こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
山海経自治区、代情シラセの自室は、一年前とはまったく様変わりしていた。
ミニマリストと言っても差し支えなかった
いつからかシラセの一日は、適当に調合して保存しておいた丸薬の味を確かめることから始まるようになっていた。
毒性が抜けていないままのものもあるため味をチェックしたあとはすぐに吐き出すが、いずれ来たる事態に備えるため、丸薬を噛み砕いてそれが何の薬草を使ったものなのかを判別する訓練をしているのである。
「これは、これとこれかな……」
いつも通り書き出して、作成時にメモしておいた番号と照会する。
問題ない。シラセの舌は鈍らない。
しかしその日は、いつもなら感じる感覚が無いことに気が付いた。
「あれ、この薬草を使ってるのに、舌が痺れてない」
慣れてしまったのかと思ったが、そういう類の毒ではないことは把握済みだ。
であれば一体何が原因だと言うのだろう。そう考えて、混ぜた別の素材を確認して、簡単にその素材のことを調査をする。そして見つける。山海経ではあまり取り扱いがない希少品故にあまり混ぜていなかったその素材にも、多少の毒が含まれていることに。
そして、その毒の効果もまた、発現していないという可能性を。
「中和、かな」
シラセはすぐさまブラウザを立ち上げて、文献を読み漁る。
この反応を知っている者はどれだけいるのだろうか。片や山海経特有の植物で、片や山海経ではあまり流通しない別の地域の素材。ましてや毒と毒の組み合わせである。もしもこれを誰も見つけていないのであれば、別の素材で中和する必要がなくなり、それぞれが持つ効能も相乗効果で計り知れないものになる。
一通り目を通して記述が無いことを確認したシラセは、マウスのケージを睨む。
「やってみるか……」
あとでこの発見をサヤにも伝えておこうと思いつつ、シラセは自身の研究メモに実験内容を書き記してから調合を始める。
ケージのマウスたちに比較実験用の投薬を終えたところで登校のリミットを報せるアラームが鳴ったため、慌ててマウスに餌をぶちまけてから、シラセは登校の準備を急いだ。
帰宅後にマウスの状態を確認し、シラセは自身の研究が一つ前に進んだことにほくそ笑んだ。
玄武商会、その一室で、シラセはミレニアム郊外の山脈地帯で採れる食材を手土産に、次の会議への作戦会議を行っていた。
扱う議題は、『山海経の観光区画の拡張に関する提言』である。
山海経は閉鎖的な運営を行っているものの、玄武商会が対応しているように全ての観光客を排除しているわけではない。しかし、その街並みや文化、伝統については閉鎖的故に守られてきたものであると評価されている部分があるのも事実であり、一概に観光客へ開放することが良いことだとは言いきれない。
だが、そうだとしても現状では自治区の運営が袋小路に辿り着くのも時間の問題だ。
山海経は取れる素材も豊かな地域ではあるが、しかし一部の職人を除いて技術力は他自治区と比べると劣っている部分が多く見られ、内部産業だけでは運営が回らなくなってきているのである。
それでも伝統や文化への対応という点で転入者を増やすことについて慎重になってしまうのは頷ける話ではあるのだが、少なくともインバウンドを増やしてお金を落としていってもらわないことにはかなり厳しい状況になっているのも確かなのだ。
「玄武商会側で、この地域の案内や警備の強化は大丈夫だよね?」
「問題ないと思うよ。けど、玄龍門側が自分たちでやるって言わないかな?」
「言うと思うよ。でも、人手が足りないし最終的には玄武商会に任せるんじゃない」
「本当にそうでしょうか? 玄龍門のいつもの様子を見ると、無理やり人員を割いて手薄な警備になりそうな気がして……」
今回、重要文化財の周辺を外部に開放するに当たって警備周りの問題が出ることも考慮し、玄武商会でその辺りを一任されるレイジョも会議に参加することになっている。
玄龍門への当たりがキツいのは仕方がないと思いつつも、玄龍門の対応の杜撰さには辟易する部分もあるため特にシラセも口を挟まない。
「その場合は逆に言い出しっぺの責任を取らせるようにキサキ先輩に誘導してもらえばいいんじゃないかな」
「ですが、その場合だと何か問題があった場合に玄武商会に非難が集中してしまいます」
「まあまあレイジョ、その場合はこっちに振った玄龍門に責任追及が行くように誘導すればいいでしょ?」
そんなこんなで作戦会議は進み、広報部の代表としてシラセは玄龍門との会議に臨む。
玄武商会に魂を売った裏切り者だの何だのと玄龍門から声が上がるが、元々広報部ないし情報統制部は都合がいいから玄龍門の下部組織の立場を取っているだけで、その権限については完全に分離しているのだ。どんな立場を取ろうと、玄龍門からとやかく言われる筋合いはない。
そして作戦会議通りに会議は進み、あとは最終決定を待つのみとなったところで、他ならぬ門主であるキサキから待ったが掛かった。
「諸々、皆の意見は把握した。結論については一旦妾の方で預からせてもらうとしよう。下した沙汰は追って妾から皆へ連絡する。それでよいな?」
門主の言である。否は言えない。
玄龍門員も含めて上手く流せたと思ったのだが、どうにも思い通りには行かないものだ。皆が激流のように流れていく中でもその流れに逆って手を止めることができる、その冷静さがキサキをその座に座らせた最大の要因であろう。
号を掛ける側がストッパーを兼ねている組織ほど、馬鹿げたものはないとも思ってしまうが。
自分たちも似たようなものではあるが、シラセはキサキに同情するほかない。
「相変わらずの手管じゃの、シラセ」
荷物をまとめて戻ろうとしていたところで呼び止められ、シラセは足を止めて振り返る。
その表情を見て少し長くなりそうだと判断したシラセは先に行ったルミたちに手を振って解散の合図を送り、改めてキサキの方へと向き直った。
「キサキ先輩には負けるけどね。ファンクラブも相当規模が増えてきてるじゃん」
「末端までは面倒が見れなくなっておる。組織が大きくなるのも考えものよ」
「下を見ようとしすぎて、手許が疎かにならないといいんだけどね」
シラセの言葉に目を細めたキサキは、しかし追求することはやめたのか一度瞼を閉じて自身の眼差しを元のものへと戻す。
そして元々聞こうと準備していたのだろう。
シラセに対して全く表情を読ませないように固めたまま、情報統制部の変化について意図を問うてくる。
「ああ、そのこと。そういえば説明してなかったね。僕の体力的に厳しいから、分散することにしただけだよ」
「ではなぜ、いま始める? お主が任に就いてから一年、ちゃんと回っておったろう」
「今年に入ってから、いろいろ大きいことがあったでしょ? そのタイミングでいろいろやっぱりボロがでちゃってさ。あのぐらいの事件が頻繁に起こるとは言わないけど、どの任期にも一回は起こってもおかしくないし、破綻しないようにと思ってさ」
見定められているのだろうな、とシラセは思う。
それを悟らせるような素振りがないということは、逆説的に考えてキサキが本気でこの件について思案しているということを意味するのだから。今まで疑念をぶつけてきた時とは本気度が違う。取捨選択をされる土壇場にいる。
だからこそ、シラセも努めていつも通りを貫き通す。
折角やったことを首を挿げ替えられて元に戻されたら面白くない。
そんなことを考えて気を張っていたからか、シラセは胸に違和感を覚え、咳き込んでしまう。口を押さえたその隙間から見える色に手のひらを隠したまま腕を降ろし、そのまま握り込んで開かないようにする。
「どうしたシラセ、体調が悪いのかえ?」
「ん? ああ、最近ちょっと風邪気味でね。きっと激務で免疫力下がってるんだよ」
「先程業務量を減らしたと聞いたような気がするがの?」
キサキの気配が少しだけピリッとしたことを察したシラセは、守りに入れば旗色が悪くなると判断して、逆にキサキのことを問うてみることにする。
「私なんかよりさ。サヤから聞いたよ。キサキ先輩、動けなくなってきてるんでしょ?」
「心配されるような程でもない。お主は自分の立場を心配するべきじゃな」
「そう? 無理をするな、っていうのは無理かもしれないけど、倒れない程度にね」
そんな軽口を返せば、キサキは患者の容体について平然と口を割ってる主治医に対して肩を落として見せる。
一応他言無用であると伝えられているから本人以外には言っていないと断りを入れつつ、周囲に耳を立てている者がいないかも確認をしておく。
キサキもそんなやり取りでこれ以上の追求は無用と判断したのだろう。
下手なことはしないようにと再三刺されている釘を刺してからその場を離れていく。
シラセも玄龍門の建物を出て少ししたところまで手を丸めたままにして、人気のないところでようやくその握り拳を解いた。
「あー危ない危ない。キサキ先輩にバレたらサヤにも伝わっちゃうだろうし、気を付けないと」
自身の体調を考えると、不老不死の妙薬が欲しくなる者たちの気持ちも理解できてしまう。
シラセの場合は申谷カイのように力を手にすることに執心するというよりも、より現実的な解としての効能の方を切望しているのだが。
観光区画拡大要求。門主は判断を保留。
恐らく山海経内の伝統を揺るがす事態と重く捉え、慎重に判断をしているものと考えられる。門主自身の計画していることとの兼ね合いもあるものと考えられ、その最終決定が待たれる。
見つけた。やっぱりそうか。キサキ先輩も気付いたみたいだけど、ルートの方はまだかな? さあ、どう動く。へえ、そっか。ここで先生か。
さあ、そろそろクライマックスへ。スタンスはこのまま原作+オリ展開を駆け抜けます。
それでは次回、「萬年参密輸事件。信用問題のため箝口令の措置を実施」でお会いしましょう。