こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
シャーレの先生、その観察任務自体はシラセの尾行が終了した後も引き継ぎをして継続的に行われている。
無論、これは先生に限った話ではなく、各校の要注意人物に対してその行動を見逃さないように注視している通常任務の一つで、先生も良くも悪くもその一人として数えられているだけという話である。ただ、警戒ランクとしては以前のシラセがやったような密着は不要という位置づけであり、一挙手一投足を追うというよりは定期的に現在地と交流関係を洗い出す程度である。
そしてようやく執務室に残っていた段ボールを古紙回収に出したその日、上がってきた報告を見てシラセはそこに書かれた内容に頭を抱えた。
「ゲーム開発部に手を貸してるのは、いいよ。あの先生ならやりそうなことだからね」
現在地として記されていた場所、ミレニアムサイエンススクール。『千年難題』と呼ばれる7つの難題に取り組む研究機関から興った学校で、現在はキヴォトスで三大校の一角を担っているマンモス校。
どうも最近その生徒会組織であるセミナーが方針転換をしたらしく、部活動の継続に明確な成果を求めるようにしたそうだ。発表を見る限り部費や予算、加えて乱立する部活に割り当てる部室の関係で必要な改革らしく、合理性を重んじる学校らしいなと思ってしまう。
その発表があった時点でどこかの部活が先生に声を掛けるだろうなと思っていたのだが、まさかレトロゲームの開発をメインとするゲーム開発部が選ばれるとはシラセとしても予想だにしていなかった。他の部活からも声があったとは思うのだが、先生がそこを選んだのは何か琴線に触れるものがあったが故なのだろう。ホビー系のおもちゃの購入情報もあるように男の子寄りの感性を有しているようだし、多分所謂ロマンとか呼ばれるやつなのだと思われる。
「『廃墟』で何か連れ帰ってきたって、絶対厄ネタじゃない?」
問題視すべきは、この一点に尽きる。
報告書にはゲーム開発部と都市伝説の一つである『G.Bible』を探しに行った結果、何故か一人増えて帰ってきたという恐怖を感じる文章が書いてあった。他の文章が比較的考察混じりな報告者がこの部分だけにおいては事実ベースでしか書かれていない辺り、担当の部員のかなり困惑した様子が見て取れる。
その後の経過については少し癖のある普通の生徒として過ごしているらしく、ゲーム開発部の部員として馴染めているとのことらしい。
明らかに普通の子には持てないような
「で、セミナーやメイド部と一悶着はあったもの、何とかミレニアムプライスへ応募はできたみたいだと」
添付にアップロードされたゲームのURLがあったので、セキュリティチェックに通っていることを確認してからリンクを開く。
紹介画像から見ても、今は懐かしレトロゲームであることが見て取れた。ミレニアムでは二周ぐらい回ってやっぱり時代遅れと判定されているらしいが、技術の進みが遅い山海経ではまだまだ懐かしいなと思う程度の頃合いである。
シラセ自身も子供のころは触れていたこともあって、どこか懐かしさを覚えてしまう。
時計を見てミレニアムプライスの中継まではまだ時間があることを確認し、ゲームを起動する。
天童アリスという名を授かったという明らかな地雷原に対する逃避の意味を多分に含んだゲームプレイだったが、それはゲームを始めるきっかけであってコントローラーを握り続ける理由には成り得ない。
「部長? そろそろミレニアムプライスの時間っすよ?」
呑気に遊んでいるうちに後輩から声を掛けられ、目線を一度そちらに向け、次にモニター上に移る時刻表示へとスライドする。
それを見て思っていたよりも長い時間ゲームに没頭してしまっていたことに気が付いて、シラセは一度目を閉じてふうと息を吐く。ゲームとして、決して面白いとは言えない。だけども光るものは間違いなくあったし、魅力は伝わってきた。
あまり経験したことのない不思議な感覚に、シラセは数瞬だけ酔いしれる。
しかし目を開けば仕事モードに戻り、元々幹部の皆と息抜きに見ようと誘っていたミレニアムプライスを見るために会議室へと向かう。
ちょうどシラセが到着して着席したタイミングでミレニアムプライスの中継の画面が待機画面から中継画面に切り替わり、ミレニアムプライスの中継が始まった。
「うひゃー、やっぱ去年より応募数増えてますね~」
「司会も言ってる通りやっぱりセミナーの部活動へのスタンス変更が効いているんだろうね」
「この中で受賞するのは、先生が介入したといえ厳しい気がしますぅ」
「ふむ、我の情報では彼の者はただの手伝いだったと聞いているが」
年次が上がって卒業したメンバーもいるため、幹部メンバーもある程度入れ替わりがある。
去年から引き続きの者もいるが、引継ぎで別のメンバーになっている生徒もおり、情報統制部の部長同様に新入生の中で素質能力ともに十分と見做された者が幹部として立てられるケースも少なくない。
ミレニアムプライスはキヴォトスの最新技術の新人賞のようなものなので、山海経とはいえ我々だけでも最新情報を追っておこうということで、シラセが去年から幹部を集めて中継を皆で見る会を開いている。今年は先生が関わった部活が出るということもあって皆興味を持っているようだ。
元は
そんなことを幹部の皆を見守りながら考えていると、中継から信じがたいフレーズが飛び出してきた。
『7位はエンジニア部、ウタハさんの「光学迷彩下着セット」です! これは身に付けてもその下の素肌が見えてしまうため――』
「馬鹿ですぅ! 馬鹿のやることですぅ!」
馬鹿が考えたアホみたいな作品が、馬鹿みたいな評価を付けた審査員のせいで受賞していた。
光学迷彩下着セット。先程の説明が真実なのだとすれば、履いているけど、履いていないという状況に見えるということ。
露出症の患者が合法的に趣味を楽しめるようになるということだが、そんなやつに慮る必要がどこにあるというのだろう。公序良俗に反している時点で爪弾きにしておけよ。
他の自治区では上を着ていない時点でどちらにせよアウトなのは変わらないだろうが、山海経自治区は少し話が違う。制服を着ている生徒は最悪この作品を使用してても良いのだが――多分現状も履いてないやつはいるだろうから――山海経には
そもそもチーパオについては現状も『履いてない』だの『エッグい下着履いてないとおかしい』だの風評被害が激しく(無論意図的にスリルを楽しんでいる輩もいるので全部が全部否定ができるものではないが)、散々な
加えて、山海経の生徒は伝統に固執する部分さえあれど、悪乗りや馬鹿なことを考えるのは他の自治区同様に年齢相応な部分がある。そんな彼女たちにこの劇物を与えたらどうなるか、想像に難くないだろう。
「ねえねえ中二病ちゃん、今回のミレニアムプライスの中継を行っているサイトって全部封鎖できてたっけ?」
「公式の放送は数分の遅延を入れているが故に編集は可能である。が、個人でミラー配信を行っている者もいる。我の記憶では既に許可済みのチャンネルで行っている者がいた記憶があるぞ」
「あっ……ふーん……あー、ね?」
優秀な部下たちがすぐさま対策を講じようと動こうとして、警戒を怠ったことに対するしっぺ返しを食らっていた。
いやまあ、これは仕方ないでしょ。馬鹿と天才は紙一重って言うし、ミレニアムがそういう変人の集まりだったことは認識していたけど、流石にこういうことをしてくるとは思わないから。
シラセはどうするか決めあぐねている部下たちを見て、安心させるように口を開く。
「いいよ、何もしなくて。放送はこのままでいい」
そのシラセの言葉に、皆が驚いたように彼女を見る。
一人だけ『まさかそういう趣味が?』みたいなすごい目でシラセのことを見ていていい度胸だなと思わないでもなかったが、シラセは冷静に続く言葉で今回の対応を発表する。
「だって普通に使ってたら玄龍門に捕まるだけだよ? あの玄龍門が『これは光学迷彩下着というもので……』って言い訳で黙ると思う?」
「確かにぃ、『そんな言い訳なんか知らん!』とか言って引きずって行きそうですねぇ」
「ぶちょー、購入制限もしないんです?」
「オンラインの方は制限してもいいね。現地に行って買いに行ったらどちらにしろ無理だし、そしたら大人しく捕まってもらおう」
「りょーかいっす」
シラセは彼の下着のことを馬鹿だ馬鹿だと内心散々言ってはいたが、割とすぐに締め出したがる部下たちに比べれば比較的寛容な態度を取る方である。
今回のように既に情報が漏れてしまっている場合などに関してはその傾向は特に顕著で、こういった場合の対処の柔軟性の高さは歴代の部長の中でもトップクラスだと考えられる。以前の部長であれば無理やり閉鎖措置を取ったり無理な封じ込めを命じたりしていた可能性があるだろう。
シラセは今回の件についてはひとまず既に情報が回ってしまっているのを加味して触れないという決断をした。わざわざ声明を発表したら山海経の広報部が過剰反応していると思われる可能性もあることに加え、自治区内のWebサイト閲覧制限についてはモノがモノなので対外的にも納得できる理由を挙げられるからである。
「だからこれについては通常業務通りに対応すればいいよ」
担当として割り振られるであろう幹部がシラセの言葉に応え、その件の対応協議は終了する。
すっかり見逃してしまったが、どうやら今年の最優秀は新素材開発部の作品だったようだ。中身を聞けばなるほど実用性の高そうな代物だ。しかし去年に引き続き新素材開発部の意図しない用途での利用に実用性を見出している辺り、ミレニアムプライスの審査陣はどうにかならないのかと思わないでもないが。
しかしどうやらそこまでの発表でゲーム開発部のゲームは入っていないようで、残念ながら先生の助力も空しく終わりを迎える、そんなことを考えていたタイミングで、これまでは見られなかった試み、『特別賞』の発表が行われた。
「はえー、特別賞なんて初めて見ましたね~」
「いやはや、まさか滑り込みで賞を得るとはね。先生も持っているお人だ」
「我は信じていたとも。彼の者が関わったのだから結果を得られぬはずはないと」
「後からなら何とでも言えますからねぇ」
先生の存在が、ミレニアムプライスの審査陣を捻じ曲げた。
実際にはゲーム開発部が作り上げた新作ゲームが審査陣の心を打ったのが原因であることは判りきっているが、しかしシラセはどこかそんな風には受け取ることができなかった。
確かに賞を得たのはゲーム開発部の面々の努力の結果なのだろう。だがしかし、それを手伝ったのが先生ではなかった場合は、同じ結果になっていたのだろうか。そんな自問をして、シラセはすぐに否と答えを出した。そうではないだろう。先生がいたからこそゲーム開発部は結果を出した。そう考える方が辻褄が合っている。だって、ゲーム開発部は先生が来る前にまともなゲームを開発できていなかったのだから。
無論、天童アリスという新加入の少女の存在も大きいだろう。だが、それ以上に。
「――期待しているよ」
そう誰に聞かせるでもなく放った言の葉は、画面に映ってすらいない一人の大人へと向けられたもの。
もし、その力を以て山海経すらも変えてくれたのなら。
その時はきっと、もう自分が終わっても大丈夫なタイミングだろう。
シラセはまだ感想を言い合っている幹部たちを置いて会議室を出て、執務室へと戻っていく。先程のゲームプレイで消費してしまった時間を取り戻すべくデスクに向かい、その日も日付が変わるギリギリまで業務を続けていた。
ミレニアムプライス。風紀の乱れが懸念される。
対応は通常の業務内での対応とし、Web注文はできないように設定。それでも現地に赴いて購入する生徒の制限は行わないが、何も履いていないのに『光学迷彩下着セット』を履いていると主張する生徒が出てくる可能性には留意し、玄龍門の執行部へと情報の連携を行っておく。
たぶんアリスを連れ帰ってきてたの、各校の情報部は戦々恐々としてただろうなというお話。
それでは次回、「エデン条約関与に関する噂。優先度高」でお会いしましょう。