こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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最終編裏側妄想。キサキ視点。


17.キヴォトス崩壊論。例外的対応の必要性あり。

 玄龍門に所属する竜華キサキから見て、今回のシラセ、ひいては情報統制部の動きの速さは異常とも呼べるものだった。

 潜り込ませた部員から聞いているいつもの情報統制部の様子からすれば、今回のD.U.地区での一連の事件は一つ持ち込まれるだけで彼女たちを過労に追い込む一大事件だったはずだ。

 連邦生徒会による非常対策委員会の発足。その呼びかけがあったことを自治区内に共有するか判断している最中に飛び込んできた、D.U.地区で起きた七神リン生徒会長代行の不信任決議案の可決とカイザーが引き起こしたクーデターの報。

 そもそも生徒を潜り込ませることが難しいアビドスで暗躍していたカイザーの情報は情報統制部からしても寝耳に水だったはずで、現場が慌てている様子は入ってきていたのにも関わらず、だ。

 いつもなら決断までに時間を要するはずなのに、今回はまるでその報が入ることが分かっていたかのように玄龍門に乗り込んできて、この情報は山海経内にも流すべきだと玄龍門の面々の前で語る彼女は、態度を示すべき緊急を要する案件だということを踏まえてもその動きがスムーズすぎるように思えてしまう。

 サンクトゥムタワーを武力制圧したカイザーがこのままキヴォトスを手中に収めるのであれば、もう少し様子を見てから結果だけを伝える方が良い。だがすぐにシャーレとサンクトゥムタワーが奪還されるのであれば、カイザーを批判していた方が学内からも学外からも印象は良い。

 立場は慎重に判断しなければならない。しかし今は早急な決断ができなければ、自分たちの立場を危うくする可能性がある。

 目まぐるしく変わっていく情勢を見抜き、判断して、最適解を択ばなければ、ここに自分たちがいる価値はない。

 そうまで訴える言葉はどこから連れてきたものなのだろう。

 もしや裏でカイザーと繋がっていたのではないか。

 そんな疑念を会議の場で隠すことなく呟いている玄龍門の生徒を意に介することもなく、シラセはシャーレと敵対する益は無いと口にする。カイザーの武力は脅威ではあるが、先生と周囲の生徒が協力すれば打開できない状況ではなく、故に我々は粛々と毅然とした態度を取るべきであると。

 

「もう既に一夜が明けてしまってる。態度を示すのであればもう遅いぐらいではあるけれど、三大校が動きを見せない現状で僕たちがこ――」

 

 声を上げれば。そう続くはずだったプレゼン中のシラセが右耳に手を当てて言葉を切る。

 何事かとざわめく室内。しかしそれがただ事ではないことは、会議室の外に聞こえる足音と喚声で容易に判断ができた。

 そしてそれが何であるかを会議室内にいた面々が断ずるより早く、シラセが吠えた。

 

「『上を――見るな!』」

 

 反響するような声に何事かと思って手元に目を落とせば、自分のスマートフォンが強制的に起動状態になっていることに目が向かう。

 臨時権限。山海経全土、あるいはキヴォトス全土に対する未曽有の脅威が認められた際に情報統制部が山海経で管理しているすべての端末の強制的なコントロールを可能とする最終措置。

 会議室の外にほんのわずかな時間だけ彼女から意識を外した間に、彼女は部と通信をしてその判断を下したと言うのか。

 今までも影響度の少ない案件であれば彼女が即断したケースは少なくない。初級中学校時代に側で業務を見ていたキサキはそういったケースを見てきたし、その判断に助けられたことは一度や二度ではない。

 だが、キサキの知る代情シラセという人間は大胆な行動をすることはあれど、どこまでも一貫して彼女自身が自称する「小心者」の枠を出ることはなかった。

 

「『こちら山海経広報部、部長の代情シラセです。現在、キヴォトス全土を襲う未曽有の事態が発生しています。原因及び解決策については別途確認中ですが、こちらから皆様にお願いを。上を、空を見上げないでください。あの赤い光は我々の精神を汚染し、最悪の場合ヘイローが崩れる可能性があります』」

 

 そう、キサキの知る代情シラセという人間は、事が大きくなればなるほど、決断を先延ばしにする人間であった。面倒な案件を()()()()にして別の人に巻き取らせたり、規模が大きい案件を自分がやらなければならない場合は期限ぎりぎりまで慎重に慎重を重ねたりするような人間だったはずである。

 だが、いま目の前で言葉を紡いでいる人間はどうだ。

 これのどこが小心者だと言うのだろう。初級中学校時代に放り出した案件とは比べものにならないような規模の未曽有の事態を、何の躊躇もなく捌いてしまっている。

 そしてキサキが最も異常だと思った点は、そこではない。

 

「『この件は元々現在連邦生徒会及び連邦捜査部であるシャーレが懸念していたことです。諸々の手続きのために山海経内への情報共有が遅れてしまいましたが、こちらは既にシャーレの先生が問題の解決に着手しております! 後に正式にシャーレからの連絡もあるかと思われますので、それまでは先程申し上げた、空を見上げない、あの赤い光を直視しないことを徹底してください!』」

 

 代情シラセが、自分の目で確認しなかった。

 これまでのシラセは、情報統制部に入部した後でも重要な案件については可能な限り自分がその手で確認することを譲らなかったはずだ。それでたとえ業務が滞ろうと、どれだけ遠い場所の出来事だろうと、自分の目で確認しない限り山海経の生徒が報告してきた内容を信用しなかったはずなのだ。

 部屋から出ることなく、その赤い光を自ら確認することない状態で、部下からの情報だけを頼りに自らの首が飛びかねないほどの重大な権限を行使するなど、シラセを知る人間であればあるほど考えられるようなことではない。

 

「そういうわけで、ごめんね、玄龍門の皆。緊急事態みたいだったから、先にいろいろ必要なことをやっちゃった」

 

 声が一つに戻ったシラセの声を聞いて手元に目を落とせば、既に端末の強制コントロールは解除されている。

 サンクトゥムタワーがぶっ壊れて連邦生徒会の件は判断不要になったみたいだし、外の状況確認のためにも一度お開きにしようか、とあっけらかんと宣うシラセの言葉に頷き、キサキが会議の一時休場を宣言したことで一気に人が部屋の外に流れていく。

 シラセの言を信用しなかったのか、愚かなことに窓の外を見上げてしまった馬鹿がいたのか、建物内からの叫び声もところどころから聞こえてきた。

 これから忙しくなると会議室を出ようとしたキサキの横へ並んできたシラセに、キサキは思わず問いを投げてしまう。

 

「……何が、あった?」

「まあ、そうなるよね。色々聞きたいこともあるだろうけど、それは後で。全部片付いたらにしよう。ああそうだ、これ、渡しておくよ」

 

 そう言ってシラセから渡されたのは、通信に必要な小型の機材一式。

 渡される意図が分からないと疑問を返せば、シラセは元々今の会議の後の時間に連邦生徒会との打ち合わせを行う予定だったと口にした。参加することができなかった非常対策委員会の会議で、無理を言って別枠で通信会議を行う調整をしていたとのことだった。先の会議で承認が取れれば玄龍門を交えた意見交換を、可決されなければ情報統制部だけで秘密裏に連携をという方向で考えていたらしい。

 であれば尚更もう不要になったもののはず。

 そう口にしたキサキに対して、「もしかしたらこの後で使うことになるかもしれないから」と押し付けるようにして断固として返すことを許さない。

 その頑なな姿勢にまさか盗聴や監視機器の類を入れているのかと邪推するが、先の未確定状態をさも確定情報のように伝える虚飾を行った彼女がこんな杜撰な手段を取ろうはずもない。

 

「何か、確信があるのじゃな?」

「え? そんなのないよ。文字通りキヴォトス全土を巻き込むのなら、キサキ先輩――いや、『門主様』の声も必要になる可能性があると思ってるだけで」

 

 使わなかったらこの事件が終わった後に返してよ。普通にしてたら充電も二週間は持つはずだからさ。

 そんなことを言い置いて情報統制部に戻っていくシラセを見て、彼女がもう会議が開かれることはないと確信していることを見て取ったキサキは、会議室に戻ろうとした生徒に自治区全域の状況確認を最優先にするように声を掛ける。

 それからほどなくしてシラセの言った通り、先生と関わりを持った生徒全員に対して助力を求める連絡が届いた。

 

 

 結果から言えば、色彩の嚮導者(プレナパテス)が引き起こした一連の事件に置いてシラセが関与したことと言えば、先の山海経内への一斉放送を行ったこととキサキに対して通信機器を貸与したこと、その二点のみである。

 しかし地味なように見えるその行為が、山海経内での被害の低減に大きな貢献をしていたことを収集したデータの中で再確認して、シラセは自身の判断に誤りがなかったことに胸を撫で下ろす。

 他自治区の状況を見れば、あの赤い光を見てはならないという情報が広まるまでに多くの生徒が重体になってしまったという報告が多く挙げられている。山海経でも被害がゼロだったわけではないが、初動で全員へ警告を行った効果もあってか他自治区に比べて被災した生徒の数は格段に低く収まっている。

 シラセの執務室では、その判断に対して一人の幹部が疑問を投げかけていた。

 

「どうして我の感覚をそのまま皆へ伝えてくれたのだ?」

「あの時の僕は玄龍門にいて会議室の中で直接確認できる状況じゃなかったからね。いつもの口調も忘れた君の慌て具合を考えれば、ただ事じゃないことはわかったし」

「だが――」

「何を言いたいかはわかってるよ。僕のスタンスを君たちが察していたことも。でもね、最近学んだんだよ。僕たちは幼稚で救いようがない愚か者の集団ではあるけれど、それでも山海経を想う心だけは、信用に値する熱量を持っている」

 

 あのタイミングでシラセに連絡を入れたのは、情報統制部の幹部の一人だった。

 彼女は窓の外が赤く光った瞬間に上ではなく階下を見下ろして、何かに魅せられて赤く染まった生徒たちの瞳を見てしまった。

 それが一人だけの症状ではなく、上を見上げている子たちの何人かに見られるものだということに気が付いて、いつもの不遜な口調で取り繕う余裕もなくシラセに連絡を入れたのだ。

 あの光はよくないものだ。人を害する類のものだ、と。

 

「ヘイロー云々やシャーレのことは口から出まかせだったけどさ。ヘイローの方は山海経の子たちの好奇心を抑えるならあれぐらいは言わないといけないし、シャーレの方はそもそも連邦生徒会からの非常対策委員会がシャーレの先生の提案を受けてのものだって聞いてたからさ。ヤバそうなことが起こったからこれかも、って思ったんだよね」

 

 全然違ったらどうするつもりだったのかと苦い顔をする部下に対して、丸く収まったからいいじゃんとシラセは軽く応じる。

 

「元々臨時権限を発動した時点であれがそこまで緊急度の高いものじゃなかったとしたら僕の首は飛んでたんだし、その中身で何をミスってたとしても、あんまり関係ないんだよ」

 

 運のいいことに、ほとんど真実だったみたいだけどさ。

 薄氷の上を駆け抜けるような所業だったはずなのに、シラセが浮かべているのはどこまでも濁りの無い笑み。

 部下の目から見れば、トリニティから戻って以降のシラセの変化は顕著だった。

 以前は気さくながらも少し離れていた心理的距離が近づいたというと聞こえはいいのだが、近い立ち位置として見ていた幹部の自分たちからすればその歩み寄りは不自然に思えるほどだ。

 

「部長~。報告書の新フォーマットってこんな形でいいですか?」

 

 戸を叩き、部員の一人が声を掛けて入ってくる。手元には書類を携えており、最近シラセの指揮の下で方式を変更した結果生まれた新しい書類の確認に来たようである。

 トリニティから戻ってからシラセは情報統制部の仕組みの一部の変革を開始していた。

 彼女は最初からやろうと思っていたことをできる余裕ができただけ、と説明したが、シラセの抱えている業務量は高止まりしたまま減ることはない。そして当然の話ではあるが、変革を進めるために普段は起こり得なかった作業が発生している。

 無論、変革の中には彼女の業務を減らすためのものも含まれているため、多少は彼女の業務が楽になっている部分はあるのだろうが、それでも変革のための説明、そしてその準備として資料を作成する時間などを考えれば、連邦生徒会長失踪の折ほどではないにしろ彼女の仕事は増えていると言っても差し支えないはずなのだ。

 

「うん? どれどれ、あー、ちょっと修正はあるけど、誤差レベルだからこっちで修正しとくよ」

「わかりました! 修正後のフォーマットだけ送っておいてください!」

「はーい。修正後のやつを後でグループに流しとく」

 

 それなのに、シラセは以前よりも早く帰ることが増えた。

 重要度の低いものを部門レベルで判断を行い処理してしまうように仕組みを変える変革に取り掛かり、今対応したような新フォーマットの対応もこなし、以前よりも部員のフォローに回っているように見える、それなのに。

 黙って自分を見つめる部下に気が付いて、シラセは先程の話題は終わったと判断したのだろう。

 部員が出て行った扉の方を見つめつつ、改革に不満はないかと問いを投げる。

 

「正直、助かっている。部長の確認を必要とするまでもない案件を現場レベルで処理するのは合理的以外の何物でもない」

「それは良かった。僕も仕事が減って何よりだよ。判断をする、作業する、監査する、それぞれの工程で必要な技能は違うし、どんどん専門化していくべきだよ」

 

 今までも部門レベルでは別れていたが、その下は手が空いている人が作業をやるというような状態であった。リーダー陣の何名かが判断して割り振り、作業とチェックは持ち回りでやっていたのだが、今回は判断部門・作業部門・結果観察部門と分け、それぞれの部門内でも情報の種類や媒体によって細分化を進め、専門性を高める方向に舵を切った。

 その影響で最初の数日は作業効率が落ちたタイミングもあったのだが、やっていけば慣れるもので、同じような情報を積み重ねれば過去ログなども探しやすく捌くのが容易になっていく。無論それは昨今の情勢も加味しての判断が必要ではあるのだが、そこは必要に応じて話し合いを行ったりダブルチェックを実施したりすれば誤った判断をする確率も下がる。

 最終的に全体のリストは提出することになるので、最悪の場合はシラセでストップを掛けることもできなくもない。

 結果的に今回の事件を経ての情報統制部内の結論としては、改革を行ってよかったというものであった。デスマーチが深夜残業で済むようになった程度ではあるが、家に帰れるというのはそれだけ心理的余裕が生まれるもので。

 一般の部員たちには今回の変革について、シラセが玄龍門に叩きつけた技術交換会の提案と同じ気まぐれの産物だと受け取られているが、シラセに近ければ近いほど今回の急激な動きに対して疑念のようなものを抱いていた。

 

「わざわざここまで大掛かりな変革を行う必要があったのか? 今まで通りできる者が対応する形を強化するだけでもどうにかなったように思うが」

「『専門化』と『俗人化』は違うよ。僕たちが目指さなければならないのは『専門化』。個人の技量に依存しないようにノウハウを吸収して、その上でそれを継承して育てる環境を整えなきゃいけない。連邦生徒会を見てみなよ。超人と呼ばれた生徒会長に頼り切ってたせいで僕たちよりひどい目に遭ってるでしょ?」

「個人の技量の多寡に依る運営はいずれ綻びを生むというわけか」

「そう。それで潰れてきたのが、今までの情報統制部だからね。ここらで掃除をしないとね」

 

 きっと、過去の部長たちは部下を信じ切れなかったのだろう。

 だからこそ自身へと権力を集中させ、判断を集中させ、全てを自分一人で管理しようとしてきたのだ。自身が全てを背負うために。

 情報統制部の部長という外れ(くじ)は、そういう呪いを抱いた人間しか継承できない。そういう人間は、自分と似た思想を持つ者にしかバトンを渡すことができないのだから。

 だが、代情シラセはいつの間にか既にその呪いを振り解いている。

 それが何を意味するのか、正しく理解している人間は山海経にはいないのだろう。

 

「とはいえ、しばらくは大人しくするかな。この前の技術交換会計画と今回の臨時対応でだいぶキサキ先輩の目が厳しくなっちゃったからさ」

 

 疑われるのは本意じゃないからね、と溢しながら笑う姿は、自身の先輩であるキサキとの関係悪化を好まない以前のシラセにはなかったもので。

 彼女より一年早くこの部に入った幹部の少女は、まるで悪戯を考える子供のような笑みが彼女の本心からのものであることを祈るしかなかった。

 

 

 キヴォトス崩壊論。例外的対応の必要性あり。

 色彩災害において、シャーレ主導での問題解決に対して玄龍門門主は公的な対応を例外的に行う決断を下した。今後玄龍門はシャーレと協力関係を築いていくものと予想される。

 

 山海経自治区境界付近を出入りする玄龍門生徒がいたみたいだけど、キサキ先輩はもう気付いてるかな?




後半の幹部の子は中二病っぽい子。直近は周囲から見た変化を書いてましたが次回で戻ります。
それでは次回、「先生英雄論。匿名情報の真偽確認を優先」でお会いしましょう。
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