こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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09.連邦生徒会長失踪の噂。正式発表なし。

 玄龍門会議室。

 そこには通常の定例会議とは違い、玄龍門から門主と執行部の幹部陣、情報統制部も幹部が出席し、通常は参加しないはずの玄武商会の幹部陣も顔を揃えていた。

 

「全員揃ったね。じゃあ始めさせてもらうよ。議題は連邦生徒会長の失踪について」

 

 そう発言したシラセの言葉に、会議に参加していた面々の反応は十人十色だ。

 私情を挟まず見に徹する者、興味がなさそうに髪を触る者、呆れたように目を細める者、そもそもその話を知らなかったのか目を丸くする者、周囲の反応を探る者。

 真っ先に手を挙げたのは玄龍門の執行部員だった。明らかに嘲笑する素振りを見せており、議題に対して異論があるようである。

 

「はっ! 知っているぞ! 最近キヴォトスで話題になっている噂のことだろう! お前らが制限しなかったが故に山海経でも話題になってしまっている! こんな与太話を流布し、その影響が大きくなったら臨時会議だと!? 職務怠慢もいい加減にしろ!」

 

 一息に言い終えた玄龍門の生徒は肩で息をしながら、シラセのことを睨む。

 周囲の人間も流石に決めつけすぎだとは思ったが、通常であればそういった不安を煽るような噂をシャットアウトする情報統制部が動いていないのは確かに疑問を抱いていた。その噂が真実にしろ嘘だったにしろ、この噂に関する情報を通すと決めた情報統制部の判断の意図は気になるところである。

 その意見と呼ぶには文句に近いような声を受けて、情報統制部の幹部は若干不機嫌そうに顔を顰める。だが、想定はしていたのだろう。担当部署の生徒らしき幹部が「その件については私から」と告げて手元の資料を捲り、調査結果をこの場の全員へ報告する。

 

「この情報は連邦生徒会に潜入した生徒から聞き取った確定情報になります。連邦生徒会長が度々フラッといなくなることは連邦生徒会内では周知の事実のようですが、普段ならば長くとも三日程度なのに対し、今回は三週間。連邦生徒会内でも流石に何か事件に巻き込まれたのではと案じる意見が多数派になってきているようです」

「補足すると、半月前、キヴォトスの崩壊論が叫ばれていたタイミングで既に連邦生徒会長が失踪して一週間が経ってたみたい。その時点で治安が悪化し始めてたのもあったから、今回の噂は恐らく正しいだろうと思ってまだ手を打ってない。」

 

 今回集まってもらったのは、この情報に対する玄龍門の態度を決めておきたいからだよ。

 シラセの言葉に、各々思い至る部分も多いのか思案する表情を見せる。

 外部と接触する玄武商会の面々はそれを顕著に感じるのか、顔を見合わせてから昨今の状況に対してその見解を述べた。

 

「最近流通の妨害や遅延が多いからね。連邦生徒会長の目が光らなくなっていると考えたら、その数にも納得がいく」

「なっ! 連邦生徒会が何だというんだ! 我々山海経は門主様と我々玄龍門さえいれば問題なく機能する!」

「そういうわけにもいかぬのよ、なあ、香主よ」

「そうだね。山海経も全ての物を自給自足できているわけじゃない。というか、ウチは技術面で後れを取っていることもあって結構外部のリソースに頼っている部分が大きいから、これからどんどん影響は出てくると思う。一番は――」

「――物価の上昇、じゃな」

 

 キサキの指摘に、シラセはコクリと頷く。

 玄武商会の面々もそれを理解しているのだろう。沈痛な面持ちで息を吐く。

 治安が悪化すれば、流通品を奪おうとする輩が増える。そういう輩が増えればより安全に動くためにルートを毎回変えたり、護衛を雇ったりする必要があり、そのためにはお金がいる。そのお金は配送料に上乗せされ、配送料が上乗せされれば消費者に届く価格にも影響は避けられない。

 物価が上がるということは、単純に生活コストが上がるということ。

 伝統を重んじるが故に停滞を受け入れている山海経にとって、それはただの重荷にしかなり得なかった。予算は無限に湧いて出てくるわけでもなく、生徒全員の生活を保障することなどできるはずもないのだから。

 

「その辺りの具体的な対策は、玄龍門に任せる。広報部として手伝えることがあったら言ってほしい。その時に玄武商会の伝手を借りることがあるかもしれないから、一応把握しておいてほしい」

「了解だよ、香主サマ」

「問題はこの事態が看過できなくなったタイミングでどういうアクションをするか、だよ。迅速に対応できるようにここであらかじめ決めておきたい」

「選択肢は無数にあるが、現実的なものは二つじゃの。説明責任を果たせと要求するか、もしくは公式発表を待つ姿勢を貫くか」

 

 キサキが選択肢を提示して、各々が自分の考えに思考を巡らす。

 まず初めに意見を述べたのは、やはり彼女と同じ玄龍門の執行部員だった。

 

「説明責任を果たせと要求するべきだろう! 我々山海経が連邦生徒会に謙る必要はない!」

「無意味に楯突く必要もなかろう。我は公式発表を待つやり方に一票を投じる」

「玄武商会としても待ちの姿勢の方が助かるかな。事を荒立てて足元を見られるのは困るしね」

「えーそうですか? さっさと片付いた方が良くないですか?」

「広報部員としては待ちの姿勢だけど、個人的には動きの遅い連邦生徒会を突つく意味でも声を上げた方が良い気がしますね~」

「我々が関知する必要などない! 前例もないのに動く必要がないだろう! いつも通り奴らの発表を待てば良いだけだ!」

 

 それぞれが思い思いの意見を述べていて、収拾がつかない。

 玄龍門ごとでまとまっていればもっと単純なのだが、個人個人で意見が違うようで、ぶつけあおうにもまとまりがない。

 どうしたものか、とシラセはキサキの方を見る。

 すると、どうやらキサキもシラセの方を見ていたようでその視線が交差する。

 それを見て先に目を逸らしたのは、キサキだった。

 

「静まれ」

 

 たった一言で、その場を制圧する。

 伊達に「山海経の黒い門主」と呼ばれているだけはあるな、とシラセは先日のことを思い返しつつ、キサキがぐるりと回りを見渡すのを見届ける。

 うむ、と首を縦に振った彼女は議論をまとめるように落ち着いた声音で話し始めた。

 

「連邦生徒会や周囲との関係性を守るために連邦生徒会の公式発表を待つべき、という意見も理解できる。逆に、連邦生徒会に貸しを作るため、あるいは問題の早期解決を図るために連邦生徒会に要求を突きつけるというのも、少し乱暴化とは思うておったが、やはり手段として有効じゃろう」

 

 その上で、とキサキは区切って、シラセの方を見た。

 

「香主よ。山海経のキヴォトスでの立場を鑑みて、お主はどちらの行動が相応しいと見る?」

 

 門主に集まっていた視線が、一斉にこちらを向く。

 シラセは迷わず、この答えを口にした。

 

「中立を貫くべきかな。こういったことに、山海経は関知しない。そういう姿勢を見せた方が安全だと、香主の立場としては伝えておきたいかな」

「同意見じゃな。余計な火種を振りまくより、敵を作らない道を進む方がよかろうて」

「なら、玄武商会とも同じだね。こっちも荒波立てずに行きたい。異論はないよ」

 

 そうして三組織のトップが合意したことにより、議論は終了する。

 対外的な行動はせず、連邦生徒会の発表を以て行動を開始する。失踪が公表された場合の影響に対しての準備については先んじて玄龍門で方針を決め、実行できるように手筈を整える。

 それをその場に集まった全員で認識を合わせることを以て、臨時会議は終了した。

 

 

 会議後、キサキの執務室でシラセは感謝を述べた。

 

「予定通りですね。ありがとうございます、キサキ先輩」

「玄武商会側にも手を回しておったのか?」

「いや? そちらは特には。ただ、いつもの姿勢を考えれば彼女たちは乗ってくれるかなとは思ってたね。彼女たちは商人だからさ」

 

 先の会議の結論は決まっていた。

 シラセとキサキが事前に議論の流れを決めており、上手く誘導して着地させただけ。臨時会議とは名ばかりの出来レースではあるが、同じ方向を向くために必要なことだった。

 キサキは話を持ち掛けてきたシラセに対し、一つの疑問を口にする。

 

「しかし意外じゃの。お主はもっと野心家かと思っていたが」

「キサキ先輩の僕への評価が気になるところだけど、僕は山海経に利する選択をするだけだよ」

「……玄龍門に、とは言ってくれないのじゃな」

「それを言えないのが、香主という立場だからね」

 

 お互い難儀な立場になったものだ、とシラセはキサキから目を逸らす。

 こういった場でもどこに目があるかわからないから、迂闊なことは言えない。いつか軽口で口にしたように、互いに話す頻度も減ってしまった。以前のような関係には戻れないのかもしれないと思う自分がいることも、シラセは既に受け入れている。

 だが、それでも。

 気付いてしまったことは、聞かずにはいられない。

 

「キサキ先輩。最近は少し休みがちだって聞いたけど、体調は大丈夫?」

「ふむ、玄龍門にお主らの密偵がおるのか。ネズミ探しをせねば――」

「――サヤです。彼女から聞きました」

 

 その名を出せば、シラセの先輩は彼女らしからぬ目の瞬きと息の抜き方をした。

 呆れたように目を伏せたその仕草を見て、シラセは彼我の信用の差を痛感する。立場の問題もあるだろう。だけど、いつの間にか自分の望んだ場所には距離を置きたいと公言する鼠の少女が立っている事実に胸が軋む。

 

「そうさな。軽い息切れと倦怠感程度じゃ」

「本当に、その程度?」

 

 シラセはつい先日年次が上がり二年になった。キサキは三年だ。

 初級中学校時代とは違って、この二年間はキサキの近くにいなかった。彼女の振る舞いがより門主に相応しいものとなり、自分の知らない癖や行動も増えていることだろう。

 だが、シラセは覚えている。

 竜華キサキという人間が重い体を引き摺って無理をしながら動いているときに見せる、その僅かな所作の違和感を。

 だからシラセは問う。彼女に異常があるのではないかとその身を案じて。

 キサキは答える。

 

「ああ、それだけじゃ。心配するほどのものではない」

「……そっか」

 

 自分は頼られなかった。

 反応を探る目を向けられるのも、試したような言葉を投げられるのも、全て彼女からの信頼を勝ち取ることができなかった証左。その信頼を取り戻すには語り合う時間も足りなければ、触れられてはならない遺産(タブー)も有してしまっている。

 シラセが後ろで強く握り込んだ拳は、彼女の身体に隠れてキサキの瞳に映ることはない。

 どう言の葉を紡げばいいか惑ってしまった彼女は、諦めてその場を辞する以外の選択を選べなかった。

 

「シラセか。門主様と話していたのか?」

 

 門主の執務室を出たところで、シラセは執行部長であるミナに声を掛けられる。

 同学年で初級中学校には同じ玄龍門の下部組織に居たこともあり、シラセとミナは会えば声を掛ける程度の面識はあった。

 

「うん、お互い昔と違って、表立って話をする時間がなかなか取れないからね」

 

 シラセとキサキの関係性を見てきているからか、ミナは二人のやり取りについて口を挟むことはない。深く話したことがあるわけではないが、シラセはその部分においてはミナに感謝している。

 また、交流が少なかったと言えど、同じ年代で同じ訓練を受けてきた仲である。護衛という能力において、精神面、能力面どちらをとっても彼女以上の適任は居ないと断言できる。ちょっとお頭(オツム)が弱いという欠点はあれど、近衛ミナがキサキの護衛として執行部長に抜擢されたのはその実力を評価されてのものだろう。

 そこにシラセの思惑はなく、だからこそ信頼できる。

 

「キサキ先輩をお願いね」

「ああ、任せろ」

 

 それだけ言い置いて、シラセは玄龍門の建物を後にする。

 後ろで今のはちょっとカッコよかったかも、と言っているミナ(アホ)のことはあれが無ければ完璧なんだけどなあと呆れつつ、しかしほんの少しだけ沈んでいた気持ちが浮かんだことを自覚した。

 歩きながら一つ伸びをして、さて残りの仕事を片付けるかと気合を入れ直す。

 その日も情報統制部の建物は、日付が変わるまで明かりの消えていない部屋があったという。

 

 連邦生徒会長失踪の噂。正式発表なし。

 山海経高級中学校は中立を保ち、公式発表を待つ。




シラセが進級し、二年生になりました。ここからはちょこちょこ原作と絡んだりしますが、基本的にはこんな感じで机上で話すことが多い予定です。
それでは次回、「七囚人脱走。責任問題の可能性あり」でお会いしましょう。
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