こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。   作:息抜きのもなか

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後日譚は何にするか決めていなかったですが、夏イベの供給があったのでこちらになりました。
普通に蛇足です。


後日譚 繰り返す。当方に叛意なし。

 避暑。あるいはバカンス。

 情報統制部という社畜(ワーカホリック)を極めた組織に属しているシラセにとって、それは半分存在を忘れていた単語であった。

 そんな状態で部下からの不満の声が上がらないのかと思うかもしれないが、情報統制部の部下も社畜(同類)である。新入生も年度始まりの連邦生徒会長失踪の折に地獄(デスマーチ)を経験して休暇の存在を忘れ去っていたために、そんな声が上がるはずもなく情報統制部は仕事漬けの夏を受け入れる準備が万端であった。

 それ故に、ルミから突然そんな言葉が飛び出してきた際のシラセが数瞬の間その単語の理解に手間取ったのは仕方のないことであったと言えるだろう。

 

「あ、夏季休暇。なるほど、そういやそんなものもあったね」

『えぇ……? そんなものって、えっと、大丈夫?』

「心配しなくても、今までが激務だったから忘れてただけだよ」

『それを心配してるんだけど』

「今年からは取れるはず。それで? なんでいきなりそんな話に?」

 

 キサキを休ませたいから、協力してほしい。

 シラセの要らぬ発言で少しばかり電話先のルミの声が戸惑いを孕んでいたが、それでも彼女は自分の要件を淡々と述べた。先生とキサキと会っていて、どうにか二人を巻き込んで夏を満喫させる方法を考えていたらしい。

 そこで白羽の矢が立ったのが、最近玄武商会が投資していた自治区外の観光地。

 過去に例がない投資のために、査察という体で滞在できないかという策を考えたようだ。

 

「わかった。じゃあちょっと一芝居打つとしようか」

 

 そうして呼び寄せた面々を巻き込んで、キサキ一行のバカンスが決定した。

 シラセは自分が留守番を任されたことに不満だったが、自分が行ったらそれはそれで拗れそうだと思って今回ばかりは引き下がることに決めた。

 護衛役のミナに盗撮用の小型カメラを預けて。

 

 

 そして迎えたバカンス当日。

 水着に着替えた面々のスタイルに嫉妬したり、お子様のココナに癒されたりしながらリモートで監視をしていたシラセだったが。

 

「うっわ。キサキ先輩がすっごいメス出してるぅ」

 

 先生とキサキの蜜月を見せつけられて泡を吹いていた。

 わざと真っ直ぐに川に向かわずに先生に声を掛けられるまで待つ策士っぷりに舌を巻いただけでなく、弱みを存分に見せつけておんぶされる(甘える)その姿で既に致命傷。

 普段の有能(シゴデキ)との釣り合いを取らんとするカナヅチまで披露したのには、それを知る数少ない人間であったシラセにとって自身の優位性がガラガラと崩れていく音が耳に届くようだった。

 

「なんか嫌だ~! 寝取られだ~!」

 

 寝たことないけど。

 そんな戯言を吐きつつも見守っていたシラセだったが、年齢相応に(はしゃ)ぐココナはともかくルミやシュンまでもが羽目を外して先生に抱き着いてじゃれているその姿にモニターの電源を落とすことを決める。

 普段から見ている同級生たちが一人の大人に誑かされている姿を直視し続けられるほど、シラセも大人ではないのである。

 

「どいつもこいつも自制心はどこに置いてきたんだよ! 私とミナ以外先生に完堕ちしてない!?」

 

 ミナの「私も水着を」発言にお前はそこでちゃんと最後まで護衛を続けろと毒を吐き、シラセは自分の仕事へと戻る。

 これ以降のバカンス組の様子は絶対に確認しないと心に決めてPCと向かい合ったシラセの画面の隅に、上がってきた緊急の連絡が目に入る。

 何か新しいニュースでも入ってきたのだろうかと思って開いた連絡は、教官不在となった春原姉妹の担当学級の生徒が脱走したという比較的問題だらけの内容で。

 なんだそんなことかと流しかけたシラセは自身の理解が追い付いてからもう一度画面を睨む。

 

「はあ!? 梅花園の生徒が脱走!?」

 

 一週間というそれなりの期間の滞在であるから起こるだろうと思っていた事象ではあるが、しかし痺れを切らすのは三日目ぐらいからだと高を括っていただけに、初日からアグレッシブに動く子供たちに頭を抱えた。

 部下たちに監視カメラの内容を照会させるとともに玄龍門に人を動かすように連絡を入れて、これで大丈夫だろうと息を吐いたところに、再び緊急の連絡が届いたのが見えた。

 玄龍門と玄武商会にはそれぞれ潜入している部下たちに策を預けたため、ここの組織間の問題は起こらないだろうと思っていたシラセの目に入ったのは、今しがた『ない』と切り捨てたはずの両者の衝突を報せる内容で。

 

「玄龍門と玄武商会が衝突!? 何で!?」

 

 詳細を聞けばどうやら玄龍門の生徒が今回の査察で門主が動かなければならないことを玄武商会の店で愚痴ったようだった。

 そうならないようにと潜入させていた部下に話を聞けば、どうやらそういうことをしないように伝えた「今回の査察の目的は実はキサキを休ませることにある」という方便(事実)が末端まではちゃんと伝わらなかったようで。

 玄龍門(キサキファンクラブ)の組織力の無さに頭を抱えたくなりつつも、どうにか仲裁しようと情報統制部の部員も向かわせて、そうしているうちに今後は別の店で揉め事が起こったという報告が飛び込んでくる。

 そっちも同じ原因かと思っていると、そっちは普通にいつもの小競り合いが起こったという報告だった。こちらは幹部の立場にあるそれなりに権限のある生徒が行ったらしく、キサキ不在の今のうちに功を立てようと思ったようだった。

 そしてそれは玄武商会側も同じだったようで、次のトップを狙う者たちの野心が暴走を生んでしまっているらしい。

 

「頭が抜けただけでこのザマ!? この頭山海経どもめ!」

 

 玄龍門の門主と執行部長はおらず、幹部クラスは自ら問題を起こす始末。

 うん。こりゃ無理だ。

 そう思ったシラセが選んだのは、逃避であった。

 

「もうやだ! 独房入る!」

「ダメです部長! ちゃんと任期を全うしてください! あともっと私たちに構え!」

「うるさいうるさい! あとさらっと自分の欲望を付け足すな!」

「私からもお願いします!」

「お前のは構う方だろ!」

 

 そうして部下の頭を撫でつつ玄龍門がやるべきタスクまで刈り取ったシラセは、そろそろ絶てそうだったエナドリを片手に後方から指示を出し、必要であれば自らも現場に出向いて事態の鎮圧をに奔走する羽目になる。

 そして募りに募った不満が爆発して全面衝突を始めようとした玄龍門と玄武商会が広場でその火蓋を切ろうとするなか、玄龍門員が誰もできなかった門主の書類を肩代わりしたことで数日間徹夜続きだったシラセがついにブチ切れた。

 

「ここにいる全員、●●●●(玄龍門スラング)●●●●(玄龍門スラング)●●●●●●(玄龍門スラング)●●●●(玄龍門スラング)してやろうかァ!? ●●●●(玄龍門スラング)されたくなかったらさっさと自分の持ち場に戻って自分の仕事をするか、家に戻って●●●●(玄龍門スラング)でもしてろ!」

 

 情報統制部員ですら見ることがなかったシラセのそんな姿にその場にいた全員と周囲を歩いていた生徒たちまでが(おのの)いて、逃げるように散ったのが一日前のこと。

 これはヤバいと玄龍門と手の空いている情報統制部員が総出で捕まえられていなかった梅花園の子供たちを戻して――先程のシラセの発言を万が一にでも浴びせるようなことになってはいけないので――どうにか我慢するように説得し終わったのがキサキ達が戻ってくる数時間前。

 始末書とキサキとルミへの報告書まで作ったシラセは結局その日も一睡もすることが許されず、コンディション最悪の状態で一行を出迎えて。

 

「お疲れ皆。休暇は楽しかった? 私は酷い目に遭ったよ。……二度とお前ら山海経から逃がさないからな」

「"ホントに何があったの!?"」

 

 立場があるからか語気自体はマイルドになったシラセだったが、しかしその言葉の節々に本気の恨みの感情を察せられる凄みがあった。

 しかし以前の激務で徹夜慣れしているシラセの身体はこれくらいでは(クマ)を作ることなく普通の状態に見えて。

 だからこそキサキはその状態を探るようにシラセに対して声を投げる。

 

「ほう、それは玄龍門への叛意と捉えて良いのかの、シラセ」

「やっぱり組織の頭って言うのはそう易々とどっか行っちゃいけないと思うんだよ。それも統制が取れていないところなら余計にさ」

「やっぱり玄龍門と玄武商会(私たち)に喧嘩売ってるよね?」

 

 ルミはシラセの返しをそう受け取ったようだったが、キサキは微妙に噛み合わないシラセの回答に迷惑を掛けたことを何となく察して、少しばかり申し訳なさそうな態度を見せる。

 そしてあまり働いていない頭でも、自分が喧嘩を売るような発言をしたことに思い至ったのであろう。

 シラセは大げさに身振り手振りで否定の意思を表しておどけつつ、しかしやはりその言葉にはどこまでも彼女のどす黒い感情が乗せられていた。

 

「まさかまさか。山海経の二大巨頭に叛意を翻すなんてとてもとても。単純に衝突の阻止と事後対応で五日間ぐらい眠れてないだけで」

「"五日間!? 早く休まないと!?"」

「お、やっぱ先生は優しいねぇ。じゃあ先生が私をベッドに連れてってよ。知ってるでしょ? 私の部屋。私は先生の背中で爆睡するからさ」

 

 へらへらと笑いながら先生の方を向くシラセに、先生は突然の矛先の変化に目を瞬いてしまう。

 こんな形で甘えられるのはあまり嬉しくないが、しかし今の状態のシラセを放置するのも良くないことは確かである。

 そう考えてシラセの方に足を踏み出しそうとした先生は、自身の横からとてつもない大きさの抗議の矢印を感じてしまって動きを止める。

 思わずそちらを見れば、キサキがすっと目を細めてシラセの方を睨んでいた。

 

「……ふむ。シラセはよほど妾の怒りを買いたいと見える」

「じゃあ、キサキ先輩が連れてってくれる? その細腕と華奢な身体で私を連れていけるかな?」

 

 完全にストッパーが壊れている。

 このままではキサキと一触即発になるのではないかと先生が案じていたところで、シラセと同じく一週間自身の役を完遂した少女が間に入る。

 

「そこまでだシラセ。私が運んでやろう」

 

 ほれ、と背中を差し出したミナに、シラセはあっさりとその身を預けて抱えられる。

 

「ん、ありがとね、ミナ」

 

 全方向噛み付きモンスターと化していたシラセを懐柔したミナに目を瞬きつつも、シラセが引き取られていったことでひとまず落ち着くことができた一行は安堵の息を吐く。

 そして駆け寄ってきた部下たちから事情を聴いて、ひとまず状況を確認しようと各自の持ち場に戻っていく。バカンスを終えて早々にやることが部下への説教というのは何とも気が進まないが、いきなりトラブルの収拾に駆り出されなかっただけマシというものだろう。

 そして確認した報告書を見てシラセが想像以上に奔走していたことを知り、彼女に悪意が無かったことと本当に状態が悪かったのだということを悟るのであった。

 各人の名誉のため、翌日寝込んだシラセに対して各々から労いの差し入れがあったことをここに記しておく。

 

 こちら山海経情報統制部。当方に叛意無し。

 繰り返す。当方に叛意無し。

 

 

 

 

 

 帰り道。

 同級生の背中の上で、シラセは微睡む。

 

「ご苦労だった。いつも助かっている、シラセ」

 

 あまりミナからそういったことを言われるのは珍しいなと思いつつ、シラセはもぞりと身体を動かして喋りやすいように自身の首をミナの肩へと預ける。

 その適度な揺れによって眠りを誘われ、暗闇に落ちそうになる意識を保ちながら、シラセはミナの言葉に応じてみせる。

 

「ほわああ。ん~、まあ、これが私の仕事だからね」

「それでも、助かっている。これは私の嘘偽りない言葉だ」

「……そっか」

 

 そこからは、シラセの体調を(おもんぱか)ったのか言葉はなかった。

 ゆっくりと彼女を運ぶミナの背中で段々と遅くなっていく呼吸音がその心地好さを言外に示していて、段々と都会の喧騒から離れて道を進む音が聞こえるような郊外へと進んでいく。

 

「鍵を出せ」

「……ん」

 

 シラセの家に着く。

 シラセがポケットから出した鍵を受け取ったミナは思えば自分がこの部屋に入るのは初めてだなと思いつつ鍵を開け、シラセを降ろして靴を脱がせてからは横抱きにして彼女の部屋へと向かう。

 ミナにしては珍しく一発で彼女の寝室へとたどり着いて、そのままベッドへとシラセを降ろす。

 

「ゆっくり休め。何か欲しいものはあるか?」

「特には――いや、そうだなぁ」

 

 既に半分ほど夢の世界に入っていそうなシラセの目が、ミナの赤い瞳を捉える。

 

「……ミナ」

 

 何か飲みたいものや食べたいものを聞いたのだが、とは口にしない。

 そういうことではないと、これまでの仲で分かっていたから。

 ただ、真っ直ぐに見つめ返して次の言葉を待つ。

 

「今度二人で、海に行こうね」

「……ああ。時間ができたらな」

 

 今回は遊べなかった二人。

 共に同じ先輩を敬愛する二人。

 しかし互い多忙であることは周知の事実であるし、お互いの業務の特性上、そのどちらもが離れることが難しいことはわかっている。

 だからこそミナは、安易な約束をしなかった。

 

「……いけず」

 

 つれない友人に言葉を返し、シラセは瞼を閉じる。

 その表情にどこにも憂いは見えず、力の抜けた穏やかな笑みが浮かんでいた。




というわけで、ここまでで本作は完結となります。
微妙に開示したけど語らなかった設定は活動報告にて。
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。
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