こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
組織において、最も害となるのは才あるものが動かないことではない。
やる気のある無能がその力を振るおうとすることこそが、組織を、ひいてはそれに付随する組織までもを巻き込んで動乱を引き起こすのである。
今回の場合は組織が連邦生徒会であったが故に、その影響力は計り知れない。
だが、シラセは特段それを問題視してはいなかった。
先生が動いている。自信を新たな連邦生徒会長だと名乗る防衛室長が匿っているSRTの小隊に動きがある今、先生が以前拾い上げたSRTの小隊と共に何かしている現状は、関連性を疑わない方がおかしいというものだろう。
であるならば、遠くない未来にこの騒動も落ち着くはず。
シラセは先生のことを妄信しているわけではない。奇人変人であることは百も承知。だがそれ以上に、これまで積み上げてきた問題解決補助の実績を不動の事実として認識しているだけである。
「というわけで、事が落ち着くまで様子見してるんだけど、別にいいよね?」
「なんでそれをぼく様に言うのだ!? 用がないならさっさと帰ってほしいのだ!」
突然やってきて聞きたくもない近況を報せてくる友人に対して吠えるネズミ耳の少女をどうどうと宥めつつ、シラセは鞄に入れてきた成果物を取り出して用があって来たのだということをアピールしてみせる。
その薬の数々を見て冷やかし(前科複数)ではないと悟って牙を納めたは良いものの、専門である自分からしてみれば大したものは出てこないと高を括っているのだろう。明らかに面倒そうな表情を隠すこともなく浮かべたサヤは大きく息をついて疑問を投げかける。
「散々ぼく様からの声を無視した癖に、今さら一体何が聞きたいのだ?」
その質問に対して、シラセはあははと一つ笑い飛ばして、何が可笑しいのだとでも言い出しそうなサヤの顔を見てもう一つ笑ってみせる。
シラセは自身の体調が悪化してから、サヤとの接触を避けていた。
そういう素振りを見せていなかったとしても、キサキの主治医を務めるほど医療にも精通している人間には自身の不調が暴かれてしまうだろうと考えていたからである。もしそうなった場合、強制的に絶対安静になる薬をぶち込まれても不思議はない。キサキが動いているのを見ればそこまではされないだろうとは思っていたが、情報統制部の変革が定着するまでは床に固定されるわけにはいかなかったのだ。
「この辺は普通に練習で作ったやつ。問題はこの丸薬の反応なんだけど、何か前例とか知ってる? 少しでも情報があると助かるんだけど」
「んン!? な、希少な素材をそんなものと組み合わせたのだ!? 何をしてるのだ!? 勿体ないのだ!」
「そうなんだけどさ、毒性も効能も消えちゃったみたいで、いまいち何に使えばいいのかわからないんだよね。総当たりでやればいいんだろうけど、そこまで数が用意できるわけじゃないからさ」
「当たり前なのだ! そんなもの、もったいなくて誰もやっていないのだ!」
「まあそうだよね。成分的には中和するはずはないから反応して別の成分に変わったんだと思うんだけど……」
シラセは聞き逃さない。サヤは叩けば音が鳴る面白いおもちゃではあるが、どれだけ慌てた状況であろうと、AIのように無意味な嘘を吐くことは少ないのだ。彼女が吐くとすれば、それは優しさゆえの物でしかあり得ない。
さて、サヤの言を信じるのであれば、シラセが見つけた組み合わせは誰もやっていない。それは裏を返せば、新発見かもしれないということでもある。
であれば尚更この反応について詳しく調べる必要があるかもしれないとシラセは思う。
「サヤ、僕たちみたいな人間の中で最後に結果を手にするのは、いつだってあり得るかもしれない可能性に挑み続けた者だけだよ」
その言葉に、サヤが胡乱な目でこちらを睨み、シラセはそうそうこれだよと口角を上げる。
自身の体調の悪化が表面化したのはトリニティへ行く前。ということは、シラセの変化に対してノータッチのままここまで来ているということなのである。
だからこそ以前と変わらない反応をしてくれる彼女は貴重で、意図とは異なるとはいえ彼女を遠ざけておいて良かったなんて思ってしまう。
「お前から道理を説かれるなんて世も末なのだ」
「まあそう言わないでよ。素人の質問で玄人が道が拓けるなんてことは枚挙に暇がないわけだし」
「はあ。わかったのだ。とりあえずぼく様の方でも調べてみるのだ」
「よろしく」
そんな言葉を交わして、折角の機会なので錬丹術研究会の設備を使わせてもらって調合を進めてみることにする。
二人の間に会話はない。勝手知ったる間柄であることもそうだが、元より本来二人とも人と話すことに抵抗はないが、別に話すことを好きだと思っているタイプではない。必要であれば話をするが、そんなことより自分の好きなことをしていたい。
シラセだって本当は――
「シラセ、そっちの素材を取ってほしいのだ」
「はいよ。あ、その機材終わったら貸してくれる?」
「わかったのだ」
二人は同級生だ。彼女が慕う先輩よりも、彼女が主治医を務める患者よりも、同じ時間を過ごした仲である。高級中学校に上がってからは互いに立場の問題もあって時間が取れないが、それでも放課後までは同じ学び舎で授業を受けている。忘れがちだが、彼女たちは間違いなく学生なのだ。
だから、互いの呼吸を理解している。触れて欲しくないなら、触れない。
たとえ体調が悪そうでも声を掛けて欲しくなさそうなら声を掛けないという分別はあるし、必要以上に関わりを持ちたくないという心が見えれば必要以上の接触は避ける。たまにシラセの方から土足で心に立ち入ることもあるが、それはサヤのガードが緩んだタイミングを見計らってのことである。
そうやってお互いに相手のことを慮ってきたからこそ、二人の腐れ縁は途切れないまま。
「……サヤ」
一方から声が投げられる。
「……どうしたのだ?」
どちらも手は止めていない。
「私、味方がいないんだ」
一瞬だけ、鼠色の少女の手が止まる。
「日頃の行いのせいなのだ」
再び手が動き出す。
「いろいろ一段落してさ、もう役目は終えたかなとも思ってるんだよ」
銀色の少女が手を止め、天を仰ぐ。
「あとはこれが片付いたら、もう本格的に私のやるべきことは終わり」
鼠耳がピクリと反応する。
「もしお前が鎖につながれたら、面会ぐらいは行ってやるのだ」
銀髪が前に垂れて、その表情を隠す。
「そう? 嬉しいな」
それが心からの言葉かどうか、ビーカーに落ちたネズ助を摘まみ上げる少女には分からない。
「自業自得だから、可哀想だとは思わないのだ」
銀色の少女が、自身の作業を再開する。
「でも、お前はもっと人を頼るべきだったと思うのだ」
瞳だけが、鼠色の少女の方に向く。
「そうすれば、もっと違う結果もあったと思うのだ」
少女は何も言えなかった。
「ぼく様は、いつだって終わった話を聞くだけなのだ」
二つの視線は、自分たちの手元にだけ落ちている。
「……ごめんね」
心からの言葉だった。
「……許さないのだ」
心からの言葉だった。
「……そっか」
頬を伝った。
「……そっかあ」
零れ落ちた。
「……ごめんなのだ」
それは、いつだったか彼女自身も言った言葉と同義だと理解した。
「……謝らないでよ。悪いのは、私なんだから」
それはいつか言って欲しかった言葉かもしれない。
「当たり前なのだ。全部お前が悪いのだ」
それがちっとも本心でないことは、すぐに分かった。
灰色の少女の胸には、後悔が残り続けた。
連邦生徒会動乱。混乱回避のため慎重に判断。
無事、クーデターは先生の力添えで解消された模様。SRTの復権は厳しくなり、残った兎たちは実質先生の子飼いになったという見方が賢明か。
……はあ、やっぱり案の上か。提案の中に入れちゃったけど、早まったかな。でもさ、カグヤ。君が何か事を起こそうものなら、それもまた伝統の破壊になること、分かってる?
予想外の湿度に作者も困惑を隠しきれません。山海経最湿の座をルミから譲ってもらいましょう。
それでは次回「レッドウインター襲来の噂。玄龍門内部に内通者の可能性高」をお待ちください。