こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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短め。


10.七囚人脱走。責任問題の可能性あり。

 シラセの足は重い。それに反してその足の回転は速かった。

 彼女が居るのは玄龍門。執行部員の制止を振り切って、門主であるキサキの部屋へ進む。

 

「矯正局から連絡が入った。七人の囚人が脱走。その中に、申谷カイも含まれている」

 

 ノックもせずに部屋に入って開口一番、シラセが放った言葉に周りが凍り付く。

 デスクで作業していたキサキが彼女の方を見て、そして思わずと言った様子で目を丸めた。

 

「不味い、不味いよキサキ先輩。これは責任問題になる。山海経内で事を済ませず、ヴァルキューレと矯正局を信用して身柄を預けたキサキ先輩が事を急いたことにされかねない」

 

 常時であれば、情報統制部が門主を糾弾しに来たと玄龍門総動員でシラセのことを袋叩きにしただろう。だが、今日に限ってはキサキも、その護衛であるミナも、その周辺に居た玄龍門の部員ですら、誰一人としてその声を上げることはなかった。

 人は自分より取り乱している人間がいる場合、冷静になる。

 今回の場合は、シラセが()()だった。

 

「決めたのはキサキ先輩だけど、僕の進言でこうなったようなものだね……。先輩たちの言うように放置して卒業させていれば何もなかったかもしれないし、ああ、くそ、いや、だから……」

「どうしたシラセ。らしくない」

 

 故にキサキは、努めて平静に彼女に問う。

 責任が生じることなど、手順を踏まなかったことなど、とうの昔に織り込み済み。まさか矯正局から脱走されるとは思ってもみなかったが、しかし彼女のことがなくともどこかで綻びが発生しうることはキサキとて理解しているのだ。

 だからシラセが彼女が何を案じているのか、キサキには分からない。

 申谷カイと交流を持っていた時間はキサキよりもシラセの方が長い。だから彼女のことで何か気になる部分があるのかもしれない。そう思っての質問だったのだが。

 

「わからない? 申谷カイだよ? あの人は絶対に、山海経に戻ってくる。絶対に事件を起こす。キサキ先輩、その時に君が狙われるのは間違いないんだ。その身に危険が及ぶかもしれない」

「ハッ。その時は私が華麗に門主様を守ってみせるさ」

 

 軽口を叩くミナをひと睨みして、シラセは一つ息を吐く。惑うように瞳が揺れて、もう一度ミナを見て、瞼を閉じて、姿勢を正す。もう一つ肩から大きく息を吐いて、キサキに背を向けてから緩んだ白い手袋を着け直す。

 そしてそのままの姿勢で、彼女は捻り出すように言葉を溢した。

 

「とりあえず、伝えたよ。報道はD.U.で暴れてた狐坂ワカモをメインにして押し隠す。さすがに異名と名前を載せないわけには行かないから載せるけど、極力見せないようにするさ」

「待て。どうしてあの者のことをひた隠す? 何が目的じゃ?」

「言ったはずだよ。彼女は存在自体が毒なんだ。一般生徒は知らない方が良い。知ることが、破滅に繋がりかねない」

「知ることで、身を守れるとは思わんかの?」

 

 その言葉に、シラセはようやく視線をキサキへ戻す。

 向けられた目にキサキは身体を揺らしそうになったが、寸でのところでコントロールが効いて、その反応は表出しない。

 だが、積年の習慣に頼らねばならないほどに、シラセが見せたどこまでも底冷えした眼差しはキサキが知らない彼女の一面だった。

 

()()()()はこの山海経の人間の善性を信用していない。君も気を付けた方が良い」

 

 いつになく冷えた声でそう告げたシラセに思考がフリーズしている間に、彼女は既に前を向いてキサキから表情が読めなくなる。初級中学校時代にも、シラセのあんな目の色を見た記憶がなく、その開き切った瞳孔が頭に焼き付いて離れない。

 ただ一つ分かることは、これ以上の言及は藪蛇をつつくことになるだろうということ。

 キサキとて玄龍門の主。体調のこともあり、無用な衝突は避けるべきだと話題を変える。

 

「他に不穏分子は?」

「京劇部。漆原カグヤはかねてから申谷カイの処分に疑問を持っていた。次に何かあれば、爆発してもおかしくないだろうね」

 

 それじゃ、と言い置いてシラセは戻る。

 本来ならば部下を寄越しても良かったにもかかわらず自分が来たのは、直接キサキに対して警告を伝えるためだった。無論、報を聞いて居ても立ってもいられなかったというのも間違いなく理由のひとつではあるのだが、それ以上に彼女に対して誠意を見せたかったのだ。

 少しだけ自分は無害だというアピールをしたかった部分もないとは言わないが、棘を出してしまったのは失敗だったと(ほぞ)を噛む。

 だがそんな態度を出してしまうほどに、申谷カイとの衝突は避けられないことをシラセは確信していた。

 自分の知っている申谷カイは、そういう人間だ。性格からしてまず間違いなく腹いせや復讐を企てるだろうということに加えて、仙丹にこだわっていた彼女がそれを最大限研究できる錬丹術研究会という場所に戻ろうとしないわけがない。

 だからこそ、今から対策を講じておく必要があるとシラセは考える。

 

「だから、ぼく様に仙丹のことを聞こうと思ったのだ?」

「うん、アレがいない今、仙丹に一番詳しいのは君だろうからね」

「ちなみに、このことはキサキには話したのだ?」

「いいや? 知られると、面倒でしょ」

 

 サヤから白い目で見られて、シラセは苦笑する。

 元々隠さなければならないことが多い身だ。それが一つ増えたところで何も変わらない。どれか一つでも暴かれれば明日はないのだから。

 そのぐらいの綱渡りをしている自覚はある。それぐらいの綱渡りをする覚悟がある。

 だからまずは、学びを得るところから始めよう。

 

「仙丹の材料になりそうなもの、全部味を覚えるよ」

 

 自身の舌の有効活用方法を思いついたシラセは、それから数週間にわたってサヤとの文通と密談を繰り返す。

 もしも申谷カイが仙丹を完成させてしまったときに、対抗策を得られるように。

 

 七囚人脱走。責任問題の可能性あり。

 連邦生徒会所有の建物を襲撃した狐坂ワカモを大々的に報道しカモフラージュ。申谷カイに関する情報は名前と通称のみ記載し、学校名や部活動名に関しては伏せて報道を行うこととする。




ここから原作絡みの話も多くなってきます。
それでは次回、「シャーレ発足。人物像不明。被害情報あり」でお会いしましょう。
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