こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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誰も思っていないかもしれませんが、この作品はコメディとして書いています。
そうたぶんきっとメイビー。


18.先生英雄論。匿名情報の真偽確認を優先。

 キヴォトスを襲った未曽有の災害からはや数週間。D.U.地区もいつの間にか復興し、サンクトゥムタワーも元通り。

 山海経の被害は敵――会議に参加したキサキ曰く複製(ミメシス)と呼ばれるもの――の強襲があった程度で、物損は軽微なものに限定されている。虚妄のサンクトゥムともある程度以上の距離があったがためにその影響も近くの地域と比べると少なく済んでおり、山海経には以前とそう変わらない日常が戻ってきている。

 そんな中でシラセが頭を悩ませているのは、先生に関する情報の取り扱いであった。

 聞くに、先の戦いの敵は先生自身だったらしい。正確には別世界で色彩に晒された、という注釈が必要ではあるのだが。色彩に手を伸ばしてしまった砂狼シロコの恐怖(テラー)を肩代わりしていたと見られていて、話を聞いたシラセはどの世界の先生であれ生徒を優先する異常な精神性を有していることに呆れたものだ。

 その情報自体も劇薬ではあるものの、より面倒なのはその先。

 ミレニアムの調月リオが作製した脱出プログラムによる離脱を使わず、独力で大気圏から戻ってきたとされている点である。

 キヴォトスの人間であればギリギリ耐えられる化け物もいるかもしれないが、先生は生身の人間である。普通に考えればあり得ない話なのだ。

 だからこそ先生は英雄視され、しかしそこが盛り上がりすぎている()()()がある。英雄視は大した問題ではないが、行き過ぎれば盲信へと昇華され、毒となる可能性を孕む。

 シラセ自身も先生に対する悪感情があるわけではないが、先生とて人間である以上過ちを犯す。

 今回の事件でキヴォトス全土を動かせる影響力を持つことを再確認したことで、全肯定botになってしまっては先生が乱心した時に思うがままにされてしまう可能性も見えてきた。一時的に上がってきていた七神リン代行の不信任決議も、今回は良い方向に転んだ権力の使い方を悪用されることを懸念してのことなのだと考えれば非難することは難しいと言える。

 そんなわけで、シラセは絶賛先生の粗探し中なのであった。

 するとまあ出てくるわ出てくるわ。

 元々ゲヘナの特定生徒へのセクハラは関知していたが、生徒の卒業アルバムをブラックマーケットで入手したり、ソシャゲに課金して金欠になったりと笑い飛ばせるものから、肝が冷えるところでは指名手配されているテロリストと行動を共にしているところも一度や二度ではなく目撃されており、監視のためというには親しすぎる交流が行われている様子も見える。

 

「ここまでボロがあると一個二個不祥事があっても変わらない気がするね。ハニートラップでも仕掛けるか? いや、もう掛けられてそう。それもすごくクオリティが低いやつ。山海経(うち)で言えばミナが仕掛けに行くみたいな感じの」

 

 万魔殿(パンデモニウム・ソサエティ)が運営しているSNSの投稿の一つに、『我ら万魔殿はシャーレの先生の懐柔に成功した! 我々万魔殿の波動は止められない!』というのを見つけ、そんなことを幻視する。ほかの投稿と比べて大分気色が違うのと変換ミスがあることを考えれば、普段と違う担当が更新したのかもしれない。

 これぐらいでは小火(ぼや)にすらならないことを考えるに、こちらがいくら騒ぎ立てたとて「勘違い乙」「自意識過剰で草」と言われるのは目に見えていた。

 

「うーん、先生の評判を下げる良いプロパガンダのネタはないかな……」

 

 そう思いながら画面を見ながら部下から上がってきたWeb記事の処理情報一覧をスクロールしていたシラセの手が、一つの情報を目にして止まる。

 レッドウィンターの部活が運営している小さなサイトで投稿された情報の要約には、次のように記されていた。

 

・シャーレの先生、裸で疾走の噂

 

 一瞬目を疑って、しかし何度見てもその文字列は変わらない。

 その情報が記載されている報告書のタイトルを確認すれば、それが山海経に流すことを制限した情報の一つとしてリストアップされていることを示しており、それはつまり山海経内でこの情報を知っているのは作業を担当したSNS制御担当の生徒たちとシラセだけということになる。

 改めて記事が投稿されたサイト名を見直せば、いつもなら情報統制部での規制に引っかかるようなことがない比較的正確な情報を伝えるサイトのものだった。情報の正確性をプライドにしているサイトでもあり、あまりこういったゴシップのようなネタはあまり出したがらない傾向のはずだ。

 もしかすると運営に困窮してこういう方向に奔ったのかと少しばかり残念な気持ちで大本のサイトを見に行けば、他の記事は至って真面目でちゃんとした内容が揃っている。

 つまり、それが意味することは。

 シラセの口角が上がる。

 

『みんな、情報の真偽チェックの時間だよ! 先生が裸で走り回ってたんだって!』

 

 部内の全体チャットに投稿された通知を見て、部員たちの一部の次の仕事はデスクの掃除と書類のプリントし直しになったことをここに告発しておく。

 

 

 部員たちがそちらの噂の情報収集にかかりきりになっている間、シラセは一時的に山海経を離れ、ミレニアムの廃墟へと足を運んでいた。

 その理由は件の噂に関連しているであろう調月リオへのコンタクトを取るため――ではない。

 以前に増してその身体から軋む音を響かせる異形からの呼び出しを受け、それに応じたのだ。

 

「その姿、噂では聞いていたけどこっぴどくやられたんだね」

「ほう、以前とは見違えた精神性だ。私の失敗作も、貴様の心を動かすには事足りたらしい」

「心が動いたのは否定しないけど、僕の変化には遠因も遠因だよ。僕はそんな悪趣味じゃない」

 

 識別名『マエストロ』。身に覚えのない封書がデスクに置かれていた時点で嫌な予感はしていたが、開封したら案の定悪い大人(ゲマトリア)だった。

 色彩災害の日以降であまり目撃情報がなかったことから何らかの被害を被ったものと想定していたが、ここまでボロボロだと流石のシラセも気勢を削がれる。

 同情するわけではないが、表でやろうとした(ことごと)くを先生に阻止された挙句、色彩からも攻撃を受けるなどという踏んだり蹴ったりの状況を考えれば、あんまり大したこともないのではないかと思ってしまうから面倒である。

 この目の前の悪い大人たち(ゲマトリア)は存在しているだけで息をするように自分たち(キヴォトスの生徒)を害するというのに。

 

「で、何の用? 前の話なら答えは変わらないよ」

「そこについては、こちらも理解している。だが、以前伝えたように恐怖と言うのは――」

「――何がなくとも表出するのものだ、でしょ? わかってるんだよ、そんなことは。山海経がそういった類のものに好かれやすい土地であるということも、ね」

 

 だからこそ、そんなものはいない、という統制を敷いたのだ。

 そしてそれだけでは足りなかったからこそ、伝承を上手く利用する形で恐怖を薄れさせる手段を取った。

 ああ、また錬丹術研究会がやらかしたんだ。

 そう笑って済ませられるような下地を整え、恐怖という情報が人の心に巣食わないように仕向けている。

 逆に言えば、そこにできる限りの不可思議な事象を押し込んだからこそ、錬丹術は超常的な力を発揮できるのである。それはまかり間違えば、神話に手が届くかもしれないほどに。

 

「すべては笑い話に。誰も気付かなくていい。誰が糸を引いているかなんて見せちゃダメだ。僕らは情報の管理者であって為政者ではなく、陽の目を見ることなどありはしない」

「なるほど、これは手強い。だからこそ、忠告しておこう。その管理下から恐怖(ロア)が漏れ出した時、どう立ち回るかは考えておくことだ」

「そうだね、その可能性はゼロとは言えない。だからその時は――先生を頼るよ」

 

 その言葉を吐いた時、ただの模様でしかないはずのマエストロの表情が、少しばかり驚きの色を見せたようにシラセは感じた。

 だからこそ、誰も彼もが自分におかしな評価をしていることにため息を隠せない。

 シラセは小心者という自覚はあるが、自身のことを臆病者だと思ったことは一度とてない。

 自分のやったことの結果を直視してそれを糧にすることに何の躊躇もない。

 最近の変化は小心者であることを開き直っただけだというのに、皆が変な顔をするのが不思議でならない。

 自分ができないことを『できない』と言うことに、自分のできることを『できる』と言うことにいったい何の躊躇が要ると言うのだろう。

 

「エデン条約の件は知ってようと知ってなかろうと、僕には『どうにもできない』ことだった。僕は小心者だから『できるかどうかわからないこと』や『できたかもしれないこと』を重く受け止めすぎる()()()がある。でも、僕に『できること』で、『やらなければならないこと』はエデン条約の一件をどうこうすることじゃない。だから、割り切った。それだけのことだよ」

 

 悩んだのは、悔やんだのは、自分が声を上げていたら変わっていたかもしれないからだ。

 だが、現地の潜入員の子の話を聞いて、ミナと会話して再認識した。自分がやるべきことは、他の自治区の安全を考えることではなく、山海経自治区を守るための情報を取りまとめることだ。

 だから伝えることで山海経に疑いが及ぶ可能性のあったあの情報を伝えなかったのは、間違いでも何でもない。

 そして全ての情報を自分で判断し、その全てにおいて責任を持つことは、シラセの体調やキャパシティを考えても自分にとって『できないこと』だと判断したからこそ、シラセは改革に踏み切ったのである。

 それは自分が潰れることによる山海経への影響を考慮した上で下した、合理的な判断以外の何物でもなかった。

 

「驚いた。貴殿はもう少し、感情的に生きていると思っていた」

「否定はしないよ。でも、仕事は仕事だからね」

 

 シラセの判断が早くなったのは、目的が明確になったからに他ならない。

 彼女がその地位ですべき命題は『山海経の情報を統制・管理すること』。

 であれば信用できない部下だろうが使えるものは使うし、使えなければ使えるように鍛えればいいだけだ。

 玄龍門という竜華キサキ個人のファンクラブとは違う。今情報統制部に所属している者たちは、あのブラックな環境を経験してなお山海経に尽くさんとする『ホンモノ』の集まりなのだから。

 信用に足るとは言い難いが、手札にすらならないと言うには彼女らの今までの尽力に対して不義理になってしまうだろう。

 

「僕はね、自身の感情で動いたときは大抵失敗しているんだ。だから、僕は僕の心情すら信用しないことにしたんだよ。僕だって、信用に足らない『山海経』の生徒だからね」

「なるほど、あの判断の速さは献身ゆえだったか」

「だからあれが山海経を守る最適な手段だったんだって……って、見てたの?」

「事の後に情報を確認しただけである。だが、その判断で救われた者が多いのも事実であろう」

部室(うち)での会話が聞かれてないってことは……チッ、玄龍門の方か」

 

 当たり前のように鼠が潜り込んでいる玄龍門に呆れつつ、シラセは話しすぎたかと木偶の異形に向き直る。だが、ここでその情報を開示したということは玄龍門に居る鼠は見つからないと睨んでいるか、あるいは既にそこにはいないかのどちらかなのだろう。

 ただのブラフで装置が仕込まれているだけの可能性もあるから考えるだけ無駄だ。デスクに手紙が置かれるぐらい、山海経のセキュリティはガバガバなのである。

 

「はーやだやだ。大人って生き物に対してはどうしてこうも口が軽くなるのかな」

「ふむ。そこにもテクストの影響が――」

「――あ、そういうのいいよ。面倒くさいし。あ、そういえば先生が空の上から戻ってきたときのことって、何か知ってる?」

「それであれば、黒服から情報の共有を受けている。先生は――」

 

 

 異形との会話を終えて執務室に戻ってきたシラセは、一通りの情報収集が終わっているのを確認して席に着く。潜入中の部員も含め、方々から情報を集めて上がってきた情報を見て、シラセは腹を抱えて笑い転げた。

 

「あはははは! なんでこれがホントなんだよ!」

 

 曰く、レッドウインターでこの記事が書かれたのは、流れ星を観察しようと望遠鏡を覗いていた生徒からのタレコミがあったからだったらしい。

 その内容は先程壊れ損ないの人形から聞いた内容と一致していて、その内容が限りなく真実に近いことを証明していた。

 そしてトリニティで当時作戦に参加していた補習授業部の生徒――シラセはどういうこと、と思ったが無視して読み進める――に話を聞いたという報告では、地上で待っていた生徒たちの元に先生が戻ってきたときの状況が詳細に記されていた。誤字脱字が妙に多かったため、恐らく必要以上に刺激的な伝え方をされたものと想定される。あとでフォローしておこうとタスクを作るのを忘れない。

 結局、様々な調査結果が示すのは先生の衣服が大気圏で燃え尽き、地上に辿り着いたときには全裸で疾走して皆の元へ戻ったという話が、概ね事実に違いないという現実だった。

 タブレットを抱えていたという話もあるため、恐らくは連邦生徒会長が遺した遺物である『シッテムの箱』とやらに助けられたのだろうと思うが、そんなことはシラセにとってはどうでもいい。

 こんなおもしろ過ぎるネタを手に入れて報道者としての血が騒がないほど、シラセは広報部員の自覚がないわけではないのだ。

 その勢いでシラセが部の全体チャットに送った内容を見て、再び机掃除のタスクが増えた部員がいたとかいなかったとか。

 

 

 先生英雄論。匿名情報の真偽確認を優先。

 拡散用のアカウントで情報拡散を実施。他自治区生徒に扮した部員たちのアカウントで拡散した結果、期待したほどの効果はなかったが先生のイメージの低下には成功。

 先生ってそういうとこあるよね、の一言が現状の先生のイメージを物語っていると言える。

 

 山海経自治区外で萬年参と思しき商品の流通の目撃情報アリ。偽装されてる? ルートの確認を急ごう。




シラセは実はそこまで変わっていないよ、というお話でした。シラセは自分の『できないこと』を切り離したから、『できること』ばかりやるようになって能力が上がったように見えていた。
また、山海経の生徒を信用したわけではなく、自分のことを『使えない』と思ったから他の人を使う決断をしたという点に周囲との見え方にズレがある部分です。シラセがそこを訂正しないのは、その方が部員たちの士気が上がると分かっているから。どこまでも合理主義。

それでは次回、「観光区画拡大要求。門主は判断を保留」でお会いしましょう。
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