こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
まず最初に罪状として挙げられたのは、各種経費申請における水増しの報告である。
今年の途中に入ってから倍以上に増えたその経費について、昨年度から今年度初めに比べると大きな乖離があることもあって、水増しがあったのではないかという疑いである。
「あれ、それってシラセ部長が行かなくなったからじゃない?」
「前は部長が言ってたやつを、チームで分担していくようにしたんだよね」
「そっか。前はシラセ部長が一人で行ってたからあんまりお金はかかってなかったのか」
「今は複数チームがいろんなところに行ってるもんね」
そんな罪状があったのかと聞き流すシラセとは対照的に、情報統制部の部員たちは思い思いに自分たちの感想を口にする。
実際、シラセが部の人間を信用できずに自分で調査を行っていた部分を部下に任せることにしたせいで、移動費と旅費の経費が馬鹿みたいに膨れ上がっていた。水増しを疑われるレベルになっていたとは思わなかったが、実はこの部分についてはシラセが一人で行っていたタイミングが減っているだけで、それ以前と同じ水準に戻っただけである。
一つ一つの移動について詰問するも情報統制部の担当の幹部から説明が行われると、最初はヤジを飛ばしていた玄龍門員たちもその理路整然とした受け答えに黙り込むしかない。
「ふむ、では逆に去年のゲヘナ遠征の金額だけ大きいのはなぜじゃ?」
「確か温泉街の調査に行ったことがあったはずだ。温泉についての実地調査だが、まあ我らの慰安旅行のようなものだ」
「ほう。温泉旅行とな。ふむ、当時の激務を考えれば多少の息抜きには目を瞑るべきじゃろうて」
あ、許されるんだ。
温泉開発部の面々と遭遇した温泉旅行を思い出しながら、シラセはこれ自分要るかなと思い始めていた。
分業制にしたおかげで大抵のことは幹部が答えられるようになっているし、細かな部分も当人がいるのかそちらにヒアリングが飛んでいく。シラセが直接応じなければならない場面にまだ一回も遭遇していない。
そんなことを考えていたシラセは突然自分へと目を向けられて背筋を伸ばし、少しばかり嘲りの笑いが起きるも、キサキのけん制によって辺りは静まる。
場が静まったことを確認してから、キサキは次の議題として他校の技術を持ち込んだことに対する疑惑を取り上げた。
「ミレニアムの技術を持ち込み、玄龍門に断りを入れずに水面下でその浸透を進めていたことに対する申し開きはあるかの、シラセ」
「うーん、まあ通信回線とかに関するものだから
シラセは新しい物好きな部分があるが、それを無理やり山海経に持ち込むような意図はない。
景観を損ねる可能性があるし、山海経に必要な発展はミレニアムのような摩天楼を目指すことではないと思っているからだ。
だからこそ景観を維持したまま通信環境の改善が図れる
玄龍門の部員たちもスマホの通信料については思う部分があるのか、そこについてはあまり大きな声が上がることはない。速度制限や一向に終わらないロード時間に辟易しているのは、山海経に住む生徒全員の本音と言えよう。
「ふむ、では、お主の部屋に大量に置かれた機器類はどう説明する?」
「え、あー、あれ。基本的に護身用グッズだよ。ほら僕、あんまり戦えないからさ。表に出ることは多いからシールド展開装置とか離脱用の瞬間加速とか、そう言うの集めるのが趣味になってるんだよね」
「ミレニアムEXPOの視察を私物化したのはどういう了見じゃ?」
「私物化? 遠方から展示会に行くなんてほとんどが観光目的でしょ。技術の導入はレベルが違いすぎて無理なのと、イベント運営とか出店について学ぶべき部分があるって報告書を上げたはずだよ。最低限の仕事はしてるし目を瞑ってほしい所だけどね」
「ふむ。確かに、ミレニアムEXPOで展示されるは最先端の代物ばかり。導入するのに手ひどい反対を浴びるのは確かじゃな。それらを確認した上で自身の目的を遂げた。なるほど確かに最低限の仕事を果たしたとは言えるかもしれんの」
シラセが捕まった後に行われた家宅捜索で、その収納から大量のガジェット類が発見された。
その大部分に爆発機能が備わっていたことでテロ計画があるのではないかと目されたことが押収の原因ではあるが、それがミレニアム生のロマンという意味不明な理由によるものだということを山海経の生徒が理解できる日がくることはないだろう。
シラセが実際に携帯しているものはそのほとんどが自爆機能をオフにしたものであり、メインの機能がシールド発生と加速装置であることがその場の実演で示されたことでこの部分の疑惑についても一旦不問ということになった。
実演をしたことでシラセの隣を固めていた先生の瞳が輝きを放っていたが、加速装置の制御ができずに壁に突っ込んだシラセはミナに運ばれる形で元の席に戻ることとなった。
「さて、では公文書改竄の件について移るとしよう。まずはこの情報の公開範囲の齟齬についてじゃが……」
「あ、それは私のミスなんです! 部長は私のミスを隠すために後から書類を修正してくれたんです! メールとかの時刻も私を庇うために指示を送ったことにしないといけないって」
先生が協力したというのもあってか、大分詳しいところまで調べてきているな、という印象をシラセは受ける。ちらりと覗き見た先生はえっへんという文字を幻視するような自慢げな態度で威張り散らしていたため、文書を読み上げながら責任の所在を奪い合う目の前で広がっている問答の方に視線を戻す。
先程からキサキが改竄の要件を読み上げ、原因となった生徒が声を上げてシラセを庇うという構図が出来上がっている。逆に言えば、ここに来たのは何かしらシラセに助けてもらった生徒が中心ということである。
それを見て隣のミナが大人になったな、みたいな生暖かいような目で自分を見ているのが分かって、シラセは両隣に顔を向けないようにしようと前だけを睨んだ。
そうして何件かそんなやり取りを繰り返した後。
「ふむ。他の案件を聞いても同じような言葉しか出てこなさそうじゃの。ミスのリカバーを正しい手段で修正しなかった。これもほとんどが情報統制部の業務体制の変更前のことで、変更後にはこういったことはほとんど起きていない。これ以上の追求は野暮じゃろうて」
「ですが門主! 公文書の偽造は偽造です! それ自体は罪のはずです!」
「ああ、じゃがその心はどうじゃ。いま挙げ連ねた対象の中に、シラセが叛意を抱いてやったと思えるものは在ったかの?」
「い、いえ、そう言った類のものは、ありませんでしたが……」
残りの案件についても聞き取り調査を行って悪質なものが無いか調査を進めよと指示を出す。
そして、キサキは再びシラセの方を向く。その理由が解らないシラセではない。
使い切った。今この場にいる情報統制部員は、全てもう口を開いた。それはつまり、キサキがこの場にいる全員に役割を与え、そしてキサキ以外の人間から聞けることを聞き終えたことを示している。
だからここからは、シラセの番である。
そんな身構えていた彼女の横から、低く冷静な言葉が飛び込んでくる。
「薬師サヤから聞いた。お前は間違いなく、申谷カイへの対策のために仙丹の研究をしていたと」
「お主の錬丹術は、サヤ――現錬丹術研究会の部長のものとも、申谷カイのものとも方向性が違うと聞いておる。その方向性を、ここで申してみよ。お主の意思を示すのじゃ」
問われ、シラセは考える。
キサキの言の通り、サヤは申谷カイと違う方向性の研究を進めていた。申谷カイの後始末をしていたせいで自分の研究ができていない部分はあるが、他者の幸福のための研究を行っていた。
申谷カイは逆だ。どこまでも自分のための研究。他者を顧みない自己のための研究。
誰もが目的を持って研究をしている訳ではない。錬丹術研究会に入っている者たちだって、全員が全員仙丹を目指しているわけではないはずだ。ただ面白いから。それだけの好奇心で活動している者もいるはずである。
だが、シラセは違う。その立場からして縛られる。
彼女はその言葉を以て、その目的を口にすることを以て、周囲の人間を安心させることを求められている。それが玄龍門と肩を並べる情報統制部の部長という立場にある責任だから。
「最初は申谷カイに対する策のつもりだった。もしもの時は僕が持っている舌で、何が入っているかを明かして、サヤと協力して解毒剤か、あるいは申谷カイが作製した仙丹と同じものを精製する必要があった。だからずっと、材料になるものを混ぜたものを口に入れて、それが何であるかを判別する訓練をしてきた」
「それが、あの部屋の棚にあった数多の丸薬の正体か」
「そう。でもそうだな。その中で目的意識を見出したとするならば――」
――不老不死。
そう口にしたとき、僅か数秒余りの時間だけ、部屋の中から音が消える。
あまりにもあっさりと口にしたシラセの言葉の意味を理解した者は、この部屋の中で最も長い年月を生きてきた年長者だった。
「シラセ、それはカイが成ろうとしていたやつとは別だよね?」
山海経に対する理解が浅いからこそ、他よりも彼女の言葉を重く受け止めることがなかった先生が、シラセに対して問いを投げる。
その声音に疑いや探るような色はない。単純に疑問に思ったが故の質問。
だからこそ、シラセも特に重く受け止めることなく言葉を返す。
「うん。神仙とかそういうのじゃなくて、もっと現実的な、医学的な部分の不老不死を目指したいと思ってる」
「……というと?」
「免疫力を高めて、体の調子を整えて、健康のまま人生の最期の瞬間まで生き続ける。誰もが病や毒に倒れることがなく、誰もが笑って自身の寿命を最後まで全うする。そういう助けになれるものを作りたい」
度重なるストレスによる潰瘍と、短い睡眠時間と栄養失調による全身の軋み、トリニティへと向かったあの頃のシラセは、自身の半身を死の沼の中に沈めていたと言っても過言ではない。
キサキに対して体調を案じつつ、あの頃のシラセの状態はそれよりもずっと限界ギリギリのところにいた。活動時間こそ以前と変わらなかったが、動き続けるという行動自体は一つまかり間違えばそのまま彼岸の向こうへと渡っていてもおかしくない自殺行為を続けているのと同義だった。
だから、シラセが助かったのは、たまたまだ。
申谷カイへの対抗策を練習中に見つけた、新たな素材の化学反応。それが、シラセの病状を大幅に改善するカギになった。新しい組み合わせで見つけた成分は、シラセの中にあった毒性を洗い出し、解消した。
快復後にシラセを診断したサヤは、それを奇跡だと言って憚らなかった。その結果は、もう半分ほど機能を停止していたはずのシラセの臓器が、その動きを取り戻したことを示していたから。
無論、シラセはサヤになぜそんな状態になるまで
取り溢すはずだった命。削られた寿命が戻ることはないが、それでも残された時間は、これに使いたいと思えた。
誰も試さなかった可能性を、誰にも思いつかなかった精製法を、シラセは試し続けるだろう。
全員が天命を全うするまで、最後まで全力で笑えるように身体を調える霊薬を作る。
「それが僕の、錬丹術を続ける理由だよ」
その場にいる人間は、代情シラセという人間のことを知っている。
だが、こんなシラセは知らない。恐らくは、この場にいない鼠耳の少女以外は。
そんな中で、最も早く彼女を受け入れたのは。
「そうか。ふ、なかなかどうして語るではないか。お前が興味を持つのが錬丹術と言うのは意外だったが、なかなかどうしてお前の性に合っているやもしれんな」
近衛ミナ。シラセと同じ学び舎で多くの時間を過ごす、玄龍門の屋台骨。
誰よりも早く彼女が反応したことに、シラセは驚いて彼女の顔を見る。その表情はいつものように
それに対してミナが文句を垂れて、場の空気が弛緩する。
やいややいやと、各々がシラセの理想に対して言葉を吐く。先程までの張りつめていた雰囲気が嘘のように、明るい空気が部屋を満たしていた。
そんな中、ここに来てから初めて見せる自然な笑みを浮かべていたシラセは視界の隅に映ったキサキが未だに目を丸くしてこちらを見つめているのを見て、からかうように声を掛ける。
「どうしたの、キサキ先輩。そんなに僕の答えが意外だった?」
「……そうさな。少し、目を見張るところはあった」
直感で、違うなと思った。
しかしシラセがその答えに辿り着く前に、この場の主は議題を戻す。
「これで、代情シラセの錬丹術に関わる部分については保留として良いじゃろうて。今後
その言葉に、場の空気が引き締まる。
そして議題は、残る最後の罪についての話へと移る。
すなわち、『雷帝の遺産』の所持について。唯一彼女が言い逃れができない、彼女自身の罪。
「さて、聞かせてもらおうか、代情シラセ。お主はどうして、『雷帝の遺産』なぞを手に入れようとしたのじゃ?」
さて、どうするか。
元より玄龍門に渡すつもりで購入したものだと、そう真実を話すべきだろうか。そんな苦し紛れの言い訳とも思えてしまうような理由が、本当に通用するのだろうか。
迷っている間に、シラセにだんだんと視線が集中する。
まさか本当に叛意があったのではないか。そういう疑念と探りの混じった視線だ。慣れていたはずのその視線は、それでもこういう場においては想像以上に精神を削るものだ。
額に汗が滲む。
視線が落ちる。
息が上がる。
手が震える。
顔が、上げられない。
息が、できない。
どうしよう。
「シラセ部長が、玄龍門に対して叛意なんて抱くわけがないだろ!」
視線が、自分の許から離れたのが分かった。
弾かれたように、シラセも顔を上げる。
部員の一人が、立ち上がって声を上げていた。
「だって、だって! シラセ部長は、門主様のことが好きなんだから!!」
そうしてシラセの耳に届いたのは、あまりにもこの場に不適当な言葉の羅列で。
数拍遅れて、シラセは自分の部下が言った言葉に処理が追いついた。
「…………ハァ!?」
それでも口から出たのは、ただただ混乱する彼女を反映した素直な心の内を示す並びで。
唐突に自身の秘密を明かされた当人が目を回している間に、鬱憤が溜まっていたであろう部下たちが声を重ねていく。
「そうだそうだ! シラセ部長は門主様に冷たくされると不貞腐れて無茶言うんだぞ!」
「普段行かない射撃演習場に行ってたの見たよ!」
「あからさまに落ち込んでるときはめっちゃ小っちゃくなってるんだからな!」
「ちょ、何言って――」
「思わせぶりな行動する癖に全然門主様にはアタックしないくせに!」
「頼られたら一日中ニコニコしてたくせに!」
「そんなシラセ部長が、門主様のことを裏切るような真似をするわけがないでしょう!」
何だこいつら。
こんなところに押しかけてまで、こんなことを言うために集まったのか。
そんなことを考えて、しかしそんなことを考えている場合ではないとシラセは慌てて何も言わない彼女の方を見て。
キサキのそのあまりにも変わらない平静さに、シラセもまた平静さを取り戻した。
「もう一度聞く。お主はどうして、『雷帝の遺産』に手を出した?」
今度は、迷いなく答えた。
「玄龍門に渡すつもりだったんだよ。尋問で使えるかなと思って、ブラックマーケットに行った。『読心装置』って呼ばれてるものを入手して、タイミングを見て渡すつもりだった。でも、その前にそういう風潮じゃなくなった。まあ誤算だったよね。まさかここまでタブー扱いされるとは思ってなかった」
「なぜ、調査を命じたときに出さなかったのじゃ」
「逆に出せたと思う? 『ごめんなさい、実は僕も持ってました』って言って、あのタイミングでそれを明かして大丈夫だったと本気で思ってる? どっちもまだ足場が不安定だったあの時期に」
まっすぐに、見つめ合う。
黙ってその真意を探るように、それが本音であるのか試すように。
珍しく、キサキの方が根負けして目を伏せた。この場にいる者たち全員に聞こえるように息を吐き、手のかかる子供を前にしたときのように右手で頭を抱えて見せる。
その所作は審問会と呼ぶべきこの場においては相応しくなく、等身大の彼女が表に出ていることは明白だった。
その行動の違和感に、シラセは目を瞬いて思考を回す。
何か、致命的な見落としがあるような気がした。
そんな彼女に、竜華キサキから問いが投げられる。
「シラセ、妾がどうしてお主を注視しておったかわかっておるか?」
それは、この場で問うにはあまりにもフランクな問い掛け方だった。
シラセは少し迷って、努めていつも通りに振る舞うことに決める。
「……当時の門主から見定めるように言われてたんじゃないの?」
シラセから見て、キサキの行動はずっとシラセを探るような動きが多かったと記憶している。
何かを企んでいるのではないか、何か隠し事があるのではないか、そういう動きをキサキが見せたからこそ、シラセもまた自身の行動に細心の注意を払うようになった。
当時はまだキサキは門主ではなかったから、自分と親しい彼女が命じられてやっていることだと思っていたが。
だがそれではおかしいということに、シラセは未だ気が付いていない。
だって、それであればキサキが門主になった後にもそれが続いているのはおかしいのだ。探ることが目的であるのならば、それを業務として別の人間に行わせるはずである。
だからこそ、キサキはシラセの答えに否を突きつける。
「違う。お主の行動のどこを見て山海経に対する献身性を疑う必要がある」
「……へ?」
「妾が危惧しておったのは、今回のように自分で全て抱えて消えようとすることじゃ」
シラセがキサキを見ていたように、キサキもまたシラセを見ていたのだ。
だからこそ、キサキはシラセがどういう人間なのか熟知している。
「お主は以前からそうじゃ。都合が悪いことは自分一人で抱える傾向があった。そんなお主が情報統制部の部長の座に座れば、これまでの部長と同じように秘密を抱え込んで潰れようとする可能性が高いと踏んでおった。だからこそずっと聞いていたのじゃ」
何か隠していることはないか、と。
それは、立場上直接の言葉にできない部分もあった。だが、伝わると信じていたから、態度で示し続けていた。
だが、シラセはキサキのその無言の訴えを疑念を抱かれているのだと断じて無視し続けた。
「以前のお主なら、妾に軽口として部下のミスをカバーしたことを話したはずじゃ。その際に必要に駆られて少しばかり書類の改竄をしたことも、初級中学校時代の妾たちの関係であれば気兼ねなく話せていたはず」
「だってそれは、キサキ先輩と私はもう玄龍門じゃなくて、玄龍門と情報統制部、だから……」
そう口にして、シラセは気が付く。
最初に相手と距離を取ったのは、自分の方だと。
キサキが当初から隙を見せていたのは、シラセを探っていたからではない。自分は隙を見せているのだから、お前もこちらに隙を見せていいと言う意思表示だったのだ。
それを邪推したのはシラセの方で。立場があると気にしていたのはずっとシラセの方で。
キサキはずっと、以前のような関係性を望んでいたのに。立場が変わっても、自分たちはそのままで居られると信じていたのはキサキだった。
その期待を裏切り続けていたのは。相手のことを信用していなかったのは。
高級中学校に入ってから今に至るまで、シラセの心を蝕み続けていた原因はずっと彼女の内にあったのだ。
その事実に思い至って動きを止めたシラセに対して、人生の先輩から声が掛かる。
「ちゃんと会話しよう。シラセ」
先生にそう言われて、頭を巡らせる。
もし、シラセが香主の座に就いた時にちゃんと話せていたら。足りない言葉を補って、取り繕わなかった彼女にそのことを指摘していたら。
きっと、二人の関係がここまで拗れることはなかったはずだ。
それを理解してしまって、シラセはただ茫然と自身の落ち度に放心するしかない。
彼女のそんな様子を見た大人は優しくシラセに寄り添って、折れないように声を掛け続ける。
「立場もあるから、難しいと思うよ。でもね、やっぱり息を抜くタイミングも必要! 君たちみたいに難しい立場の子たちは、特にそう! ずっと気を張ってたら、やっぱり今回みたいにどこかで糸が切れちゃうからさ」
それをキサキはずっと分かっていた。
シラセが香主になったときから、キサキはそんな当たり前のことに気が付いていたのだ。
それなのに、自分は。
邪推して、不貞腐れて、その意図を考えることもなく、見ない振りをして、向き合うことから逃げ続けていた。
「何やってるんだろ、私。勝手に空回って、……馬鹿みたい」
「お主だけのせいではない。わかっていた。お主がそういう人間だということは、妾も分かっていたはずなのじゃ。それなのに伸ばした手を掴んでもらうことができなかった。お主を信じさせることができなかった」
それはいつか、シラセ自身が口にした悔恨の言葉。
「すまなかった」
それを玄龍門の門主が口にすることの意味を、彼女が理解していないはずもないというのに。
彼女にそれだけのことを言葉にさせて、そしてシラセ自身がさせまいと誓っていたキサキに自分を裁かせないという自分との約束も、既にもう破られてしまっている。
シラセは今まで多くのことを為したのかもしれない。
だが、最も彼女自身が望んでいたことは、彼女自身の行いによって果たされなかった。
「シラセ、今更にはなってしまうが、お主は妾の前で香主であらんとする必要はない。妾と接するときだけはどうか、お主も『ただの代情シラセ』で居てくりゃれ」
だが、ここからだ。
彼女たちはまだ子供で、これからまだまだ取り戻すことができる。
共に歩める高校生活の時間は残り少ないかもしれないが、伸ばされた手を掴む勇気を持つことができたならば、もうそこに味方がいないと嘆く少女はいないのだから。
そうして、肩肘張っていた『情報統制部の代情シラセ』の物語は幕を閉じた。
情報統制部部長釈放。取引成立と緘口令。
定期的な聞き取り調査を条件に代情シラセの釈放を認める措置を実施。不正行為があったこと自体は事実のため、誤認逮捕であったこととして事実には緘口令を敷くことに決定した。
シラセ、お疲れ。キサキの台詞が多いと口調が心配になります。
次回、本編エピローグ。その後カイ論文と夏イベ含めた後日譚を提出して終わりになります。