翌日以降のやることと言っても、今日ほど濃密で重たいことではない。せいぜい農地を作ったり、駅までの道を改めて整備したりという程度のことだ。
……いや、濃いは濃いが、臭かったり暑かったり魔獣が寄ってきたりということは無いから、比較的楽ではあるんだ。比較的。
草木はともかく土や石なら組み替えて固めるのは簡単だ。村までの道のりについても、あらかじめ邪魔になるような樹木は伐採しているし、既に小さめの車両なら通れるように整備もしている。あとはそれを更に拡げて石を加工、「組み換え」ることで舗装してだいたい完成だ。
クッソ狭いし通る車なんて無いという致命的な問題はあるが。
農地も一応という程度だが整備することができた。家庭菜園ではなく「農業」として成立させるために必要な面積などは分からないので、資料と格闘しながらの手探りだが……田畑は形になったはずだ。これで一年やってみて、どのくらいになるかというところだろう。規模だけ言えば三人では余るくらいのはずだ。
というわけでそんなこんなで延々と土いじりをして2日間を過ごし、沼熊の素材の代金を受け取った後のこと。俺たちは三人で、サバルという隣町へ訪れていた。
「田舎ね?」
「領都が都会すぎるんだよ」
木造建築が多く、未だ都市化の波に晒されていないサバルの町並みを見て、リンデはそう呟いた。
リンデにとっては最初に見たのが領都だから、基準をあっちに合わせてしまっているのだろう。しかし、領都エウテルペは王都並に栄えているので比較対象としてはあまり適切ではない。
メインストリートにはしっかり石畳が敷かれているし、市場も活気づいている。人の行き来も少なくないし、俺たちが今規格外のド田舎に住んでいる事実を差し引いても、サバルは相応に栄えている方と言える。
クリスはその辺分かっていない風だが……。
「この街は何が有名なのですか?」
「リサーチか? 仕事熱心だな」
「…………」
目を泳がされた。本当に何の気も無しに聞いたらしい。
リンデが尊敬の眼差しでクリスを見ているので指摘しないでおこう……。
「果物、中でも桃と梨が主な特産かな。気候もサラク村とそう変わらないし同じように育てられるはず」
「へー……でもそれってうちで育てる必要あるかしら?」
「ふむ、というと?」
「あたしたちが同じもの作ってもこっちの街で同じもの作ってるんだから誰も買わないじゃない。逆に、あたしたちが必要ならここで買えばいいでしょ?」
「リンデ、それも少々乱暴な……」
「いや、考え方としては正しい」
リンデは得意げに薄い胸を張った。
考慮しないといけないことは山のようにあるが、大雑把に言えば言ってることは正しい。何も考えずに同じものを出す、では知名度とブランド力の差でどうやってもサバルの果物に勝てる術が無い。当たり前のように売上はゼロで終わるだろう。
同じものを作るにしても手間と金がかかりすぎるので買ったほうが絶対に早いし安い。品質も安定している。こと商業において大量生産は正義だ。
何も教えずに自力でこの結論に行き着くあたり、記憶に無いだけで何らかの教養があるか、地頭が良い。そのうち事務的な仕事を任せるのもいいかもしれない――というか任せたい切実に。
「ただ、クリスの言うようにちょっと乱暴な言い方なのも確かだ。普通にしてたらリンデの言う通りだけど、やり方次第で色々と抜け道はある。必要は無いかもしれないけど、無駄ではないというのが実態かな」
「なるほど……そのやり方って?」
「より安く売るとか、そもそも販路を変えるとか、オマケをつけたりサービスを良くしたり、付加価値をつけるとか……要するに『同じもの』でなければいい」
俺も商業は専門じゃないから軽々しく断言できないが、差別化は重要だと思う。
独自の強みがあれば独自の顧客もつく。同じ土台の上で競争しようとするから潰されてしまうんだ。自分たちにしか出せない魅力を引き出すことができれば、争わずに共存することだってできるはずだ。
「あとは……信用とか権威」
「信用はともかく権威?」
「簡単に例えると侯爵家がバックについたりしている状態」
「考え方が悪どいわ兄さま」
「そうだな……と言いたいけど、この手の話は多いから覚えといた方がいいぞ」
うちがやってるかどうかはともかく、○○家推薦! とかあの□□卿もご愛用、なんて宣伝文句は山のように使われている。
本当にその家が商品を推したい場合もあるが、中には無関係に名前だけ勝手に使われてるなんてこともある。
なんなら俺も見た。兄上の知らないはずの商品が兄上が愛用していることになっていたので、写真撮って帰って家族でひとしきり爆笑した後注意しておいた程度だが。
さて、ともかくまずは服からだ。元々このために来たのだから、早めにちゃんとした店を選ぶとしよう。
二人がキメラであると知られた場合のためにできれば口の固い店員がいる方がいいが、そこまでは望みすぎか。
「ここにするか」
そうこうしているうちに、造りがしっかりしている外観の店舗が目に入った。
扉をくぐって最初に目に入ったのは、数々の見本と思しき服だった。ついで、来客を告げるベルに呼ばれて店の奥から恰幅の良い女性がやってくる。
「ハイハイいらっしゃい。何かご注文? 何でも受け付けますよ」
「そうですね、俺じゃなくて連れなんですが……」
続いて入ってきた二人の姿に、女性は「あら」と目を輝かせた。下世話なことを考えていそうだ。
リンデが興奮しないよう先に釘を差しておくのがいいだろう。
「ついこの前シムゾニアから来た知人なんですよ。なにぶん着られる服が少なくて……」
「あらそれは大変ねぇ」
クリスたちの姿に視線を向けさせることで同情方向に感情を動かしてもらうことにした。
貴族だのキメラだの護衛だの村長だの、いちいち説明するのも難しいし面倒だ。俺はこの二人の知人、そのくらいのスタンスでいい。
「加工も必要になるのでオーダーメイドをお願いしたいのですが、構いませんか?」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
「じゃあ、採寸してしまいましょうね。そっちのお姉ちゃんの方からどうぞ~」
「は、はい」
遠慮気味にクリスが女性についていくのを見送り、こちらはリンデと一緒に服のデザインを見物する。
あれが欲しいこれもいいなときゃあきゃあ言っていて実に年頃の女の子らしく微笑ましいものだ。とはいえ、仕事の兼ね合いもあるため、ある程度は動きやすい服も持っていてもらわないといけないし予算の問題もあるので制限もある。そう伝えると、少しだけ不貞腐れられた。
「じゃあ次の子どうぞ~」
「はぁい」
また次の機会に買えばいいといなだめたところで、クリスが何やらちょっとダメージを受けた風に戻ってきた。
胸あたりを押さえていったいどうしたんだろう?
「大丈夫か? 何かされた?」
「い、いえ、ただ……」
「うん」
「思ったよりも胸が大」
「よし買うもの決めてしまうか!」
……どうやらアイデンティティの危機に陥っていたようだ。
だが俺に言われても困る! すまん!!
とにかくまずは話を逸らさなくては……!
「気になる服とかあるか?」
「いえ、特には……」
リンデと対象的に、クリスは特に欲しいものが無いようだ。
リンデがあれもこれも欲しいと言っているのと帳尻を合わせようとして……はないな、流石に。純粋に物欲があまり無いタイプだ。
こういうタイプはなかなか難しいな。変に欲しいものを聞いても、遠慮以上に本当に「特に無い」としか言えないから出てこない。
軽く悩んでいると、クリスの視線がある売り場の一点に注がれていることに気がついた。やたら骸骨がデザインに組み込まれていて、何の用途とも分からないチェーンがジャラジャラしている前衛的な服だ。
「アレはダメだ」
「な……何も言っておりませんが……!?」
「やめておいた方がいい」
――経験上、こういうものは後になって考えると、何で俺はこんなの買っちまったんだ……? と後悔することになる。
俺はした。
そりゃその時はいいさ。テンション上がっちゃってたから。
中にはそれもなぜかメチャクチャ似合う人もいるかもしれないけどさ……一般人が気の迷いで手を出すのは……その……やめておいた方がいい。特にチェーンマジで邪魔だから……
「し……しかし……あれは攻防共に優れています……!」
「ほわ?」
「鎖は振り回せば武器として、ちょっとした武器なら絡め取って防具として、敵の攻撃に対処もできるはずです……!」
「俺ファッションに攻撃力防御力の概念を持ち込んだの初めて見たよ」
敵って誰だよ。
できるかどうかで言えばできるだろうけどよ。
……見た目よりしっかり我欲があるってことだからこのこと自体は悪いことじゃないんだが。
「もう少し自由に使えるお金が入ってからにしてくれるか? 今はまだちょっと、普段遣いする服を優先してほしい」
「くっ……承知しました」
今は実用品を優先。それは共通認識らしく、なんとか納得してもらえたが……これ、お小遣いとかあったら買いに来るだろうな。
……本人がいいならいいか……? 趣味は俺が口出しするようなことでもないし、問題にならない限りは置いとくのが無難か……。
そうこうしているうちに、リンデが女性と楽しげに話しながら戻ってくる。どうやら採寸が終わったようだ。
「どの服が欲しいかは決まったかい?」
「ええ、試算を出していただきたいんですが、構いませんか?」
「オーダーメイドだからね、少し高くなるよ?」
「もちろん承知しています」
買い物は羽振りが良ければいいってもんじゃないが、初めて来た、それも今後利用させてもらう可能性が高いような店で値切りはしたくない。
女性も騙して高額を提示していないわけだし、相場通り。妥当なところだ。
今回使える金の多くが消えてクリスがギョッとしているが、実は高い店はもっと高いぞ……なんて言ったら卒倒してしまうんじゃないかと少し不安だ。
オーダーメイドのため、完成まではそれなりの時間がかかる。受取はまた後日ということで話をつけて、タブレットの連絡先を交換したら次の店だ。
「次どこ行くの?」
「防具ですか?」
「違う」
今は別に防御力は欲しくないんだって。
自警団でも組織するなら考えるけども。
「二人のタブレットを買うんだよ」
「あれですか……!」
心なしかクリスのテンションが上がった。50年前と違って個人用の通信石が持てるというのはそれだけ大きなことなのだろう。
家から貸与するという話もあったんだけど、10万も20万もかかる買い物は流石に高価すぎると見送られていた。俺がいるから連絡にはあまり困らないというのもある。
しかし、クリスは今後狩りに出かけるなどして別行動の機会もあるわけだし、連絡はいつでもできるようにした方がいいに決まっている。街に出かけた時などにも常に一緒に行動するような必要が無くなる。利便性も高いから、やっぱり一人一枚は持っていてほしいのが正直なところだ。
「でもそれ石? なのよね? 選ぶって何選ぶの?」
「石っていうか正確には人工的に作った宝石だな」
「宝石!?」
「作ることができるものなのですか?」
「要は鉱物だから、その気になれば魔法で作ることもできる」
俺もできる。
こうして作った宝石はあまり芸術的な価値こそ無いが、装飾品に使われたり魔石の原料として使われたりと、用途は多い。
ただ、その気になりさえすれば大抵の人がこのくらいの宝石は作ることができるという代物なので……宝石そのものにはそれほど値がつくことは無いというのが難点だ。
一例として示すために、手のひらの上にごく薄い板状の宝石を魔法で創り出す。
「こうしてできた宝石の内部に魔法式を刻み込む。それを積層したり合成したり……色んな加工を施すことでタブレット、つまり一種の魔道具になるんだけど、その加工の方法によって性能にも差が出るんだ。機能も変わる。選ぶっていうのはそういった部分だよ」
「機能って?」
「写真を撮ったり映像を撮ったり、護身具にしたり、本読んだり」
「……通信の域を超えているのでは?」
「俺もそう思う」
それもこれも通信石をタブレットに進化させた天才が提唱した理論の賜物だ。
元々は巨大な水晶玉や原石を用いていたものを、光の屈折率の違いや宝石同士の化合、生成途中の合体というような現象に目をつけ魔法式を効率化。そのおかげで他の式を組み入れたり、元からある式をより洗練させ強化するようなよりも生まれたため、どんどん通信以外の機能が盛り盛りにされているのだった。
今は単なる通信機能のみならず、巨大な中継魔石を用いて短文を送りあったり文章を用いて情報共有を行ったり……なんてこともできる。俺も暇つぶしに眺めていることは多かった。
「使う宝石によって色味も変わる。俺のは黒いけど、赤とか白なんてのもある。デザインも凝ってるのがあるから、好きなのを選ぶといい」
「ありがとうございます」
中には自由過ぎる発想から、やたら奇抜なデザインのタブレットが生まれることもあるんだが。
ハート型とか星型みたいな持ちづらそうなのは序の口。原点回帰して部屋に設置するほど大きなものだとか、板ですらない球状だとか、中にはゴーレムに搭載するなんてキワモノもある。
実際、訪れた店舗はだいぶ……これは何の売り場だ? と聞きたい様相だ。
最近、緩衝材の新素材が出来たらしいからってどうも技術屋がハッスルしているらしい。
「ど、どれにする? ちょっぴり……使いづらいものもあるが……」
「基準がよく分かりませんので、私はレスター様と同じものがいいです」
「俺の? デザインとか選んでもいいんだぞ」
「
「そうか?」
あんまり奇抜なもの使うと他の貴族に目をつけられて攻撃材料にされかねないので、俺が使っているものは黒一色のシンプルな形状だ。
貴族として人前に出ること多いからどうしてもな……個人的にはもうちょっと遊びというかワンポイント入れるとかしてみたかったんだが。
「とはいえ全く同じだと見分けもつかなくなるしな……そうだ。こういうカバーつけるのはどうだ?」
「カバー……」
差し出して示したのは、動物の耳がついたものだった。クリスは狼だから犬耳というのはちょっと失礼かもしれないが、そもそも狼の耳もほぼ同じだし仕方ないとしておく。
耳の片一方は穴が開いており、紐などを通すことができる。激しく動くことの多いクリスなら、落とすことも無いのでちょうどいいんじゃないかと思ったんだが……。
「…………」
「クリス?」
「……あ、はい」
ふにふにふにふにふに。
――と、渡してからずっと触り続けていて尻尾が左右に揺れている。
気に入ってくれたらしい。
「こ、これでお願いします」
「分かった。リンデはどうっ――」
「え?」
ぷにぷにぐにぐにむにむに……。
――と。お子様にも安全、落としても安心、を宣伝文句にしている新素材で包まれた柔らかいタブレットを、リンデは目をカッ開いて揉み倒していた。
……経験が無いので俺には想像するしか無い、が……あの緩衝材のぷにぷにした感触、何か特定のものを彷彿とさせるのは確かだ。
軽く引いている俺たちの目に気付いた彼女は、一筋の冷や汗を垂らすと、何事も無かった風を装ってスッとスポーティに立ち上がった。
「性能でこれにするわ」
「性癖だろ」
今更誤魔化しようがあると思うてか。