶したの」
「そんな会いたなかったんか坊」
「違うんだよ」
笑みの苦みを深めるメレディスに、思わず顔の前で手を振って否定する。
会いたくなかったかと言われるとちょっと会いたくなかったかもしれないが、嫌いなんじゃなくて俺の心の傷を抉るから会うに会えなかっただけなんだ。
結果として悪くない方向でまとまったが、正直どう転ぶとも分からなかったので結果論で語るのもちょっとなという思いがある。妙な方向に悪化する可能性だってあったわけだし……。
「俺の方に問題があっただけだ」
「……割とあの子にも問題あったと思うわよ?」
「そんな言い方をするもんじゃないぞ」
「しかしねぇ……実際会ったボクたちとしては危惧の方が大きいんだけど……」
「連絡先を教えたのは時期尚早だったかと思われますが」
「でも言うほど強引なことはしてないぞ」
パトリシアさんが言うように卒業まで間があるので時期尚早というのは分かる。
しかしユーニスには連絡先を教えたが、今日までそれほど頻繁に連絡が送られてくるわけではない。通信も音声ではなく文章のみ送ってくるような形だ。
……まあ結構な長文なので、送られてきた時は面食らったものだが。あくまで文章だから時間のある時に読んでくれればいい……だそうなので、気は多少楽ではある。
「俺の話はこれくらいにしとこう。何か変わったことはあったか?」
「んにゃ。しいて言えば支部長はんが新年会で泥酔して半裸でうろついて風邪引いたくらいやろか」
「何やってんだあのバカは」
変なノリに身を任せたのだろうか。あるいは酒で脳味噌あったまって外に飛び出したのだろうか。いずれにせよバカめと言ってやりたいところだ。
「とびっきり苦い薬でもくれてやれ。他に何かあるか?」
「特には。あ、進捗まとめといたんで読んどいてや」
「分かった。じゃあ通常業務に戻ろう」
「いや……今日は休みや坊……割と真面目に……」
「それが急ぐ理由ができたんで休みたくてもちょっとな……」
「何やねん急ぐ理由て」
「それは……」
「そのぉ……」
俺とマリーはその疑問に対して口ごもった。
帝国の方から俺とマリーの婚姻について打診されていることがパトリシアさんから語られたが、これはなんというか……帝室から言われた時点でほぼ決定したも同然のようなものだ。
こっちはあくまで国に所属するいち侯爵家、それに対してあちらは国家の最高権力者。あっちから申し出たら断る方が失礼になってしまう。
急ぐ理由ができたというのはこれだ。期日が設定されているわけじゃないんだが、ある程度展望が見えている以上はあまり時間をかけてもいけない。そういうところが分かっているからこその沈黙だ。
あと単純に気恥ずかしい。
「まあ……そんだけ言うっちゅーことは理由はあるんやろ。で、普段通りに仕事するんか?」
「そうだな。それに併せて春に向けての用意をしておきたいんだよな」
「と言うと、食料などでしょうか?」
「もちろん食料もだけど、魔獣避けの壁を作りたいんだよ」
「いずれ必要になるとは思ってるけど、今?」
村を囲うようにして築く魔獣避けの壁のことだが、確かに現状ではあまり必要無い。
ハンターたちが基本的に常駐しているし、村の設備も多くない。ハンターでない人に関してもそれなり以上に自衛能力があるため、壁よりも開拓を優先した方が効率が良いというのもある。
しかしこれはあくまで村の住人の大半がハンターである現在だからこそ通用する話だ。
「こういう巨大建築は早めに着手しておくに越したことはない。なにせ何か月かかるとも分からないし」
「って言っても壁なんて必要かしら。鳥型の魔獣とかだと飛んでくるでしょ?」
「そうだな。けど、飛べない魔獣は避けられる。それだけでも空から来る魔獣に警戒するだけで済むようになるんだ。ハンターたちの負担の軽減に繋がるはずだ」
それに壁を建築すれば併せて見張り台も建てられるだろう。遠方から魔獣が来るならそれに合わせて対処が可能になるだろうし、今よりも確実に対応力は上がる。
花フクロウの偵察隊の監視能力強化にも繋がるはずだ。より高所から周囲を観察できるわけだし。
「それに普通の人が暮らすためには安心感が足りないんだよ。戦えない人たちにとっては、魔獣を隔てる壁があるっていうだけでも心理的にいくらか違うはずだ」
「移住者の数は、そうした要素が如実に影響することでしょうね」
「ハンターたちが活躍しているというだけではいけないのですね……」
「どれだけ強い人がいたとしても一般の人には分かりにくいからな」
……そういう意味では、トビーの考案した星によるランク分けというのは普通の人にも分かりやすい指標なわけだな。
それが丸ごと安心に繋がるわけではないが、少なくともこれだけのことができる人がいる、と示せるならだいぶ違う。守れる範囲は限定的ではあるが、壁を建てれば魔獣の進行方向も限定される。より住民の命も守りやすくなるだろう。
「それでクリスに少し頼みたいことがあるんだが」
「は、何なりと」
「壁の建築には霊銀が必要になりそうなんだ。探索の時、鉱脈があったら報告してほしい」
「承知しました」
「たしか前に言ってたけど……えっと、霊銀は合金なんかの強度を上げられる素材、だったわよね?」
「そうだな」
これで壁面に鉄板を設置すれば、よっぽどの魔獣が相手じゃなければまず破壊はされない。
……まあそのよっぽどの魔獣がそこそこ出るのがこのサラク村なのだが。森の方ならまだマシな方の魔獣しか出ないのでそこは大きな問題にはならないか。
「住民がそんな早くに来るとも思えないし、そんな急ぐ必要あるかな?」
「いやぁ……確実に来るっちゅー連中おるやろ」
「あっ」
例の宗教団体のことである。
まだどうやってここに来るのか、来て何をするつもりなのかは分からないが、少なくともサラク村にやってくるという意思は見せているのだ。
正直なぁ……あんまり信用はできないので、できるだけ隙は見せたくない。
「安全性に難があると思われたらあっちに主導権を握られかねない」
「壁が無いやん! って言われたらこっちもちと言い返せんからなぁ」
「……それにあちらには神器の模造品らしきものを持っている疑惑もある」
「そうなると……壁を作る程度のことは簡単でしょうね」
代表者代理という少女の持っているものが神器の斧のレプリカだったら……環境の改変によって壁くらいは作ることができてしまうだろう。
規模的にはかなりのものだが、周囲の岩や土を用いるだけでいいなら魔法でも十分可能なんだよな。観光地になってて有名な炎と氷の相反する環境を生成するなんて無茶はしてないなら、劣化粗製品でも恐らくはできる。
というわけで、イニシアチブを握られないようにするには壁がある方がいいわけだ。恩の押し売りができなくなるからな。
「春に向けて壁の建築、合わせて霊銀の確保。これを追加の方針とする。疑問や異論がある者は?」
「はーい」
「はいマリー」
「自分一人でやろうとしない?」
「やらない。流石に外部委託する」
その辺の塀と同じくらいの高さじゃ話にもならない。俺の魔力も限界はあるし、毎日魔力枯渇してもなお足りるかどうか分からないような状態だと流石にちょっと……。
もっとも、規模こそ大きいがそれだけなので築き上げるだけならそれなりに簡単だ。これこそ人海戦術が一番有効な手段なので金を積んででも早めに終わらせる。
「俺たちの仕事はさっき言ったように霊銀の確保と、壁の建築にあたってどこを境界線にするかを定めることだ。これは狭すぎても広すぎても問題がある」
「狭い分には住む人の数が増えたら問題があって、広い分には魔獣が入り込んでくるリスクが上がる……って認識でいい?」
「そういう話だ。広すぎると管理も難しくなるしな」
もうちょっと人が増えて管理しきれるならそれでも問題無いが、この塩梅がなかなか難しい。
今の人数からどのくらい増えていくのかの試算もできないし、かと言ってキャパシティの余裕が無いとそれはそれで大きな問題になる。
増えていくのに合わせて魔法で壁を外にズラしていって拡張する手もないではないが……ちょっと手段としては強引すぎて使い辛い。外に向かって広げていくなら、距離的な問題で増築はどうしても必要になるだろうしな。一番簡単かつ確実なのは更に外側に壁を建築していくことになるだろう。
「この辺の詳細は後で詰めておきたい。マリー、パトリシアさん、手伝ってくれるだろうか?」
「お任せくださいませ、村長様」
「まあ設計くらいはやるよ」
「ウチはどうするんや?」
「業者に連絡と調整を。あわせてギルドに護衛の派遣も頼む必要があるからそちらの方も頼みたい」
「ういー」
ま、ここさえなんとか決まればあとは流れだ。業者に任せさえすれば俺が手を出す必要も無いし、いつも通りの仕事に戻れるだろう。
というわけで、計画、設計などは俺とマリーとパトリシアさん、調整がメレディスでクリスとハンターたちが素材確保という、概ねいつもの割り振りとなった。
いつもの……とはいえ、図面通りにちゃんとできているかの監査の必要とかはあるし、そちらの仕事は増えているか。こちらは最悪メレディスに任せても問題ないが。
とりあえずこんなところだろうと軽く息をつくと、不意にソデをくいくい引く感触があった。
「あたしは?」
「勉強」
「そんなー」
……まあ、リンデに何かしら割り振れるなら割り振りたい気持ちはあるけど、今はできること少ないからな。
それを増やすための勉強であり、学院への入学である。今は焦りすぎないでほしいというのが保護者としての気持ちだ。
とはいえ焦らせすぎるのが良くないのも事実。本人の感性に対しても悪影響を与えかねないし変なことを始めたりすることもありうる。
試しに何か、ちょっとした仕事を振ってみるか……。