こちら山海経情報統制部。当方に叛意なし。 作:息抜きのもなか
ミレニアムで研究発表会「ミレニアムEXPO」が開催されると聞いて、アビドス砂漠で一つ手札を切ってしまった装置の補充を考えていたシラセは真っ先に自分が行くとその手を挙げた。
シラセがミレニアムに足を踏み入れたのは公式では二回、非公式では約五回とそれなりに勝手に出向くことも多いのだが、しかし正式な仕事として行ける機会をみすみす逃すメリットなどどこにもない。交通費も出れば昼食代も経費で落とせる。公式訪問で行くに越したことはないのである。
本来であれば初日から全日程を楽しんでやろうと考えていたシラセだったが、玄龍門からホテル代は出さないので一日だけ行ってこいと言われたため、渋々最終日のみ参加することが決定した。
「うん、やっぱりうちとは大違いだね」
駅から降りて見上げる街並みは、それだけで山海経との差を突きつけられる。
なまじ情報統制部というテクノロジーに近しい場所に立つ部活に所属している分、その近代的な街並みに彼我の差を痛感してしまう。
伝統を守る。言い換えてしまえば、それは時代遅れでもプライドを貫くということ。
観光事業のために景観をそのまま維持することを自治区として力を入れている百鬼夜行は覚悟が感じられる。彼女らはそういうブランドとしてそうやっているし、昨今の祭りを見れば新しい物を積極的に取り入れようという気概もひしひしと伝わってくる。
だが、自分たちはどうだ。
伝統という肥大化したプライド以外には何もなく、玄龍門という秘密主義のブラックボックスでギリギリ格を保っているだけの頑固者。そこにあるのは貫き通すという覚悟ではなく、未知の物を遠ざける逃避でしかない。
「だから、僕がいるんだけどね」
変わる必要がある。
急激な変化には身体が驚いてしまうかもしれないから、毒のようにひっそりと染み込ませていけばいい。伝統伝統なんて言っているやつらも、所詮は俗物。文明の利便性にひとたび触れれば揺さぶられる愚物でしかない。
まず取り組みべきはインフラ。ネットの改善とかオンライン決済の拡大とか、その辺りに力を入れてみたいところだけど、そんなものはミレニアムでは遥か昔に導入されたもの。だからミレニアムEXPOを楽しむついでに辺りを回って、どんなものがあるのか観察させてもらうしかない。
「ミレニアムEXPO自体は初めてだけど、こういう感じなんだ。企業の展示会を学生の部活動単位で設営してるのか」
そのはずなのにクオリティが遜色ないレベルに仕上がっているのは、ミレニアム生の優秀さ故なのか、あるいは運営がその辺りにも口を出しているのか。
どちらにせよ、自分たちがこういったものを展開すれば学生のお遊び程度のものしかできないだろうな、とシラセは思ってしまう。圧倒的な技術力と合理性。それがミレニアムの強みだとして、自分たちには何があるのだろかと考えさせられる。
「漫画研究会でーす」と他の学園では日陰者になりがちな者たちですら、この場で周囲と見劣りしない準備と成果を仕上げ、声を上げている。あれは論文だろうか。紙媒体と電子媒体の両方で今キヴォトスを賑わせている作品の手法や戦略の分析結果をまとめているらしい。
え、論文? いや、漫画研究会って普通、もっと同人誌を作ったり好きな作品を語り合ったりするぐらいの温度感の部活じゃないの?
「腐ってもミレニアム、ってことなんだろうね」
他の自治区にもミレニアム同様に入試はあるのだが、その試験の難易度で言えばミレニアムが頭一つ抜けている。誰でも入れるようなゲヘナとは違って、足切りラインがかなり高めに設定されているのだ。
山海経の生徒の頭の固さだと、入れるのは玄武商会と錬丹術研究会、玄龍門と情報統制部の一部の生徒ぐらいだろう。梅花園の教官も可能性はあるかもしれないが、良くて
「お、シールド展開装置」
適当に歩いていたら私でも使えそうなものを見つけたので少し見学させてもらう。
どうやら温度センサーで自動的にシールドを展開する機能があるようで、まだ実験段階でシールドの強度が弱いものの、奇襲の対策としては十分効果が見込めるとのことだ。将来的にはロケットランチャーも防ぐシールドを目指しているとのことで、これはかなり期待ができそうだ。
一応手動での起動にも対応していて、ボタンを押してシールド展開することもできるらしい。
戦闘向きの調整ではないものの、被弾がわかりきっているときはあらかじめ起動しておいた方が漏れがなくなるのでそうした方が良いという。
ボタンが三つしかないのも分かりやすくていい。
一つは今のシールドの展開ボタン。もう一つは展開したシールドを解除するボタン。
「あれ、もう一個は何のボタン?」
「自爆ボタンです!」
あー。いつものか。
「何でシールド展開装置なのに自爆ボタン?」
「ロマンですよロマン! 肉薄されてもうどうしようもないって時に、相手もまさかシールド展開装置に自爆機能が付いているなんて思わないでしょう! ええですから、一矢報いる手段として自爆ボタンを完備しています!」
完備、とか言ってしまう辺りがミレニアム生クオリティを感じてしまう。
本当にここだけ直してくれれば文句ないんだけど。シラセはそんなことを思いつつ、自爆機能が搭載されていない試作品を一つだけ購入することにした。
めちゃくちゃ本当に自爆機能が不要か確認されたが、要らないものは要らない。シールドを展開しようとして自爆、なんて馬鹿を見る可能性がある代物を保持するメリットがわからない。
さて、それはさておき。
「さっきからついて来ているけど、何か用?
「チッ、バレてたか」
シラセが入場して少ししたぐらいだろうか。追手の気配を感じて見てみれば、資料で何度か見たミレニアムのセミナー直属のエージェントの一人がそこにいた。
大方山海経の生徒だから観察されているのだろうと流していたのだが、普通に楽しんでいる様子を見せたのに全く引く気配がない。特別なことをする予定もないから最後まで追わせてもよいのだが、見ている者がいる中での行動というのは無意識に神経をすり減らして体力を使うものだ。
故に用事があるのならば早々に済ませてしまおうと思い、ブースで話している最中もこちらを観察し続けた本人を直接問いただすことに決めたのだ。
「特に怪しい行動はしていなかったと思うんだけど、何か用かい?」
「山海経高級中学校、玄龍門広報部長、代情シラセ。『山海経の黒い門主』とも個人的な付き合いがあるらしいアンタを放置ってわけには行かねえだろ?」
「必要以上の監視行為は外交問題になるとは考えないのかな?」
「バカ言え。これは護衛だ。うちで他所の重鎮がぶっ倒れたりなんて言う面倒事を起こされても困るからな」
「ふふ、物は言いようだね」
広報部と玄龍門は厳密には別部門なんだけど、まあそこはどうでもいいか。
しかし護衛、護衛か。そういったのを頼まずに通常登録を行ったはずなのだが、この分だとセミナーがその辺りをかなり厳しく見ている感じだろうな、とシラセは先の発言を受けて頭を回す。
山海経がイベントを主催する機会は限りなく少ないが、もしやるのであれば体制作りの参考にしようと脳内にメモする。事前登録制のイベントなんてものは、それこそ情報統制部の腕の見せ所なのだから。
そんな脇道を通ってから、シラセは自分をマークしているエージェント――美甘ネルをどう引き剥がそうか本格的に思案する。
フィジカルでどうにかする選択肢はない。報告されているデータだけでもキサキ先輩とどっこいどっこい。振り切れる可能性も、戦闘でどうにかする未来もシラセの脳内には思い浮かばない。であれば交渉でどうにかするしかないわけだが、先の問答を思うに易々と引き下がってはくれないだろう。
果たしてどうしようかと思案していたところに、ぐぅと腹の虫が鳴る音がした。
シラセではなく美甘ネルの腹から発せられたそれは、彼女の余裕たっぷりだった表情を赤らませるのに十分な材料として機能した。
「ご飯、案内してくれる?」
そしてシラセも美甘ネルの活用法を見つけ出す。
どう足搔いても離れてくれないのであれば、案内として活用してしまえばいいのである。先程護衛だと言っていたのもあって、ならばいっそもっと近くに居ればいいと引っ張り込んで解説をしてもらう。
正直なところ美甘ネルの知識量と単純比較するのであればシラセの方が多くのことを知っているだろう。だが、その技術に実感をもって親しんでいるのは美甘ネルの方だ。シラセが聞きたいのは理論ではなくどちらかというとそういった使用感や利便性の部分。書面上だけで成否を決めるのを嫌がるシラセにとって自身が試さずとも聞ける忌憚ない意見の価値は計り知れない。
「麻婆豆腐は、ないか。じゃあ担々麺かな」
「お、イケる口か?」
「どうかな。好きだけど普通にお腹は壊すよ」
「いや、それならやめとけよ……」
フードコート形式で注文し、しばらくして番号が呼ばれ取りに行く。同じタイミングで注文したからか、美甘ネルも同じタイミングで呼び出された。
担々麺は山海経でも食べられているし、何なら山海経が発祥と言っても過言ではない料理だ。普段は玄武商会でしか食べないので、どんな違いがあるのかシラセは楽しみにしていた。
見た目は普通。料理研究部の提供なので素人感があるかと思っていたがそんな事はなく、しっかりとしたクオリティが担保されている。
匂いが若干違うのは、やはり調理工程や具材が違うのだろう。好みは分かれど、良し悪しで語るものではないだろうとシラセは判断し、早速箸を手に取った。
一口食べて、違和感。普段食べている担々麺とは明らかに違う。
その正体に思考を巡らし、シラセは自身の状態を鑑みてその答えに辿り付く。
「…………食べやすい」
「ん? あー、山海経の方が本場だもんな。ウチの生徒はあんまり辛いもんに慣れてねぇから、食べやすい物を出してるんだと」
零れ出た感想に、美甘ネルが反応する。
なるほど確かに、山海経で出される料理は観光の生徒にも提供されるとはいえ、基本的には山海経の生徒の舌に合うように作られている。美甘ネルが言うようにそのままの味で提供すると、他の学校の生徒では食べるのに苦労するかもしれない。
その懸念を払拭するためのアレンジの結果がこれだと言うのであれば、その試みは間違いなく成功していると言えるだろう。料理研究部の名に恥じない、ミレニアムの生徒のために研究された味である。
シラセはルミの顔を思い浮かべ、このレシピを持っていったら喜ぶだろうなと思い、メモを取り始める。
「あ、これってレシピを持って帰っても大丈夫?」
「大丈夫なはずだな。レシピも配られたはずだし、取ってきてやるよ」
そうして席を離れたネルは、戻ってきて瞠目する。
シラセが手元で書き出していた具材リストが隠し味や調味料に至るまで、自身が手に持っているレシピのそれと完全に一致していたから。
「お、ありがと。うん、あー、これは完全に隠してるのか。こっちは、あ、やっぱりそういう工程を踏んでるんだ。よしよし」
「なあ」
「何?」
楽しそうにメモをする彼女に、美甘ネルは問いを投げようとして、やめた。
何で料理の道に行かなかったのか、なんて聞かれて当然の質問に、シラセが答えを当意していないわけがないと思ったからである。それをやりたくない理由があったから、その道を選ばなかった。それよりもやりたいことがあったから、今の道を彼女は歩いている。
今日楽しそうにこの場にいることこそ、それを証明しているのだから。
「いや、やっぱ何でもねえ」
「そうかい? 気を使わせちゃったかな」
そんなことを言いつつ、確認したいことは終わったのか自身のメモをネルが持ってきたレシピのリーフレットに挟んで鞄へ放り込み、シラセは食事を再開する。
美甘ネルが言わんとしていることは理解できる。実際、ルミに玄武商会へ誘われたことも一度や二度ではない。
だがやはり、シラセの中での優先順位は動かなかった。
初級中学校時代からずっと変わらず、彼女は黒い蝶を追い続けている。
「さ、ご飯も食べたことだし、案内を頼める、護衛サン?」
「はァ!? なんであたしがそんなことしなきゃいけねえんだよ!?」
反対する護衛を騒ぎにしたくないでしょと押し込め、山海経でも活用できそうな技術を見て回る。
最終的にいくつかの装置と技術本を抱え、シラセはホクホク顔で会場を後にしたのだった。
ミレニアム研究発表会の噂。自爆機能あり。
急激な技術革新は反発と伝統を損なう可能性があり、導入は慎重になるべし。しかし、会場の運営姿勢や各々の発表に対する姿勢及び方向性については見習うべき部分も多く、刺激を受けるための交流会の開催は検討してもよいのかもしれない。
ミレニアムEXPOはセイアが行く1年前のもの。多分毎年やってるでしょ。
それでは次回、「連邦生徒会長失踪の噂。公式発表なし」でお会いしましょう。