こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
山海経高級中学校、伝統を重んじる玄龍門の有する建物の一室に、彼女はいた。
一年生ながら情報統制部の部長に就任した彼女は、自身に胡乱な目を向ける門主との会談を終えて席を立つ。
絡みつく視線に耐えかねたのか、彼女はその部屋から出る前に視線を送る玄龍門の生徒たちに向けて薄っすらと笑みを浮かべ、諭すように言う。
「そう警戒しないでくれ。こっちは情報統制部の伝統通りに部長になっただけ。機密情報を扱うのは少ない方が良いっていうのは、君たちならよくわかるだろう?」
情報統制部の部長は代々、三年生の部長が引退する際に一年生の中から次代の部長を指名し、引継ぎを行う。それ故に代によっては部長に選ばれないという理不尽も起こり得るのだが、情報統制部に所属しようと思う生徒は基本的にそんなものは織り込み済みである。
そんな継承システムを採用しているが故に、権力の濫用が起こったり越権行為が発覚したりして度々問題が起こってはいるのだが、そこは情報統制部。内々で外部に知られることなく対象者を処分しいつの間にか部長が別の生徒に挿げ変わっていることもあるが、そんなのも情報統制部の通常運転である。
そんなことが起こるがために情報統制部の部長に対する玄龍門からの心象はあまり良いと言えるものではない。
今代の部長である彼女が今までのタイプと違って砕けた態度を取る生徒だったことも、玄龍門からの風当たりが強い一つの要因となっているだろう。
「
「そんなもの百も承知さ、門主様。私たちと君たちは互いに監視し合って成立している。一方が弱みを見せれば全員で総叩き。いつの時代もそうしてきたじゃないか」
ケラケラと笑って手まで振って見せ、シラセはその場を離れる。
定期的な玄龍門との交流の場だったが、あまり実りの無い時間だったなとシラセは内心で息を吐いていた。重大な情報もなく、互いに諫めるような事柄もなし。ただ近況報告をしあうだけのひどくつまらない時間だった。それが伝統だと言って席につかなければ糾弾されて席を降ろされるかもしれないという懸念が、彼女が渋々毎回出席をしている理由である。
「あのようなことを言っておると、本当に目を付けられかねんぞ?」
「いいのさ、それで。目がこっちを向くことで、衆人環視を逃れた馬鹿が尻尾を出すから。キサキ先輩こそ、この建物で私に話しかけて大丈夫なのかい?」
「かまわんよ。この些細な交流で目くじらを立てられるのは門主ぐらいじゃろうて」
「そ。じゃあキサキ先輩が門主になったらある程度距離を取らなきゃね」
玄龍門役員であるキサキから声をかけられ、シラセは軽口で応じる。二人は初級中学校時代からの仲であり、学年こそ違うもののお互いに気安く言葉を交わすような関係であった。
しかしシラセは最近、キサキから向けられる視線の変化に気がついていた。今までは自分より一年早く高級中学校に入学した友人のその変化を大人になったからだろうと無視していたのだが、どうにも少し毛色が違うかもしれないと彼女は思い始めている。
包み隠さずに言うのであれば、玄龍門の生徒として接されている感覚。それが無意識に染み付いてしまった行動であればよいのだが、キサキが初級中学校にいた頃から変装の類を得意としていて、そういった機微を悟らせないことに長けていると知っているが故に、シラセの中に違和感が募る。意図的に隠していないということは、それ即ち玄龍門の命令でお前を探っていると言っているようなもの。
「そんなに警戒しないでよ。私が小心者なのは知ってるでしょ?」
「妾が知る
「なるほど。キサキ先輩が私を疑っているのは私が部長になったのもそういう
「そこで
変な部分に反応したキサキの反応が精一杯の強がりであることをシラセは知っている。
彼女を信じさせてあげられないのは自分が悪いのだろうかと考えて、過去の自分の行いのせいだと先程彼女に指摘されたのを思い出して受け入れる。
だから自分が情報統制部の部長に任命されたのは単純に先輩方から可愛がられているだけだとしても、彼女の信用を勝ち得なかった部分については謝るべきだろうと思った。
「ごめんね、キサキ先輩」
その言葉に彼女が目を細めたのは、恐らく無意識なんだろうなとシラセは断ずる。取り繕おうとしなかったし、そこに瞳に僅かばかりの悲哀の色が見えたから。
変な勘違いをされてなければいいけど、と軽い気持ちで考えながら、玄龍門の建物の出口まで来てしまったのでキサキに手を振って通りへ出た。
向かいの建物に映った太陽が目に入って、シラセは思わず足を止める。
思わず笑みをこぼしたのは、これってちょっと悪役っぽいかもなんていうどうでもいい感想を抱いたが故。
後ろでその姿を見ている友人がいることは、すっかり頭から抜け落ちていた。
情報統制部の業務は、大きく四つに分けられる。
一つは通信機器の販売。
山海経で流通しているスマートフォン及び通信端末には全て情報統制部の手が入っており、検閲及びフィルタリング制御ができるようになっている。通信回線についても全て情報統制部で管理しているため、管轄外の端末からアクセスがあった場合はその所持者を確認し、山海経の生徒の可能性がある場合は話を聞きに行って端末に処理を行うことになっている。
二つ目は上記で販売している情報端末からアクセスできる情報の選別。
基本的に人員の大部分がこの業務に充てられており、日々増えるWebサイトやアプリなどを安全性、有用性、影響力などを加味した上で山海経に悪影響があるもの、あるいは運営会社や仕様に少し注意が必要なものなどをフィルタリングしてアクセスできないように制御している。
こちらは情報統制という側面が矢面に挙げられがちだが、基本的には生徒の安全面を確保する目的で行われている業務である。事実山海経ではWeb絡みのトラブルに巻き込まれる事件の発生数は他校と比べて圧倒的に低く、その裏では情報統制部内で使用不能になった使い捨て端末が詰み上がっている。
「シラセ! また錬丹術研究会の被害報告が挙がってるよ!」
「うえぇ、またかい?」
三つ目の業務、これが最もその部名を象徴する業務、各地に派遣された部員からの情報の取捨選択及び実態調査である。
山海経外から入ってきた情報についてはそれを山海経内で閲覧及び放送してよいものかどうかを判断し、処置を行う。基本的に判断基準は山海経の生徒に不安を煽ったり、混乱を招いたりしないかどうかであり、一部山海経の伝統と反するものや知ること自体に悪影響のあるものについてはシャットアウトの措置が為されることもある。
山海経内部からの情報についても同様の基準で判断し、緘口令を布いたり逆に他校へのアピールとして公式声明を出したり、対応は様々である。
どちらも実態調査や間諜による情報収集も駆使して情報の真偽を精査し、重大なものについては玄龍門との協議を行ってから決定される。
「クロノスの報道部には気付かれてない?」
「大丈夫だと思うよ。シラセ、カイのことはやっぱり保留?」
「それが良いだろうね。生徒の無駄な不安は煽りたくないし、今の態度的に玄龍門は卒業を待つみたいだから、うっすらと皆が忘れていくのを待った方が良いと思う」
シラセの答えに満足したのか、情報統制部の生徒は彼女の頭を撫でてからその結論を伝えに走り去っていく。後輩とはいえ立場的には部長なんだけどなと思いつつ、シラセは今しがた送られてきた情報に目を通す。
錬丹術研究会部長の申谷カイが調合した薬を飲み、その副作用で苦しむ生徒からの訴え。
既に両手では数えきれないほどに上がってきているその情報を公開するわけにはいかないと、シラセは額に手を当てて息を吐く。
情報統制部は山海経の広報も担っている。それが彼らの抱える四つ目の業務である。
クロノススクールが報道する情報についても、山海経では一度情報統制部の目を通したものが報道されるようになっている。クロノスの情報は信頼性に欠ける情報も多く、不安を煽るような情報も少なくないからである。
加えて、勝手にこちらに不都合な情報を流されても困るからという理由もある。無論、山海経の生徒が学外のモニターで見てしまうケースは避けようがないが、山海経内で流す情報については全て情報統制部の管理下でニュアンスも含めて調整と編集が為されていた。
「あまり気を張りすぎるなよ、新部長さん」
「山海経の平穏のためだからね、やるしかないよ」
情報統制部に権力が集中しすぎているのでは、という声が挙がることもある。
それが中々修正されないのは山海経の伝統を重んじるべきという悪しき風習もあるが、現在の山海経の平穏を情報統制部が守ってきたからという部分も大きい。
行き過ぎた終末論でキヴォトスのほとんどが恐慌に陥ったときも、山海経の情報統制部の判断でその情報をシャットアウトしたことで山海経だけは平穏だった。大きな災害が起こったときも、正しい情報をいち早く周知したことで生徒たちはどう動けばいいか迷わずに済んだ。
無論、それは玄龍門と連携したことで成ったことも少なくないが、情報統制部にその権限があることで玄龍門が混乱した際も正しく情報統制部は動き続けた。
その信頼が彼らをその特権に座らせ続ける。
「それはそうと、そろそろこの一人に集中する馬鹿みたいな組織運営終わらせないかい?」
「こっそり部門ごとに裁量権分けたりしてみる?」
「見つかったら玄龍門にいろいろ言われそうだね。やるしかないか」
「頑張ってね、シラセ」
もっとも、当の本人はその業務に圧殺されて特権などいらないから負担を分割したいと考えているみたいだが。
よーしよしと先輩に宥められながら、シラセは終わらない業務に手を動かし続ける。
玄龍門への叛意よりも、身内に処分されようと不正をするのかもしれない。
甘い汁を吸いたい人に権利を分けることで漸く自分の権利を行使できるような業務量に、過去の処分された部長たちもこの業務量が嫌で
こちら山海経情報統制部。当方に玄龍門への叛意無し。
あるのはただ、終わりの見えない業務への不満だけである。
急に思いついて気が付いたら各話タイトルまで出来上がってました。
全33話の予定です。よろしくお願いします。