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瞼を開けて真っ先に視界に入ったのは、真っ暗な画面に浮かぶ2つの青い点だった。
「……ぅえ?」
「あ、起きましたか?」
私の素っ頓狂な声に反応して、目と鼻の先にある液晶の奥から少し低い音声が鳴る。それを聞き、これがロボットの頭なのだと理解した。
彼は表情を変えず(そもそもロボットの情動は読めないのだが)、自らの鞄からペットボトルを1本取り出した。
「水です。飲んでください」
「……あ、ありがとうございます?」
差し出されたそれを訳も分からず受け取り、キャップを取って飲み始める。
周りを見回せば、広めの原っぱと古びた遺跡、その向こうに立ち並んだ石造の住宅街──つまり、見慣れたトリニティの風景が確認できた。見上げると生い茂った緑。私は木の幹を背にして眠っていたようだ。
視線を正面に戻し、目の前のスーツを着た大人をじっと見る。彼はそれに気付いて居心地が悪くなったのか、左腕に付けた時計を一瞥した。
「えーっと、貴方は……?」
当然の疑問を投げかける。彼は私の言葉を聞くと目を見開くように瞳孔部分の発光範囲を縮小させ、「少し待ってくださいね」と言いながら鞄の中を漁り始めた。私が追加で2口水を飲んだところで、財布から1枚の名刺を取り出す。
「こういう者です。まあ、しがない会社員って訳ですよ」
両腕をぴんと伸ばして名刺が差し出される。私もその様式に合わせ、ペットボトルを脇で抱えてから両手で受け取った。
つるつるとした感触のそれに視線を落とす。白を基調としたシンプルなデザインで、中央に『廣井ハジメ』と大きく印字されていた。
「廣井ハジメさん……で合ってますか?」
「はい!」
彼の目が三日月形に変わる。心根が優しい人なんだなと思った。
「昼ご飯を食べる場所を探していたら、そこで倒れている貴方を見つけまして。熱中症かなぁと思ったので、勝手ながらここに寝かせた次第です」
ハジメさんはそう言いながら遺跡のすぐそばを指差す。状況を聞く限り、どうやら上手く脱出できていたみたいだ。
私は深く息を吐き、安堵感に包まれる。水分不足で倒れはしたが、それでも今は木々を掻い潜って差し込んでくる日光が愛おしくて仕方ない。身体の内側からぽかぽかと温まるこの感覚はいつぶりだろうか。
「見ず知らずの私を助けていただけるなんて……本当にありがとうございます!」
私はペットボトルを持ち直し、座ったまま頭を下げた。謝辞に対し、彼は大きな反応を示さず「いえいえ」と控えめに口にしたかと思うと、
「それより授業は大丈夫ですか?既に始まっていれば連絡を入れますが」
と心配そうな声を出し、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
「……あー、えっと……」
返答に困り、煮え切らない反応をしてしまう。完全に不測の提案だったが、言われてみれば確かにそうなのだ。
あそこにいた時は日常が所有する細かい事を考えている暇がなかったけれど、ここに戻ってきたらそういった立場上の義務を嫌でも考えなければならない。今回で言うなら……長期間に渡る無断欠席の弁明だ。
「もしかして、今日は休校だったり?」
「そうでは……ないんですが」
私が連絡を渋るのは決して怒られるのが嫌だからではない。正直な所、仮に留年したとしてもそこから頑張れば問題ないだろうとさえ思っている。
それでもこのタイミングでしたくないのは、1つの懸念点があるからだ。
それを避けるために、私は脳をフル回転させて言い訳を考える。兎にも角にも材料を探すべきだ。取りこぼさないように周りを観察して、彼を観察して、私を観察して──
「──あ!」
この状況を切り抜ける糸口に辿り着いた。手放しで良い策とは言えないが、もはやこれしかないだろう。
「ハジメさん、私の服装を見てください!」
「服装……ですか?」
「はい!!」
私は彼の繰り返しに対して元気よく言葉を返し、着ているパーカーとズボンをそれぞれ指差した。
「私、制服を着ていないじゃないですか!実はなんと……不登校なんです!!」
連絡させないためだと考えるのならば合理的ではあるが、ハジメさんの優しさにどっぷりつけ込む立派な下策。今すぐ教会に駆け込んで懺悔したい気分だ。
「なるほど……そうだったんですね」
ハジメさんはスマホを握った腕をゆっくりと下ろし、何とも言えない空気を作り出している。本当の事を言うよりかはマシな空気なのかもしれないが。
「すみません、そこまで考えが至らなくて……」
「いやいや、そんなに気を遣わなくたって大丈夫ですよ!別に虐められてたとか監禁されてたとか、そういうのじゃないので!」
「……そうなんですか?」
「そうです!……自分探し的な!」
右手の人差し指をぴんと伸ばして適当なポーズを取り、能天気を精一杯演出する。その瞬間、思わず力んでお腹に力が入り、先天的に能天気な腹の虫が声を上げた。
「……的な……あはは……」
恥ずかしくて顔を隠したいのに、空腹で苦しくて腕はそちらを介抱しに行く。頭が茹で上がってしまいそうだ。
「……ふふ」
ハジメさんが少しだけ笑った。笑ってくれたのなら、悪くない選択だったかもしれない。
私はその余韻を閉じ込めたくて、ペットボトルの水を空っぽの胃に流し込んだ。
「お腹が空いているのなら、これをどうぞ」
私が水に夢中になっている内に、彼はどこからかお菓子の袋を取り出していた。表面にグミと印字されている。様々な味が入ったタイプのようだ。
「グミが好きで常に持ち歩いているんです。貴方も……えーっと」
「レイサです!」
「レイサさんも、これを食べたらもっと元気になれますよ」
「わぁ……!ありがとうございます!!」
名刺をポケットに入れ、ペットボトルを足に乗せてからグミの袋を受け取った。それを破き、グミを1つ口に入れる。
舌にグミが乗った瞬間、口内にかつてない甘みをじんわりと感じる。長期間無味のパンしか食べていなかった私にとって、それはまさしく劇薬だった。口を閉じ、グミを優しく舌で包み込む。そうしていると舌が、顎が、背骨が興奮のあまり疼き出した。今でさえこんなに幸福を感じているというのに、これを噛んだらどうなってしまうのだろうか?
グミを舌の上から解放し、前方へと持っていく。そこでは前歯が物欲しそうに待っている。この宝石を、価値あるものを乱暴にしたいという下卑た欲が私を突き動かした。私はグミの表面に歯を挿し込む。グミはそれに従うように、私の型が付くことを許した。その事実に胸が打ち震え、私の身体から激しい情の奔流が溢れていく。
私はグミを噛んだ。噛んで、噛んで、ひたすら噛み続けた。噛むたびに甘みを増して、咀嚼に収まりきらない弾力が私の心を掴んで離さない。果汁そのものを飲んでいるのではないかと錯覚し、同時に、まだ見ぬグミの衷心を知りたいを強く望んだ。
1つ食べ終えると、あの食感が恋しくなった。味わいたくてたまらなくなった。1つ、また1つと、私の喉の奥に消えていっては虜にされていく。私は誇張なく、これ以上ないくらい幸せだと思った。
「美味しい……!!」
「ですよね、良いですよね!」
ハジメさんも嬉しそうな声を上げた。それがまた私の胸を温かくして、じわじわと幸福を味わう。
その時、私の脳が神経の信号を捉える。臍の先、赤い口。その奥に甘い電流が走った。私はそれらの存在がバレないよう、パーカーの端を掴む。今正に、私の仲間──眷属が生まれたのだ。
「どうかしましたか?」
「えっ!?いや、何でもないですよ?」
予想外の勘の良さに思わず情けない声が漏れる。明らかに何かがある反応をしてしまった。私はどうにか話題を逸らして切り抜けなければと思い、
「あの、そろそろ職場に戻った方が良いんじゃないですか?結構時間が経ってるでしょうし」
ともっともらしい意見を畳み掛ける。
どうやら作戦は成功したようで、彼はその言葉を聞いた後に腕時計で時間を確認した。そして、
「確かにそうですね。そうしましょうか」
と言いながら立ち上がり、ズボンに付いた土などを払ってから鞄を提げた。
「もう自分で歩けますか?」
「大丈夫です!重ねてにはなりますが、本当にありがとうございます!」
ハジメさんはビシッと右手を額に付け、敬礼のポーズを取る。硬い機械のはずなのに、柔らかく微笑んでいるように感じられた。
「レイサさん、良い一日を!」
「良い1日を!」
私も同じポーズを取って笑顔を作る。そうして彼はこの広場から離れていった。
「……良い人でしたね」
倒れていた私を助けて、水もグミもくれて。彼のような人々を守りたくてパトロールを始めた事を思い出す。
『……!』
パーカーの下でそれらがモゾモゾと動き、何かを発している。確認しようとパーカーをたくし上げると一斉に姿を現した。
白色の外表に紫、オレンジ、水色の顔。嫌悪感はなく、むしろぴょこぴょこと飛び跳ねていてすごく愛おしい。
「すみません、苦しかったですよね?」
『ダイジョウブ!アエテウレシイ、ゴシュジンサマ!』
私から生まれたからなのか、この子達は私にものすごく懐いている。気軽に連絡できない今の状況では本当に心強いものだ。
立ち上がり、空になったペットボトルを捨てに向かう。これを捨てた後、久しぶりのパトロールに出よう。
「……しばらくは、学校に通えないでしょうね」
彼らにとっては、授業中なんてものは全く関係がないのだ。だから住民が襲われている時に教室から動けない、ということは出来るだけ起こしたくない。友達の皆にだって本当は会いたくて仕方がないけど、状況の複雑化を考慮するととても軽い気持ちでは会えないし。
「でも、これは私がしたいことですから」
皆の笑顔が守れるのならそれでいい。少なくとも、今はそう思っている。
ゴミ箱に入れたペットボトルが軽く鈍い音を立てた。
『ゴシュジンサマー!』
その時、遠方から眷属の声を聞き取った。グミよりも低く重い声──キャンディだ。
『デタ、デタ!』
出た。つまり、今まさに誰かが襲われているということだ。
「案内してください!」
私の命令を聞き、キャンディがまっすぐ街中へと向かう。手に汗を滲ませつつ、私はその現場に走り出した。
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「手に入れた……手に入れたぞ、ヒトプレス!」
入り組んだ路地裏を抜けた先にそいつは1人で立っていた。容貌はこの辺りでよく見る普通の女子高生だが、姿勢もポーズも発する言葉も明らかに普通ではない。クロだと判断して問題ないだろう。
「これで今日の分の闇菓子が手に入るぜェ!」
「そうはさせません!」
「……あ?」
彼女は私の言葉に反応し、振り返ってそのギラついた視線を私に送った。
「誰だお前……ああ、こいつの知り合いか?」
そう言いながら、彼女は右手に持ったヒトプレスを掲げる。
「なっ……!?」
私はひどく驚いた。ヒトプレスにされていたのが、ハジメさんだったからだ。
「当たりみてェだな」
彼女はニヤリと笑い、セーラー服をたくし上げる。瞬間、腹部の大きな口から舌が伸ばされた。長く素早いそれは私との距離を容易に縮め、今にも捕まえんとする。
だが、私はそれにやられる程弱くはない。
「そう来るのなら──」
こちらもパーカーに付いたジッパーを開き、ガヴを露わにする。
「──出てください、ガヴガブレイド!!」
私の身体を絡め取られる刹那、声に呼応してガヴから剣が勢いよく射出された。
「なっ!?」
いきなり想定外の方法で攻撃され、生徒に擬態したそいつが舌を引っ込める。
「赤いガヴ……お前、グラニュートかよ!」
「だったらどうします?」
「ハッ、聞かれるまでもねェ」
言いながら彼女が腹部の大きな口に付いた人形を外したかと思うと、禍々しい光と共にあっという間に正体を現した。
全身が黒色の肌をしており、更に所々を茶色の毛皮で覆っている。頭部は犬を思わせる造形をしていた。さしずめ猟犬といったところか。
「お前もブッ倒して闇菓子を手に入れる。それだけだァ!!」
「……させませんと、言ったはずです!」
私はズボンのポケットに手を入れ、グミの眷属を取り出した。そしてガヴの上顎を開き、舌の中央にセットする。
《Gummy!》
《Eat gummy! Eat gummy! Eat gummy!》
私はガヴの上顎を閉じ、レバーを右手で握ってゆっくりと回し始めた。たちまち周囲に透明なバリアが発生し、加えて腕から、足から、身体中の至る所からグミ型のエネルギーも生まれ、その内側を浮遊する。
「──変身ッ!!!」
瞬間、左手でボタンを押し込み、眷属の轟く雄叫びと共に実体化したエネルギーを一気に取り込む。身体の構造が根本から組み替えられていると直感する程に激しい衝撃を受け止めて、そうして私は全く新しい私に生まれ変わった。
《Poppin’gummy! Juicy!》
弾けるように前方に屈み、グラニュートを視界の中心に据える。変身前とは比べ物にならない広い視野が、却って私を冷静にした。
「変身……だと……!?」
「驚いている暇はないですよ!!」
私はすぐさま地を蹴り、地面に落ちた剣を拾い上げて一気に駆けた。
「たあああッ!!」
身体を思い切り動かすために叫び、勢いそのままでグラニュートの上半身を横一直線に斬り抜ける。そして、
「は、早──」
彼が言葉を言い終わるよりも素早く、手首をスナップさせて逆方向から斜めに斬り上げた。
「ぐうッ!?」
突然の猛攻にグラニュートが大きな悲鳴を上げる。しかし私は間髪入れずに蹴りを入れて体勢を崩し、前に突き出した足で強く地面を踏みしめ跳び上がった。決して手は緩めない。
「真っ二つです!!!」
私は両手でグリップを握り、重力を乗せて剣を垂直に振り下ろした。
「ぐあああッッ!!」
グラニュートが激しい火花を散らす。トドメには届かなくとも、今の攻撃はかなりのダメージになったはずだ。
「まだまだぁ!!!」
着地してから更に剣を振り上げる。しかし流石に相手も学習したのか、一閃をすんでのところで横に跳んで避けられた。私達の間に再び距離が生まれ、動き出す瞬間を見逃すまいと互いに睨み合う。
「……まさか、そんな力を持っていたとはな」
「私も驚きましたよ。なにせ、皆を守れる力が手に入ったんですから!」
「どこまでもムカつく野郎だ。すぐにでもその減らず口を言えなくしてやるよッ!!」
啖呵を切り、グラニュートが一直線に走って近づいて来る。私は攻撃に備え、剣を再び構えた。
「何度来ようと、コレで応戦するのみです!!」
グラニュートが間合いに入った瞬間、どこから攻撃されても良いよう大きく水平に斬り払った。が、
「同じ手を喰らう程馬鹿じゃねェんだよ!!」
と叫ぶ彼の手に剣をガッチリと掴まれた。
「な、まず──」
不意を突かれて一瞬動きが鈍くなった私は、その隙に胸部を強く殴られた。弾性限界点を超えた装甲が弾けたために大ダメージを免れることは出来たが、剣を握られたままよろめく。
「壊れたっつーことはよォ……弱点が露わになったんだよなあッ!!」
「がッ!?」
装甲がなくなった部位を殴り抜かれ、私は後方に吹っ飛ばされる。背中が壁にぶつかり、悲惨な轟音を立てた。
「あっけないもんだなァ、ヒーローってのは!!」
グラニュートが剣を乱雑に投げ捨て、追い打ちをかけるために再度こちらに迫る。
正直、今の攻撃はかなり効いた。胸部装甲がダメージを軽減してくれなければ、あの怪力はまともに受け切れないだろう。
「何か……対抗策がないと……!」
私が勝つには、どうにかして彼の攻撃を耐えながら戦うことが絶対条件だ。だからと言って全て避けるというのは無理があるし、有効な手立てが要るのは確実。
私が頭を悩ませていたその時、頭蓋の内側に1つの声が響いた。
『イートグミ、イートグミ!』
声の在り処を探すために下を向く。わずかな時間だが、オレンジ色のグミの眷属がガヴに飛び込む姿が見えた。
「……分かりました!」
意思を汲み、ボタンを押して取り込む。するとその子が雄叫びを上げ、私は再びガヴからエネルギーを摂取した。
力が湧き上がり装甲を生むのは先程の変身と同じだが、しかし確かに違う何かを感じる。それは私の右足に集約し、大きな闘志を形作った。
《Kickin'gummy!》
「すごい……これなら行けますッ!!」
「ゴチャゴチャうるせー奴だなァ!!」
グラニュートが至近距離まで近づき、固く握った拳を振りかぶる。私はそれに対し、左手を地面につけて右足を突き出した。
「なっ──ぐおッ!?」
瞬間、激しい衝撃と共にグラニュートが勢いよく弾き飛ばされる。その速度は相当なもので、あっという間に反対側の壁に衝突した。
「これで形勢逆転、ですね!!」
私は立ち上がり、右足で強く地面を踏んで構える。
「このままフィニッシュです!!!」
「……させねェ、よ……!」
地に伏している彼が、こちらを鋭く睨みながら言葉を漏らした。
その直後、禍々しい光を発してその姿を変える。横幅の広い胴が随分と細くなり、それに合わせるように手足を──4本の足を伸ばした。つまり、彼は真に獣となったのだ。
「俺はここで終わらねェ……逃げ切って、また闇菓子を食ってやるんだァ!!」
瞬間、彼は高く跳び上がって建物を駆け上がり始めた。追いかけなければ今回のようなことを繰り返すだろう。
「逃しませんよ!!」
私はキャンディの眷属をセットし、ボタンを押し込んだ。それによってガヴの奥が光り、かなりの大きさのバギーを吐き出す。
「……どこから出しているのかは分かりませんが、ありがたく使わせていただきます!」
バギーに乗り、車体ごと力一杯跳び上がった。猛スピードで壁を登って屋根に着地、その後に周囲の状況を確認する。
見たところ、ほとんどの場所にはいつも通りの穏やかな時間が流れているようだ。しかし、いやだからこそ、ある地点だけがひどく目立っている。悲鳴や驚動が入り混じる、ひどく騒がしい場所と化していたのだ。
「きっとグラニュートがあそこに……!」
私は再びバギーを動かし、屋根の上から全速力でグラニュートを追いかけた。進むにつれて騒ぎが大きくなっているのが感じられ、その中心がどこにあるのかを自ずと理解する。そこを見れば、彼は道路のど真ん中を走っている最中だった。
本当はもう少し目立たずに行動をしたいが……こうも人目がつく所に逃げられたら仕方がない。私は覚悟を決め、
「すみませぇぇぇん!!!」
と謝罪の言葉を叫びながら道路に着地した。割り込むだけでなく明らかに法定速度を超えてしまってもいる。これだけの違反をしているんだから絶対にグラニュートを捕まえないと、と更に強く心に念じた。
「げッ、またお前か!!」
「私の目が黒いうちは、逃げ切れるとは思わないことです!!」
スピードをぐんぐんと伸ばし、ついにグラニュートの真横に辿り着く。その瞬間、バギーのホイールから硬質弾が大量発射された。
「……乗り物も武器なのかよッ!?」
それらは彼の身体を際限なく殴りつけ、道路から吹き飛ばす。そうして転がった先は、先程まで私がいたあの広場だった。
「……馬鹿な……同族にこんな奴が!?」
私も広場に到着し、バギーから降りてガヴのレバーを回す。
《Charge me!Charge me!Charge me!》
「どうしますか?二度と闇菓子に関わらないか……この場で私に倒されるか!」
「闇菓子を諦める!?ありえねェ!!答えは『お前をぶっ倒す』だァ!!」
「……分かりました」
ボタンを押し込み、深く踏み込んで地を蹴った。高く跳び上がり、視界の中心にグラニュートを見据える。
《Kickin'gummy Kick!》
右足を真っ直ぐ伸ばし、全ての重みを乗せた一撃を放つ!
「たぁぁぁあああ!!!」
両者の距離は凄まじい速度で縮まっていく。グラニュートもせめてもの抵抗として自らの拳を振るった。しかし、
「ぐぼッ──!?」
それは全くの無駄に終わった。拳はいとも簡単にひしゃげ、背は針金を曲げるように容易に折られ、全身はミキサーでかき混ぜられたように力の入れ所を見失っていた。
「が、ぁぁぁあああ!!!」
私は跳ね、彼から離れる。その直後、激しい轟音と共にこの戦いが幕を下ろした。
『シアワセー!』
──────────────────────
ヒトプレスに巻き付いた赤い帯を剣で斬る。すると、アクリルスタンドのように見えるそれはたちまち光を放ち、元の人間へと戻った。つまり──
「……ハジメさん!」
彼はすぐにこの状況が掴めず、「え?」という言葉だけを口に出した。しかし、数秒が経った後にこちらを凝視し始める。
「……あ、あの──」
「ば、化け物!!!」
「──ッ」
彼は大きな悲鳴を上げ、よたよたと走り去って行った。当然、昼に見せてくれたあの笑顔はどこにもない。恐怖に支配された、私にはどうしようもない顔だ。
「……はぁ」
溜息が漏れる。胸の内にドス黒い後悔が渦巻く。
「状況が掴めていなかったのは、どうやら私の方だったみたいですね」
化け物。私のこの姿は、皆を守れると同時に恐怖のどん底に叩き落とせるものなのだ。
「……これが本当の姿じゃないって、私だってわかってますけど」
それでも、期待だけでもさせて欲しかった。
「もう私は、普通には戻れないんですね」
『キテル!キテル!』
立ち尽くしている私に、今まさに走ってきた眷属が呼びかける。来てる──つまり、この辺りを巡回するエージェントがすぐそこまで辿り着いたのだ。
『ニゲテ!ニゲテ!』
「……ありがとうございます」
立ち止まっている暇はない。私は歴史を、想いを、その裏で蠢く悪を知ったんだ。私にはそれを何とかする力がある。だから進み続けなければ。
仮面の下に涙を隠した、臆病者の英雄譚。
今はまだ、その内容を知るものはいない。