あれから父さんと話して、母さんと再会した。
いつも冷静で静かな母さんが、無言で泣きながら抱きしめてきたもんだから少し困ったけど。
父さんは、母さんを悲しませた俺がどうも許せなかったらしい。
まぁ、俺も同じ状況になったら父さんにキレるだろうから気持ちは分かる。
父さんには俺の状況を全て伝えた。
妖精や身体のこと、それからヴェイドのことも。
俺が未覚醒な事を知ると、父さんは少し不機嫌になった。
どうも未覚醒でこの実力は「理不尽」だと。
5年近く未覚醒で探索し続けた探索者としての父さんにとって、俺は複雑な存在だろうな。
それから、身体も心も少なからず変容した俺を見て母さんは少なからず傷ついたようだった。
父さんは見た目こそ化け物だが心はそのままだったから、そこまで驚かなかったらしい。
俺が一番驚いたのは、母さんが元2級探索者で覚醒も二度経験していたという事実だった。
生物の身体構造や幻素の流れを視認できる特異な眼を持っている母さんは斥候をしていたようだ。
そんな母さんが言うには、俺はどうも攻略前とは完全に別の存在らしい。
主観の連続性こそあるものの、身体の構成要素は全て幻素と未知の物質で置き換わっているんだと。
テセウスの船のパラドクスだ。
ある船は昔から大切に扱われていたが、故障する度に部品を入れ替えられた。
故障と部品交換を繰り返し、ある時には全ての部品が交換したものに置き換わっていた。
最終的に残った船は、果たして初めの船と同じ船と言えるだろうか。
考えても仕方のない事だ。
だが俺自身、変わらない何かがあって欲しいとは思っている。
雪村討伐には母さんも参加していたらしい。
不屈のメンバーのみで行われたものだと協会側も思っていたが、斥候として培った隠密行動で存在が露呈しなかったらしいのだ。
父さんが覚醒するまで雪村の猛攻を凌いだのも母さんだったのか。
いくらなんでも未覚醒者が3級覚醒者を討伐したのは無理があると思っていたので、これで納得できた。
だからと言って偉業には違いないが。
ディーの復活は、ほとぼりが冷めるまで待つことにした。
正直一刻も早く起こして再開したいが、探索者の中で自分の実力を把握してからでも遅くないとは思っている。
――――――――
父さんと俺は、教会支部に推奨されたので等級検査に来ている。
借金と協会破壊という負い目がある手前、推奨されれば我々は逆らえないのだ。
検査するのは、幻石に含まれる幻素量を計測するのと同じ要領らしい。
機械の上に立って、身体の周りをグルグルと回る煩わしいセンサーやらを眺めていれば終わる。
まずは父さんから計測になった。
覚醒者用に大きく作られた筈の計測器、その中に身を縮めることでなんとか収まった父さん。
「幻素濃度、71.6%ぉ!?」
検査機関の担当者が驚愕している。
担当者の等級が覚醒数と比例するのは、覚醒を重ねるごとに体内の幻素濃度が向上し、それに比例して実力も高まるからだ。
父さんの場合、初めての覚醒で3級の中でもかなり上澄みレベルの濃度になったらしい。
前代未聞らしく、必死にデータを取る担当者。
「もう出ていいか?」
「あ、はい。次に道成さん、どうぞ」
そう言われて俺も機械に収まる。
迷宮攻略後は、覚醒以前の面影を残す為に身長を2mと少しまで調整していたので余裕を持って収まった。
まあそんな付け焼き刃の見せかけも母さんには通じなかったのだが。
「え、えらー?」
画面を呆然と眺める担当者。
まさかの計測不可か?
「センサーもシステムも正常、故障では……ない?」
段々と、担当者が俺を見る目が変わってくる。
人間から、化け物を見る目へと。
「……こ、こちらの機器では道成……様の幻素濃度を計測できないようです。すみま……申し訳ありません」
土下座しそうな勢いで何度も謝罪をしてくる。
そんなに怖がられると居心地悪いんだけども。
「因みに、そちらの機械は幻素濃度をどこまで計測できるんですか?」
「ヒッ、99%……です……」
つまり逆説的に99%以上な事が証明された訳だ。
この状態で何度も質問するのも申し訳ないが、もう少し聞こう。
「これまで、俺同様に計測できなかった探索者は居ましたか?」
「ふ、複数の覚醒を得た探索者だと、極稀にいます……」
極稀?
「ヒィィッ、現在確認されている探索者のうち、5名ですぅぅ」
俺の訝しげな視線にビビり散らかした担当者が、そう言いながら検査室から逃げ去っていった。
「……理不尽だ」
俺もそう思うよ、父さん。
――――――――
何も知らなさそうな受付に、より高度な機器が取り揃えられた探索者協会本部で検査することを勧められた。
報告を受けたらしい支部長が、大慌てで父さんのポータブルデバイスに連絡を入れてきた。
「ん?ああ、再検査らしい。リークだあ?」
担当が爆速でメディアに垂れ込んだらしい。
あいつ色々終わってるだろ。
執務室に乗り出した父さんが担当者を引き摺って連れて来る。
「スイマセン、スイマセン!!」
土下座しながら引きずられてきた奴が目の前に置かれた。
何がしたいんだよ、こいつ。
まぁ、いずれ露呈することではあった。
世間からの注目度を見れば俺の立ち位置も分かるだろう。
それを早めたという意味では、ある種の貢献だと捉えるのも……無理があるか。
「これで許してやるよ」
一瞬の威圧。
地面に倒れて痙攣している担当者。
死にやしないだろう。
「……どうする?」
昨今の探索者専門メディアは、取材班として覚醒者を雇っている。
覚醒者相手でも物怖じせずに質問できるし、道路の混雑状況に左右されず現地に最速で向かえるからだ。
つまり、おそらく少なくない数の取材班が建物の前に待機しているだろう。
「裏口は?」
ブンブンと首がもげそうな勢いで横に振る受付。
ないならしょうがない。
「このまま正面から出よう」
「マスコミへの対応は?」
「無視して飛び越えればいいでしょ」
「反応が見物だな」
メディアに雇われる程度の探索者が俺と父さんを追えると思えないからな。
――――――――
「今、正面出口から現れました!!!」
「新たなる最上位探索者が、日本に誕生しました。日本で6人目、世界でも23人目です」
「鈴木道成さんの父、義通氏も第一覚醒にして前代未聞の幻素濃度が確認されています」
「この後、探索者協会本部で幻素蓄積量の測定に移り、正式に……」
う・る・さ・い。
無視するに限る。
「「「「道成さん、義通さん!!」」」」
「行こう、父さん」
「……ああ」
少し踏ん張って地を蹴れば、人垣が豆粒に見えるくらいまで高くに居た。
ビルを飛び越えて本部に向かう。
感の良い連中が追いかけようとしたみたいだが、身体能力に乖離がありすぎて直ぐに諦めたようだった。
「最上位探索者か……」
少なくとも、現存する探索者の中で俺の実力はかなり上澄みのようだった。
――――――――
「……こちらへ」
本部の前でもう待ち構えていた連中を掻き分けて本部に入ると、本部の中はもぬけの殻で1人の受付嬢が俺等を待っていた。
「他の探索者は?」
「現在、情報統制が敷かれております」
大袈裟、でもないのか?
世界有数の探索者と言えば、現在は核兵器と並ぶ抑止力の一つだ。
情報の露呈は避けたいのだろう。
と言うか、返答として適当じゃないだろその言葉。
互いに知らないで良いことは知らない方がいいんだろうけど。
エレベーターに乗って、受付嬢が操作盤下部の取っ手を捻った。
そして現れた穴に異常に構造が複雑な鍵を突き刺した。
「おぉー」
子供心を刺激された父さんが興味深そうに見ている。
良く考えたら、再測定に父さんが立ち会う理由ないよな。
情報統制ガバガバか?
ガコンと下に動き出したエレベーターが、扉上部にも表記されていないような地下階層に向かって降り始める。
確かに、ロマンがあるな。
落下と見紛う程の速度で30秒程降下。
急速に減速して止まったエレベーター。
非覚醒者なら死にかけない挙動だ。
「どうそ」
扉を抑える受付嬢の案内に従ってエレベーターを降りる。
目の前には、喧嘩腰でこちらを見る男。
引き締まった身体した探索者らしき男は、探索者としては低めの190cm程の身長だ。
しかし、彼が探索者として上澄みであることは一目見て分かった。
立ち振る舞いに溢れる自信が凄まじい。
「こいつが?」
そう男が問いかけるのは探索者協会会長、柴崎徹だ。
世事に詳しくない俺でも分かる有名人で、現役探索者でもある。
「えぇ、お二人とも、ようこそいらして下さいました」
そう言ってまず父さんに手を差し出す徹会長。
俺としては好感触だ。
次に差し出された手を握る。
直ぐに察した、測られていると。
父さんは何とも思わず相手にしなかったようだけど、俺はそこまで大人じゃないからな。
全力だとどうなるか分からないので、徐々に力を込めてみる事にする。
魔術による強化なしで、1割。
ムッとした表情の徹会長。
手加減し過ぎたか?
2割、3割辺りで冷や汗をかいてきた会長。
4割に到達する前に音を上げた。
「いやぁ、あっはっは。参りましたな、これは」
会長が力を緩めたのでこちらも止めたが、会長の掌は青くなっていた。
そう言う会長の横で俺を凝視する例の失礼な男。
「誤診ということは万が一にもない事は分かっていましたが、前もって少し測らせて頂きました。失礼を致しました」
「おめぇ、強えな」
会長の話を遮るようにそう続けた男。
「俺は影崎瞬。世界ランキング11位の最上位探索者だ、よろしくな」
差し出した掌は魔術の強化がモリモリで、やる気満々らしい。
腕に集中した幻素を見れば一目瞭然だ。
「ああ、道成だ。よろしく」
付き合うのも馬鹿らしいのでパンと掌を叩いて手を引いた。
すかされて舌打ちをする影崎。
「つまんねーの」
幻素のムダ使いってね。
「では、こちらへ」
そう言って先行する徹会長についていく。
暫く歩いていくと、広い空間に出た。
ガラスに隔てられた2つの空間。
一つは手前の観測室で、もう一つは奥の巨大な天秤だ。
人間を乗せられる程の大きな皿が両端にかけられた天秤の片側には見たこともないほど巨大な幻石が乗っている。
「あれは……」
「見た通り、秤さ。幻石のもう片側に立ってもらって、傾きで幻素量を算定する仕組みだ。原始的で申し訳ないが、これ以外の計測法が確立されてないのでね」
「計れるのなら問題ありません」
そう返答すると、頷く会長。
「では早速、始めようか」
――――――――
ガラスの向こう側へ行き、皿の上に全裸で立った。
計測の問題で衣服は邪魔らしい。
正直探索時の生活で裸にはすっかり慣れてしまっている。
一応、ガラスの向こう側は俺の俺が見えないように加工されているみたいだが。
キュルキュルと歯車が回って、天秤が傾いていく。
ガラスの向こう側が大騒ぎだ。
天秤は、俺側に傾いていた。