迷宮の奥に向かうと、階段があった。
幻素を見るに、最奥が近い。
「さて、勝てるかな」
万全を期すなら、もう少し探索して地力をつけるべきだ。
しかし、これ以上探索を続けることは精神衛生上どうも良くない気がしている。
「行くか」
とりあえず、勝てばいいのだ。
――――――――
階段を登りきると、石の宮殿が森の中に建っていた。
開けた平野を円形に囲う木々と、その中央に佇む宮殿。
あの中に、迷宮を守護する怪物が居るのだろう。
凄まじいプレッシャーが漏れ出ている。
「
鼻で笑って、宮殿に入る。
そこに居たのは、ミノタウロスだった。
「……拍子抜けだな」
何かしら特別な怪物が現れるかと警戒していたが、そんな事はなかったようだ。
戦い慣れた怪物だが、感じる圧はこれまでのミノタウロスの一段も二段も上だ。
「油断はしない」
斧を構える奴に、すり足で近づく。
案の定、間合いに入ると大振りに振るわれる斧を避ける。
回転斬りをしようとした所で背後を……。
悪寒。
バックステップして下がる。
すると目の前に急速に落下する何か。
地面を破壊するそれは、継ぎ接ぎされた肉片で構成された尻尾のような触手だった。
「これは」
その根本は、ミノタウロスの背中にあった。
……やっぱり、一筋縄じゃいかない。
「グピッ、ブミュィィィ?」
歪んだミノタウロスの顔が溶けたかと思うと、紅い肉が盛り上がって顔のパーツらしきものがいくつも湧いてくる。
……グロい。
「こいつは、何だ?」
全く未知の怪物。
身体が自由に変形するのならスライムやら他にもいるが、他の怪物の姿を模倣したり新たな身体器官を作り出すような怪物は知らない。
異様だ。
「変異種か」
迷宮の守護者に限って、あり得るのか?
そう言えば、この迷宮の守護者の情報は見聞きした事がない。
「……誰も、攻略していなかった?」
もし、探索者の身体を模倣できるなら。
先ほどミノタウロスの戦闘パターンを把握していたように、取り込んだ生物の能力を獲得できるなら。
「人に成り代われる怪物?」
現状、怪物を判別する手段は見た目以外にない。
幻石は覚醒者の体内にもあるし、完全に身体構造を模倣できるのならこいつと人間の区別なんてできない。
「危険すぎる」
こいつの存在が明るみになれば、人間は疑心暗鬼になる。
知識まで獲得可能なら人語も解するだろう。
そうなれば判別など不可能だ。
完全攻略された迷宮は、探索者に2択を迫る。
迷宮内の全ての幻素を吸収して迷宮を破壊するか、或いは迷宮を『所有』し定期的に幻素を得るか。
紅原は探索者によって所有されている筈だった。
名前は知らないが、3級探索者だった事は確かだ。
迷宮の所有は早いもの勝ちで、一度所有された迷宮はそれ以降完全攻略されても守護者の幻石以外は得られない。
とりあえず、事の真偽は俺が攻略すれば分かる。
「倒せばいい」
そう、勝てばいいのだ。
――――――――
宮殿の石壁に叩きつけられる。
「うぐっ……」
即座に立ち上がってサイドステップ。
飛来する何かが壁に突き立った。
突き刺さって尚ウネウネと動く肉種は、探るように小さな触手を動かしている。
こいつが癖者だ。
「再生と拮抗しやがる」
身体に刺さっていた幾つかの肉片を無理やり抜き取る。
絡んだ周りの組織ごと取れたそいつを地面に放り踏み潰す。
こいつに寄生されると回復速度が鈍化する。
それに加えてこちらの攻撃は直ぐに回復されるので厄介だ。
複雑に動く触手に、確かな攻撃能力を備えた腕。
肉片を削っても直ぐに湧き上がって回復する。
更に肉種を打ち出して遠距離攻撃もしてくるので、休ませてくれない。
「しんどすぎる」
場合によっちゃ4級相当の怪物だ。
こいつを殺すには再生の余地のない大火力が必要だ。
「魔術とか知らねえし」
どうしたものか。
あの感じ、幻素が続く限り無限に再生しそうだぞ。
――ミチミチ、ネチャネチャ
「その気持ち悪い音出すのやめてくれよっと」
死角から伸びてきていた触手を回避。
思わず前に跳んでしまったので、前に肉片野郎がいる。
槍状に変形した肉片がいくつも襲いかかってくる。
これまでの戦闘で斬撃と打撃に強いのは学習されてしまったようだった。
隙間を縫うように接近。
読まれていたようで、触手に囲まれる。
「チッ」
思わず舌打ち。
それと同時に全方位から襲いかかる触手。
先端についた肉種ごと全身に突き刺さる。
触手の壁を手刀で切り開いて脱出。
「ゲホッゴホッ」
肺に侵入した肉種を抜き取らなければ。
しかし、打ち出される肉種と寄生した肉種が行動を制限する。
……勝てない。
今は、まだ。
撤退するしかない。
宮殿入り口に陣取っている奴を掻い潜って脱出するのは困難だが……。
「おじとぉ゛る」
最早まともに喋れやしない。
時間はない。
走る。
奴に向かって真っ直ぐ、迷いなく。
待ち受ける刺突を取捨選択。
避けるべき槍を見極めながら、最低限の動きで速度優先。
槍を抜けて、本体が見える。
惨たらしい全身を惜しげもなく晒す奴の頭上を跳び越える。
「ムヒィプ?」
さも不思議と言わんばかりの様子で、俺の足を触手で捕らえた。
織り込み済みだ。
槍の負傷で千切れかかっていた右脚を手刀で切断。
捕まえやすいだろう位置に、わざと置いておいたのだ。
賭けだったが、勝った。
宮殿の外に出る。
――プィィィィイ
悔しげに絶叫する奴の声を無視して、階段に落下し転がり落ちた。
――――――――
階段の中腹で、這いつくばるように移動する影が一人。
そう、俺だ。
最早話す気力すらない。
まず肉種を抜かなければならないが、両腕に食い込んだ肉種が神経まで侵食したらしい。
腕が動かない。
片足で抜ける訳もなく、残る手段は一つ。
そう、噛みちぎればいい。
まずは腕。
肉種を噛んで引っ張るも、根が這って中々千切れない。
身体から幻素を吸い上げているのか、肉種は放置すればする程大きく力強く成長していく。
早く取り除かないと俺が乗っ取られかねない。
首と顎がイカれそうになる程力を込めて、漸く一つ抜けた。
口の中で蠢くそいつを入念に咀嚼して飲み込む。
内側から寄生されないことを信じる。
栄養も水分も幻素も、今はあらゆるリソースが足りないのだ。
幾分かマシになった腕と口を使って、残りの肉種を抜いていく。
抜いて、噛む、飲み込む。
その繰り返しだ。
全ての肉種を取り除いて、俺は気を失った。
――――――――
「ここは……」
階段の中腹で寝ていた筈だったが。
いつの間にか見覚えのある池の前で寝ていた。
起き上がって全身を確認する。
脚は再生していて、ボロ切れながらもなんとか服の体を成していた俺の一張羅は遂に無くなっていた。
つまり、全裸だ。
「マタ、ヘンナノマザッテル」
聞き覚えのある声だ。
「服ないか?」
「ナイ」
「お前が運んでくれたのか?」
ツンと顔をそらした妖精を見て、感謝する。
池の上の睡蓮に腰掛けるそいつは、チラチラとこちらを見ては目を細めて俺を観察しているようだった。
「ありがとう」
「……ベツニ」
「で、俺の身体はどうなってる」
身体の内側で蠢く
攻撃や改造を試みているというより、所在なさげな雰囲気だ。
「アイツカラ、ウバッタ」
「能力を?」
「チカラ、カタチ、ゼンブ」
俺はどうも、「何かを取り入れる」事が得意な体質らしい。
「食うと、奪えるのか?」
「フツウ、シヌ」
だろうな。
俺の体質と能力が噛み合って、はじめて起きる現象なのだろう。
「オマエ、ナマエハ?」
そう言えば、自己紹介していなかったな。
名前なんて久しく名乗ってない気がする。
「鈴木道成だ。お前は?」
「……スキニヨンデ」
答えられないのね。
さて、どう名付けたものか。
睡蓮の花言葉は信仰だったか。
英語で信仰はfaith、フェイスだから……。
「フェイだな」
「フェイ?」
「ああ、フェイだ」
自分に名付けのセンスがないのは自覚しているが、今回は悪くないんじゃないだろうか。
「フェイ、フェイ♪」
睡蓮の上で踊っているフェイ。
少なからず名前が気に入ったようだった。
「フェイ、魔術を教えてくれたりするか?」
今回痛感した。
格闘戦しかできないのはキツい。
地上に帰りがてら幻石を取って、売却した利益から武装を用立てるのも選択肢の一つだが、例の男が地上に居る以上それも危険だ。
魔術なら、迷宮内でも習得できる。
種類によっては武器や防具の代わりになるだろう。
「……スコシナラ」
「助かる」
早速教えてもらおう。
「デモソノマエニ、ニク、ドウニカシタホウガイイ」
肉?
俺の背中を指差すフェイ。
振り返ると、そこには肉の触手が生えていた。
――――――――
正直気持ち悪いが、この肉の有用性は戦った俺が一番分かっているので、使わない選択肢はない。
しかし、そもそもあれは何だったんだ?
「フェイ、あの怪物は?」
「ヴェイド」
ヴェイドと言うのか。
そう言えば、確認したいことがあったんだ。
「この迷宮は、完全攻略された事があるか?」
「ナイ」
最悪だ。
それはつまり完全攻略を自称する3級探索者が、高確率でヴェイドとやらである事を意味している。
「ヴェイドは迷宮外に出られるのか?」
「ニンゲン、トリコメバ」
なるほど、流石に無制限に出られる訳じゃないらしい。
「ヴェイドはこの迷宮の外に出たことはあるか?」
「……デラレル、ジョウタイノハ、イタ」
遠回しな言い方だが、恐らく直接的な回答が出来なかったのだろう。
フェイのこの回答は、それなりにリスクを冒したものだと考えられる。
「悪い、フェイ。ありがとう」
「イイヨ」
とりあえず、暫くは俺の体内のヴェイド丿扱い方と魔術の訓練で忙しくなりそうだ。
――――――――
フェイの領域であるこの池は、怪物が水を飲みに来ることはあっても敵対しない、迷宮における数少なく安全地帯の一つらしい。
貴重な水源を汚さないという暗黙の了解から成立しているらしいので、攻撃できない訳ではないらしいが。
「大分自由に動くようになってきたな」
体表を硬化したり、目を増やして視界を広くしたり、或いは肉種を打ち出したり。
ヴェイドは想像力の及ぶ限り、かなり多彩な運用ができるようだった。
……もしかしたら、これもある種の魔術なのか?
「ソロソロ、マジュツヤル?」
「そうしようか」
迷宮内に留まっている為、相変わらず精神は不安定だ。
だが、身近に会話できるフェイという存在が居ることがとても助けになっている。
「マジュツ、ゲンソツカウ」
「消費した幻素は時間経過で回復しないのか?」
「シナイ」
その点、物理的な攻撃は効率がいい訳か。
「ゲンソ、イキルダケデ、ヘル」
「そうなのか?」
フェイが頷く。
「カクセイシタラ、ソウナル」
なるほど。
恐らく、幻素によって再構成された肉体はその維持の為に幻素が必要になるんだろう。
「マジュツハ、ソウゾウ」
「創造?」
「チガウ、オモイと、イメージ」
想像のことか。
イメージは分かるが、想いってなんだ?
「想いってのは?」
「キモチ」
「威力に影響するのか?」
「スゴク、カワル」
魔術は心情に影響されて威力が変わる?
火事場の馬鹿力は魔術でも発生する訳だ。
しかし、一概に良いとも言い切れないのが難しい所だ。
口調的に、どんな心情でもある程度安定して機能する身体とは違って、魔術はかなりコンディションに影響されるみたいだ。
いや、待てよ?
「感情は魔術で操作できるのか?」
「……デキル、デモ、ヤメタホウガイイ」
「理由は?」
「オカシクナル、ドコカ、コワレル」
精神状態を魔術で安定させれば良いかと思ったが、そうは上手くいかないようだ。
その後も質疑応答を重ねながら、フェイの講義を受けた。
まとめると、魔術は消費した幻素量と込めた想いの質、その掛け算で威力が決まるらしい。
魔術の効果や軌道といったものは、イメージによって決まる。
イメージの完成度が高い程早く魔術は発動するので、簡単なイメージの属性魔術が主流。
精神や身体に直接作用する魔術は基本的に自分を対象にしか行えない。
と言った具合だ。
「つまり、割となんでもできるんだな」
「ゲンソカ゚、アレバネ」
因みに、世界中の幻素のうち半分以上を吸収すれば「魔法」を使えるらしい。
世界の法則そのものを書き換えられるんだと。
魔法を習得した者がいるなら、そいつは神と呼んで差し支えないだろうな。