未覚醒者は『強化再生』で成り上がる   作:傷付 津々木

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第3話

 『紅原』第一層、森林地帯。

 

 一ヶ月ほど探索を続けて、平原での立ち回りはある程度確立されてきたので、森林地帯に進出だ。

 ワイトベアーに追いかけ回されてた先輩の話によると、森林地帯からは追加で『ディアー』と呼ばれる鹿が現れるらしい。

 

 全長3mで体高が1.8m程もある大柄のヘラジカのような怪物で、強大な角で木をへし折ることで果物を食べるんだとか。

 すごく脳筋そうだけど、戦闘を好まず敢えて人間に近寄らない大人しい気性をしているらしい。

 餌付けすると稀に懐くんだとか。

 

 因みに、怒らせると普通に強いらしい、

 

「関わらないでおこう」

 

 視界に映ったディアーらしき影を無視して進む。

 角の先に突き刺されていたゴブリンらしい存在が痙攣していたように見えたが、気の所為だろう。

 

「たった一層でも、横断するのにかなり時間がかかるな」

 

 2時間近く歩いただろうか、少し休憩する事にしよう。

 背面の鞄から小型の機械を取り出す。

 

 電源ボタンを押すと、筆箱ほどの直方体から八本の足と頭が飛び出す。

 地面に置くとひとりでに動き出し、周囲の索敵を始める。

 

 下層探索者御用達、通称『蜘蛛くん』だ。

 充電式で使用者を中心に半径50m程を索敵してくれる。

 仕様上目視できる怪物しか探知できないが、この迷宮では可視光で確認できる怪物しかいないので問題ない。

 

「ふぅ……」

 

 木を背に座り、水分補給しながらレーションを食べる。

 この迷宮は草原以外に擬態するような怪物は居ないし、飛行型の怪物も居ないので森林地帯は比較的休むのが容易だ。

 

――ピィィィ

 

 甲高い警報で飛び起きた。

 使用者以外の生物が周囲にいるという蜘蛛くんからの警告だ。

 

 音が鳴った方向には、ディアーがいた。

 神秘的な真っ白な体毛に身を包んだその怪物は、横向きになってこちらを見ていた。

 瞳から感じられるのは、紛れもない知性だった。

 

「……大きすぎる」

 

 ディアーの平均体長を大きく凌駕するその体格。

 体高だけでも3m近い。

 

「これが、変異種……」

 

 地面を揺らしながらのそりのそりと近づいてくるディアー。

 驚いている間にもう逃げるのが間に合わない距離に来てしまった。

 

「キュウゥゥゥ?」

 

 スンスンとレーションの香りを嗅いで、こちらを見て何かを訴えかけてくる。

 

「いいよ、食べな」

 

 袋を除いて、残りのレーションを手のひらに乗せて口に近づけてやる。

 地面に座ったディアーがレーションをモソモソと食べる。

 

 体躯に比べて余りにも小さいそれを、味わうように何度も咀嚼している。

 

「美味いか?」

 

 無防備にリラックスしているそいつがなんだか可愛らしく思えてきて、腕を伸ばして鼻先を撫でてみる。

 

 この大きさだと天敵など居ないだろう。

 おそらく未覚醒者の銃撃などマッサージと変わらない。

 

「キューー」

 

 礼を言うように鼻先を顔に押し付けられる。

 力強すぎて身体が仰け反りそうになる。

 

「ちょ、強いよ」

 

 鼻先を押すと凄く悲しそうな目で見てくる。

 

「……ごめん」

 

 謝って手を下ろすと、今度は舌で顔をなめ回される。

 調子の良いやつだ。

 

――ピィィィ

 

 暫く戯れていると、また蜘蛛くんが悲鳴を上げた。

 先ほどこの変異種は仲間として登録したので、この反応はそれ以外の怪物かもしくは人間が現れたことを意味する。

 

 立ち上がって念の為銃を構える。

 ディアーは横になったままリラックスしている。

 図太い。

 

「グオオッ」

 

 向かってくるのはワイトベアー。

 通常種のディアーにも負けずとも劣らない体格の持ち主だが、隣のこいつを見ると迫力に欠ける。

 

「グオオッ……グォっ?」

 

 立ち上がって両腕を広げ、威嚇しながら近づいてくる。

 しかし近づくにつれて俺の隣のディアーがどうやらおかしい事に気づいた様子。

 上層の怪物の威圧はそれなりのプレッシャーを与えてくるが、隣のこいつの頼もしさで半減している。

 

 ディアーがワイトベアーに目を向ける。

 

「キュ?」

 

 やんのか?と言わんばかりに強烈な威圧を放つ。

 講習で受けたどの圧よりも強力だっあ。

 

 背中を向けて逃走するワイトベアーを見ながら、僕は思った。

 こいつ、下層に居ていい強さしてないだろ。

 

 ――――――――

 

 迷宮から一緒に出んばかりについて回って来たので、また今度迷宮に来たら会いに来ると身振り手振り出伝えた。

 渋々森に戻っていくディアーの背中には哀愁が漂っていた。

 

 帰りは警戒を怠らないように注意した。

 

 ディアーと出会ったことは幸運だったが、それにしても無警戒が過ぎた。

 もし敵対的だったら僕はあそこで死んでいただろう。

 今後はより一層気を引き締めなければならない。

 

 安全地帯に着いて、迷宮を出る。

 ゲートを通って銃器のロックを確認、目の前の協会の自動扉を通過する。

 

 受付に並んで幻石を売却。

 今日倒したゴブリンは占めて32匹。

 報酬は16000円になる。

 

 未覚醒の探索者としては悪くはない成果だ。

 

 ディアーと遭遇した事で思ったより探索が長引いてしまったので、昼食を食べ損ねてしまった。

 軽食のレーションも殆ど食べられてしまったので、正直かなり腹が減っている。

 

「あそこに行こう」

 

 そう、僕の癒しの場。

 例のカフェだ。

 

 ――――――――

 

 ドアベルの音が心地良い。

 

 扉を開けて店内に入ると、そこには……。

 

「またあなた?」

 

 例の傲慢な女性が居た。

 

「えぇ、まあ」

 

 要領を得ない僕の返答に苛ついた様子だ。

 

「何よ、言いたいことでもある訳?」

「いえ、何も。ただ、もう覚醒されたんですか?」

 

 彼女は近代装備ではなく、怪物素材の鎧と長槍を装備していた。

 

「……もう一月だもの、覚醒くらいするわよ」

「すごいですね」

 

 純粋に、凄い。

 父さんなんて、4年は覚醒していないのに。

 

「……どうも」

 

 なんだか複雑な表情で賛辞を受け入れる彼女は、少し面白かった。

 

「何笑ってんのよ」

 

 ぱしりと頭を叩かれる。

 ――ゴキッ

 

 あまりの衝撃で直角に叩き落された僕の頭に、首はついてこれなかったようだった。

 

 僕の命は、ここまでだ。

 

 ――――――――

 

 目が覚めると、並べられたカフェの椅子の上で横になっていた。

 

 首に触れても痛くない。

 

「あれ?死んでない」

「死なないわよ、ポーション使ったんだし」

 

 話を聞くと、一部始終を見ていた店員の老人が凄まじい手際で治療してくれたらしい。

 

 何者だよあの人。

 

「……まさか覚醒すると膂力がこんなに向上するなんて」

 

 女性が財布から取り出した硬貨を指先でグニャリと曲げた姿を見て、僕はどうやら覚醒者という存在が常人と別の枠組みにいるらしいことを改めて理解した。

  

「悪かったわね」

 

 そう話す彼女の顔はそっぽを向いていた。

 

「……いえ、慣れていなかったのでしょうし」

「そうね、つまり事故よ。仕方がなかった」

 

 そうも自分で擁護している様子を見ると、なんだか許したいという意欲も無くなってくる気がした。

 

「なによ、文句あんの?」

 

 強気に凄んでくる彼女から発せられる圧に、僕は屈した。

 ワイトベアーよりよっぽど怖かった。

 

 ――――――――

 

「キュウゥゥ?」

 

 何度目かの遭遇である。

 あれから森に入る度に何処からか現れるディアーの事は、「ディー」と呼ぶことにしている。

 

 今もモソモソとレーションを漁っているディーの体格は、ここ数週間の間で更に大きくなっているように思われた。

 体高は4m近く、座ってうつ伏せにならないと顔がまともに見えない。

 

 因みに探索者を始めて約2ヶ月、未だ覚醒の予兆はない。

 

「キュ?」

 

 袋いっぱいのレーションを食べきって、更に催促してくる。

 

「もうないよ、ディー」

 

 少し悲しそうな顔をした後、レーションの袋をモシャモシャ噛んで遊び始める。

 どうやら食べ物ではないことは理解している様子なので、放っておくことにする。

 

 それにしても、ディーの成長は異常だ。

 聞くところによると、怪物は早熟で生誕から1週間ほどで成熟する生き物らしい。

 

 しかし、ディーの成長は天井知らずだ。

 このままでは森林に隠れられないほど大きくなって、討伐されてしまうかもしれない。

 

 幾らディーが強大でも、探索者の上澄みには敵わない。

 探索者は迷宮の外で戦闘行為を行うことが固く禁じられている。

 しかしその探索者の中でも3級以上の探索者は戦闘規模が規格外で、迷宮外の活動に秘密裏な監視が付くと言われる程だ。

 

 そんな彼らがディーに襲いかかれば、ひとたまりもないだろう。

 

「デケェな」

 

 知らない人間の声。

 

 蜘蛛くんが反応していない。

 

 飛び起きて銃を構……

 

 衝撃。

 

 ――――――――

 

 目を開けると、血塗れのディーがこちらを守るように男の前に立ち塞がっていた。

 

「やだねぇ。硬くて強くて重い、この三拍子が揃った怪物は得てして厄介だが、中でもこいつは別格だな」

 

combat(コンバッドォ゙)

 

 口内と肺に残っていた血を吐き出しながら、外骨格を起動する。

 アシストを受けてようやく立ち上がる事が出来た。

 

「ん?妙だな、お前。未覚醒者なら即死する威力だったんだが」

 

 顎を撫でて思案する探索者らしき男。

 身長は2m半ば、覚醒者としても長身だ。

 禍々しいデザインの西洋鎧は黒色で、常人の頭ほどもある篭手は血に染まっている。

 

 格闘主体の近接職だ。

 近づくのは最終手段にしたい。

 

「……目的は」

 

 ディーの横に立ち、平静を装って問いかける。

 

「そいつだよ」

 

 男がディーを指さす。

 

「確かにディーは変異種ですが、人間に敵対的じゃありません。それに、その説明では僕を攻撃した理由になりません」

 

 時間を、稼ぐ。

 

 男は頭を掻いて、頭髪に血がついたのに気づいて舌打ちした。

 

「そこからか。そいつは変異種なんかじゃねぇ、特異種だ」

 

「特異種?」

 

 ディーが変異種じゃない?

 

「そうだ。これ以上問答しても仕方ねえ。やるのか、やらないのか、はっきりしろ」

 

 ……そろそろ来てもおかしくないんだが。

 

「因みに、支援部隊は来ねえぞ。こっちで妨害してるからな」

 

 緊急支援ビーコン。

 どの迷宮にも、少なくとも1部隊は支援部隊が駐在している。

 探索者の生存が危ぶまれる状況でボタンを押すことで、無線電波を逆探知して応援が来る仕組みになっている。

 

 一部の後ろ暗い経歴を持つ探索者は、それを妨害する電波を発する機器を持っている者もいるらしい。

 知ってはいたが……

 

「流石に、望み薄だったか」

 

 仕方がない。

 ここまでだ。

 

「……ディー」

 

 こちらに顔を向けるディー。

 

「逃げろ」

 

 アサルトライフルを構えて、フルオートで射撃。

 煩わしそうに篭手で受け止めながら歩いてくる男。

 

 ディーが横で咆哮する。

 ワイトベアーを追い払った時とは比較にならない程の圧を放つ。

 

 ……見捨てて逃げてはくれなかったか。

 悲しいような、嬉しいような。

 

「来いよ」

 

 しかしそれも、男がカウンター気味に放った圧に押し潰される。

 

stand(直立)

 

 足が震え、座り込みそうになるのをスーツで無理やり固定する。

 弾が切れたタイミングで走り出した男の拳と、ディーの角が衝突。

 

 衝撃で周囲の木々が揺れた。

 続けて頭を振るって攻撃するディーの頭を抑え、横から顔を蹴り飛ばす男。

 

 あの体格のディーが吹き飛ばされ、進行方向の木々を破壊しながら飛んでいった。

 

 このタイミングでリロードが終わり、再度射撃。

 目を瞑って弾丸を顔面で受け止めながら、男は拳を振るった。

 

「グハッッ」

 

 突如襲った衝撃に吹き飛ばされる。

 あの実力の探索者だ、流石に中距離を攻撃する手段は持ち合わせているか。

 

stand(直立)

 

 まともに動かなくなった足腰を無理やり動かす。

 肩に下げられていたアサルトライフルが衝撃で破壊されている。

 

 腰のハンドガンを取りながら立ち上がる。

 視界には鎧しか映らなかった。

 

 それだけ近くに、いつの間にか男が近づいてきていた。

 

「……見上げた根性だが、いかんせん弱すぎるわな」

 

 開いた口に銃口を向け……

 

 ――――――――

 

「でぃ、ぃ……」

 

 殴られた衝撃で気を失っていたが、身体の感覚が失われている。

 

「……stand(直立)

 

 スーツの反応もない。

 身体もスーツも完全にイカれたみたいだ。

 

 目の前に倒れるディーの顔を見る。

 痛ましく腫れ上がったディーの顔、唯一破裂せず健在な片目からは涙が流れていた。

 理知的で感情に富んでいたその瞳には、もう何も映らない。

 

「でぃぃ……」

 

 手を伸ばして瞼を閉じてやりたくても、首から下が動く気配がない。

 

 僕はこんな気質だから、あんまり他人との関係が長続きしない。

 そんな僕でも短い期間で心が通じ合えた。

 家族と同じくらい大切だった。

 

 僕が、弱いから。

 ディーだけなら、逃げられたかもしれないのに、

 

 そうか。

 あいつが僕を攻撃した理由。

 

「……人質に、しやがったな」

 

 僕を、ディーの足枷にしたんだ。

 いくら賢いディーでも、人間の生死は即座に判断出来ない。

 

 身体を損壊させない程度の威力で僕を殺して、守ろうとするディーを嬲り殺しにするのが目的。

 怪物討伐という依頼の速やかな遂行の為、躊躇なく人間を殺しやがった。

 

「ぶちころしてやる」

 

 あいつの家族を利用して、居ないなら作り出してでも同じ目に合わせてやる。

 ディーの惨状を目に焼き付ける。

 

 寸分違わず、同じ状態にしてやる。

 

「どれだけ時間がかかろうと、殺してやる」

 

 立ち上がる。

 スーツの残骸が滑り落ちる。

 

 ディーの瞼を閉じる。

 僕の視点はこんなに高かったか。

 

 まあ、いい。

 

「ディー、待っててね」

 

 すぐに、奴も送ってやるから。

 

 

 

 

 

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