こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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本編は残り4話。加えて後日譚1番外編1の残り6話をお届けします。
前にも書いたけどこの作品はコメディです。


27.広報部長拘束。シャーレ介入もあり一時的な情報封鎖を実行。

 山海経自治区。

 華やかな繁華街から三十分ほど歩いた場所に、シラセの自室は存在する。

 利便性はなく、しかし喧噪もない。自然に囲まれた場所にある、しかし情報統制部の部長という肩書には見合わない古いアパートの小さな寮。新築ボロアパートではない。

 山海経の人間と関わることを嫌がったシラセが選んだ自分だけの空間。

 前部長や部の先輩から何度言われても住み替えることのなかったその自室に、いま、シラセ以外の人間が初めて足を踏み入れていた。

 

「そろそろ来る頃かなと思ってたよ」

 

 月影祭と申谷カイの案件が落ち着いたことで久々に休暇を取ることができたシラセは、ようやく諸々を手離れし、自分の趣味を楽しめる時間を手に入れた。さて何からやろうかと考えていた最中で受け取った、部下からのキサキがシラセの家へ向かっているという報。

 先日自室へ何者かの侵入があったことを考えれば仕方のないことだとは思いつつ、軽く部屋の掃除をしつつ到着を待つ。最低限の掃除と来客用にお湯を沸かし終わって先に手洗いを済ませておこうとトイレのドアノブに手を掛けようとしたところで、来客を知らせるインターホンが鳴った。

 薄い玄関扉を貫通するように少し大きめに「開いてるよ」と声を掛けて、シラセは姿勢を正して扉が開かれるのを待つ。

 そして姿が見えた二人に対して述べたのが、先の余裕ぶった台詞である。

 

「お主の部屋に入るのは久しいのぉ。といっても、この部屋については初めてじゃがな」

「そうだね。先輩が高級中学校に上がる前ぐらいにここに越して、その後は個人的に会う機会も減ってたしね」

 

 そんな軽口を叩きつつ、しかしやはり目線は自然とキサキの同行者へと向いてしまうもので。

 

「初めまして、先生。僕は代情シラセ。玄龍門の広報部長を務めていて、香主と呼ばれることもあるよ」

「おー、この子が! キサキから話は聞いてるよ。こんにちは。シャーレで先生やってます!」

 

 快活に笑う大人の女性に毒気が抜ける。

 画面越しに見ていた姿はもう少し大人びた印象の強い姿だったが、こうして近くで見ると子供っぽいところが強調されて見える。真剣に物事に対処しているタイミングばかり見ていて、こういう普段の所作に注目することが少なかったからだろう。よく笑い、よく動き、ビシィッと敬礼を決める姿は、シラセの先生に対するイメージをトラックが突っ込んできたような衝撃を以てガラガラと崩していく。

 しかしそんな友好的な姿を見せているというのに、アポなしでやってきた用件は十中八九がシラセを捕縛するためである。彼女の隣にいるキサキとの温度差は――どちらも生来のものかもしれないという注釈はつくのだが――もしかするとキサキが何も告げずにここへと足を運んでいる可能性もシラセに予想させた。

 だが、そんなシラセの希望的観測は先生の次の一言によって打ち砕かれる。

 

「いろいろ悪だくみしてるって聞いてるけど、今は何を準備中かな?」

 

 まるで悪戯を企む梅花園の園児のような表情を見せられて、シラセは食えない大人だなと息を吐くしかない。

 キサキからどこまで情報共有が為されているのか、シラセからはわからない。

 だがここに来たということは少なくとも自身がカーテンのフックに設置された小型カメラを破壊するまでの行動、すなわち情報統制部の書類が入ったキャビネットと『雷帝の遺産』を保管している引き出しをチェックしたことは筒抜けである可能性は考慮しなければならない。カメラの位置的に中身までは割れていないだろうと判断しているが、それでもそこにシラセが気にする何かがあると知られてしまった時点でこの展開は避けられなかっただろう。

 それにもかかわらず今日まで物品の移動を試みなかったのは、後々のことを考えて待ち受ける方が得策だと割り切っていたからに他ならない。

 

「ま、こっちに来て座ってよ。ちょうどお茶を淹れようと思っていたところなんだ」

 

 リビングに置かれた三つの湯飲みを見て、キサキはシラセが待ち受けていたことを悟ったのだろう。カメラ越しに見た映像と見比べているのか、一瞬だけ視線を部屋の中に巡らせたのがシラセから見える。

 そしてキサキはカメラにも映っていたであろうシラセの調剤机に視線を止めて、何を思っているのか少しばかり沈黙した。その間にシラセはキッチンへと向かい、既に準備されていたポットに二人の分のお湯を注ぎこんでいく。

 先生はといえば生徒の部屋に入ることはそこまで多くないのか、物珍しそうにうろうろと部屋の中を歩き回っていた。しかし錬丹術の研究を始める前は必要なもの以外はほぼ何もなかった部屋であるからか、あまり若人(わこうど)成分を吸収できなかった先生は若さを求めてキッチンの方へ幽鬼のように歩いてくる。

 

「キッチンも無骨だ。女子高生の部屋じゃないよこれ!」

「特に可愛いお菓子とか家電とかもないですよ。はい、お茶ができたのでどうぞ座ってください」

 

 そうして座ってお茶を口に含み、一息をついてすぐ。

 

「――そこの引き出し、何が入っておる?」

 

 何の余韻もなしに、キサキはシラセへと銃口を向けた。

 銃を抜いたわけではない。ただ、言葉での糾弾を開始しただけ。

 だが、誰にも見せたことのない部屋の中に並ぶ物の中からピンポイントで引き出しを挙げるということは、キサキ側もなりふり構わず終わらせに来ていることは明らかだった。

 二人の間に、これ以上の牽制や駆け引きは不要。

 その状況も想定していたからか、シラセはあっさりと自身の秘密を白状した。

 

「『雷帝の遺産』。いつだったかキサキ先輩が回収を指示してきた『読心装置』だよ」

「……やはりそうじゃったか」

「え、それってヒナやマコトとかが探してるやつだよね? 個人で持ってて危険じゃないの!?」

「『雷帝の遺産』全般に言えるけど、作動させなければ特には害はないよ。オーパーツみたいな性能を有しているから警戒されているだけで、列車砲と違って一個一個はそこまで大した内容じゃないことも多いんだよ」

 

 その高すぎる効果を考えれば、警戒されることに疑問は抱かないが。

 理外の品が多いのだ。シラセが抱えていた読心装置然り、列車砲然り、その効果は到底個人や一学校が有していいような代物ではない。一つ存在するだけでパワーバランスを崩しかねない劇薬。

 だからこそ、シラセはわざわざ手に入れようと試みたのだが。

 自然とシラセの視線は落ちる。いまとなってはただの負債でしかないことが分かっているから。

 ゲヘナ自治区が血眼になって探していることでもう少しプレミアがつくかと思えば、流石にブラックマーケットもゲヘナ、ひいてはあの風紀委員長を相手取るのは嫌だったのか売買には消極的になり、売り捌くことも難しい状況になってしまった。

 結果抱えたままここまで来てしまったのだから、笑うに笑えないだろう。

 

「情報統制部でも、他に持っておる者がいるようじゃの?」

「ああ、そうみたいだね」

「お主からの報告書には雷帝の遺産は全て破壊したとあったはずじゃが?」

「貴重なコレクションを持っておきたいと思うのは、そこまで悪いことかな?」

「ほう、お主はもう少し賢いと思っておったがの」

 

 やっぱりあの子、破壊せずに自分で持ち去っていたのか。

 シラセはいつか雷帝の遺産の破棄を任せた部下の顔を思い浮かべる。最後まで雷帝の遺産を破棄することに反対していたあの子が担当になった時点で嫌な予感はあった。だが、結局上がってきた報告書に判を押したのは自分である。

 あの子の性格を理解していて、その上で目を瞑った。真実を暴くことをしなかった。それは他の立場であれば「知らなかった」と言えば逃れられるかもしれないが、情報統制部という場においては許されない事象である。見逃した時点で自分も同罪であることはシラセも重々に承知していた。

 しかし、それ以上に思うのは。

 

「思ってる以上に調べてからここに来たんだね。これじゃあ隠し事は無理かな」

「ああ、知っておるぞ。公文書偽造の数々を挙げ連ねていった方が良いかの?」

「私が調べました」

「なるほど。そりゃ無理だ」

 

 先生が調査に手を貸したとなれば、それはキヴォトス全域が敵に回ったと同じこと。

 全ての目が先生の許に集約されると思えば、隠し事などしても何の意味もなさないだろう。

 私はそんな万能アイテムじゃないよ! 皆に聞いて回って調べただけだから! と否定の言葉を並べてはいるが、実際はどういう手を使ったのやら。それこそ連邦生徒会長の残したオーパーツを使ってたらこちらではどうしようもない。

 真偽はさておき。少なくともシラセが隠そうとしていたことは、内部(情報統制部)の協力者によって軒並みすっぱ抜かれていること請け合いだろう。

 シラセが見つけた小型カメラは玄龍門の物だった。それも高級中学校の物ではなく、初級中学校の玄龍門がよく使う種類で少し型落ちの品。それが意味することは高級中学校の玄龍門に実技試験で弾かれて情報統制部に来た者が、キサキに利するためにシラセの部屋に小型カメラを仕掛けたということに他ならない。

 

「まあ、証拠品は勝手に回収してもらうとして、面白いものだけ紹介しようかな」

「「面白いもの?」」

 

 先生とキサキが声を揃えてそんなことを言うので、席を立ったシラセは思わずクスリと笑ってしまう。

 しかし歩みを止めることはなく、シラセは床板を軋ませながら己の調剤棚へと辿り着いて、その中から一つの丸薬を取り出した。

 そしてそれを二人へと見せつけて、問いを投げる。

 

「これ、何だと思う?」

 

 突然丸薬を見せられて、先生とキサキは顔を見合わせる。

 知ってる? いや、知らぬ。そんな無言のやり取りを目の前で見せられながらも大人しく待つシラセに、先生はまず大人として確認の言葉を投げることから始める。

 

「え、毒とかじゃないよね?」

「んー、当たらずとも遠からずかな。人体に害がないとは言えないし。実際何人か倒れてるしね」

 

 それで思い至ったのだろう。

 その特徴をよくキサキは知っている。先日彼女が捕らえて矯正局に送り返した、あの七囚人が起こしていた事件と同じものだからだ。

 キサキもシラセが錬丹術を始めた理由が申谷カイが戻ってきたときに対抗するためだということは理解している。だが、それでも彼女が申谷カイを初めて捕らえたときに聞いた、シラセへの伝言が頭から離れていないのもまた事実だった。

 それが嫌がらせでしかないことはわかっているつもりだが、しかしはっきりしておきたいという心があるのも間違いはなくて。

 だからこそキサキの声はいつもよりも強張ったものになっていて、シラセはその一連の思考も読み切った上で行動していた。

 

「……仙丹か」

「正解。付け加えると、申谷カイのレシピで作ったやつだね」

 

 キサキが答えに辿り着くや否や、シラセはその丸薬を自身の口の中へと放り込む。

 判断は一瞬だった。

 シラセにはほんの僅かにキサキが銃を構えるところが見えただけ。それが見えた次の瞬間には、シラセの視界には彼女の自室の天井が広がっていた。

 容赦ないなぁと思いながら、シラセは打ち抜かれた額の真ん中と打ちつけた後頭部の調子を確かめながら上半身を起こす。

 ちらりと瞳だけを二人の方に投げると随分と警戒されている様子が見て取れた。キサキは銃口をこちらに向けたまま目を細め、先生は座ったままではあるが『シッテムの箱』を手にいつでも動けるように気を張っているようだ。

 そんな二人を嘲笑うように、シラセは盛大に()せながら血を吐いて、シラセは「あーつら」と言葉を吐きながら口元を拭う。

 拭われた後に残る口元の血の跡を見て二人が絶句している間に立ち上がって、二人に背を向けて棚の方への向き直る。

 

「まあ、そりゃこうなるよ。人より強くない身体で劇物を喰らえばさ。そもそもがあの人の仙丹はプラシーボ効果が強いしね」

 

 口の中には苦味と血の味が広がっているだけで、全能感もなければ力が沸く感覚もない。

 混ぜ込んだ素材の内容的には確かに身体を丈夫にする効果はあるのかもしれないが、それ以上に身体に害のある素材が多すぎてとてもではないが全人類に服用を勧められる代物ではない。

 申谷カイが(つく)っていた仙丹は、そういうものだった。

 こんなに苦くてこんなに貴重な素材を使ってて、こんなに面倒な手順をこなしている。それで作られた丸薬が、何の効果も持たないはずがない。そういうプラシーボ効果で、彼女の仙丹は成り立っていた。

 シラセは端からただの丸薬だとしか認識していないためか、その効果が薄い傾向にあり、だからこそ毒性の方が強く出てしまう。

 

「キサキ先輩も僕の力は知ってるでしょ。そんなに警戒しなくても、仙丹の効果が『×2(倍増)』だったとしても、元が(イチ)しかないなら大したことないよ。薬っていうのはどこまで行っても自身の持っている力を増やしたり別の動きに使ったりするだけなんだから」

 

 シラセは弱い。

 高級中学校の玄龍門に入れる入れない以前の問題として、現在在籍している山海経の生徒の中で一番実技試験の点数が低いのだ。真剣にやった公式記録が山海経で記録されたワースト記録を叩き出している程度には。実戦なんかしようものなら、その辺の生徒にすら()()()数秒でノックアウトされてしまうだろう。

 そしてそれは、山海経の中では公然の秘密として知られている。

 玄龍門が申谷カイとシラセが接触することを警戒していたのは、シラセがそのコンプレックスを克服しようとするために仙丹作りを引き継ぐのではないかと考えられていたためである。

 シラセが情報統制部に誘われたのもここに原因があるわけだが、初級中学校の玄龍門時代にキサキと仲睦まじい姿を目撃されていたが故に情報統制部と玄龍門の関係改善を願われていた部分も少なからずある。

 業務内容からして戦闘をせず屋内に(こも)れる――激務で外に出る時間がないとも言う――情報統制部の方がシラセに適任だったのは言うまでもない話ではあるが。

 

あの人(申谷カイ)もいろいろ焦ってたんだろうね。間違っていることを理解していて、それでももう引き返せないことも分かってて、それでも認めてくれた先生に簡単に(ほだ)されちゃうぐらいには」

 

 シラセは自身で作った方の仙丹を口に放り込んで、それから先生の方へと向き直る。

 息も整って毒の効果もなくなった彼女はこれで見世物は終わりだとでも言うように、あっけらかんとした様子で言う。

 

「私自身にそんなつもりはないけどさ。状況証拠と物的証拠だけでアウトなのはわかってるからさ。雷帝の遺産もそうだし書類の改竄もそう、悪い大人の人と会ってたし「待ってそれは知らない」、自分の思い通りになるようにいろいろ伝統を無視して無理やり押し通したことも結構ある」

 

 これで叛意が無いって言う方が、無理な話だよね。

 その声色と表情に諦めの感情は見えない。これが当然の結果だとでも言うように彼女は素面で。

 

「僕を捕まえに来たんでしょ? ほら、連れてきなよ」

 

 シラセはそうやって自らを、簡単に諦めた。

 先生とキサキはそのあまりにも潔い申し出に、ただ黙って受け入れることしかできなかった。

 もっとその真意を問うつもりだった。話し合いの中でどうにか落し所を見つけるつもりだった。キサキからシラセは自身の保身のためにいろいろな策を練る生徒だと聞いていたから、そこを崩すための準備もしてきていたのだ。

 だが、シラセだって準備をしている。

 彼女は全部を終わらせる準備をして来た。自分が、未来の情報統制部の部員が頑張らなくていい準備をして来た。

 これまでの部下の失態も改竄も、これまでの悪しき伝統を『彼女(シラセ)が全部悪い』で片付ける準備を進めてきたのだ。

 並べた証拠に「はいそうです。私がやりました」としか返さない人間に対して、取り調べでできることは多くない。ましてや証拠が揃っているのであれば、その証拠があることによって彼女自身が語るべきことを少なくしてしまう。

 自身の要望を通すために何でもする。そう思われている事実を、シラセは逆手に取った。

 相手に準備を入念にさせて証拠を揃えてもらうことで、逆にシラセは何もせずとも有罪(望みのもの)を手に入れる。

 語るに落ちることはなく、ただ彼女が首を縦に振るだけで物語は終わっていく。

 

「あ、捕まる前にトイレ行っていい? 君たちが来るタイミングでちょうど行こうと思ってて、実は結構ギリギリなんだよね」

 

 そんな事を言って笑うシラセに、キサキは歯噛みするしかない。

 こうなったらシラセが譲らないことは、今までの積み重ねで理解していたから。

 そうして、代情シラセは自身の心を語ることなく、地下牢に繋がれることとなった。

 

 

 広報部長拘束。シャーレ介入もあり一時的な情報封鎖を実行。

 部長は抵抗なく自らの身柄を引き渡した模様。裏切り者は発見したが、玄龍門で保護されている様子。

 自分の不祥事をばら撒く準備をしてたみたいだけど、私たちがそんなの認めるわけないじゃないですか。部長がその気なら、こっちにも考えがあるんですからね。

 

 よーし。終わった終わった。これからは愉快な監獄ライフか、それとも落伍者(退学)ルートかな。

 カイもどうにかなったし、次の部長の仕事も楽にしたし、もう仕事なんて辞めていいでしょ。

 えーご飯これだけ? 玄武商会の出前頼んでいい? ダメ? そりゃそっか。




作者にしては珍しく女先生。ゲームよりも若干距離が近くていろいろデカくていいにおいがする。
だから""も付けてないです。また、気付いていた人も少なくないと思いますが、ようやくシラセがクソザコだと明かせました。ガジェット類は彼女の護身用グッズですね。
作者なりのカイ解釈論文は後日譚として来週のカイのミニスト更新前にお届けできる想定です。
それでは次回「広報部ストライキ。情報精査を要求」でお会いしましょう。
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