こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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11.シャーレ発足。人物像不明。被害情報あり。

 連邦生徒会長の失踪が正式に発表されてから、はや数週間。

 失踪した超人が設置した連邦捜査部『S.C.H.A.L.E』に顧問として招聘された『先生』なる人物の登場でキヴォトスは過渡期を迎え、数多くの噂が飛び交った結果として情報通信部はかつてないほどの業務量に追われることとなった。

 丸一週間どの部屋の電気も消えなかったと言えば、その忙しさが理解できるだろうか。無論交代で休憩や仮眠を取ってはいたものの、それでも一週間で部員の半数以上が睡眠を取らずに三度目の朝を迎える経験をすることとなり、退部者と休職者が二桁以上出るような騒ぎであった。

 無論、空いた穴は誰かが補填する必要があるわけで。

 

「シラセ、流石に休みなよ。目の下の隈、酷いことになってるよ」

 

 心優しい先輩からそんなことを言われるが、手元の書類はまだ意識が飛びそうなほどに積み上げられたままだ。彼女自身が部下の過労を案じて巻き取ったものもあるが、そもそも彼女は立場的に最終チェックをしなければならないことが多いのである。

 部下が休みなく動いているのならば、彼女の元にも休めるはずもないほどの申請が積み上がる。彼女のデスク横に置かれたゴミ箱から溢れたエナジードリンクの数が、彼女の仕事量を如実に物語っていた。

 そろそろカフェイン中毒で死ぬんじゃないかと思いつつも、キヴォトス人の身体は丈夫なのかまだまだ彼女の身体は悲鳴を上げてはいないようで。

 

「この山が終わったら緊急性の高いやつはなくなるから、そこで一旦仮眠をとることにするよ」

 

 約束だよ、と言われて片手を上げつつ、机に向かって手を動かす。

 そんな会話を昼前にした彼女が手を止めたのは、結局日が沈み切って玄武商会が閉店処理を終えるような時間のことだった。

 まだ、全ての業務が終わったわけではない。重要度が高いものはようやく底が見えるようになってきたが、未だ彼女だけが手を付けられる書類は一日では片付かない量が残っている。

 だから、手を止めたのは資料に紐づけられたコメントを見て思考をするためだ。

 

『部長が自分の目で、確認しますか?』

 

 それはシラセが度々学校を抜け出して、実地調査をすることを知っている幹部の一人が上げてきた書類であった。

 書類の題名は『シャーレ顧問、通称【先生】の影響調査』。影響範囲の調査については既に担当班が決まっており動き始めているが、その人物像や思想、行動の部分の調査担当者をこちらに決めて欲しいとのことだった。

 なるほど確かに、これは自分に回ってくるわけだとシラセは納得する。

 こんな面白そうなネタ、いつものシラセが見逃すわけがない。部下が報告するより早く自分で見つけてきて、嬉々として「実地調査に行ってくるからあとよろしく!」と出かけていくのが常なのだから。

 そういうアンテナを張れないほど業務に追われているし、疲弊している。

 流石に休むべきかもしれない。そう実感させられたシラセは大きく一つ、伸びをした。

 積み上げられた書類を一瞥して、そのまま机の横に置かれた箱からまだ開けていないエナジードリンクを一つ取り出して、一気に流し込む。ゴミ箱の横に空き缶を並べてから机の上に視線を戻せば、机の端に置かれた軽食が目に入る。部下の誰かが報告ついでに持ってきたものだったはずだと思い出して、それを片手に画面と書類に向かい合った。

 

 

「アビドス、ゲヘナと接触か。うえ、ブラックマーケットにも行ってるね。単独で行ったわけじゃなくて生徒の付き添いならまあ、大丈夫かな。アビドスには生徒からの支援要請で向かって、ゲヘナには協力を取り付けるため、か。東奔西走してるねぇ」

 

 双眼鏡でターゲットの動きを逐次確認しつつ、シラセは部下にまとめてもらった資料に目を通していた。

 結局シラセが選択したのは、自身が直接先生という人間を観察すること。

 休みを取りながらできるから、という理由はシラセの言ではなく、他の人に割り振ろうとした彼女を止めるために部下が言い放った強制休業の動機(ドクターストップ)である。

 どうせ後でやることになるのに、と思いつつも書類の持ち込みを禁止されたシラセは――最高権限者はシラセなので断ることも容易だったのだが、部下の厚意を優先することにした――おとなしくこれまでの調査結果をまとめた資料を片手にPMCへ戦いを挑む先生とアビドスの生徒たちを観察中である。

 

「戦況は不利。だけど交戦の数値を見れば、恐らくこの作戦は成功するんだろうね」

 

 指揮能力もさることながら、人を動かすことに長けている。

 ブラックマーケットで出会ったトリニティの生徒がティーパーティーを動かせたのは嬉しい誤算だったのだろうが、風紀委員会の方を動かしたのは先生のその行動によるものである。

 

「……この目撃情報については、見なかったことにしておこうかな」

 

 潜入員の目撃情報なので信憑性が高いというのが、なんとも頭の痛くなる要因だが。

 しかし、そのセクハラ被害にさえ目を瞑れば、異常行動はほとんど見当たらないように思える。無論、アビドスという土地柄上の問題であまり通常通りの情報取得ができていないのはあるが、それを加味した上で自分の目で見た情報と合わせれば、大きな問題行動はないように思える。

 どこか線を引いた、大人と子供という自他を切り分けた行動。少しその枠に囚われすぎているようなきらいはあるが、そこは彼の人の性格的なものなのだろうとシラセは思う。その上で子供のような部分もあり、役割をこなす機械とは違う人間性も垣間見える。

 だからこそ信頼され、人を動かすことができるのだろうなとシラセはその人物像を評価する。

 

「だから、それよりも注視すべきは、PMC(こっち)のほうかな」

 

 今回先生と行動を共にしているアビドスの生徒たちからすれば敵対者となる彼らは、人のことを言えた口ではないシラセから見てもきな臭いと言わざるを得なかった。

 アビドスの土地を買い占め、何かを探している。ブラックマーケットとも密接に関わっていて、その上で後を辿れない不明な資金源を抱えている。

 思い返すのは、先生が一人で訪れた建物に居た異形。

 PMCと話しているところも確認できたあの存在が今回のアビドスの一連の騒動の黒幕なのだろうと思うが、どうにも煮え切らない態度に首を傾げるしかない。カイザーPMCのように強硬手段は決して取ろうとせず、あくまでも自分たちから落ちてくるように手招きする。まるでどこかの白黒の薬狂いのようだとシラセは頭が痛くなる。

 その矛先が山海経に向けば、間違いなく玄龍門は瓦解する。

 そのやり方は気に入らないが、刺激をすればこちらに目を向けるかもしれない。だからこそ、ここは黙って先生の観察に終始すべき。

 

「覗き見とは感心しませんね」

 

 背後から、声が聞こえた。

 男の声。データで確認した先生の物ではない。PMCの特有の機械音が混じった物でもない。

 だからこそ、シラセの取る選択は。

 

「知るか。人のことを言えた立場ではないだろう?」

 

 ()()()。言葉を交わすだけで、()()()()()()()()()()()()()()

 知るだけで害になる。交流がある事実が弱みになる。申谷カイという毒と、雷帝の遺産という爆弾を抱えているシラセには、それを痛いほどに理解している。

 だからこそ、線を引く。感知しないことこそ、身を護る唯一の手段。

 そういうことは、それこそ先生みたいなお節介な人間に任せておけばいいのである。

 

「そうかもしれませんね。私は――」

「――知るか、と言った。我々はただ不法行為に対する注意を受けただけ。その相手が誰であるかについては関知しない」

「……随分と嫌われたものですね」

 

 会話はしない。

 こういった手合いのやり口はわかっている。いつの間にか会話の主導権を握り、自分の要求を呑ませるように話題を誘導する。だからこそ、相手にしないのが一番なのである。

 だが、シラセとて理解している。

 そういう手合いがこうして自身で出向いてくるということは、既にもう準備を終えているということを。

 

「そうですか。あなたがお話をしてくれないとなると、私はあなたの敬愛する先輩と話さなければならなくなりますね。あなたはもっと話が分かると思っていたのですが……」

 

 背を向けたまま、シラセは目を瞑る。

 調べている。自分のことを。それは予期していたことで、そこに動揺はない。

 大丈夫。これは自分揺らがせるためのブラフ。ここで間違ってもキサキ先輩の名前を出してはいけないし、そもそも先輩の方がこういう手合いの相手は慣れている。

 相手をする必要は、無い。

 そう自分に言い聞かせて瞼を開く。双眼鏡の奥で、ピンクの髪を靡かせるオッドアイの少女が不器用な笑みを浮かべているのが見えた。

 

「……監視対象の目標達成を確認。本日の目標を達成。帰還する」

「フられてしまいましたか」

 

 ここは建物の屋上。帰るにしても建物を下りる必要がある。後ろには私に話しかける不審者。

 仕方ない。ここは一つ手札を切らせてもらおう。

 

「……は?」

 

 後ろから驚きの声が聞こえてくる。

 いい気味だ。いきなり目の前で人がビルから飛び降りれば当然の反応かもしれないが。

 装置を起動する。ミレニアム謹製の、ロマンの塊。電子の翼が、私を自由落下の衝撃から救ってくれる。夢の無い言い方をすればパラシュートの代用品。ロックを外してボタンを押せば展開する優れもの。

 滑空して別の建物に着地し、装置をしまいながら建物を下りる。

 駅に向かいながら、情報統制部に連絡を入れる。

 

「問題発生により調査中断。今から戻るよ。こっちの素性はバレてるだろうけど、念のためちょっと迂回して戻る。電車内でレポート送るから、確認して」

 

 先生。連邦捜査部『S.C.H.A.L.E』の顧問であり、キヴォトスで数少ない教師という立場をとる人間。

 頼れば動いてくれる、どこまでも『生徒』に対する味方の大人。悪いことをすれば怒るし、良いことをしたり頑張ったりすれば褒めてくれる。このキヴォトスで廃れた教師という立場の行いを貫く善性の塊。

 しがらみがない立場というのもいい。超法規的機関というのは少し怖い部分もあるが、現状それを盾にするような姿勢は確認されていない。

 直接話したわけではないから雰囲気や口調などの人物像はわからないけど、その性質についてはほとんど警戒する要素はない。山海経がシャーレと敵対するような事態に陥らない限りは。

 

「……先輩は、どう判断するかな」

 

 送信を終えて、一つ瞼を閉じれば浮かんでくる彼女のことを想う。

 堅物だと思っていたあのゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナは随分と先生のことを受け入れている様子だった。彼女の立場にとって、先生という人間は唯一無二なのだろうと思う。最高学年の彼女よりも年上で、彼女が必要としている何かを提供してくれる存在。

 もう少し観察を続けよう。答えは判りきっている気がするけど。

 そしてもしも、もしも先生が自分の思っているような人間であるのならば。

 目を開ける。向かいに座る生徒がシラセを見て、そこに何かを感じ取ったのか顔色を変えた。

 

 シャーレの先生。人物像不明。被害情報あり。

 基本的に我々が生徒である限り無害であると判断。敵対行動は避けるべし。




ガジェット大好きシラセ。今回のは使い捨てではないけど、どちらにせよ手札を晒すのであんまりやりたくないらしい。
それでは次回、「百鬼夜行の治安悪化の噂。正式発表なし」でお会いしましょう。
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