サラク村を含むアシュクロフト侯爵領は、南部に位置していることもあって基本的に雪が少なく温暖な地域だ。
しかし、別に雪が全く降らないというわけではなく、それこそ爺様が亡くなった時のような寒い雪の日というのは稀にある。そういうところで記憶に残るから余計に印象深いのだが……ともあれ、年を越してしばらく。村にやってきて初めて雪が積もることとなった。
屋敷のエントランスは暖炉を求めてやってきた花フクロウと雨タヌキたちがすし詰めになっている。たまに外に雪遊びに出るものもいるが、その割合は多くない。
俺は外に見える建築中の壁を見て、ふと顔をしかめた。
「いかがされたのですか?」
「ん、いや……」
そこへ声をかけてきたのは、寒さに強くてむしろ元気になっているクリスだ。
氷狼の形質のせいで夏にぐでんぐでんになっていた分、冬はより強く適応しているようだ。尻尾が時折分かりやすく揺れている。
「雪だと作業が滞ると思ってな」
「壁の建築ですか」
「ああ。集めたのがこの辺の人たちだから、皆雪には慣れてない」
この辺の地方は本当にたまにしか雪が降らないこともあり、基本的に雪というものに慣れている人が多くない。
村を囲う壁を建築するために雇った作業員というのも、サバルなどアシュクロフト侯爵領出身者が大半であり、当然ながら雪への対処法などほとんど知らないわけで……滑って転んで怪我などしても大変なので、この日は作業を中断することになった。
「ハンターたちも今日はあまり仕事をしたくないそうだ」
「そちらは職務怠慢では?」
「と、言いたいところだがハンターは基本的に依頼を受注してはじめて仕事になる形式だからな。仕事をしないことも選択の自由なんだ」
軍人だったら職務として村を守らないといけないから、多少雪が降っても仕事はせざるを得ないんだが。
ハンターと軍人の給料と業務形態の関係は一長一短と言っていいだろう。軍人は色々な場面で諸々の義務が発生するが、給料は一定で安定している。ハンターは自由な業務形態だがその分自分に全ての責任がのしかかってくるし、場合によっては給料ゼロで過ごさないといけない期間が生じたりもする。稀に一攫千金を狙えるほどの技能を持った人も出てくるんだが……この辺は腕に自信があるなら、というところだろうか。
「そうなると村の守りが不安になりますが……」
「ギルドから人員を出してもらう契約をしてるから、最低限は問題ない。依頼も出してるし、金に困った人が請けるだろう」
……それこそニネット嬢とかな。
まあ手に負えない相手が出たら流石に報告してくるだろうし、そこまで大きな問題にはならないだろう。恐らく。きっと。
さて、ともあれ雪が降ったとなれば今日だけでなく明日以降も気温は下がるだろう。雪は溶けるかもしれないが、作業員には辛いはずだ。
「で、
「お
「分かった。じゃあすまないが、この荷物半分持ってくれないかな」
クリスに示したのは、せいぜい湯桶程度のサイズの小箱だ。元々俺一人で持っていくつもりだったので別に大した重さは無い。クリスにとっては負担などほぼゼロに近いだろう。
「半分でよろしいのですか?」
「……ポーズとして必要なんだ」
護衛だとはいえ女性に荷物を全部持ってもらうというのはあまり外聞がよろしくない。裏事情を知らないならなおさらだ。
中身も重みのあるものではないのだが、ある程度慎重に運ぶ必要はある。人数が増えるならその方が望ましいのは確かだ。
「中身は何なのですか?」
「空調魔道具だよ、服に装着するタイプの」
「ああ、あの……配布するのですか? 確かギルドには販売しておりましたが」
「ちゃんとした取引をしてるよ。壁を建てるのに必要な代金から引いてもらってる」
「そういうことですか」
もっともこの辺の契約は作業員の方々にはあまり関係の無い話だ。単純に上からの支給品として使ってもらうことになるだろう。
そんなわけで、クリスを連れて作業員用の宿舎に向かったのだが……そこは普段に無い異様な熱気に包まれていた。
単に暖房が効いているというだけでは済まないタイプの、やや陰湿で勝負っ気の強い、賭場に流れているような空気のそれだ。
わけもわからず困惑していると、俺たちの姿を認めた作業員の一人がこちらに慌てて近付いてくる。
「村長さん! このような場所にお越しになって、いかがしました?」
「はい。近頃は寒くなって参りましたので、差し入れとして空調魔道具をと……しかしこの様子はどうしたんですか?」
「ハンターの方々の使っているものですか! いや助かります……が……」
「賭博ですか?」
周囲を視線で見回し、クリスは少々不可解そうに問いかけた。
机の上などを見ると、作業員の皆さんはどうやらポーカーに興じているようだった。
「お、村長じゃねえか! 遊んでくかい?」
横から声のする方を見れば、帯刀したままポーカーに興じているハンターの姿があった。
なるほど、どうやら作業員共々今日は仕事を休むつもりのようだ。俺は苦笑して軽く手を振って否定を返した。
「村長が下手に割り込んでは皆さんも緊張してしまうでしょう。お楽しみのところ申し訳ありません」
「いえ、このようなところをお見せしてすみません……」
「今日は作業もできないでしょうからとやかく言いませんよ。たまにはこうして心の余裕を持つための時間も必要ですから」
いつまでも作業作業では当然体だけでなく心も疲労してくる。クリスが内心「レスター様がそれを言うのですか?」みたいな目で見てくる通り俺も大概心の余裕が無いが、だからこそ必要性を理解しているつもりだ。
「……ただ、賭けるなら常識の範囲内でお願いします」
「ははは、それはもちろん」
「…………」
どうやら嘘はついていないらしい。クリスのしかめ面の裏に怒りは覗かなかった。
とはいえポーカーのようなカードゲームは
俺は応対してくれた作業員の方に一礼すると、クリスを伴ってそそくさと屋敷の方に引き返すことにした。
「レスター様はああいった遊戯を咎められないのですね?」
「治安が悪化するようなら流石に注意するけど、たまの休みに趣味の範囲でやる分にはとやかく言うことじゃないさ」
「申し訳ありません、私はどうにもああいった雰囲気は……」
「人それぞれだからな、苦手でもしょうがない」
騒がしいのもそうだが、ゲームというのは駆け引きまで含めてのものだ。クリスとしてはああいう場に馴染むのは難しいだろう。
……こう考えると、クリスはあまり遊びが得意ではないんだな。暇があれば鍛錬か勉強というのが基本的な行動指針だし。
俺も忙しさにかまけて最近は心の余裕を持つのが難しくなっているし、お互いちょっと遊びというものを覚えた方がいいかもしれない。
と、そんな風に考えながら屋敷に戻ってみると、誰の姿も執務室周辺には無かった。どうやら皆地下のマリーのところにいるようだ。
雪のせいでやること少ないし別に咎めるようなこともないが、珍しいことだ。なんとなしに覗いてみると、どうやら4人でカード遊びに興じているようだった。
「こっちでもカードか」
「あ、兄さま」
「こっちでもって他でもやってたの?」
「ああ、作業員の宿舎でハンターも交えて……ちょっとしたイベントみたいになってた」
正確には賭場だが、そう言うとちょっとアングラな雰囲気になってしまうので言葉を選んだ。
まあ、皆で遊ぶための題材というのもあまり多くないので被ることもあるか。他にちゃんとした遊びって言ってもチェスだとかビリヤードだとかくらいしか知らないし、大掛かりなものも要らないカード遊びならどこでも誰とでもやりやすい。
トビーのように暇さえあれば、暇じゃなくとも常にギター弾いてるようなのもいるが……あれはまあ、音楽が趣味であり生活の一部というやつなので色々と例外だ。
「
「いや、いいよ急ぎの用事も無いし。何なら俺たちも混ざるけど」
「じゃあキリのいいところまでやってしまおう」
どうやらマリーたちは3人でダウトをしていたようだ。パトリシアさんは基本的にディーラーに徹しているため参加しないようだが、そこそこ盛り上がっているみたいだ。
……しかし、ダウトというのは連続した数字のカードを出していく中で、意図的に「嘘」をついて進行するゲームだ。嘘をついた段階でクリスが後ろから謎の威圧感を発するので、まともにゲームにはならなかった。
やっぱ向いてないかもしれない。
「しかしレスターも来たとなるとどうしようか。これだけの多人数でやるゲームと言えば……」
「やはりポーカーなどでしょうか?」
パトリシアさんは慣れた手つきでカードをシャッフルして俺たちに配り始めた。
返答する前からもう始めてるあたり、パトリシアさんもそれなりに楽しんでいるようだ。まあ、せっかくだし参加するとするか。
「ポーカーというのはどういうゲームなのですか……?」
「あ、そうか。クリスは知らないか」
と、そこで少々問題が発生する。ゲームに馴染みのないクリスにとってはルールなど知っているはずもないのだ。
これはパトリシアさんから軽く手ほどきを受けて解決することとなった。クリスとは真反対の、短くも丁寧な説明のおかげで数分とかからずおおよそは理解できたようだ。
「ド初心者のクリスは今は問題無いね。一番厄介なのは多分レスターだよ」
「坊は使える手ぇ何でも使ってくるさかいな、強いでぇ」
「期待値上げすぎると肩透かし食らうぞ」
俺も付き合いとしてポーカーは何度かやったことがあるが、今のところ大負けということは無い。
師匠いわく全てが一流半歩手前までの才能しか無い俺だが、その全てを総動員してあらゆるところから攻めたならそれなりの成果は得られるのだ。
ポーカーは運もそうだが、手札の選定やブラフ、勝負を降りるところまで含めてのゲームだ。一つの角度からだけでどうにかなることではない。
なので俺はちょっとばかしこの手の遊びには自信があったりする。才能の極限一点突破だけでどうにかなる話でもないからな。
「ふむ……」
とりあえず10のワンペア。降りる必要は無いな。カードを軽く交換して……追加は無し。
このまま勝負するとして、勝算は……。
「ふっふっふ……今回のあたしの手は強いわよ」
「おやリンちゃんは自信満々だね。レスターはどうかな?」
「そう簡単に負ける手じゃな――」
そう言いかけて、ふと隣から視線を感じる。クリスが俺とリンデを凝視ししていた。
……そうだった。嘘は通じないんだ。
「ここは罰ゲームでも賭けてみようじゃないか。勝った人が命令できる権利とかどうだい?」
「……普段とゲーム性まるで変わるからやめといた方がいいと思う」
「どういう意味やそれ? あ、ウチ降りるわ」
「好きなように命令を……命令……ふへっへっは」
「あんなことやこんなことを……いやらしい……」
「いや、皆がいいならいいけど……」
ヤバい。これだとブラフ戦術が一切機能しない。純粋なカードさばきと運のみの勝負になってしまう。
片腕をもがれたような気分だ。しかし始めてしまった以上もう退けない。
「……俺も降りる」
「7のスリーカードよ」
「ふっふっふ。フルハウス! これでそう簡単には勝てな」
「コレだと役は何だろうか」
「9のフォーカードでございますね」
「「え」」
……うわぁ。
なんというか未来が見えてきたぞ。マリーもリンデも別に運が悪い方じゃなさそうなんだが……嘘を嘘と見抜くことができる能力がある上にビギナーズラックまで重なっている今のクリスは……多分ちょっと手に負えないぞ。
オマケにクリスが嘘を見抜いた時は威圧感を発するのでゲーム性そのものが変わってきてる。ブラフは無意味になるし、退くか押すかを選ぶ以外に道が特に無い。そして、かつて学が無い状態ででも無双の強さを誇ったクリスは戦場の機微をよく知る人間のひとりだ。それを見極められない理由は無い。
純粋な勝負で勝てそうに無いからとイカサマなんてもってのほかだ。見抜けないわけがないしズルなんてしたら烈火のごとく怒りかねない。
というわけでゲーム性が丸ごと変わってしまったポーカー、勝利したのはこのゲーム性を変えてしまったクリス本人だった。
本人が状況をよくわかっていないのが幸いと言えば幸いか。ちなみにマリーとリンデは負けを重ね、本当に金を賭けていたら大変なことになっていただろうという程度に搾り取られた。
「今ボクらがやってるのポーカーだっけ……?」
「嘘が全部暴かれるせいでゲーム性変わってしまったな」
「なんだかすみません……」
ちなみに俺は勝てそうな時だけ張って徹底して降り続け2位。
メレディスは素で運が悪くて降り続けるハメになったが他が酷い成績のため3位だ。
「勝ったからにはクリスが何か命令していいぞ。大したことはできなさそうだけど」
「でしたら今晩はお肉が食べたいのですが……」
「ささやかなお願いでございますね」
「他の面々が勝ったらどうなっとったやろな」
「やめろ。考えたくない」
特にリンデが勝ったらどうなってたかなんて考えたくないことの筆頭だ。
なんだかんだそこで強引な手段を取ってくるとは思わないが……取らないよな……?
ともあれ大負けしてぐでぐでになっている2人を置いて、俺たちは先に執務室へと戻ることにした。
……なんというか、久しぶりにちゃんと遊んだ感じがあるな。短時間だったけど。