こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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22.レッドウインター襲来の噂。玄龍門内部に内通者の可能性高。

 シラセがキサキにレッドウィンターとの交流会の提案を渡してから、一週間ほどたったある日。

 彼女は執務室で上がってきた報告に対して眉を潜めていた。その報告が上がってくる前に淹れたコーヒーはすっかりと冷え切ってしまっており、関連資料を読み漁っていたシラセがどれだけこの案件に対して注意を払っているかが伺えるというものだろう。

 報告は玄龍門がレッドウィンターとの交流会を計画しているという噂が市内で流れているというものだった。キサキが二回も直々に情報統制部を訪れたこともあって、察しのいい部員は気が付いているが、その内容についてシラセ自身は部員に漏らしていない。

 それなのにも関わらずこういった噂が上がってくるということは、玄龍門内で情報を留めておくような指示が出ていないか、あるいはその言葉を受けてなお市井に情報を流した不届き者がいるということに他ならない。

 基本的には後者であろうことが容易に想像がつくのが、なんとも悲しいところである。

 

「想像以上に漏れるのが早いね……。先輩もあれを受け取ってからすぐ内部に対して準備を始めるように声を掛けたんだろうけど、この速度は流石にあの犯罪者(申谷カイ)の手先が入ってるかな?」

 

 この速度で情報が抜けて行ってしまうのであれば、やはりキサキに対して自分が掴んでいる申谷カイの情報を渡さなくて正解だったなとシラセは自身の判断に安堵する。

 しかしシラセの判断が現状に与える影響は大きくない。

 彼女のしたことは現状を悪化させないというだけの措置であり、現状を好転させるようなそれではないからである。

 危機は間違いなく迫っており、その到来は日ごとに近付き、気配を濃くしている。

 こんな状況で外部の人間を招いていいのか、以前のシラセであれば迷っていたことだろう。

 だが、シラセは既に心を決めている。目的を見紛うことはしない。そのためならば手を尽くす。

 

「やっほー、トモエ秘書室長? この前相談した件なんだけど――」

 

 シラセはもう、一人では抱えない。

 誰かを頼ることに躊躇はない。それが最善の未来への近道であると、知っているから。

 

 

 レッドウィンターの実質的なトップとも呼べる佐城トモエと通信で会話した後、シラセは情報統制部の部員全員に対して一斉に連絡を送信する。

 それはまだ水面下でしか動いていない事態を明確に、そして早急に把握するためのオペレーションの通知。先生に関す情報収集よりも重要度の高い、本格的な情報操作(本領発揮)の作戦を実行すると部員に通達が行われる。

 事実上の緊急事態宣言と言っても差し支えない。

 

「さて、何が釣れるかな?」

 

 作戦の内容は情報統制部が玄龍門と犬猿の仲であることを活かした、向こうからの積極的なアプローチを誘発させるもの。大本(申谷カイ)には通達がいかないように気を付けつつ、その手先(信者)との繋がりを作っておいてその動きを間接的に監視するための施策である。

 申谷カイはシラセとキサキの仲を知っている。故に根本(そこ)に情報が行ってしまえば情報統制部が動いていることが見つかってしまうため、かなり慎重な動きを求められる。

 だが、そこは情報統制部。情報を取り扱うプロである。抜けたところの多い玄龍門の構成員とは違って、間違った解釈を良しとしない。全員の方向性が一致しているからこそ、彼女たちは今までその権力にしがみ付いてこられたのである。

 

「まあだからそんなわけで、あの人に知られちゃ困るんだよ、お馬鹿さん」

 

 そして、大前提として山海経高級中学校は相互監視社会である。

 その土台の上に立つ情報統制部で緊急事態宣言が出されるということは、即ち隣人に目を光らせよということに他ならない。

 そう、ここで言う隣人には、

 

「うちの部にいる人間が、情報を漏らすなんて真似して良いわけが無いんだよね」

 

 情報統制部内の人間も当然のように含まれている。

 その事実は潜り込んだスパイでもなければ知っている共通認識なのである。

 だからこそ、洗い出すのは難しくない。

 

「こんなことをして、許されると思っているのか!?」

 

 情報統制部の地下、資料室とは違う入り口から入る、設計図に示された隠し空間。

 そこには代々の不祥事を起こしてきた部長や情報犯を幽閉してきた檻が存在している。

 檻とは呼ばれているものの、玄龍門のものと違って犯罪者を閉じ込めておくものではなく、情報統制部が独自の判断で選定した人間を外に出さないようにするためのものでしかない。

 故にその内部は山海経内の寮のワンルームと同じような構成になっており、脱走しないように鉄格子ではなくガラス張りで中が見えるような造りになっている以外には特段不自由を与えるような要素は存在しない。手洗いと入浴についても配慮された設計になっており、そこはセンサーでの監視となっている。

 多くの場合では玄龍門に確保されたくない証人を保護するために利用されることが多く、部員以外の情報犯を閉じ込めるのは稀である。

 そして今、その快適な檻の中に新たな住人が追加されていた。

 

「許されるも何もぉ、これが我々の仕事ですからぁ。うちに潜入してるってことは、そのぐらいの危険はわかってたんじゃないんですかぁ?」

「な、玄龍門の管轄にお前らが首を突っ込んでいいとでも!?」

「だからぁ、これは情報統制部(うち)の管轄なんですってばぁ」

「僕たちは山海経内の情報に関する全権限を委任されている。分かる? ()()()、だよ」

 

 そこまでは聞いていなかったのだろう。

 玄龍門については申谷カイもよく知っているだろうが、情報統制部はと言えば彼女でさえ多くを把握することは叶わない領域である。恐らくはその名と表層の部分をさらっただけ。むしろ内部に潜入している分、目を白黒させている子羊(愚か者)の方が多くのことを知っている可能性すらある。

 それを理解したのだろう。自身が藪に腕を突っ込んでしまったことを悟り、部屋の中からガラス越しに吠えていた少女の顔がだんだんと自身の状況を理解して青くなっていく。

 

「後は任せていい?」

「了解ですぅ。一応私もぉ、初級中学校のときは玄龍門で尋問担当だったのでぇ」

 

 その幹部の子に関しては、シラセが情報統制部の先輩から声を掛けられたのと同じく、シラセ自身が声を掛けて情報統制部に来てもらった後輩の一人である。

 高級中学校の玄龍門に必要とされる戦闘時の実力を有していないだろうと判断した部分もその要因ではあるが、ことこの後輩については別の要素における割合が大きい。玄龍門の人間にしては珍しく徹底的に証拠を探して裏を取る性質(タチ)であり、尋問の場に付いた時には有無を言わせず相手を詰ませている。

 そういう部分を高く買って、シラセはこの後輩を引き入れて幹部に推薦した。

 

「いまから幾つか質問をするんですけどぉ、裏は取れているのでぇ、あんまり嘘つかないでくださいねぇ? ――私も痛いことするの、好きじゃないのでぇ」

 

 バチバチとスタンガンを鳴らしながら部屋に入って言った後輩に、やはり敵に回したくないなとシラセは思う。自分のところに引き入れたのは、秘密の多いシラセにとって都合が悪かった部分も多分に存在しているから。

 しかし今はこちらの下だ。敵に回ることは、ない。

 だからこそ、思う。

 

「……私もやっぱり、山海経、か」

 

 彼女が自分のところに居ることを安堵している時点で、間違いなく自分は愚かな小心者だ。

 だけどそれに気落ちしている時間はない。今はただ、目の前の脅威を。

 

 

 シラセはデスクに戻ってすぐに通信の準備をする。

 噂が漏れていることを連絡したら、キサキから今後の方針について協議したいとの通信を打診されたのだ。キサキ側の時間が無いこともあってこの時間しか取れなかったため、シラセは大急ぎで支度を調える。

 

「や、キサキ先輩。調子はどう? って、あんまり良さそうじゃないね」

『最近は少しの。して、先の件じゃが』

 

 話題を逸らすように早速本題に移ろうとするキサキは、シラセの目から見ても明らかにギリギリの状態に見えた。いつも玄龍門で見るような背筋の伸びた姿ではなく、何かに寄りかかるように身体を預けた状態であり、浅く息をしているように見えるのだ。

 顔色だけは取り繕っているのかもしれないが、それでも見る人が見れば気付けてしまう。

 こんな状態でまだ山海経のために動いている友人を見て心が揺れるが、しかし主治医であるサヤがドクターストップを掛けていないのであれば自分が口を出すことではないと口を噤む。

 

「さっさと進めた方が良いかなと思って、一応向こうには確認を取って日程の候補を貰った。この三つだとどこがいい?」

『一度持ち帰って、明後日までに検討して返すで問題ないかの?』

「大丈夫だと思うよ。クーデターだらけでどこの予定も埋まってると言えば埋まってるけど、埋まってないと言えば埋まってないみたいな状態だろうし」

 

 その後は交流会の中身について少しばかり議論を重ね、そしてやはり議題は現状の噂の対処に関する話へと移行する。

 

「正式発表を早めようと思ってるよ。なるべく中立の記事にする。憶測で噂が広がる前に、キサキ先輩の姿勢を示す方がいい。それでいいよね?」

『ああ。頼む。どのぐらいまでに公開できる?』

「うちは広報部だよ? 早ければ今日にでも行けるよ」

 

 裏の作業量が多くて忘れがちだが、情報統制部は表向きは広報部なのだ。

 山海経内のニュースやネット記事などの全てを管理している彼女たちが速報性のある話題をキャッチできないわけがない。

 山海経で流していいかどうかの審議が挟まるので他学園ほどのスピードはないが、それでも昼のニュースを夜に公開する程度であれば問題なくこなせるのだ。

 それを聞いたキサキは少しばかり思案して目を画面外に滑らせた後――恐らくカレンダーを見ていたのだろう――視点を画面の方に戻してから口を開く。

 

『では、来週頭に公開でお願いできるかの?』

「全然問題ないよ。でも、発表した後については私にもどうにもできないから、そこの対処については考えておいて」

『ああ、いろいろと迷惑を掛けるな』

 

 準備をしていたからか、キサキとの通信はあっさり終了する。

 特に反対があるわけでもなく、ただ方針を固めて、やることを決めるだけ。

 ビジネスの関係だなあとシラセは思いながら引き出しの中に入れておいた丸薬を口の中に放り込み、デスクの上のマグカップに入っていた水で流し込む。

 シラセの執務室には、寂しそうなキーボードの音だけが響いていた。

 

 

 レッドウインター襲来の噂。玄龍門内部に内通者の可能性高。

 玄龍門内部は既に腐り落ちている模様。これを機に一掃が必要か。エデン条約時のトリニティと同様の雰囲気を感じるも、組織の緩さの影響かあの時ほどの緊張感はない模様。

 

 いい機会だし、この交流会を使って山海経内部の不穏分子を洗い出すとするかな。工作に乗じる形にはなるけれど、カグヤには上手く踊ってもらうことにしよう。




いろいろ詰め込んだせいで内容は薄味でした。
それでは次回、「百鬼夜行の治安改善。正式発表あり。」でお会いしましょう。
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