こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
レッドウィンターが山海経高級中学校の自治区に到着する前日を以て、情報統制部は交流会用に臨時体制での稼働を開始していた。
準備としてレッドウィンター事務局を案内予定のルートには無線の小型カメラを設置して異常事態があればすぐに動けるように準備を進めておく。無論、護衛には玄龍門の執行部がいることはわかっているのだが、申谷カイが何を揺さぶってくるかを考えれば、それでもやはり万が一のことはある。
監視カメラを通して玄龍門の最終チェック――など一切していない馬鹿ども――の様子を見つつ、オペレーションルームの利用方法の再確認を行い、交流会の実施に備えていたのが昨日の話。
段取りの確認やリハーサルの様子が全く見られなかった理由がキサキが交流会の内容を言わなかったからなのか、それとも内容を話して準備を丸投げした結果こうなったのかわからないが、少なくとも碌なことにはならないだろうなという確信があった。
そして迎えた交流会当日。
『部長! 玄龍門の執行部が、門主の言葉を拡大解釈してレッドウィンター事務局の面々を牢にぶち込みました!』
「……うん、見えてる……」
オペレーションルームの大画面には、牢屋エリアへ設置された監視カメラの映像が映し出されていた。シラセが玄龍門の潜入員に念のためお願いしたカメラがまさかこんなに早く使われることになるなんて思ってもみなかった。
行程の途中で玄龍門の誰かが無茶苦茶を言って投獄されてしまう可能性はあると思っていたが、まさか到着早々にこんなことが起こってしまうとは。
「なんだろうね。そんなに国際問題を起こしたいのかな」
他自治区の首脳陣を問答無用で投獄。
三大校相手なら戦争を起こされて潰されて終わりだろう。
今回のレッドウィンターにしても多分トモエは内心ブチ切れてるだろうなと思いつつ、シラセは牢に入れられても慌てこそするものの普段の調子を崩さない連河チェリノの態度にはその評価を改める。
レッドウィンターの心臓は秘書室長だと思っていたが、案外本当に事務局長の方にあるのかもしれない。いや、革命続きで単純に投獄にも慣れているだけかもしれないが。
だがそのどちらだとて、シラセが考えていたシナリオは満たせそうで少しだけ胸を撫で下ろす。
「…………」
「部長、言いたいことはわかるよ」
どうにか既定路線に戻った交流会の肯定を見ながら、シラセは既に疲れ切った目で画面を睨んでいた。
期待外れ。
事前準備のこともあり、シラセの元々玄龍門への期待はそこまで高くなかったのだが、情報統制部の部員からしてみてもその働きぶりは期待を大きく下回るものであった。
すべてがおざなり。
これがレッドウィンターでないとしたら、どんな大目玉を喰らっていたことか。
それすらも理解していなさそうな
これでは先生とキサキが心労で胃に穴が開かないか心配になる。
と、そんなことを考えているうちにキサキはいつも通り倒れてしまう。
「……倒れたか。少し動きすぎだね」
「知ってたんですか? 門主様の容態を」
「当たり前でしょ。僕の親友が主治医をやってるんだから」
その言葉に、部下が目を瞬いたことにシラセは気が付かない。シラセは基本的に自治区の人間に対して自分を並べられることを嫌うのに。それは彼女の態度が変化したエデン条約以降でも変わらないというのに。
竜華キサキが倒れて先生に運ばれていくのを見て、シラセはあまりにも動じていない。それは倒れたことが予想の内だとしても、その容体を案じないことには繋がらないはず。それはキサキ自身が倒れることで彼女の私室の中で先生と自身が話す機会を作ったと理解しているからであろう。
自身の虚弱さすら使って強い自分を弱く見せる。あるいはその落差を見せることで情を誘う。
その手錬は衰えないなと思わずはいられない。
しかし、その巧みさと相反するような動きの拙さを見せる玄龍門に対しては、やはりどうあっても擁護はできそうにない。
「これでよく
「
それは、本来であれば口にしてはいけないはずの言葉。
しかしこの交流会を画面越しに見ていたオペレーションルームの面々はそれを諫めようにも言葉が出てこない。だって、自分がそれを僅かでも感じなかったかと言われれば、嘘になるから。
そうな軽口を叩きながら隔てられた私室での二人の密会の中身を想像しているところに、緊急の報が飛び込んでくる。
『部長! カグヤが門主様に対して新たな京劇の連絡を行いました!』
「はいはい。まあ、変な練習してたしね。馬鹿なことを考えたもんだよ」
レッドウィンターのトップの前でクーデターモドキなんて、朝の挨拶にもならないでしょ。
そんなシラセの言葉通り、カグヤの
その行動は見世物の一つとして受け入れられ、つつがなく交流会の日程は進んでいく。
しかしそれは上辺だけを見た際の話でしかなく、山海経の内部には無視できない
交流会の全行程を終えたレッドウィンター生が帰り支度を済ませ、見てるだけでもこちらが暑くなるような分厚い制服を着て並んでいる。
シラセはその横を通り過ぎて、事務局の面々が出てくるのを待っていた。
五分もしないうちに、レッドウィンターの心臓たちが見送りの生徒の深々とした礼を背に建物から出てくる。やはり山海経内でその制服姿は堪えるのか、シラセが持ち合わせない周囲長を抱えている者たちはその額に汗を浮かべているのが見て取れた。
「お見送りありがとうございます。
「行程中は玄龍門に任せきりだったし、最後の見送りぐらいはね」
こちらに気が付くなり声を掛けてきたトモエに対して、気にするなとひらひらと手を振ってシラセは言葉を返す。
こうして面と向かって話すのは二回目。トリニティから帰った後のシラセにしては珍しく、自らの足で掴んできた案件である。一度書面と通信上でやり取りをした上でまだ信用されていないのを感じ取ったシラセが、わざわざレッドウィンターまで駆け付けたのだ。
「あの後、風邪などは引かれませんでしたか?」
「大丈夫だよ。錬丹術っていう薬の調合術があってね。あれで免疫を高めて行ってたから」
まあ、知り合いの薬師には怒られたけどね。
レッドウィンターの面々がチーパオへと衣を変えたように、彼我の自治区の寒暖差は衣類を調整しないことには過ごしずらさを感じてしまうほど隔たりを有している。
しかしシラセは最初から最後まで変わらず山海経のスーツ姿で過ごし、防寒具の一つも付けなかったのだから、それを見たレッドウィンター生の驚きたるやというところだろう。しかしその様を見てこいつは傑物だと一目置かれたことによって今回の交流会が実現された部分もある。
シラセが今回の交流会でチェリノに対する見目が変わったように、彼らも自治区を訪問したシラセを見て山海経のことを気にするようになったのである。
それはシラセ自身も与り知る部分であったので、今回の行程で幻滅されていないか、その印象がどう変わったのかは気になるところだった。
「みんなから見てどうだった? 山海経は」
「先程キサキ門主にも言ったが、目新しいものばかりで大変楽しいものばかりだった!」
「そっか、良い体験になったなら良かったよ」
ちらりとマリナやトモエの方にも目を向けて、シラセはそれが嘘偽りの混じった物でないことを確認する。
その視線にトモエだけは気が付いてにっこりと微笑むものだから、シラセはやはりおっかないと思わずにはいられない。レッドウィンターに足を運んだ時に見たチェリノへの態度からその野心の矛先が今はこちらに向くことはないだろうということは理解していたが、それでも彼女の存在だけはこの交流会の唯一の不安要素と言っても差し支えなかった。
もしも彼女が玄龍門を崩そうとしたならば、この交流会の日数はそれを為すに余りある時間であっただろうから。
そんな思考を回しているシラセの視界に、神妙な顔をした白い
シラセが何か不満点があったのだろうかと問おうと口を開く前に、チェリノはまっすぐにシラセの方を見てその言葉を吐いた。
「だが、少しここの人間は細かいことを気にしすぎる
「滅多なこと言わないでよチェリノ書記長。僕はそんなタマじゃないよ」
「そうか? 案外どうにかなると思うが……」
あんまり立ち話を続けるのも彼女たちに汗を流させるだけだと思い、シラセは話題を切り替えて歩き始める。不手際に関してはチェリノに直々に気にするなと言われたのであまり触れず、しかし会話の流れの中でトモエにだけは謝意が伝わるような言葉を混ぜることも忘れない。
細かいところを気にしすぎる。大きな枠を捉えた言葉だが、あながち間違っていないかもしれないとシラセは歩きながらチェリノ言葉を反芻する。
自分は山海経の生徒の無神経さを、キサキは自身の立場と責任を、山海経の生徒たちは伝統と慣例を、それぞれ必要以上に気にしすぎてしまっているのかもしれない。そして、それは蓮河チェリノという外からの目で見たときには『細かいこと』でしかないのかもしれない。
その才を見抜いたトモエの審美眼に心の内で賞賛を贈りつつ、シラセはレッドウィンター生を見送ったのだった。
交流会の実施と演劇部の謀反。交流会は成功裏に終わる。
レッドウインターは期待通りの影響をもたらし、京劇部の謀反を無事に返り討ちとした。交流会時に大好評だったキサキ人形についてもその制作方法の共有を約束し、後日山海経内で流通の準備を行う予定。
少し動揺が大きい気がするけど、玄龍門に楔を打ち込むのは想定通り。さあ、ここからが正念場だよ、キサキ先輩。
牢屋にぶち込んだのは普通にスタイリッシュ国際問題だと思うの。ちなみに「スタイリッシュ(stylish)」は「おしゃれ」とか「礼儀や服装が洗練されている」とか「流行りの」という意味なのでこの2つの言葉の意味が同時満たされることはそうそうない。強いて言うなら礼儀を逸しすぎていてもはや笑えるぐらいに突き抜けた国際問題になりかねないこと、と解釈はできる。
それでは次回、「七囚人「五塵の獼猴」の帰還の噂。騒動に備え準備中」でお会いしましょう。