さて、リンデにちょっと仕事を任せてみようと考えたはいいのだが、この内容を決めるのはちょっと難しい。
というのもあまりに簡単な仕事だと本人のプライドに障る可能性もあるし、難しすぎる仕事は任せきれない。失敗は何度か経験してもいいが、「仕事」と銘打っている作業で失敗するというのは思った以上にストレスになりかねない。難しすぎず簡単すぎず、それでいて適性に合ったものを考えるということだからなかなかの難易度だ。
で、後日。俺の考えた手段はと言うと……。
「酒を造りたいと思う」
「お酒?」
そういう俺の提案に対して、リンデは少し渋い顔をして見せた。
なんというか明らかに本意ではないというのが見て取れる。仕事を求めてたのはお前だろうに――と一瞬考えたものの、すぐに考えを打ち切る。リンデに限って何の理由も無くこんな態度を取ることは無い。
「お酒を飲めないあたしがお酒作るの? なんかおかしくない?」
「あー……」
なるほど、そういうことな。
確かに、年齢やら何やら色んな理由があって基本的に俺たちはリンデに飲酒はさせていない。
法律でも戒められているしアルコールが脳に与える影響の問題もある。キメラだからたちどころに毒素を分解してしまう可能性もあると言えばあるが、それに期待しすぎるのも良くないだろう。
なのに酒を作ってもらうというのは、違和感を覚えても仕方ないかもしれない。
「まあ……そうだな……リンデの言うことももっともなんだが」
「他の発酵食品とかじゃダメなの?」
「あると言えばあるんだが……」
醤油とか……ザワークラウトとか……ヨーグルトにパンなどもそうだ。
ただ、ヨーグルトもパンもそんなに大きな手間が必要なものじゃないし、ザワークラウトはそもそも好みが分かれる。師匠に聞いた味噌とやらも簡単な作り方なのだそうだが、これはそもそも製法を知らないので俺から教えられない。残るは醤油だが……。
「かなり厳しい管理が必要になったりするからこの場ですぐやるのは難しいと思うんだよ」
「厳しい管理って、例えばどんな?」
「1度単位で温度管理が必要になるとか……」
「うわ」
加えて言えば発酵させたところで終わるわけじゃないものも多い。醤油などは圧搾の過程に数日かかるとか聞いたことがある。
となると、より確実かつ古くから伝わっていてできるだけ失敗しないもの……ということだ。
「だからワインなんかの工程がよく知られてるようなものでまず最初に試したいんだ。確かにリンデが飲めないのに任せるのは申し訳ないんだが……」
「そういう理由があるなら仕方ないわ。確かに、一度もやったことないようなことをやるんだものね」
「うん。でも、酒ってものはなにも飲むだけじゃない、料理に使うことだってある。それに、アルコールを飛ばせばリンデでも飲めるようにできるから、とりあえず最初のステップとしてどうだろうと思ってさ」
「つまりそういうのが食べられるの期待していいってことよね?」
「期待してていいぞ」
「やった」
仕事をこなしたのなら、報酬があって然るべきだ。まあ本来あるべき報酬とも違うが、そちらはそちらで別に取り置いておこう。
さて、場所を移して厨房。俺とリンデはまあ当然のこととして、事前に蒸留装置について相談していたマリー、そして酒と聞いて我慢できずに駆けつけたトビーの姿がそこにあった。
……クリスが外で見張りをしているはずなのだが。
「来たぜ」
「うわ出た」
『何でいるのこの人』
「風邪引いてたくせに何当然のように嗅ぎつけてんだテメー」
「こんな面白ェこと何で黙ってたンだよお前ら。俺も混ぜろ」
「帰って薬飲んで寝ろバカ」
「酒は百薬の長っつーだろ」
「それ嘘って実証されてんぞ」
たとえ少量でもガンなどの各種リスクは普通に発生するそうだ。なので結局のところこれは酒呑みの言い訳のようなものである。
ともあれあくまで酒と聞きつけてやってきただけなので邪魔をするつもりは無いようだ。適当な場所に座ってこちらの様子をうかがっている。
『んーでリンちゃんの魔法活用してみようって話だっけ? どうするの?』
「ワインとシードルを作ってみようと思う。米から作る清酒*1も製法は知ってるけど、あれは少し作り方が複雑だ」
「今から作ろうとしてるのだとそうでもないの?」
「そうだな。昔から伝わってるだけあってシンプルだ」
「ワインは皮ごと潰した果汁を発酵・熟成させるだけだぜ。シードルはリンゴの果汁に酵母を入れて発酵させる。ま、どっちもちと熟成の手間ァかかるがな……」
「シードルはそうでもないぞ」
「だっけか?」
むしろ熟成させず、発酵させてすぐに飲むという手法もあるほどだ。
今回使うのはこちらの方法になる。加工したものをリンデにも食べたり飲んだりしてもらうことになっているわけだしな。
あとトビーもマリーも来てるし多分こいつらは普通にそれ目当てだろうから……。
「ただ、ワインは発酵させるだけじゃなくてどうしても熟成の手間が必要になる。これは出来上がったら一旦置いておこう」
「分かったわ。で、あたし何すればいいの?」
「実はここに皮ごと潰したブドウの果汁とリンゴの果汁がある」
『用意がいいね……』
これに時間をかけても仕方ないからな。省ける手間は極力省いていく。
そもそも今回はリンデがどこまでやれるかの検証も兼ねているんだ。一度果汁を絞って見せる過程を見せる必要は無い。
冷蔵庫からそれぞれ紫と薄黄色の小瓶を並べていくと、リンデは軽く首を傾げた。
「……こうやって小さい瓶に入ってるといかがわしいお薬みたいね」
「悪いがその冗談は笑えない」
「え、ごめんなさい」
『……レスター、違法薬物の類大嫌いだもんね』
言っていることはいわゆる
今回の下ネタについては流石に厳重注意させてもらうとしてだ。
「何でこんな小分けにしてるの?」
「微細な加減がまだ分かりにくいだろうし、多少失敗してもいいから比較しながら検証するためだな」
『行き過ぎると腐るしそうじゃないとお酒にならないだろうしね』
「で、アイツに毒見をさせる」
「はン?」
ここでなんか勝手にやってきた
まあリンデも調整が上手くなってきてるし、そこまで酷いことにはならないはずだ。
「仕事放り出して勝手に来たんだからちょっとは手伝え」
「お……おゥ」
「兄さまギターの人には全く遠慮しないわよね」
「正直こいつに遠慮する方がアホらしい」
「ちったァ言葉飾れや」
『支部長さんは普段の言動を考えた方がいいんじゃない?』
学院時代からずっとこんな感じなので、たまに俺はトビーと一緒にいると豹変するとか言われることがある。
極端に雑になっているという意味ではまあ豹変していると言えなくもないが、別に内面的にそこまで変わってるわけではない。学院の頃からの延長線上だ。
「ブドウの皮には天然酵母が含まれてるし、リンゴは抽出した酵母を使ってる。リンデにやってほしいのは、この酵母の活性化ということになるな」
「腐敗魔法で酵母菌を生成して……とかじゃないの?」
「何を作る必要があるか分かりにくいだろう?」
『だったら今既にあるものの動きを早めたりするのが楽だし失敗しづらいってわけだね』
「ほー」
確かに腐敗魔法を極めれば特定の菌だけ生み出すことも可能だろうけど、今はまだそこまでのコントロールはできないだろう。発酵ではなく腐敗を促すこともありうる。
だったら酵母だけはこちらで用意しておいて、それを活性化させるというのが……というのが第一段階だ。
これに成功すればまた後々より上の段階に行くことができる。軽く頷きながら、リンデは小瓶に手をかざして魔力を回した。
「発酵発酵……あ」
「あ」
「オイ『あ』って何だ」
「…………」
俺は失敗した小瓶を持ち上げてトビーに示した。
外から見ても分かる程度に気泡が上がっており、何かヤバそうな雰囲気を醸し出している。菌だけに。
『これは廃棄だね』
「うーん……普通の加減だと難しいわね……」
「単純に発酵しすぎなだけなら酢になるんだけどな、これは腐敗魔法の影響で別種の菌が発生したんだろう」
「流石にそれは飲まねェぞ」
「分かってるよ」
いわゆるワインビネガーというのは、アルコールの分解が進みすぎて酢酸になってしまうことで出来上がるものだ。
こっちなら使えるし多少飲ませてもむせるだけで済むが、腐敗してるものは流石にダメだ。まあ想定内なのでこれは廃棄と。
「こういうのを想定していくつかの瓶に分けてるんだ。どんどんやってみよう」
「うん、やってみる!」
「……頼むぜ。俺の健康のためにも」
健康のためを謳うならまず病み上がりの体を休めるべきでは? 俺は訝しんだ。
ともあれ何度もやっていくと流石にリンデも加減やコツを掴んでくるようだ。たまに酢になってしまうなどのアクシデントはあるものの、数回目でちゃんと発酵させることに成功。その後はその微調整を行うことでコントロールを身につけたのだった。
なお、その過程でトビーは何度か酢を飲んでむせることになった。
「わかった! できた!」
『おおー、上手いじゃないか。基準は分からないけど習得早いんじゃない?』
「元々の使い手の数も少ないからな……」
これはリンデ向けの仕事であると同時に、リンデの腐敗魔法のコントロールを身につけるための手段でもある。
俺がたまに手慰みに手元で水晶を創り出して削り出したりするアレと同様の効果を期待してのものだ。どうにか上手くいったらしい。
「で、いいんじゃねェか? 酒、作ってもよォ」
「……ま、いいだろう。やってみようか。リンデ、頼めるか?」
「任せて!」
トビーに促され、次に持ち出したのは大瓶に詰めたリンゴ果汁だ。ここまでで加減が分かったので、リンデはこれを発酵させてシードルを作り出すことに成功した。
有名なシードルは二次発酵させて炭酸になっていることが多いが、これはその工程を踏んでいないので発泡していない。とはいえカップに移せば爽やかな匂いとアルコール特有の香りがふわっと浮かび、ちゃんとシードルとして完成したことがうかがえる。
1カップ分だけを取り分け、加熱してアルコールを飛ばしてやる。ちょっと煮詰まって濃くなったので、これにはちみつを加え、炭酸水と混ぜて冷凍したナポや他のフルーツの上に注いで……と。
「できたぞ。ノンアルコールフルーツカクテルだ」
「ほーん……ねえ兄さま、ジュース加工してお酒にしてまたジュースに戻すってこれ軽く二度手間じゃない?」
「まあそれはそうなんだが……糖分がアルコールに変化して、それを飛ばしてるからな。ベースの味はもうちょっと淡く、印象も丸くなってるはずだ」
「あ、本当だ」
へー、ほー、と頷きながらリンデがカクテルを口に運ぶ。
まあ、結局糖分を添加しているので二度手間と言われると否定はしきれないが。リンゴの糖分はだいぶ抜けているのでまた味わいは別のものになっているだろう。
「ほォ、この場で突貫で作ったにしてはイケるぜ」
『うーん、マイルド。これでお酒は村の中で作れるかな?』
「ああ。この分なら蒸留酒もいけそうだ」
場合によっては香り付けに花フクロウの羽根を使うという贅沢なことをしてもいいかもしれない。
まあ、いずれにせよちゃんと作物を余分に作れるようになって、余裕ができてからということになるんだが……実験が成功した今すぐにそんな水を差すようなことは言わなくていいか。
これならナポの活用方法としても一つ挙げられるな。基本的には、シードルやワインのように果汁をそのままアルコールに転化させるのではなく、漬け込んだり果汁と混ぜるような方針になるだろうけど。
「じゃ、今晩はこの作ったシードルを使った煮込み料理にしてみよう」
「楽しみだぜ」
「いやお前は家に戻れよ」
……まあ、ここまで付き合わせておいて仕上げには呼ばないというのもなんだし、ラシェルさんやフェデリカさんたちも呼んでお披露目としてみようか。
ともあれ、出来上がった浅い熟成のシードルはこのまま使うことに決定。ワインと、ついでに作った
ところでラシェルさんに今回の件を伝えると、当然トビーは報告を入れずにこっちに来ていたため普通に叱られることになった。
あいつは脊髄反射で動くのをもうちょっと控えた方がいいと思う。