「怪しすぎるでしょその人たち」
先の件から十数分ほど。会議室に集まったいつもの6人の中でまず口火を切ったのはマリーだった。
後ろで控えているクリスが首肯を返し、メレディスが苦笑いを示す。パトリシアさんは冷静そうにしているが頷きを返しそうになっている。リンデは両手の指をつんつんして露骨に肯定していた。
俺もあの場でクソ怪しいなと思いながら接していた手前言葉も無いが、それだと会議の体をなさないので一旦ここは反論を述べておく。
「明確な根拠はあるのか?」
「根拠要る?」
「俺たちにはいらないかもしれない」
単純な話、誰より嘘に厳しい上に嘘を感知する能力まで備えたクリスがいるので、俺たちに生半可な嘘は通じない。
俺自身も神器については現継承者と候補者に次いで詳しい自信がある。だからこそあの程度の規模では本物に及ばないと判断もできる。
判断基準はそれぞれだが、俺たち「は」アレが偽物だという確信を持っている。しかし、外から見るとどうだろう?
「だけど、ハンターたちはどうだ? あの教団の信徒は? 誰の目から見ても分かる根拠が無ければ断定するわけにはいかないぞ」
「むぅ……」
「けど詐欺やろ明らかに」
「そういうこと迂闊に言うな」
内々のことだから特段強く言いはしないが、外でこういうこと聞かれると既成事実として受け取られかねないんだ。
それは避けたい。というかあちらに気取られたくないので、避けなければならない、くらいの強さはある。
通常あの規模の集団であれば幹部は10人弱。そのうち何人が神器モドキのことを知っているかは定かでないが、何かの拍子に持ち去られてしまったら困る。
「村長様、この国には神器継承者を騙ったことに対する罰則などはあるのですか?」
「やったことの内容によると思う。神器継承者であると嘘をつくことそのものは特には……」
「なんで? それって危なくない? 神器継承者ってすっごい権力あるんでしょ」
「ああ。でもその立場を詐称する難易度が高すぎる」
「世界に6振りしか無い武器、その上現継承者は全て記録されているから……ですね」
「どの神器の能力も教本に載っているほど有名なんだ。『その力をお見せください』と言えばそれで終わりだ」
それに加えて、既存の魔道具で神器の真似事をしようにもまず出力が足りない。人間ひとりの魔力が枯渇するほど使い果たしたところで空間魔法で人体を転送することなどできず、組み換え魔法を使っても異常気象や天変地異を引き起こしてその場に固定することなど不可能だ。
その上現在の継承者やその候補者は国に登録されているので、タブレットで関係機関に問い合わせれば即バレである。はっきり言って詐称するのに無駄に手間がかかる上にバレやすすぎて特にメリットが無い。
「……本来なら、だが」
「『本来なら』やなぁ」
「神器の劣化模造品なんて存在する前提が無かったもんだからどうにもな」
「ボクすら知らないやり方があるって言うならかーなーりー気になるんだよねぇ。ねえクリス、ちょっとパッと取ってきてくれたりしない?」
「無茶を言うな」
下手するとクリスなら抵抗も許さずに回収してくる可能性はあるが……。
……しかし、当代随一の技術者ですら知らない手段で神器の模造品を造り出したというのは、いったいどうしたものか。
興味を惹かれるのは分かるんだが、それ以上に気になるのはそんなものをどうやって手に入れたのかだ。まさか独自に開発したわけでもあるまいし。
「出処も調べる必要があるんだよな……」
「そうだね。暗殺者たちの持ってたっていうやつとの類似性も探らないと」
「……ねえ兄さま、あの人たち何で村に来たのかしら?」
「急にどうした、リンデ?」
「だってあの……あの……外のアレ……何アレ?」
「……一応、家、らしい」
「……家?」
どちらかと言うと花弁のオブジェと言った方がよほど通りが良いかもしれない。
観光資源として花フクロウを据えているサラク村にとっては、ある意味マッチしていると言っていいかもしれないが……あ、なんか本当に花か何かと勘違いした雨タヌキが水やりに行ってる。
大丈夫かあの建築。
「とにかくあんな家を兄さまたちの力を借りずに建てられるのよね? 何でここじゃないといけないの?」
「そう言われてみれば……」
「色々思いつくことはあるが……」
「第一は侯爵家の権力目当てやろ」
俺が軽く言い淀んだところに、メレディスが後を引き継ぐように回答を告げた。
至極簡単なことだ。逆にそこ目当てじゃなかったらビックリするというか逆に動揺しそうだ。
それに今もまだ侯爵家としての家名を使い続けてる俺にとっては切って切れない部分だしな、そこは。
「
「レスター様を利用しようと? しかし利用されるようなお方ではないだろう。真面目一徹でそういったご性格でも無い……」
「あー……あの人たち知らないか、レスターのこと」
「ああ。俺のことは『侯爵家三男』以上の情報は無いだろうな」
「村長様は外にお出になりませんからね」
そもそも俺はサラク村に来るまでの職歴は諸事情あって全くの空白だ。
外部の人間との関わりにしても領都の仕事先や同級生、家族関係くらいのものだった。外部で俺についての情報を得ようとしてもそれこそ侯爵家出身という以上の情報は得られないだろう。
そして「経歴がまっさらになるくらい遊び歩いている放蕩息子」という先入観でもって俺を判断する。だからこそ、一瞬迷ってるような素振りを見せたらそれに乗ってくるんだ。
「今後、サラク村は帝国との鉄道が通じて人の往来が激しくなる。あちらからこっちに移住しようとする人も増えるだろう」
「信者の獲得チャンスってわけだ」
「実績も名声も無い村長を傀儡に仕立て上げたら、権力、拠点、信者の3つを一気に獲得できるんやから、そりゃ狙うっちゅー話やな」
「実際のレスターは超がつくほど堅物だしなびきもしないんだけどね」
「そうでございますね」
「なびきも! しないんだけどね!」
「何だ急に大声出して」
何でか半ギレのマリーが脇腹をつんつんしてくる。そこ熱傷で神経死んでるからやっても無駄だぞ。
ともあれ俺の性格をちゃんと理解できているのは限られた人間だけだ。それでギルド所属のハンター相手にも力試しをさせられることになったというのもある。俺のことを知ってるのはあくまでトビーだけだったわけだしな。
「まあ一旦そっちはいいんだ。当面の方針を定めよう」
さて、ともあれ俺のことは一旦置いておいて、教団への対処を考えるとしよう。
第一にして最大の問題は神器の劣化模造品の確保。次いで宗教団体「星の子」そのものの調査。しかしいずれも急ぎすぎるのは良くない。下手を踏めばそのまま逃げる隙を生みかねないからだ。
「基本的に大きなアクションが無い限りは調査、監視を継続。神器の模造品を確保できるタイミングがあればなんとかして奪取する。ただし情報を握っている重要人物は逃さないように」
「まあ、そんなとこやろな。実質静観やけど」
「強制捜査などはなされないのですか? 逃さない自信はありますが」
「模造品とはいえ神器に迫る力があるわけだから、いくらクリスでも万が一がありえないわけじゃない」
……まあ、例えば遠隔でクリスが神器を瞬時に自分の手元に持ってきて、空間を固定して全員を拘束、みたいなことができない限りはどうしようもないわけだ。
具体的に過ぎる状況だが、なんかこう……できるんじゃないだろうか。できてしまってもおかしくないスゴ味がある気がする。あえて言葉にはしないが。
「それと……後輩にも少し調査を頼みたいことがある」
「麻偵のあの方ですか?」
「俺の杞憂ならいいんだが……」
「兄さまの心配ってだいたい当たらない?」
「言うな」
だとしてもあってほしくない可能性だ。違法薬物を使用しているかも、だなんて。
あの痩せ方に手の震え、どうにもこうにも怪しいんだよな……今まで接してきた中毒者の症状にもよく似ているし。
これまで調べてもらってたのは違法薬物の取引の有無だ。個人的な使用に絞ってはなかったから、もしかするとというのはつきまとってしまう。
「あの神器の模造品を本物の神器と思って運用しているのか、偽物と分かっているのかも知りたいところだ」
「模造品と理解しておられるならともかく、そうでないなら裏に何者かがいる可能性がございますね」
「裏に誰かいる方がいい? いない方がいい?」
「シンプルな方がいい……」
割と切実な俺の言葉に、その場の全員が苦笑いをこぼした。
巨大な花畑のように花型の家屋が林立する居住区。その中でも一際大きな家屋に用意された礼拝室で、オズワルドは己の不調を押して祈りを捧げていた。
外観こそあまりにも派手に過ぎるが、内装そのものは特別なものではない。石造りの礼拝室はごく静かだった。
「ゴホッ、ゴホッ……」
水気の交じる咳が漏れ、オズワルドの体が跳ねる。
この数年、元々病弱であった彼の体調は悪化の一途をたどりつつある。その原因が神との「交信」を試みるための丸薬であることは他ならぬ彼自身も理解していたが、他ならぬその「神」を奉るのが宗教団体「星の子」なのだ。それを止めることは選択肢に無かった。
「お父さん……」
「セラフィ……おお、セラフィ。また治してくれるか?」
「それはもちろんそうします、けど……できれば……」
「薬はやめん。これこそが我が信仰の源なのだ……」
咳を聞きつけたセラフィマが、斧を抱えてオズワルドに駆け寄る。
神聖魔法は生命に関与する魔法だ。衰弱し、損傷した肉体を多少復調させる程度のことは可能だが、薬物で汚染された脳を治癒させるには至らない。
可能ならば薬物そのものの摂取をやめてほしいというのがセラフィマの願いだが、オズワルドはそれを聞き入れる様子は無かった。
「それよりも、お前は……例の村長に取り入るのだ。我らの発展のためにはああいった権力者の後ろ盾が必要となる……」
「ですけど、お父さん。権力者の後ろ盾と言っても、それで組織を大きくしていく理由は何なんですか?」
「お前は私の言うことを聞いておけばいい……いずれ、あの方々に……神にお会いになれば、全て理解できよう……」
オズワルドがこういった様子になったのは、4年ほど前のこと。これまで面識の無かった「星の子」の母体を名乗る組織の人間と出会ってからのことだ。
これまでのオズワルドは小さな慈善団体を運営するだけの心優しい男で、「神」なるものにこうまで執着などしていなかった。
セラフィマが「斧」を手にしたのもこの頃のことだ。神器であるとしてセラフィマに与えられたそれは出処も由緒も不明でありながら、本物のそれを思わせる途方もない出力を秘めており、宗教団体の運営にあたって食料生産などの役に立ったのは確かだ。
オズワルドは荒れる息を押し留め、悲鳴を上げるかすかな理性を無視して言葉を続けた。
「あの村長は結婚などをしている様子も無い。お前が籠絡してしまえば、この村は我らのものになるだろう……」
「お父さん……」
「何だ」
「ろーらく……って何ですか……?」
「…………」
心底その言葉の意味が分からないという風に小首を傾げるセラフィマ。
元より妻を喪って以降は過保護に育てたとオズワルドにも自覚はあったが、想像を遥かに超えて娘は純粋培養で育ってしまったようだった。