綾波レイ「あなたがジョルノ・ジョバァーナね?」初流乃「いえ、違います」 作:サルオ
足を踏み出す時、そこに『意識』を持っている人間がどれだけいるだろう。
「意志」はある。どこに向かうだとか家に帰るだとか、そういった意志は誰にでもあるだろう。
だが『意識』はどうだろうか。
今、踏み出した足が何を踏み、それが結果として何を生み出して、何に影響するのか。何気なく差し出した『最初の一歩』に人が意識する事は少ないだろう。
だが『縁』はある。その一歩が踏み出した結果として、『縁』は全てに繋がっている。『踏み出す』とはつまり、『縁』に向かって自らの『無意識』をもって関わろうとする行為なのだ。
わたしの『スタンド』は、そういう能力なのだ。
爽やかな風がわたしの前を通り過ぎていく。夏の日差しが肌を優しく焼いて、海からの風に含まれた潮の香りが、わたしの鼻腔を心地良くくすぐっていく。
南イタリアの都市、ネアポリス。「ネアポリスを見て死ね」と言われるほどに、風光明媚な観光地として有名な都市。
ジョルノ・ジョバァーナの故郷であるこの都市に、わたしは生まれて初めて足を運んでいた。
わたしの名前は綾波レイ。日本生まれ日本育ち。18歳の大学一年生。
出身地はたぶん第三新東京市と呼ばれていた箱根。たぶん、というのは、わたし自身が両親のいないフラスコベイビーであるから。もともと、『エヴァンゲリオン』という人造人間に乗り、それを操るために生まれてきた存在。それが『わたし』と言う存在。
趣味は読書と食べ歩き。わたしの大切な人の教えで、わたしは世界中のありとあらゆるグルメを食べ歩いている。旅費については問題ない。わたしの義理の両親である碇ゲンドウ元司令とその奥様から、毎回たんまりお小遣いを頂いているから。
そんなわたしが、なぜかイタリアのネアポリスに足を運んでいる。別に旅行とかそーいうんじゃあない。むしろ、わたしは、この都市に足を運ぶことを無意識のうちに避けていたと思う。
なぜ?と聞きたくなるとは思うけど、それはわたしの大切な人、ジョルノ・ジョバァーナが関係してくる話。わたしが15歳のときに、わたしは育ての兄とも言えるジョルノと離れ離れになってしまった。
ジョルノは・・・・・・なんと説明すればいいのか。もともと『ある依頼を受けてわたし達の世界に来訪していた異世界の人』で、その依頼を達成した事で、この世界を去ってしまったの。わたしはそれを泣いて止めたけど、ジョルノはいっそ腹が立つほどの爽やかさでわたしを置いて行ってしまった。
一生呪う。わたしの別れの言葉はジョルノへの呪詛だった。それを後悔する気持ちはない。なぜなら今でもわたしは、ジョルノを恨んでいるのだから。
わたしは別れ際のジョルノの教えに従い、世界各地を訪れた。でも、ジョルノの故郷であるネアポリスだけにはとうとう自分の意思で足を運ぶ事は無かった。わたしの生きている世界のネアポリスに、ジョルノは居ないのだと胸が締め付けられるほどに理解させられていたから。
それを確認するのが怖い。そんな感情が、わたしの胸の中にずっとあった。
それでも今、わたしはネアポリスに来ている。
「これが・・・・・・」
わたしは自分の足元を見遣る。淡く柔らかい光を纏った、革のとんがりブーツ。
「わたしの、『スタンド』・・・・・・?」
そう、わたしは『スタンド能力』に目覚めた。『スタンド』とは、その人それぞれに現れる、個性を具現化した超能力の事。魂あるヴィジョン。それがわたしにも発現し、『革のブーツ』として、今、わたしの足を纏っている。
なぜ『スタンド』が発現したのか?わたしはそれを思い出す。
ひとりでエジプト旅行に行ったときに手に入れた古い『矢』。それはジョルノの持っていた『矢』に似ていたけれど、少しだけ形が異なった物だった。シンプルな造形のその『矢』に懐かしさを覚えたわたしは、その『矢』をすぐに購入した。
日本に戻ってきて、その『矢』を懐かしむ様に撫で回していたわたしは、うっかりその『矢』で指先を切ってしまったの。もの凄い痛みと共に高熱を出したわたしは、三日三晩、生死の間を彷徨う事になった。
大学に入って一人暮らしをしていたわたしの看病をしてくれたのは、わたしの親友である碇くんとアスカだった。
お節介焼きで、そのくせ、いざと言う時に役立たずな渚カヲルも、熱を出したわたしを心配して見に来てくれたけど、やっぱりこういう時に頼りになったのは碇くんだった。熱を出したわたしを献身的に看病し、アスカと交代交代で様子を見てくれる。そんな友だちを持てた事を、わたしは心から天に感謝した。
熱が治ってようやく、わたしは『矢』の事を3人に話した。ジョルノの『矢』が懐かしかったから、と、その『矢』を3人に見せるわたし。
それを最初に手に取った渚カヲルは、
「これは、ゼーレが持っていた『矢』と同じものだね」
と事もなげに言った。
「え!?ゼーレって…!」
「『人類補完計画』の!あの、ジョバァーナがやっつけた!?」
驚く二人に、渚カヲルは涼しげに笑って答えた。
「そう。ジョジョが人類補完計画の際に倒したゼーレだよ。ぼくも何度かゼーレから見せられた事があるからわかる。この『矢』には、不思議なパワーがある・・・!」
渚カヲルは慎重に『矢』をテーブルの上に置くと、真剣な眼差しでわたしを見つめてくる。
「綾波さん、君は、『スタンド使い』になっているね」
「「えぇッ!?」」
アスカと碇くんが素っ頓狂な声を同時に上げた。わたしは2人の全く同じ驚き方に少しホッコリしつつ、渚カヲルの言葉の意味を噛み締める。
「わたしが・・・・・・スタンド、使い?」
「そうだね。この『矢』は、魂を選別する役割を持っている。選ばれるか、さもなくば死への道。その試練を乗り越えた者に与えられるのが、『魂のヴィジョン』であるスタンドなんだよ」
「でも、わたし・・・・・・」
わたしはそこで首を傾げる。
「スタンドなんて、出した事ないわ」
「そりゃあ、そうだろうね。何故なら君はこの三日間、生死の間を行き来したんだ。その実感はまだ無いだろうと思うよ。でもね。君は確実に、絶対に『スタンド』を使える様になってるはずなんだ」
「それは、ジョルノ、みたいに?」
「ジョジョと同じスタンドではないと思う。君には君の、君の中に眠る才能を発現させた、君だけのスタンド能力が目覚めたんだと思うよ?」
そう言われてわたしは、自分の身体をゆっくりと抱きしめた。少しだけ、震えているのがわかる。これは恐怖なのか、それともジョルノと同じスタンド使いになれた喜びなのか、判別がつかない。
もしかしたら、両方、なのかも。
「・・・・・・す、すごいや。綾波。これでジョルノ君や加持さんと同じスタンド使いになったんだね。ねぇ、これって僕とかアスカもスタンド使いになれるのかな?」
無邪気に喜ぶ碇くんが机の上の『矢』に手を伸ばしたけれど、その頭をスパァァンと叩いたのはアスカだった。
「バカシンジ。渚のセリフちゃんと思い出しなさいよ。選ばれるか、さもなくば死っつってんでしょーが。そんな危ないもん、早く始末した方がいいに決まってるでしょ?」
「いや、でもさ。もしかしたらスタンドに目覚めたら、ジョルノ君にまた会えるかもしれないじゃないか」
碇くんのその言葉に、わたしはハッと顔を上げた。そうだ。わたしの能力次第では──、
「ジョルノに、会える?」
わたしはベッドから立ち上がると、カバンにつけてあるジョルノからの贈り物、てんとう虫のブローチに手を伸ばした。
そのブローチから、淡い光が漏れ出ているのがわかる。
これ、もしかして。
わたしの手が、ブローチに触れた瞬間だった。
「え!」
「うそ!?レイ、見て!」
碇くんとアスカが驚きの声をあげる。わたしはとっさに自分の足元を見た。
さっきまで裸足だったわたしの足に、淡い光を放つ『革のブーツ』が纏われている。
「綾波、さっきまで何も履いてなかったのに……」
「アタシたちにも見えるけれど、もしかして、それがレイの『スタンド』?」
「そう、なのかしら……自分でもよくわからないわ。けれど……」
わたしは半ば確信した様に、その足をゆっくりと上げる。そして、あまりよろしくない事とはわかりつつも、そのブーツの爪先で、てんとう虫のブローチに触れてみた。
途端、わたしのブーツが眩く輝き出す。
「こ、これ…!」
「綾波!!」
碇君の叫び声を聞いた瞬間──、
「──ッ!?」
わたしの身体はふわりと浮かんで、気が付けば、満点の星空に投げ出されていた。
──落ちる!?
そう身構えたわたしだったけど、わたしの身体はふわり、ふわりと浮かんだままだ。わたしの周りには満点の星空が広がっていて、いつの間にか碇くんやアスカ、渚カヲルの姿も無い。
(やれやれ、それが君の能力、って事なのかな?)
「!?・・・・・・この声、渚カヲル?」
渚カヲルの声が、わたしの頭の中に直接流れ込んでくる。
(どうやら君の能力、本当に世界の壁を越える能力のようだ。君、ぼく達の世界からどんどんと離れていっているよ?)
「そうなの?」
(ああ。君の存在がこっちの世界ではどんどんと希薄になっているのがぼくには分かる。どうやらアダムとしてのぼくと、リリスとしての君には、他より少しだけ強い繋がりがあるみたいだね?だから今は話が出来ているけど、それももう少しで切れてしまいそうだ)
「わたし、どうすればいいの?」
(君の能力、恐らくだけど、『縁と縁を結ぶ能力』の様だね。結んだ縁の間を自由に飛び回るスタンド。星空を駆けるように、君のスタンドは世界の壁をも飛び越えようとしているみたいだ)
「わたしの、縁と、縁?」
(恐らくてんとう虫のブローチを通して、ジョジョとの縁を結んだんだ。そしてその縁を辿って、君はジョジョの世界に飛んでいこうとしている。そうゆう風に感じるよ。良ければ、僕が『スタンド』に名前をつけようか?)
「名前?」
(『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』。縁と縁を結び、どこまでも飛んでいける革ブーツのスタンド。ぴったりな名前じゃないかい?)
「わたし、もしかして本当に、ジョルノに会える?」
(ああ。多分ね。そして、縁さえ見つければ、こっちの世界にも戻って来れそうだよね、そのスタンド。まぁ、君の趣味の旅行だと思ってさ、思い切り楽しんできなよ)
そう。それなら、話は早いわ。
「わたしは、ジョルノに、もう一度会いたい」
わたしは自分の足元を見遣る。星空を飛んで跳ねるように、わたしはステップを踏んで空を舞う。
(いってらっしゃい。リリスの娘。良い旅を)
その渚カヲルの言葉を最後に、わたしの周りの星空が眩く光り出す。その光に思わず目を瞑り──、
気が付けば、わたしは『ジョルノの世界の』イタリアのネアポリスに来ていたのだった。
さて。これからどうしたものかしら?
いきなりの異世界転移とはいえ、せっかくの旅行なのだから、心から楽しまなくては。
わたしは近くにあった服屋で一通りの着替えを購入し(こんな時、VISAカードはとても心強い味方だ)、ついでに購入した旅行カバンに、これまた買い込んだ衣服を詰め込んだ。
「ジョルノ、どこにいるのかはわからないけれど・・・・・・」
わたしは蒼天に浮かぶ雲を見上げてふふっと微笑む。
「絶対にあなたを見つけ出す」
決意を込めて、わたしは大きく頷いたのだった。
つづく