こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
その報が飛び込んできたとき、シラセは随分と手が早いな、と感心した。
自分が唆したことではあったのだが、先代の対応を考えるともう少し後回しになるかもしれないと思っていたからである。竜華キサキが正義感に篤い人間であることは理解していたが、ここまで迅速な対応を取られると手柄を急いでいるのではないかと邪推してしまう。
「予定通り行くよ。原因は明かさない。次の部長の名前と顔を大々的に出してカモフラージュで」
「しかし矯正局に入れられたことについては書いておいた方が良いのでは?」
「小さくでいいよ。申谷先輩については存在自体を徹底的に隠そう。多分キサキ先輩もそうするはずだし」
知ること自体が毒になりかねない。シラセは申谷カイという人間をそう評価していた。
仙丹に掛ける情熱は認めるが、そこに対するアプローチが過激すぎる。人を人とも思わないそのやり口は興味を持った人間を泥沼に沈める悪魔の所業。
そもそもが仙丹なんてものを信じていないシラセからすれば錬丹術研究会は薬学の研究をしている部活という認識で、本来ならば舵取りを行うべきである長の申谷カイが仙丹というファンタジーにのめり込んでいる現状は健全な状態ではないと考えている部分があった。
シラセとて錬丹術というもの自体が仙丹を作り出すことを最大目標とした技術であると理解している。理解しているが、しかし現実と切り分けて考えているのである。
確かに申谷カイのような理想を追求する人間は部に必要である。しかし、そんな人物がトップになってしまう組織はダメだとシラセは思う。それは例えるならば自分たちの学校を栄えさせるために積極的に他校へ戦争を仕掛ける生徒会長に票を入れるようなもの。少なくとも、自分たちの立場を危うくする者を上に立たせてはいけないというのがシラセの持論だった。
「まあ、それは私にも言えることか」
そんな独り言を零しつつ、思い浮かべるのは一度だけ交わしたことがある会話の記憶。
まだ部長になってから一週間も経っていなかった頃に訪ねてきた申谷カイのことを思い出して、飲み込んで、瞑っていた目を開く。
可哀そうに。
そう口に出し掛けた言葉を寸前で留めて、シラセは業務に戻る。
しばらくすると現地で情報収集していた生徒が戻ってきて、詳しい情報を皆でまとめる。
結局まとめた情報は表に出さないまま保存しておくことが決まったのだが、情報を持ってきた生徒がまだ持ち場に戻っていないことに気付いたシラセが、何か伝え忘れたことがあるのかと声を掛ける。
その質問にその生徒は少し言い淀んで、しかし観念したように「お伝えするか迷ったのですが」と枕詞を加えてから話し始める。
「矯正局に連れて行かれる際に、申谷カイから部長へ
「申谷先輩が、私に?」
「はい。ええと、『任せた』と、そう言えば伝わる、と」
それを聞いて、シラセは申谷カイの意図に気が付いた。
見た目に反して存外あの人も子供じみたことをするものだと呆れつつ、シラセは
「確認だけど、その場にキサキ先輩って居たかい?」
「門主様ですか? はい、居たと思いますけど……」
「まあ、そうだよね。はぁあーーーーー」
これはキサキ先輩に対する嫌がらせなんだろうなと理解しつつも、シラセは大きく息を吐いて頭を垂れる。
その様子を見て、部員たちはそれぞれ視線を交わし合って軽く頷き、それぞれの仕事に戻る。
「休憩する? シラセ」
「いいや、仕事をするよ。全員この件は今日中に片付けて。アーカイブ化まで、全部だよ」
「え、アーカイブ化まで!?」
「流石に終わんないって!」
横暴だーと騒ぐ管理職の面々を横目に流しつつ、シラセは自分の仕事を進める。
結局、その日は日付が変わるまで情報統制部の建物に明かりがついていたという。
目的の相手が出てくるまでじっと敵でも見るような目で睨まれながら過ごしていたシラセは、自身の白い手袋に汚れや
この機会にとばかりにじっくりと自分の手元に目を向けていたからか、建物に入らせないと言われて呼び出すことになった相手が、既にそこに立っていることに気が付かなかった。
「何の用なのだ、シラセ。いや、今は広報部長と呼んだ方が良いのだ?」
特徴的な声と語尾に待ち人の到着を知り、シラセはネズミ耳の少女に目を向ける。その姿を認めてから一度手元に視線を戻して手袋を丁寧に着け直し、それからようやく彼女は今回の待ち人に向き直った。
その表情を見て若干の苛立ちはあるものの不信感などは抱いていないと判断したシラセは、建物の陰からこちらを睨む生徒をちらりと見て提案を投げる。
「サヤ、少し歩きながら話さないかい? あとで一個薬の実験台になってあげるからさ」
「ぼく様は引き継ぎの手続きで忙殺されてる最中なのだ。そんな言葉に釣られたりしないのだ!」
「玄武商会で新しいチーズを仕入れたらしいけど、行かない?」
好物を出されてあっさりと陥落した錬丹術研究会の長を連れて、シラセは玄武商会へと向かう。
彼女の一歩後ろを歩く薬師サヤは煩わしそうな様子を隠すことなくその背中を見つめており、シラセは自分が部下から聞いた言伝について耳にしているんだろうなと一人納得する。
そしてその意図にも気が付いているがために、シラセは背中を見せようとしない同級生に言葉を投げることにした。
「私が申谷先輩と交流があったのは初級中学時代の話だよ。高級中学校に入ってからは人伝に何をしているか聞くぐらいだね」
「そこは別に気にしてないのだ。お前が錬丹術をどうにかできるなんてこれっぽっちも思っていないのだ」
「あ、やっぱり聞いてるか。まあ、安心していいよ。今回のも申谷先輩の嫌がらせだろうし」
「そんなことを伝えるためにぼく様を連れ出したのか?」
まるでそんなことはわかり切っているとでも言わんばかりの声音で応じたサヤに少し安心しつつも、シラセは最後の質問には言葉を返さず道を進む。
彼女がサヤのもとへ押しかけた理由の中に先の件を弁解をしておこうという意図も少なからず存在することは違いないが、そこが本命の用件ではない。一年生ながら部長という立場についてしまった同級生に少しだけ息つく時間を与えようというのが周囲の生徒向けの表向きの建前で、実際には自分と知り合いだからあんまりつまらないことをするなよと言う周囲への牽制である。伝統を盾に出る杭を打とうとする者たちへ圧を掛けるという意味では、サヤがシラセの後に続いた時点で目的は果たしたと言えるのかもしれなかった。
「あ、香主様だ」
「ほんとだ。こんな時間に出歩いてるなんて珍しい」
「一緒にいるあの子って、錬丹術研究会の?」
「新しい部長になった子だよね。やっぱ前部長ヤバかったって話ホントだったんだ」
山海経の生徒は聡い。少なくとも、シラセが部員でない誰かと歩いているその意味を推察できる程度には。その想像の中には邪推を多分に含むのかもしれないが、しかしその全てが外れているというわけでもないだろう。
玄龍門という閉鎖主義の象徴が作った今の山海経のことを、シラセは恐ろしい世界だとしばしば考える。
たまにいろいろな理由にかこつけて学外に足を運んでいる彼女からすると、この学区ほど肩書きの重さを感じるところはないだろうなと考えてしまう。一挙手一投足、その全てに意味を求められ、見出され、
そして顔を軽く上げた先のスクリーンに映る水色の髪を持つ生徒を認めて、笑顔の裏にどれだけの重責を抱えているのか想像して、やめた。
「そういえば、前部長の件はどうして隠さなかったのだ?」
到着した玄武商会の席に座って、出てきた水を飲みながら質問してきたサヤに視線を返す。
他のどうでもいい情報は全部隠してシャットアウトすることもあるのに、どうして今回は緩めにやっているのかという意図なのだと察したシラセは、元より用意していたかのように言葉を返す。
「被害者こそ多かったけれど、同時に信者も多かったからね。下手すると前門主サマよりもいたんじゃないかな。まあそういう事情もあって、シャットアウトは難しいと判断しただけだよ」
押し込めようとして爆発する方が面倒だと考えていた部分もある。
過去の似たような事件で情報統制に失敗し、結局連邦生徒会まで巻き込むような大事件になったという記録もある。ああいう者たちを刺激しないためにも、最低限の情報提供を行わない訳にはいかなかったのである。
「そういうものか。ぼく様には政治はわからんのだ」
「私だって別に理解してるわけじゃない。ただ情報が入ってくる分少しだけ人より物知りになったかもしれないけどね」
そんな雑談を交わして居た二人の元に料理が運ばれてくる。
サヤの前に置かれたのは中華風チーズリゾット。自治区やネット上のレシピから山海経風のアレンジを加えた一品である。初めて見るのにも関わらずそのシンプルで真っ直ぐな発明の逸品にその双玉が揺れ、ひとまず連れてきてよかったとシラセは頬を緩める。
時間を置かずにシラセの前に提供さたのは麻婆豆腐。トマトのスープかと見紛うようなドロッとした赤の溶液を見て向かいに座るサヤが顔を引きつらせていることを知りつつも、迷いなくそれを口に運んで味わうように舌の上を転がして、悶絶した。
「なんで別に辛いもの強いわけじゃないのに毎回麻婆豆腐を頼むのだ? しかも一番辛いやつ」
「得意でないことと好きなことは両立ができるんだよ」
そんなことを宣いながら楽しそうに、しかし頬も耳もじんわりと赤みを帯びてきたその彼女の状態を見て、薬師の一面も持つサヤは少しその身を案じてしまう。
しかしそれもまたいつも通りかと勝手に納得して、自身の前に提供された好物へと目を落とす。
シラセがサヤから目を離している隙にそれを口に頬張って、しかしそれは別の人物によって目撃されていて。
「いやー、やっぱりサヤは良い顔で食べてくれるね! 見ていて気持ちがいいよ」
突然後ろから声が掛かって、サヤは口腔内いっぱいに含んだリゾットの影響で
そんなやり取りが眼前で行われていれば、麻婆豆腐に没頭していたシラセも乱入してきた人物に気が付いて顔を上げ、ふぅーっと息を整えながらこの厨房の次の主を見た。
現在の玄武商会のナンバー2、
「あ、それ私も食べていい? シラセが自分で持ってきたんだけどちょっと私も興味あってさ」
「……ん?」
「あ」
微妙な雰囲気に陥った次の瞬間、ルミが自分が失言したことに気付いて瞼を閉じる。
彼女がそんな反応をしたことで、ギロ、と彼女の方に向いてた紅い瞳が顔の角度そのままに自分に向けられ、シラセは降参のポーズを取った。
別に隠すことでもないので、先程までの自分の思考とルミに頼んでサヤを連れ出すための限定メニューを作ってほしいと頼んだことも偽りなく明かした。食材の入手方法が先日こっそり許可サイトリストに追加した新進気鋭の通販サイトだったことを明かせば、ルミは目を輝かせ、逆にサヤは目をかっぴらいてシラセを向く。
「このっ、そんなんだから門主に疑われるのだ!」
「キサキ先輩は関係ないでしょ? 今回だってルミ先輩がボロを出さなきゃバレなかったのに」
サヤとシラセは同学年ということもあって、それなりに付き合いがある。
しかしだからこそ、サヤはシラセのこういった行動をあまり好ましくは思っていなかった。彼女が玄龍門や玄武商会に対して一歩引いた態度を取る理由も、シラセの行動を見てきたからだと言っても過言ではないかもしれない。
シラセは言葉にしないのだ。それに加えて周囲が自分の考えを理解していると思っている節がある。そして自身の目的を果たすために他者の想定の埒外の事象を使うことに躊躇が無い。最終的にそれが良くない方向に着地したことは、サヤが見届けただけでも一度や二度ではない。
幸い、サヤを含め周囲の人間たちは彼女がどこから仕入れてきているのかも分からない知識を数多く有していることを知っているため、その数多の引き出しの一つなのだろうと理解できるが、その他の人間にとってはそうではない。『伝統』という心柱にしがみ付いている者たちなどは特に。
「まったく、その考え方が良くないって言っているのだ!」
「まあまあ、今回は本当にサヤに楽しんでもらいたいって気持ち100%だったからさ、許してあげてよ」
「だとしても、変える気がないのはどうかと思うのだ!」
「わかってるよ。次はもっと上手くやるからさ」
そういうことじゃない、というサヤの言葉をどこ吹く風と受け流して、シラセはテーブルを挟んだ二人に向き直る。
少し雰囲気が変わったシラセを見て二人が押し黙っているうちに、シラセは改めて宣言する。
「大丈夫。今回の件も、これから起こることも、全部
その言葉に違和感を覚えて先に目を向けたのはどちらだったか。
二人が目を合わせている理由に気が付いたのか、シラセは悪戯が成功したような笑みを見せ、しかし先程からの雰囲気は変わらないまま。
「サヤと話していて思いついてさ。なんとなくイメージ戦略と言うか『香主サマ』っていう虚像を考えたときに、『私』より『僕』の方が合ってそうだなって思ってね。こっちの方が『僕』らしいでしょ?」
その姿に、サヤはそう遠くない将来の衝突を幻視する。
満足そうに笑うシラセの表情を見ればそれは伝えられず、ただ苦い感情を押し殺すまま。
錬丹術研究会部長失脚。情報漏洩の回避は困難。
過度の対応を行わないことで重要度の低い案件と
ゲームプロット整理してたら一カ月近く経過してた……
一段落したのでちゃんと更新再開します。
それでは、次回「アビドス砂漠の観光要求。遭難の危険性あり。」でお会いしましょう。