こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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エピローグ こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。

 代情シラセは釈放された。

 取引条件は年度末まで定期的に門主との聞き取りに応じること。その聞き取り調査の際に嘘偽りなく話すこと。

 早い話が、定期的に門主とデートしろということである。

 

「キサキ先輩。何にする? ()は麻婆豆腐かなって思ってるけど」

 

 トリニティから帰ってきた後のシラセは、吹っ切れた様子がありつつもどこか空元気のような危うさを見せることがあった。自分自身に暗示を掛けているかのような、そんな恐ろしさがあった。

 だが、今のシラセにそれはない。

 ただ純粋に、彼女本来の持ち味である柔和な笑みを浮かべている。

 キサキはそれをシラセが取り戻したことに大きく安堵していた。個人に肩入れするわけにはいかない立場ではあるが、それでも同じ責を負う立場のシラセであるならば、多少の息抜きの時間を共にすることにとやかく言われることも少ないはず。

 特に、今回においては聞き取り調査という名目があるのである。

 この機会ぐらいは存分に羽を伸ばさせてもらおうとキサキは考えていた。

 

「そうさな、では妾もお主と同じものを貰うとするかの」

「珍しくない? 先輩が辛いものを頼むなんて」

「たまにはな。最近は胃の調子も良い。少し刺激を与えるのも悪くなかろうて」

 

 店員を呼び、麻婆豆腐二つと杏仁豆腐二つを注文する。

 同じ卓を囲む二人を見て目を白黒させた店員は、しかしプロとして注文の確認を終えて厨房の方へと引っ込んでいく。

 モノクロコンビの注文取っちゃった! と厨房の方から声が聞こえて、シラセは少しばかり自分たちの印象も改善しつつあるのだろうかと一人考える。

 山海経で、その顔を知らないものはいないだろう二人。最近は初級中学校時代のように二人でいることを目撃されることが多くなった彼女たちのことを、モノクロコンビと呼ぶものもいるのだとか。黒髪、黒の手袋、黒い伝統衣装(チーパオ)の竜華キサキ。銀髪、白い手袋、白いシャツと黒のジャケットを羽織った代情シラセ。

 ただでさえ目を引く二人である。その二人が並べばコントラストが良く映える。最近は冷えてきてジャケットをキサキの方に羽織らせる姿が見られるようになったことで、そのコントラストは増していくばかりである。

 

「そういえば、ストライキの条件会議のときの話じゃが……」

「うぇっ」

 

 あの場で軽く流された話題を掘り返されてしまって、シラセは一気に挙動不審になる。

 この数回全く聞かれなかったのでてっきり忘れられたかと思っていただけに、今更掘り返されてシラセは落ち着きかけていた自分の心が揺れるのが分かった。

 そうして顔を伏せたまま上目遣いにキサキの方に視線をやって、

 

「いや、何その顔……」

 

 キサキが自分を挑発するような笑みを見せていたことで、シラセは一気に冷静になる。

 

「あの日、お主の口からは妾のことをどう思っているか聞けていなかったと思っての。ほれ、聞かせてくりゃれ。お主の口で、お主の意思で。ほれ、ほれ」

 

 煽られに煽られて、シラセはぐぐぐと唸ってしまう。

 変なテンションで煽るキサキを初めて見たような気がする。その表情も珍しくて謎の引力でキサキの顔から目を離せないでいるうちに、シラセはその耳が赤く染まっていることに気が付いて。

 なんだ、そっちも恥ずかしいんだと気付いた彼女は形勢逆転の一手に出る。

 

「好きだよ、キサキ先輩のこと。キサキ先輩が先生に向ける感情には負けるけどさ」

「なっ……」

「いやあほんっとお(ねつ)だよねぇ。先生を誘ってホテルとは、いやはや先輩もやり手だねぇ」

 

 最近のキサキの様子を見ていると、先生に対しておねだりを繰り返す彼女の姿が印象的だ。

 しかし、自治区外とはいえ人の目はある。それに加えて門主が自治区外に出るとなれば、どれだけお忍びだとしても人を付けることを忘れないのが情報統制部流。特ダネを逃すつもりはないし、玄龍門のように抜け出される間抜けばかりではないのである。

 キサキがどこにいるかはいつ何時だろうと把握しているし、面白そうな場面は証拠として写真に残してもらっている。それに加えてGPSもあるため、もし撒かれたとしても追いつける。

 そうやって追った先で甘えている姿を見せられ続けた後に、制服姿のモモトークが送られていることを知ったシラセの脳は破壊された。端末から送信される回線すべてを牛耳っているから仕方がないことであるが、覗き見する奴が悪い。

 

「……はあ。思わぬ反撃を貰ったものじゃな」

「私を煽ろうなんて百年早いよ。こっちは全山海経の人間の弱みを握ってるんだから」

「へえ~。じゃあ私の弱みも何か知ってるのかな?」

 

 そんなことを宣いながら口を挟んできたのは朱城ルミ。

 そちらに顔を向ければ、その両腕には麻婆豆腐が抱えられていて。

 なぜ直々に彼女が運んできたんだろうと思い彼女の後ろを覗いてみれば、こちらを覗き込む複数の玄武商会の生徒が見える。恐らくは緊張や興奮を抑えられない者たちに任せるのは危険だと判断をしたのだろうと納得して、シラセは運んできた器を降ろしたルミの方を見る。

 ルミも先生に対してそれなりに大きな感情を預けているという情報を握ってこそいたものの、それでは弱いなと思ってシラセは彼女の問いに首を横に振る。もっとエグい情報はあるにはあるが、それはこの場で口にするような内容ではないだろうと判断したのである。

 

「おっ、これ私が持って帰ってきたレシピだね」

「そうそう。やっと再現ができたのと、キサキにはまだあんまり激しいのは控えた方が良いかなって思ってね」

「そこまで気遣わなくともよい。ただ、確かにこれは食べやすい代物じゃな。山海経の味に慣れていると少し物足りぬ気もするが」

 

 シラセがミレニアムから持ち帰った観光客向けの麻婆豆腐を食べながら三人で少し談笑する。

 その後はルミが仕事に戻っていって、二人はその後もこれまでの足りていなかった時間を埋めるように言葉を交わし続けた。

 

 

 シャーレの先生とシラセの関係は、他の山海経の生徒と比べると一線を引いた距離感を保ったままの関係性に留まっている。

 それはもしもの時の備えとシラセは言うが、そんな言葉はただの言い訳でしかないと彼女自身も理解していた。

 

「そんなに警戒しなくても、シラセの先輩は取らないよ」

「もう既に取ってるんですよ、この人たらし。その胸で誑し込んだんですか?」

 

 たまに顔を合わせてもがるる、と牙を見せるシラセに対して、先生もあまり踏み込まないようにしているようだった。

 シラセはというと彼我の胸囲の差に思うところがあるのか、体の一部分を見ながらあからさまに悪感情を向けるシラセを珍しがる生徒たちが茶化すのも相まって、両者の関係に改善の兆しは見えていない。

 しかしそういう姿を見せるようになったシラセの状態を、先生は良い変化だと認識していた。

 以前ならばそれを山海経の生徒らしい悪しき部分だと塞ぎ込めていた部分があったシラセが、それを見せることを拒まなくなった。それは彼女が諦めたとも思えるが、しかしその表情を見れば彼女にとってそちらの方が楽であろうことは明らかだった。

 だからこそ、先生はシラセのその態度についてとやかく言うことをしない。

 シラセもそれを理解していて、噛み付くことを辞める気が無い。

 つまるところ、この二人が仲良くすることは土台無理ということなのであった。

 

「あ、シラセも抱きしめてあげようか? キサキとは結構ハグしたりするんだよ?」

「要らないです。そういうのは間に合ってるんで」

「え、間に合ってるって何!? 相手は知らないけど先生そういう関係はよくないと思います!」

「じゃあ生徒にそういうことしてるアンタはもっとダメでしょうが」

 

 やはり裸で生徒の前を疾走する痴女は言うことが違う。

 そんな煽りを先生にぶつけつつ、シラセは先生が来てからの山海経の激動について振り返る。

 シラセ自身が見逃し、許容した部分もあるが、それでも先生の投入は良くも悪くも山海経自治区を大きく動かしたことは間違いない。

 キサキはその身を預ける相手を得たし、サヤやルミだって責任を一緒に負ってくれる年長者の存在に幾らか肩の力を抜ける機会が多くなったように思える。やはり私だけが異質だ。

 使えるものは使った方が良い。頼りきりになるのは自主性を損なうので良くないが。

 

『部長、今部長がいる近くの区画で喧嘩があったみたいです!』

「玄龍門に伝えるよりこっちの方が早そうなのね。おっけー、先生も連れていくよ」

「何々? 私の出番?」

「いいから働いてください、Ms.社畜(先生)

「シラセからの扱いが相変わらずひどいよー!」

 

 きっと、自分が案じるようなことはないのだろうと思う。

 選択こそが重要であるのならば、自分の選択は間違いだらけだと思うから。

 理想(ロマン)を求めず、現実的な未来を模索する自分はきっとこの世界では異物にしかなり得ず、透き通った世界にはその居場所が保証されることはない。

 山海経の人間は愚かである。だからこそ、先人は彼らを守るために情報統制部を成立した。

 けれどもそんなものがなくとも、信ずることで拓ける未来が存在するのだろう。シラセが部下に任せたように。先生がカイの凶行を止めたように。

 

「――おっと。こんなところに綻びが。ダメだよ、出てきちゃ。君の居場所は幽世(あっち)なんだから」

 

 それでも一つぐらいは、自分たちがいることで確実に防げることがあると知っているから。

 シラセは迷わずに前を向いて、自分たちの仕事を全うするのみである。

 

 

 玄龍門の門主であるキサキと情報統制部の部長であるシラセがその仲を戻したからと言って、両組織の犬猿の仲が何もかも吹き飛んで改善したかと言えば、全く以てそんなことはない。

 玄龍門と玄武商会が外部に対するスタンスが原因でどこまでも相容れないように、玄龍門と情報統制部もまた肉体労働と頭脳労働という業務の違いもあってわかり合うことは難しいのだ。玄龍門に実技試験で落ちた生徒が情報統制部入りするケースを引き合いに出して下に見るような言葉を言われ、売り言葉に買い言葉で喧嘩に発展することも珍しくない。

 その度に言われる言葉にも、返す言葉にも慣れてしまった。

 だからシラセはいつものように、玄龍門からの怒りの書面に対して文を綴る。

 

 こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。

 我々は山海経の発展と維持のためにのみ、その力を振るう組織で在り続ける。




メインのお話はこれでおしまい。あと一話を書きますが、夏イベの内容を反映した後日譚です。
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