こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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ちょい長め。


28.広報部ストライキ。情報精査を要求。

 情報統制部にとって、代情(よせ)シラセという人間が代替不可能かと言えば、そんなことはない。

 ただの使い捨ての駒のひとつ。代々連なってきた中で殻を破った唯一であることは間違いないが、それでも執務能力や対人能力で言えば頭一つ抜けていたなんてことは絶対にない。

 首はいつでも挿げ替えられる。

 シラセ以上に上手くやれる人間はいる。それも、シラセが改革を行って動きやすくなった今ならば、シラセ以上の適任はいるはずだ。

 情報統制部の部長という座は、全ての責任を背負わされる外れ(くじ)ではなくなったのだから。

 

「でもぉ、あの人の献身は、同じ世代の私たちが一番知ってるんですぅ」

「然り。我らの部長はあの者以外には務まらない」

「上手くやるとかじゃないんだよ。あの子が僕たちを頼ってくれた。他でもないあの子が。それがどれだけのことか、あの子自身が一番わかっていないんだろうね」

「ぶちょーは昔からそうだよね~。勝手にみんなを救って、勝手にいなくなっていく。今回ばかりはウチらのわがままも聞いてもらいましょ~」

 

 シラセは準備していた。

 自分が捕まった後のことを。情報統制部に迷惑を掛けない形で終わらせる術を、情報統制部が彼女のことを尻尾切りできる手段を用意していた。自分で散々部のシステムを荒らして伝統をかなぐり捨てたくせに、そこだけは律儀に継承しようとした。

 代情シラセもまた、山海経の生徒である。故に彼女もまた、山海経の悪癖を有している。

 今の情報統制部の部員は、間違いなく彼女によって救われたことを、シラセは認識できていないのだ。自分は代替可能だと、他者からもそう思われていると思い込み、自身の存在を軽んずる。

 

 業務が効率化されて、残業が減った。

 残業が減ったことで、体調管理がしやすくなった。

 体調管理がしやすくなったことで、存分にパフォーマンスを発揮できるようになった。

 パフォーマンスを発揮できるようになったことで、休日出勤が少なくなった。

 休日出勤が少なくなったことで、自分の時間を持てるようになった。

 自分の時間を持てるようになったことで、私生活が充実し始めた。

 

 そのどれもが、一年前では考えられなかったことである。

 そしてそれは、地の底で血を吐きながら折れなかった一人の少女のおかげだということを、今の情報統制部の全員が知っている。

 次の世代の部員は、それが当然だと思うだろう。

 私生活と部活動を両立できないなんて、それこそありえないと笑うだろう。

 だが、ここにいるのは、それでも山海経を守りたいと思った生徒たちである。自身の安寧を投げ打ってでも、山海経の安寧を優先した者たちである。

 ここに残っているのは、地獄(デスマーチ)を超えてなおこの場に身を沈めているたちなのだ。

 シラセが動いた理由が例え自分が壊れないようにするためだとしても、部員たちに息継ぎをすることができる時間を与えたのは、紛れもなく彼女の功績である。

 

 シラセの任期は、簡単なものではなかった。

 竜華キサキが掟破りの二年生で門主に就任し、過去に例がない申谷カイの退学処理の実行。雷帝の失脚、連邦生徒会長の失踪、シャーレの設立、エデン条約調印式の大事件、色彩の嚮導者(プレナパテス)の襲来、申谷カイの復讐劇。

 それに加えて彼女自身が初級中学校時代に親しくしていたはずの竜華キサキとの対立もあり、業務量と精神的なストレスは相当なものだったはずなのだ。

 空回りしている様も見てきた。飄々としているようで歯を食いしばっていることも知っていた。

 それでも彼女は、何もさせてくれなかった。

 

 そんな彼女を見てきたからこそ。

 情報統制部員(自分たち)にだって、譲れないものはある。

 

「玄龍門執行部がシラセ部長を解放するまで、我々広報部はストライキを敢行する!」

 

 恩人(シラセ)が一人泥に沈んでいくことを、受け入れられるわけがない。

 情報統制部の監視の目は、先生とキサキがシラセの自室へ接近を報せたように山海経全土に渡って行き届いている。

 当然のことだが、シラセが先生とキサキによって投獄されたという事実も目撃されていた。

 そしてそれを見た部員たちに、シラセが準備していた広報部長の不祥事をそのまま公開する気など、欠片ほども存在しなかった。

 そうして選ばれた手段は、山海経で唯一外部の情報を知る情報統制部だからこそ知る抗議方法。

 クーデターではなく、諫言でもなく、自らの要求を通すためだけの行動。

 代情シラセという部長がいる労働環境を求めて声を上げる、彼女たちのための労働闘争(ストライキ)である。

 

「部長を解放しろ!」

「部長はもっと頭撫でろ!」

「執行部は説明責任を果たせ!」

「部長を解放しろ!」

「門主は部長にもっと優しくしろ!」

「部長がいないなら我々は仕事をしないぞ!」

「部長を解放しろ!」

「門主様人形だけじゃなく部長の人形も作れ!」

「部長がいないと作業効率が落ちてるんだ責任取れ!」

 

 無論、ストライキをやっているのは広報担当の部署と一部の有志のみで、他は普通に情報統制部としての裏の仕事はこなしている。Web上では日々新たな情報が発信されるし、SNSや流行りもののキャンペーンの対応など、表向き広報部に関係しなさそうな部分に関しては動かさざるを得ないのである。

 故にそこが動いているから玄龍門も実際には情報統制部が動いていることを確認できるためストライキの声明を無視、とはならない。

 

「広報部がストライキ?だって! 何か仕事しないらしいよ!」

「えー! 今日の番組楽しみにしてたのに!」

「玄龍門が内部分裂? 最近多いね……」

 

 対外的には同じ玄龍門の組織という体を取っている以上、何かしらの反応は示さねばならないのである。

 しかも普段の玄武商会との衝突は個人間の衝突がほとんどだが、今回は組織立った行動であることもあってなかなかに対処が難しい。

 数人の執行部員が六和閣前にたむろする情報統制部員たちをどうにか裁こうとしても、当たり前だが人数の差によってその声はかき消される。そして玄龍門が対処できないうちに野次馬も集まってきてしまって、より声は届かなくなるばかりである。

 そして収拾が付かなくなっていたところに、小さくもよく通る声が一つ投げられる。

 

「何の騒ぎじゃ」

 

 六和閣の主、玄龍門が門主、竜華キサキ。

 彼女の登場で、野次馬はただ事ではないと色めき立つ。

 

「も、門主様! これは、門主様のお手を煩わせるようなことでは……」

「構わぬ、良い」

 

 大声で叫んでいたこともあって、キサキにもストライキと称して声を上げていた情報統制部員たちの要求内容はわかっている。

 しかしシラセを捕らえた理由が理由だということもあって、この場で会話を行うことは得策ではないと判断し、キサキは背後にいた執行部員へ会議室の準備をせよと声を掛ける。

 

「ストライキなのであれば、条件の交渉が必要じゃの」

 

 場所移動の提案をしたキサキに、情報統制部の面々も意図を察して頷いてみせる。

 改めてその場にいた情報統制部員の数を見て思ったよりも多いなと感じたキサキは、用意させた会議室に全員が入りきるだろうかと少しだけ不安を抱いた。

 

 

 

 玄龍門の地下牢。

 シラセが捕らえられているその牢に向かって、コツ、コツとブーツの音が響く。

 サングラスを上げて鉄格子の中を覗き込んだ少女は、目的の人物がだらしなく床に身体を放り出して本を読んでいるのを見て息を吐く。

 玄龍門に潜り込んでいる部員などによって運び込まれたクッションや文庫本などによって牢の中にいるとは思えないほど快適そうな時間を過ごしているシラセに対して呆れつつ、彼女は牢内の友人へと声を掛ける。

 

「随分満喫しているようだな、シラセ」

「あれ、ミナじゃん。差し入れ?」

 

 声を掛けられて、シラセは身体を起こして本を閉じる。

 床に座ったままなのは変わらないが、それでもミナに正対して対話する体勢を取った。それはミナが聞いていた先生やキサキに対する態度とは違っていて。

 だからこそ、その姿勢に対して眉を顰める。

 

「お前と話をしに来た」

「そ、何か面白いことでもあった? それとも愚痴かな?」

「カグヤから、お前が『自分の役目は終わった』と言っていたと聞いた」

「ありゃ、聞かれてたか。なら、その言葉の通りだよ」

 

 ミナには分からない。どうしてシラセがそんなことを言っているのか。話を届けに来たカグヤでさえも分からないと言っていた。

 確かに申谷カイの一件は片付いた。山海経に訪れることが予期されていた未曽有の危機は無事に回避されたと言っていいだろう。

 情報統制部の改革も終わったと聞いている。システムを入れ替え、以前のようなオーバーワークとデスマーチが発生しないような仕組みができたと。誰が頭に立っても大丈夫なような仕組み作りが完了したと。

 だが、それだけだ。シラセ以外の人間は、彼女が役目を終えたなんて言葉に全く以て同意をすることはできなかった。

 だって、シラセにはまだ明確にやるべきことがあるのだから。

 

「本当に? お前の役割は本当に終わったと言えるのか?」

「……何が言いたいの?」

 

 シラセはミナを測ろうとする。

 だが、近衛ミナという人間が腹芸に長けていないことはよく知っている。その言葉を額面通り受け取っていいことはこれまでの付き合いで理解している。

 だが、だからこそ、分からない。

 シラセは本気で、彼女が何を言いたいのか分かっていないのだ。

 そんな彼女に対して、ミナは真剣な面持ちで問う。

 

「わかっているはずだ。今のお前の行動は『山海経のため』ではあるかもしれないが、『竜華キサキ』のためのものではない」

「前も思ったけどさ、玄龍門の君がそれを言う意味、分かってるの?」

「わかっているさ。玄龍門の執行部は、我々は、門主様のためにあるからな」

 

 トリニティでシラセが折れかけていたあの日、ミナは言った。

 的確に、代情シラセという人間の行動原理を見抜いてみせた。

 

 ――お前こそ何を言っている? お前は『玄龍門の門主である竜華キサキ』ではなく、『ただの一生徒である竜華キサキ』のために動く人間だろう?

 

 シラセのことを近くで見ている人間であれば、辿り着くのにそこまで難しい結論ではない。

 だが、それを近衛ミナが言ったのだ。玄龍門に所属して門主を守る立場にある近衛ミナがそれを同志だと言ったのだ。

 それはつまるところ、彼女自身が山海経ではなく『竜華キサキ』という個人に対して仕えていると言っていると同義なのだから。

 だからこそあの日、シラセは声を上げて笑ったのだ。

 

「門主様のためを思うなら、お前は最大限抵抗すべきだ。次の香主が門主様と反りが合うかもわからないまま放り出すのは、本当に門主様のためになるのか? 面倒をよく見ていた後輩が一人罪を背負って消えていくことを、門主様が何も思わないと本気で思っているのか? わだかまりを残したまま勝手にいなくなることが、門主様の心にしこりを残すことになるとは考えなかったのか?」

 

 当ててやろう。お前は門主様から疑われている状況が嫌になって、『ハイハイ全部が自分が悪いですよ』と子供のようにヘソを曲げているだけだ。

 そんなことを、本当に門主様が望むとでも?

 

「…………」

 

 図星だった。

 トリニティから帰ってきた後から張っていた糸が切れたと言い換えてもいいかもしれない。

 大きな事件を終えて、部の改革も終えて、いろいろと軌道に乗ったことでこれ以上頑張る必要性が見えなくなってしまっていた。

 だから、もういい。全部罪を認めてしまえば、頑張れないところに連れてってもらえる。

 そういう後ろ向きな姿勢で、彼女は全てを投げ出そうとして。

 

「それはお前が嫌いな、山海経の生徒と同じことをしていることになるんじゃないのか?」

「……は?」

 

 そこでようやく、シラセが感情をあらわにした。

 明らかに怒りと嫌悪をにじませた、どうしようもないシラセの本心が見えた。

 だからこそ、ミナは言う。

 

「まだだ。まだ終わっていないぞ代情シラセ。お前は自身の感情などに縛られず、お前の任務を最後まで果たさなければならない」

 

 それは即ち、門主である竜華キサキが山海経を卒業して任期を全うするまで見届け、来年の一年生から次の香主を見繕って引継ぎを済ませるまで、今のままであり続けないといけないということを意味している。

 そんなことは面倒で、だが、ミナが言ったような愚か者たちと同じことをしている自分も嫌で嫌で堪らない。

 そんなシラセの表情を認めたミナは、懐から鍵束を取り出してシラセの牢の鍵を開ける。

 

「来い、代情シラセ。そしてその言葉を以て、己の潔白を証明してみせろ」

「……なら、もうちょっと鍵を開けるのをスマートにやってよ」

 

 格好よく決めようとしたミナだったが、シラセの牢に合う鍵が見つからず、鍵束に付いた鍵を一本一本試している。

 そんなグダグダな様子に毒気を抜かれつつ、しかしシラセは大きく息を吐いて、笑う。

 

「わかった。騙されてあげるよ。先生とキサキ先輩のところに連れて行ってくれる?」

「ああ。言われなくてもだ」

 

 そんな言葉を目を閉じながら言い切ったミナだったが、目を瞑ったことでどの鍵までチェックしていたかを忘れてしまう。

 結局シラセが牢から出られたのは、ミナが鍵束を取り出してから五分経った後の事であった。

 

 

 

 ところ戻って、六和閣内の会議室。

 そこにいるのはストライキに参加していた情報統制部員たちと、玄龍門であるキサキと玄龍門の幹部たち、そして先生。

 会議というよりは学級会のような様相になった会議室では、しかし場所を変えて壁を隔てたことによって踏み込んだ話が可能な状況が作り上げられていた。

 

「門主様! 我々は代情シラセ広報部長の拘束について、説明を要求します!」

「代情シラセは山海経に対する重大な裏切り行為が発覚した。故に拘束し、情報精査を行っておる」

「具体的に裏切り行為とは何でしょうか?」

「口を慎め! 門主様に対してお前たちが声を掛けられるような立場にあると――」

「――構わぬ」

 

 頭に血が上りやすい玄龍門員(ファンガール)たちを抑え、キサキはゆっくりと息を吐く。

 そしてぐるりとその場の情報統制部員たちを見渡してから、言い聞かせるような声音で話を進めていく。

 

「代情シラセには複数の裏切り行為や不正行為が見られた。それらを一つ一つ見ていったら、そうじゃの、手続きの間に妾の任期は終わってしまうかもしれんの」

「――ならば、今ここで本人を前に聞けばいいでしょう」

 

 そんなことを言いながら扉を開けて入ってきたのは、近衛ミナ執行部長。

 その突然の登場に全員が固まる中、彼女の後ろにもう一人の人間がいることに気が付いたのは、一番ゆっくりと背後を振り返ったキサキであった。

 

「役者は揃ったようじゃの」

 

 まるでそれが想定内だというように、キサキは玄龍門の部員に指示を出して扉を閉めさせる。

 ミナの後ろから入ってきたシラセに情報統制部員たちが声を上げる中、最も混乱していたのは他でもないシラセかもしれない。

 てっきりキサキの私室や貸し切りの個室などに連れて行かれると思っていたのに、辿り着いたのは六和閣の会議室。キサキと、ついでにいるのであれば先生と話すだけのつもりだったのに、自分の予想だにしない状況が目の前に広がっている。 

 被告人が出てきたことによってまるで審問会か、場の雰囲気だけで言えば学級裁判にさえ感じてしまうような現況に、シラセは呆れかえる以外の反応を示せない。

 

「えぇ……? 何やってんの、みんな……」

 

 山海経の人間が合理的でないことはわかっていたが、それでも情報統制部の不祥事に関する部分は大丈夫だと思っていたというのに、これは一体どういうことなのだろう。切り捨てられて当然だと思っていたシラセだったが、情報統制部の面々がこの場にいる以上は自分の策は果たされなかったのだということぐらいは察することができた。

 そうして説明を求めた部下から返された「ストライキです」という言葉に、彼女の混乱はより深まっていく。

 

「さて、それでは改めてシラセの罪が何であったか、一つ一つ確認していこうかの」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、シラセは理解した。

 これはシラセの自室でできなかったことの焼き直しだ。それが本当にシラセ自身の罪であるのかどうかを(はか)るための、皆が納得する結論を得るための再審(やりなおし)

 その場にいた情報統制部の面々を見てこれから何が起こるか分かってしまったシラセは地下牢へ自ら戻ろうとして、しかし横に並んでいたミナに真剣な表情で引き止められて、ついでに逆側を先生に固められて逃げられなくなった。

 諦めて肩の力を抜いたシラセを被告人として、学級裁判の幕が切って降ろされる。

 

 

 広報部ストライキ。情報精査を要求。

 玄龍門門主である竜華キサキによって審問会の開催が決定。部長権限で消されたファイルのバックアップは取得済みのため、議事録については別紙を参照されたし。




ぐだぐだ審問会、開廷。
それでは次回「情報統制部部長釈放。取引成立と後始末」でお会いしましょう。
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