こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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初手からほぼ番外編。大きな事件が無い時はこんな風に過ごしていると思っていただければ。
作者はとりあえずミラクル5000をネタにすればいいと思っている節がある。


01.トリニティのミラクル5000。情報に偽りなし。

 情報統制部の部室。

 山海経高級中学校としての部活動の活動時間はとうに過ぎているというのに、情報統制部が保有している建物にはまだまだ明かりが点いた部屋が多く見られた。

 

「ふぃーやっと皆帰ったよー。これで自分の仕事ができるー!」

「みんなワーカホリック気味だからね。情報統制部としての自覚がありすぎる」

「ふっ。我らのようにやる気がない者が余裕そうに見えて昇進する。愚かなシステムよ」

「君の場合はサボってるから管理職にして業務量で圧殺しようっていう判断だったらしいよ?」

 

 情報統制部の管理職の面々は部下からの質問や緊急対応がない終業後の時間にようやく自身の作業に取り掛かる。

 継承システムを見て嫌がるものやその激務を見て辞退するものも多く、情報統制部は慢性的な人手不足である。決定権を持つ管理職の人数も足りておらず、太陽が出ている時間は自分の席に戻れないなんてことも日常茶飯事だった。

 

「お、皆やってるかい? 差し入れを持ってきたよ」

「シラセお疲れ。あれ、その子ってトリニティのとこに潜入している子じゃなかったっけ?」

「そうだよ。ちょっと無理言ってあるものを調達してきてもらったんだよ」

「権力の濫用だー。いけないんだー」

 

 口ではそんなことを言いながら、彼女らの目線はシラセが持ってきた白い箱に向けられている。

 紙で作られたその箱は山海経ではあまり見ないタイプのもの。しかし過去の経験から、彼女たちはそこに何が入っているのか予想することができるようになっていた。

 

「ま、まさかそれは!」

「山海経ではSNSでしか見られない、あのスイーツなのでは!?」

「そ、ケーキだよ、ケーキ。しかも今回はただのケーキじゃない。トリニティで話題の『あれ』を持ってきてもらったんだよ。ね?」

「はい、今回お持ちしたのは――」

 

 ごくり、と皆が唾を呑む。

 彼女たちの業務にはSNSの監視も含まれているため、世間で話題になっているスイーツの情報も入ってきている。

 先代まではそれを指を咥えて見ているだけで、レビューの情報などから判断を行っていたのだが、シラセが部長になってからは「実際に食べて見ないと判断も難しくないかい?」ということで各校に潜入している部員に調達してもらって実食する機会が設けられるようになっていた。

 最初は伝統ガーとか持ち込むのはちょっと問題があるのデハーとか文句を垂れていた幹部たちだったが、シラセが実物を口に突っ込んでやれば閉口した。共犯になってしまったというのもあるが、単純に普段山海経では食べられない味付けやスイーツのおいしさの暴力に屈したのである。彼女たちが外部の情報と接し続けていて、玄龍門の役員たちほど凝り固まった思考になっていないというのも彼女たちがシラセの行動を許容した理由の一つかもしれない。

 

「――トリニティの伝説のスイーツ、ミラクル5000です!」

「あの個数限定発売の!?」

「すごい、よく買えたね」

「まあ人数分は用意できなかったから、皆でつつく形にはなるけどね。でも、一口だけでも食べてみたいでしょ?」

 

 ミラクル5000。それはトリニティ生でも食べたことのある生徒の方が少ないとされる伝説のスイーツである。

 それがいま、自分たちの前にある。

 久々の外部の甘味に目を輝かせる彼女たちの前で、箱を机の上に置いたシラセがその姿を皆の前に引き摺り出す。

 

「なるほど、見た目は思っていたより普通?」

「でもなんかちょっと特別感を感じる気もするかな?」

「我らに相応しい特別な逸品と見た」

「でもこれはパッと見て一目でミラクル5000だってなりはしますね」

 

 彼女たちはまず観察から始める。

 あくまでもこれは業務の一環であり、決して私利私欲のための贅沢ではないのである。追及されたときの逃げ道を作っている部分もあるが、彼女たちは職業病か日々の生活の中でもこういう観察をしてしまうことがあるので、割と普通に素でやっている部分もあった。

 皆がその見た目をその頭とデータに叩き込んだところで、シラセが包装のフィルムをくるくるとフォークを外す。皆がフィルムについたクリームに勿体ないと言わんばかりの目を向けているのに気が付いた彼女は、少し迷ってから言葉を吐き出す。

 

「行儀が悪いけど、うーん、まあいっか。欲しい人、いる?」

 

 その言葉に、視線での牽制が始まった。

 行儀が悪いのは理解しているので躊躇する者。自分が半分で、そっちも半分と視線で協定を交わそうとする者。真っ先に手を上げるのは恥ずかしいから誰か先に手を上げろと全体に念を送り続ける者。

 そんな不毛なやり取りを管理職が続けていると、おずおずと今回トリニティからミラクル5000を買って持ってきた部員が手を上げる。

 

「あの、貰ってもいいですか? いつもトリニティだと()()()()()とか言われて、そういうことなかなかできないので……」

 

 管理職の面々は瞬時に視線で意見を交わし、そして満場一致でフィルムをトリニティからミラクル5000を運んできてくれた潜入部員に渡すことが決まった。

 確かにそういう雰囲気があるとやりずらいよね、なんて考えながら、シラセは皆が見ていないうちにスッとミラクル5000にフォークを入れる。思ったより柔らかくて崩れそうだなという印象を受けたので途中でフォークを止め、そのままそこまでの部分を流れるような動作で口に運んだ。

 

「ああ! 部長が一人で食べ始めてる!」

「ずるいぞシラセ!」

 

 見つかったシラセは群がってきた彼女たちに席を明け渡し、チロチロとフィルムを舐めている今回の立役者の隣に移動する。

 頬にクリームを付けている彼女を見てシラセが「これ使う?」と自信が先程ケーキを食べるのに使ったフォークを差し出せば、一瞬の沈黙の後に彼女はフォークとシラセの顔を交互に見て、そしてボン、という音がしそうなほどに唐突にその頬を紅潮させた。

 大丈夫ですッ!? と固辞するその部員を見てシラセはそっかと言いながらその頬についたクリームを指先で掬い取る。そのまま指先についたそれをペロリと自分の口に含むと、やっぱり自分にはちょっと甘いかなーと感想を巡らせた。

 

「あ、あ、あ、あぅう」

「あれ、どしたの?」

 

 壊れてしまったかのように目をぱしぱしと瞬かせて震える彼女を見て、シラセは本当はフォーク使いたかったのかな、なんて的外れな感想を抱く。

 シラセは基本的に顔が良い。男性に好かれるというよりは女性から好かれるような顔立ちをしている彼女は、平気でこういった振舞いをするせいで度々周囲を限界化させていた。

 

「うわー部長またやってる」

「間接キスを気にしない愚か者に鉄槌を」

「これこれ、やっぱこれよ。ミラクル5000の糖分と合わさって疲れ切った脳が回復する―」

 

 彼女が部長に推されたのは、一部過激派が先代にゴリ押ししまくった部分もあったりする。

 年下の顔の良い上司の行動に赤面する年上の部下の絡みを見たかったと供述する一部の生徒は、もっと軽率にそういうことをやれと公言してやまない。

 ただ最終的に先代がシラセを選んだのは単純に業務能力と周囲とのコミュニケーション能力を加味した適性の問題によることが大きい。別に本人が周囲からの妄想の垂れ流しにアリだな、と思って私情が混じったとか、そんな事情はないのである。

 

「全員一口はもう食べたかな? じゃあ最後は君だけだね。ほら、あーん」

「あ、あーん」

「どう、美味しい?」

 

 あ、おいしい。頬を赤く染めていた少女が目を瞬いて素の反応を零したことで、提案して良かったなとシラセは頬を緩める。

 次の瞬間に自分がフォークを持っていないことに気付いた少女が彼女の後ろで再び湯気を出し始めるのに気付かず、シラセは平然と部員の口に突っ込んだフォークをそのまま使ってもう一口を自分の口に放り込む。

 材料はあれとあれと、この味は判らないな、と口の中で言葉とミラクル5000を転がして、シラセは手元のメモに自分が判別できた素材を記していく。

 

「これ、一応わかる範囲で材料とやってるっぽいこと書いたからお菓子作り好きな子に渡しておいてくれる? あ、一応社外秘ね。バレたら私吊るしあげられるから」

「シラセのその判別能力は何なの? かといってあんまり旨い不味いは感じないみたいだし」

「さあ、いつの間にかできるようになってたけど理由は(わか)んないね」

 

 シラセは食べたものの材料や調理法を判別することができる。

 無論、レシピまでもが浮かんでくるわけではないのでそれだけで再現ができるかと言ったらそんなことはないのだが、しかし材料が分かれば経験でどうにかうまく纏められることもあるので、度々こうして書き出した材料を欲しい人に渡しているのである。

 そんな技術があるのなら料理の方向に進めばいいとシラセは耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされたものだが、シラセとしてはあまり食に関心がなかったために現在の道を歩んでいる。

 彼女が何かを食べたときの感想が「○○の味がする」でその八割以上を占めていることを考えれば、彼女の判断にも理解ができるというものだろう。

 

「さて、食べてみたけどどうする? 前は実食できなかったから保留にしてたけど、ミラクル5000の情報は山海経に流していいと思う?」

 

 綺麗さっぱり平らげられた残骸を片付けつつ、シラセは部屋の中にいる面々に問いを投げる。

 今までのスイーツを楽しむ少女の顔から情報統制部の部員の顔つきに戻った彼女たちは、少し考えた後に全員が同じ意見を口にした。

 

「シャットアウト、ですかね」

「賛成。ちょっと強すぎて山海経スイーツが危ない」

「時期尚早。山海経に通常のケーキの文化が十分に根付いてから公開すべき情報だと考える」

「でも情報に偽りはないと思うから、いつかはみんなにも知ってほしいかな」

 

 シラセは皆の意見が自分の意見と違わなかったことに笑みを浮かべ、コクリと頷く。

 そうして方針が決まったことで、長らく空欄だったミラクル5000の情報の真偽欄が埋まる。『信憑性:高』から『真』と書き換えられたその情報は、しかしまだしばらくはデータベースの中で眠り続けることとなった。

 

 トリニティのミラクル5000。情報に偽りなし。

 なお、山海経の甘味事情を鑑みて、情報公開は控えるものとする。




情報統制部の制服は玄龍門同様スーツです。
戦闘の必要性がないので基本的に胸部分のベルトがないバージョンをイメージしてください。
なおここまですべて作者の妄想になります。

既に各話タイトルが確定しているので、折角なので後書きで次回予告をすることにします。
それでは、次回「02.玄龍門門主交代。今後の手腕に期待。」でお会いしましょう。
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