「本日はこのような貴重な場にお招きいただきありがとうございました」
ギルドでの会議が終わった後、外に出たところでセラフィマさんはそう言って深く頭を下げた。
普通ならごくありふれた社交辞令である。が……妙にキラキラした瞳と嘘の反応が無さすぎて若干うろたえているクリスの姿から、社交辞令ではなく本気でそう言っていることが分かる。
俺も若干うろたえている。裏があるのは事実だというのに、ここまで表向き清廉に徹することができるのだろうか。もしかすると、そもそも彼女は自分たちの団体や肌身離さず持っている神器のレプリカに裏があることを理解しているのだろうか……。
「信徒の皆様へのご配慮、本当に痛み入ります。この度は……私も、考えの浅さを突きつけられたようで、参考になりました」
「いえ。こちらもセラフィマさんのスタンスを知ることができました。お互いのことを知る良い機会になったかと」
「はいっ。ろーらくの第一歩ですね!」
「えっ」
「以前も申し上げましたが、あまり良い言葉ではないのでお使いになられない方がよいかと……」
「あ、そうでした……すみません」
マジで何の裏も無く言っているのを見て、珍しくクリスが目に見えてギョッとしている。
2、3度俺とセラフィマさんを見比べた後、何らかの勘違いか言い間違い、あるいはそもそも意味を思い違えているのだろうと察したらしく数秒で元の調子に戻った。
クリスですら数秒かかるとも言う。
「本当に大丈夫なのですか……?」
「見ての通り悪気は恐らく無い」
聞こえないように耳打ちとはいえ懸念をそのまま声に出しちゃったよ。
いやすげぇ分かるけど。俺も「恐らく」なんて割と曖昧なこと言っちゃってるし。
「悪気の有無よりも害の有無の方が気になるのですが……」
「今はまだ無い」
今は、だ。いずれこれもなにかのきっかけで変わることは十分ありうる。
ただこう……現状だと全然そんな兆候はないし、小動物感全開で花フクロウとか雨タヌキの小屋にでも放り込んだら映えそうだな、くらいにしか思えないんだよな。
当のセラフィマさんもそんなことを考えられていると知らずに小首を傾げている。対応に戻るか。
「今回のような事例が他に無いとは限りません。専門知識が必要になることも多くありますので、その時はご相談ください。村長としてなるべくご対応します」
「ありがとうございます! でしたら早速ご相談させていただきたいことが……」
「あなたは距離を詰めるのが早すぎはしないか……!?」
とうとう耐えきれなくなったクリスがツッコんだ。セラフィマさんは……ダメだ。キョトンとしている。
まあ……一般的に、相談があるなら乗りますよ、と言われてもその場で即応じるなんてまず無いよな。
よっぽど無警戒なのか、計算ずくか……あるいは――と考えて思わずクリスに視線が寄った。
一年前、出会った直後にクリスは自分自身のことを打ち明けて俺に今後どうすればいいかの相談を持ちかけている。結果的にそれがサラク村の復興に繋がったのだが、距離詰める速度だけで言えばこっちも大概である。
「いけなかったでしょうか……」
「い、いや、いけないことというわけではないのだが」
「構いませんよ。今すぐ相談をしたいということなら重要なことなのでしょう」
クリスが当時、出会ってすぐに俺に身の上を明かしたのは、様々な理由で切羽詰まっていたせいだ。今のセラフィマさんにも、どことなくそれに共通する焦りのようなものを感じ取れる……気がする。
そして俺の想像を裏付けるように、彼女は自宅を称する巨大なお花建築に目を――今ちょっと真面目な場面だから一瞬でいいから普通の建築にならねえかな――向けた。
「実は……お父」
「セラフィ」
「!」
まるで計ったかのようなタイミングで、その自宅の方からオズワルドさんが歩いてやってくる。顔色は病的。足取りも重い。まさしく病人然とした様相だ。
あるいは本当にタイミングを計っていたのだろうか。彼は薄く笑みを作ってこちらに視線を向けた。
「村長殿。どうやら我が教団に……便宜を図っていただいていたようで」
「お気になさらず。私は村長としての仕事をしていたに過ぎません」
「おお、それでも、礼を失してはなりません……娘からも色々と良くしていただいていると聞いております。感謝申し上げまする」
「どういたしまして」
なんだかんだこの人も礼儀正しいようだ。セラフィマさんの丁寧な態度は父親譲りのものだろうか。もっとも、この人の場合ややそれが慇懃無礼さや胡散臭さに繋がっているが。
感謝されるのは悪い気分ではないのだが、それは相手をいい気分にさせる手段としても使えるということだ。極力油断はせずに応じる。
隣を見れば、嘘くささを感じたせいか気分が悪そうにクリスが佇んでいた。俺から見ると実に分かりやすい。他人から見るとそうでもなさそうだが。
「いかがですかな? 娘とは」
「いかが……とは?」
「多少……仲良くなれた、とも言っておりましたが」
「なっ……」
「そうですね、懇意にさせていただいております」
再びクリスがギョッとしてこちらを見た。
まさかこんなことを言い出すと思っていなかったのだろう。いや、でも実際最初に会った時よりも仲良くなっているのは確かなんだ。そこに関して嘘は無い。
嘘が無いからこそギョッとしたのかもしれないが。
「それは実に結構……今後ともよろしくお願いしますよ」
「ええ。それはもちろん」
「フフ……ではお暇しようか、セラフィ」
「あ、はい……すみません村長さん。ご相談はまたいずれ」
「承知しました」
頭を下げ、2人が家に戻っていくのを見送る。家の形状のせいで若干吹き出しそうになるのを抑え込み、姿が見えなくなったところで俺も屋敷に戻ることにした。
途中、誰にも聞かれることがないと悟ったところでクリスが顔をしかめながらこちらに問いかけてくる。
「よろしかったのですか? あれではまるで……」
「彼らに肩入れしているようだ、か?」
「……理解していらっしゃったのですか?」
「少なくともそう見えるように動いているつもりだ」
クリスにとっては俺の行動は不合理というか、敵を厚遇しているように見えて意味がわからないのだろう。
単純に言っても、人を騙すとか裏切るとかそういうのが許せないタチというのも大きい。最初から何か思惑を持っている相手に便宜を図ってやるというのは不本意だろうな。
「なぜそのようなことを……」
「そうだな……これは密偵のやり方なんだが」
「密偵ですか?」
「重要な情報を得ようと思ったら、相手の信頼を得て自分から喋ってもらうように仕向けるんだ」
「……と、言うと……レスター様が妙にあの者たちに優しくしているように見えたのは……」
「ポーズ……って言うのも変だな。ある程度本気じゃないと誠意は伝わらないし。けど、あちらの内情を自分から語ってほしいからやってる側面は確実にある」
「なるほど……」
「あと、別に何も企んでない人もいるだろうしな」
というか多少でも本気じゃないとクリスも常時嘘を感知し続けて不機嫌になっていたことだろう。
それに以前も言ったことだが、あの宗教団体に所属しているからと言って、オズワルドさんのように何か企んでいる人ばかりというわけじゃない。むしろ大半はただの移住者同然の人だろう。
「そもそも、俺は移住者に対しては全員このくらいの対応をするつもりだったんだ。負担じゃあるけど肩入れしてるわけじゃない」
「申し訳ありません、勝手な印象で語るような真似を」
「いや、分かるように伝えていなかった俺のミスだ。次こういうことをやる時は先に言っておく」
次があってほしくはないけどな。
……ま、いずれにせよこういうことをするという事前知識があれば、万が一同じようなことがあっても今度はうろたえずに済むだろう。
一応、マリーやリンデにもこういう手法があるということだけは伝えておくか。俺や後輩、ローリエさんだけが理解してても他の人が理解していないんじゃ対応力を損なうことがありうる。
「彼女の『相談』も、受けていれば何か分かったのでしょうか……」
「いや、受ける前に割り込まれて終わりだろう」
あの割り込み方、そういう嗅覚を持っている人だった。
娘のことだからそろそろやらかすと理解しているのだろう。籠絡を命じつつもあれで父親らしいところはあるらしい。その冷徹さと愛情のチグハグさがどこから来るのかは、まだイマイチ見えてこないが……。
「だが、断片は見えた」
「断片……確か、お父……と言いかけておりましたが」
「ああ。少なくとも父親の様子に関して何らかの違和感を覚えていることは推測できる。それに、今すぐに話したいことのようだった。恐らくごく個人的な内容だろう。けど、本人にとってそれなりのウェイトを占める内容のはずだ。考えられるのは健康状態……病気などの治療法についてってところか」
無関係の人間から見ても分かるほど、オズワルドさんの健康状態は悪い。だが、本人はそんな状態でありながらも無理を押して外出したり今回のようにセラフィマさんに世話を焼いたりしている。実の子供からすれば心配だろう。
そこから情報を引き出していくことができれば恐らく一番手っ取り早かったが……機会はあるか。焦りすぎるのは良くない。
「強硬手段に出るのは『敵』と確定できるような行動を取ってからにしてくれ。それまでは通常の移住者と同等の対応を継続する」
「仰せのままに」
「それはそれとして、見てない間にあの『斧』のすり替えとかできたりしないか?」
「……肌身離さず握っていたので難しいかと」
それはそれとして、ちょっと強引な手も考えたがやっぱり無理そうだった。
……できたら楽だったんだけどなぁ。面倒だがこのまましばらく懐柔策を続けるか……。
「なんか帰ってくるなり親の仇かのように芋を擦り続けてるんだけど何してんの?」
「ストレス溜まったから料理してる」
「何その殺人的なバターの量」
「師匠直伝のマッシュポテト作ってる」
で、さて。帰ってきた俺はマリーやリンデの言うように滅茶苦茶な勢いで昼の準備をしていた。
あれやこれやとクリスの前じゃ悟ったような口で語ってはみたが、別にストレスがゼロになるわけではないし、ましてや耐えられるだけの許容量が得られているわけでもない。
ストレス解消のために厨房に立つ頻度は自然と上がり、料理そのものも手が込んだものが多くなっていた。
そんなわけで今日の料理のベースは、師匠いわく「三つ星マッシュポテト」なるもの。殺人的な量のバターと生クリームを使い、口溶けが滑らかなマッシュポテトだ。
これは単体でも完成度が高いが、今日はあえて少しバランスを崩し、少し硬めに仕上げる。これを適量、シート状のパスタに載せた。
「それだけでも美味しそうだけど何してるの?」
「シート状のパスタで具材を包んでラビオリを作るんだ」
具材を包むだけだし、具材そのものも何でもいい。そんな手軽さのおかげでラビオリとその亜種は各地で食べられている。
具材そのものも多種多様だ。ひき肉だったり、魚介類だったり……俺が参考にしたのは芋をベースにしたものだ。
土台はできたので、載せたマッシュポテトの中央部分に軽く窪みを作る。そこに少量のグレイビーソースを注いだら、これを薄切り魔獣肉で覆い、更に2枚目のパスタシートで包めば完成。
あとはこれを軽く茹でてソースで和えたら……。
「できたぞ。カロリー爆弾だ」
「食事量減らされるようなこと言うのやめてくんない!? パットが苦笑いしてるんだけど!」
「少々……量を考えた方がよろしいでしょうね」
「ヤダーッ!」
嘆きの声を発するハメになったマリーは、結局この後リバウンドを危惧したパトリシアさんによって食べる量を少し制限されることとなった。
とはいえ味そのものは皆の口に合ったらしく、カロリーの高さを除けば概ね好評。単にマッシュポテトだけなら他所でも食べられるが、魔獣肉を使った独自性もあってこのラビオリもレストランのメニューに加わることが決定した。味は良いので前菜として少量を出す形にしてもいいだろう。メニュー開発成功だ。
……これも仕事じゃないかと言われると否定しづらいが、いつものことである。