こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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また知らない設定を追加しました。


12.百鬼夜行の治安悪化の噂。正式発表なし。

 情報統制部、シラセの執務室。

 ようやく片付いた連邦生徒会長失踪と先生関連の破滅的な業務量を乗り切った部員たちが()わる()わる纏まった休暇を満喫する中、先生の観察任務という休暇(ドクターストップ)を先に終えていたシラセはハンコを押すだけの作業に勤しんでいた。

 彼女が呑気に尾行・観察をしている最中に積み上がった資料は彼女の執務室を段ボールで埋め尽くし、昨日の作業でようやく扉とシラセの机を繋ぐ一本道以外の足の踏み場が見え始めたところである。

 そんな中で「影響度:高」とラベル付けされた報告が上がってきたのが彼女の前に置かれたモニターの端に見えて、シラセは書類の手を止めてマウスに手を伸ばす。

 緊急度が高いわけではないが、しかし影響度は高いという報告。あまり見ないラベル付けのその報告を開けば、その報告者の名前が目を引いた。その報告が、百鬼夜行連合学院に潜入している部員からのものであることを示していたからである。

 読み飛ばしても良い。このタイミングでわざわざそんなラベルを付けることが、部員の負担を増やすことなど分かり切っているから。

 だが、だからこそそんな部の状態を考えられないほど馬鹿な人間が潜入員に選ばれる訳はなく、そしてその人間がこの時期に送ってきているのだから、重要な案件であることに間違いはない。山海経の人間を信用していないと先日キサキに対して言い切ったシラセであったが、部員の献身性と実務能力(ワーカホリック)には一定の信頼を置いていた。

 

「百花繚乱の動きが鈍い?」

 

 報告の内容を簡潔にまとめれば、そうだった。

 その大半が伝聞と本人の感覚による報告だ。だが一部の数字は確かに事件の解決時間の増加や被害情報の増加を示している。連邦生徒会長失踪の件での治安悪化だと思えば頷ける数字ではあるのだが、わざわざこの報告を送ってくるということは、一年近く百鬼夜行で暮らしていた中で潜入員にしか感じることができない変化を感じ取ったということなのだろう。

 それに報告に後付けされたコメントに書かれた内容にも少なからず不安を覚える。

 

『たまたまかもしれませんが、最近百花繚乱紛争調停委員会のアヤメ委員長を見ていない気がします』

 

 百花繚乱紛争調停委員会、その委員長、七稜(ななかど)アヤメ。

 その百鬼夜行への献身性と戦闘技能の高さは山海経にも届いている。誰にでも優しく頼れる委員長で、皆の憧れ。そういった噂をよく聞いていた。

 だからこそ、もし本当に彼女が百鬼夜行を離れていたらと考えてしまう。

 治安維持部隊などどの学園においても好かれるものではない。そんなところに入って、その上でその頭を務めてしまう人間が、わざわざその座を離れるなんていうことをするのは。

 

「周囲の人間に嫌気が差したとかじゃないといいんだけど」

 

 仮定に仮定を重ねた想像に、(かぶり)を振って思考を調(ととの)える。

 幹部の一人に他の潜入員に対する質問票を作るように割り振るように伝えて、報告は結果だけでいいと指示を与えておいた。

 

 

 その日、シラセは情報統制部の建物の中でも最も入り組んだ場所に位置する、資料保管室を訪れていた。

 地下一階の一部から地下三階までのフロアの一部を占有する、山海経の最高機密が眠る場所。資料保管の任に就くもの以外はほとんど足を運ぶことはないであろうその場所は、しかし整然と整えられていて抜かりなく人の手が入っていることを示していた。

 そこには紙の資料が整理されて並び、そのフロアに充満する古い紙の匂いがそこで経過した時間の長さを雄弁に物語る。過去にトリニティに潜入していた部員の一人が古書館の管理の中で学んだ資料保存技術を活かして保管しており、現在まで伝わったその技術が物言わぬ紙の資料たちに山海経の歴史の重みを感じさせる。

 だが、建物の設計図に書かれた地下三階までの紙の資料が放り込まれたフロアはいわば対外的なカモフラージュ。資料室の一部の本棚に隠された扉から続く階段には、玄龍門へ提出されている建物の設計図に記されない地下四階のフロアが存在し、そこに資料保管室の本懐が存在する。

 階段を下りた先で耳に入るのは、フロアに響く重低音とキーボードを叩く音。

 シラセの視線の先には、ガラス張りの向こうに山海経の情報が詰まった機械が並んでいた。

 サーバールーム。現在の情報統制部の建物が建てられてからずっと、山海経で扱われるほぼ全ての情報が残されたコンピュータがそこに鎮座している。先見の明で情報社会に切り替わると確信したかつての部長が準備した、データの蓄積に特化した外部との通信を行わないコンピュータ。

 資料室自体の存在は部員も知っているが、このコンピュータの存在を知る者は資料室管理の担当と代々の幹部のみである。

 

「や、元気してる?」

「ひゃっ……どちらさま……って部長!?」

 

 黙々とサーバルーム前の机で作業をしていた部員にシラセが声を掛けると、その部員は身体を飛び上がらせ、彼女の方を振り向いて慌てて佇まいを正し始めた。服を着直したり、手鏡を取り出して髪を確認したり、「いきなり来るなんて聞いてないよぉ」と漏らしながら慌ただしく確認を行って、十数秒ほどでシラセの方に向き直る。

 その緊張した面持ちで自分を見る部員に部長就任時に前部長や先輩たちからお願いされたことを思い出し、シラセは目の前の部員とどう接するのが良いのか少しだけ考える。

 

「ほ、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 資料保管室のサーバーには、部長であっても担当の同席時以外のアクセスは許可されていない。

 このサーバーは情報統制部の心臓部と言っても過言ではない代物であり、ここが部長や山海経の政治に巻き込まれて改竄されることを懸念しての措置である。バックアップも確保してあるため基本的には他者による悪意ある操作にも対応できるようにはしてあるのだが、そもそもの接続情報を一子相伝のように代々の担当者にしか伝えないことでセキュリティリスクの低減と安全性を担保しているのである。

 前時代的と言われるかもしれないが、情報の機密性を考えるのであればこれ以上のやり方は存在しない。紙での管理に場所の制限がある以上、閉じられた(オンプレミス)環境でのデータ運用が最適な手段に成り得るのである。

 

「一つ、過去のデータから探してほしい情報があるんだ」

「か、過去データからの情報検索ですね! 分かりました! 何についての情報でしょうか?」

 

 そう言いながらぐるりと身体をパソコンに向き直し、検索できる画面を開いたのか体の向きはそのままに顔だけをシラセの方に向ける。

 役に立ちたいという熱意と褒められたいという期待がありありと浮かんだその表情に苦笑しつつも、シラセはここへ足を運んだ目的を果たすため、自身が調べたい情報について口にする。

 

「この前僕から上げたシャーレの先生に関する報告、覚えてる?」

「はい! アビドスに行っていたやつですね!」

「そう、そこで会った異形のこと、昔のデータに似たような記載がないか確認してほしい」

 

 要件を聞き終わった部員は仕事モードに入ったのか、画面に向き直って素早くキーボードを叩き始める。二枚のモニターのうちの一枚に先日シラセが提出した報告書が立ち上がって、その中に接触を受けた異形に関する情報も記されている。

 その特徴情報を見て検索を掛けているのか、真剣に画面と向き合う部員。

 シラセはモニターを睨む彼女の顔の隣に自分の頭を置いて、横から覗き込むような形でモニターを見る。一瞬だけ部員の身体が跳ねる。タイプミスをしたのか何度かBackSpaceとDeleteキーが叩かれてから、少しだけ緊張した状態でまた彼女は画面と向き合う。ちらりと横を見れば部員の頬が先程よりも明らかに赤みを帯びているのが見て取れて、とりあえずこんなものでいいかとシラセは視線を前に戻す。

 

「こ、こちらはどうでしょう?」

 

 そう言って出してきた資料に移る写真は、自分が双眼鏡から覗き込んで見たのとは別の顔だ。確かに特徴は一致しているのだが、現在表示されている資料のものは機械兵の一種のような扱いのようだった。

 そういう感じではないと伝えて、彼女の肩に腕を回して逆の腕でこれかもあれかもと指を差してみる。

 そうして何回か資料を開いたところで、見つけた。

 黒い顔に目のような白い光、そして口のような箇所と、頭部全体に奔る罅。

 

「……こいつだ」

 

 私のその言葉を受けて彼女はすぐさまカタカタとキーボードを叩き、その情報と繋がっている連動情報の方を開こうして、手を止めた。

 どうしたのか聞こうとした私の目に、モニターに映った文字列がその理由を伝えてくる。

 

「部長、この情報は『封印指定』されてます。これ以上の情報が必要であれば部長の――」

「ううん、要らない」

 

 ゲマトリア関連情報という見出しを見て、この異形の所属する組織がゲマトリアだという名前のものであると当たりを付ける。

 しかし案の定というべきか、やはり過去に山海経とも接触した記録がある。

 通常であればカイザーグループやミレニアムの疑似科学部のような要注意団体として引継ぎがされるのだが、それすらもされていないことを考えればその意図は容易に察せられる。シラセが申谷カイについて語るときに評するその言葉を、過去の部長も使ったのだろう。

 知るだけで毒になる。その存在を知ること自体が自身を危険に晒す。

 シラセはその表示を見て自身の判断が過去の部長と比べてもその方針に間違いがないことに安堵する。

 そして彼女は迷うことなく、目の前でデータを触る彼女に対して一つの業務命令を下す。

 

「部長からの業務命令。先日のシャーレの先生に関する調査に出てきたこの異形についての全ての情報を『封印指定』として処理して」

 

 ごくり、と彼女が唾を飲み込んだ音が耳に届いた。

 それはシラセの声が思ったよりも真剣で低いものだったことに驚いたのか、あるいは自分の任期中に『封印指定』のデータを扱うことになるとは思っておらず想定外の事態に息を飲んだか、はたまたシラセの真剣な表情に自身の感情を揺さぶられてしまったか。

 シラセからはどれが本当であるかは見取ることが叶わなかったが、しかしシラセを隣に伴った状態で彼女は自身の役割を全うした。

 タン、とEnterキーを叩いてその全ての処理を終えて息を吐き出した部員を見て、シラセは今更ながらに横で見てて良かったのかなと謝罪の言葉を口にする。

 

「お疲れ様。ごめん、隣で上司が見てたらやりにくいよね」

「い、いえ!? お気になさらず! 全然気にならなかったっていうか、むしろ居てくれてこれ以上ない環境だったというか……

「そう? 気にならなかったならいいんだけどさ」

 

 とりあえず、ありがと。

 そう言って姿勢を正し部員の頭にポンポンと労うように触れる。目を丸くして固まってしまった部員の子に「じゃ、またね」と声を掛けて階段を上がれば、シラセが隠し扉に手を掛けようかというようなタイミングで後ろから「にゃーー!!」と唸り声が聞こえてきた。

 それに苦笑しつつも資料保管室からの撤退を終え、そのまま自分のデスクまで戻ってきたシラセの目に、先日の百鬼夜行自治区の件の調査報告が飛び込んでくる。

 席に座ってその中身を確認すれば、やはり潜入員の勘は正しかったようで、この一カ月で七稜アヤメの姿を見た人間は確認できなかったらしい。大雪原の方へ歩いて行ったという目撃情報もいくつか上がっているらしく、彼女の失踪は何かその辺りに関係がありそうな様子である。

 

「ひとまず、治安悪化は間違いないだろうね。魑魅(すだま)一座とかは活発になるだろうし」

 

 臨時対応として少し百鬼夜行側の警戒を強めた方が良いかもしれない。

 実際の治安維持の辺りの権限は情報統制部ではなく玄龍門が保有しているので、自分たちからできるのはソースを示した意見具申程度だが。

 シラセたち情報統制部の方でもアンテナの強化として今回の調査に協力してくれた部員の中から一人を百鬼夜行へ追加の潜入員として送り込むことを決定し、情勢の変化を受け取れるように準備をすることは怠らない。

 玄龍門向けの書類を作り終えて一つ伸びをしたシラセの視線は、滑るようにようやく終わりが見え始めた生徒会長失踪と先生着任関連の書類の段ボール箱に目が向いてしまう。

 まだまだ休めないなと気合を入れ直したシラセの部屋の照明は、その日も日付が変わる前後までずっと酷使され続けたという。

 

 百鬼夜行の治安悪化の噂。正式発表なし。

 七稜アヤメの不在による百花繚乱紛争調停委員会の機能不全の兆候あり。百鬼夜行自治区の治安悪化による影響を鑑みて、境界付近の警戒度を高める配置転換の必要を検討されたし。




資料管理室の子はシラセのガチ勢です。なお、これ以降出番はありません。
それでは次回、「ミレニアムプライス。風紀の乱れが懸念される」でお会いしましょう。
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