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身体の構造が根本から組み替えられていると直感する程に激しい衝撃を受け止めて、そうして私は全く新しい私に生まれ変わった。
《Caking! Amazing!》
「返してもらいます。杏山カズサを──泣くスケバンも黙る恐怖の怪猫、キャスパリーグを!」
ホイップをまとったレイピア──ホイッピアを構え、私は狼狽える二人を視界の中心に据える。
対するシータとジープは心を通わせるように目を合わせると、硬い道路に転がった杏山カズサの首根っこを掴んだ。
「そんなこと言ったって、アンタのお仲間がこっちに取られてる事実は変わらないんだから!」
「そうだ! お前が少しでも妙な真似したら、こいつの命はないと思えよ!?」
人質作戦。どうやら、私との戦いは前回と同じ手で事足りると思われているようだ。まあまだ数時間しか経っていないし、当然のことか。
私はホイッピアの鍔に取り付けられた絞り袋をゆっくりと押し込み、杏山カズサの方へ──彼女を囲っている二人の方へと向けた。
「そういった搦め手は、予想外だから成立するものですよ。既に対策を練られていればただの徒労です──」
直後、剣先からクリーム状のエネルギーが二発打ち出される。それらはシータとジープの顔面めがけて飛んで行き、二人の注意を十分に引き付けた。
「ハッ、こんなショボい弾がその搦め手だって!? 俺たちをナメてんじゃねぇ!」
「こんなの避けるまでもないわよっ!」
そして、彼らは武器を取り出し、エネルギー弾を簡単に弾く──
「──搦め手というのは、こうやって使うものですよ!」
《Whip Party!》
その刹那、エネルギー弾は二人の攻撃を避けるように回り込むと、またたく間に放射状に拡散して、二体の槍を握った兵士──ホイップ兵を作り出した。
「なっ……!? 新しい人間!?」
「皆さん、杏山カズサをこちらへ!」
いくら喧嘩が強い相手といっても、狼狽えていれば何の力も振るえない。私の想像力を上回れなかった双子は、状況を飲み込むまでに数秒の硬直を要してしまった。その隙を見たホイップ兵が、勤勉にも杏山カズサをこちらへと投げ飛ばす。
「わ、私の扱い、雑すぎるでしょ──!」
当の本人は不満を漏らしているが、これが最善である以上は仕方のないことだ。私はドッジボールの要領で、杏山カズサを両腕に受け止めた。
「大丈夫ですか、杏山カズサ!」
「……はぁ、死ぬかと思った……」
「でも死んでませんから! ほら、立ってください!」
「……言われなくても分かってるって」
彼女はうんざりした顔を浮かべて、それからクレバスを恐れる登山家のように慎重な足取りで地に足をつける。
「生きてたんだね。アンタ」
「はい! 結構危なかったですが、スズミさんが助けてくださったんです!」
「……そっか」
杏山カズサは少し目を伏せた。しかしすぐに正面に向き直り、パーカーの下からヴァレンバスターを抜いた。
「宇沢から貰った眷属、どっか行っちゃったっぽくてさ。適当なのを見繕ってくれると助かるかも」
「了解です! 眷属の皆さん、どなたか杏山カズサを助けてもいいという方はいらっしゃいませんか?」
私の呼び掛けに、近くで集まっていた眷属たちが一斉に話し始める。わいわいがやがやと会話を弾ませて、最終的に一体の青い眷属が群衆の中から飛び出してきた。
「この方が助けてくださるそうです!」
「……決まるのってそういう感じなんだね。ありがとう、でいいのかな」
「はい!」
杏山カズサと軽く言葉を交わしている内に、青い眷属はヴァレンバスターに飛び込んでセットされる。
《 Donut 》
《 Set donut Set donut Set donut 》
「絶対にリベンジしますよ、杏山カズサ! 私について来てください!」
「はいはい。安心して無理して来な、私がサポートするからさ」
その言葉を聞き、私が地を蹴った直後──
「──変身!」
腹に力の入った、芯のある声が背中を叩いた。
《 Doumaru Mofumofu 》
「シータ、ジープ! 覚悟ぉぉおおお!!」
突如現れたホイップ兵の槍撃に手を焼き、防戦一方となっている双子。その乱戦の渦中へと、私は弾かれたように飛び込んでいく。
「……赤ガヴッ!」
「はい、宇沢レイサです!」
急接近するこちらの気配にいち早く気づいたシータが、忌々しげに銃口をこちらへ向けた。
放たれた青の弾丸が空気を切り裂いて迫ってくる。しかし、私は臆することなくホイッピアを振るい、吸い付くような滑らかな軌道でその一撃を華麗に受け流した。
「今の私には、何発撃とうが無駄ですよ! とりゃー!」
更に踏み込み、私の初速に対応しきれていないシータを真正面から薙ぎ払う。
「……ぐッ……!」
彼女は苦悶の声を漏らし、何歩も後ずさった。
「シータに触るなァ!!!」
すると今度は、相棒の窮地に激昂したジープが、目の前のホイップ兵を力任せに叩きふせてこちらへと肉薄してくる。
「……そうですか!」
このままシータへ追撃を仕掛けるのは無理だと判断した私は、瞬時に思考を切り替えた。シータが構えるロッドの銃口めがけてホイップ弾を撃ち込み、その射撃能力を封じる。
直後、強烈な風圧を伴って迫るジープの一閃に対し、私は身体を翻した。電光石火──縦一直線に払われた刃は、ホイッピアの刀身に難なく受け止められた。
「お前のせいで……お前のせいで、私たちはッ!!」
彼は獣のように吠えながら斬撃を浴びせ続ける。その度、私も狂いのない太刀筋で斬り返す。火花が散り、終わりを忘れたかのように長い、激しい鉄の打音が鳴り響く。
「全部上手く行ってたのに、あのまま社長に上り詰めたはずだったのに! シータと一緒なら──私たちなら、誰にだって負けないのに!」
「そう言いながら、私の方が優勢みたいですが!?」
「うるさいッ!!!」
その時、ジープの武器捌きが目に見えて鈍った。私に煽られて、その心に焦りと怒りが混ざったのだろう。決定的に、彼は冷静さを欠いたのだ。
「──そこですっ!」
狙い所のブレたナイフの軌道を、私は素早く身を屈めることで完全に回避する。がら空きになった彼の懐へ滑り込み、その腹部に向けて強烈な一突きをお見舞いした。
「がッ……!?」
「細かい部分が疎かですよ!」
突然破れた均衡に押され、ジープは大きく体勢を崩す。
チャンスだ。しかし、相手もそれを理解しているから、簡単に負けないようシータが横槍を入れるはず。双子の抜群なコンビネーションを考えると、むしろとっさに追うのは罠という線もありえる。ここは安定を取って下がることにしよう──
「──なんて」
以前ならそう考えていたことだろう。ついてくるリスクを見るばかりで、目の前の敵に集中するべきなのに、考慮しなくていいような余計な気遣いを無意味に積み上げていたことだろう。力にならないかもしれない、邪魔になるかもしれない、連携のためにしたことが不要なお節介になるかもしれない──そんな情けない気の揉み方で。
でも、今は違う。ここにいるのは、私と一緒に戦場で肩を並べているのは、誰よりも信じて背中を預けられるライバルなのだから。
「杏山カズサ! シータを頼みます!」
「言われなくても!」
思っていたよりずっと近く、私のすぐそばで言葉を返され、直後にエネルギー弾を受け止めたような衝撃音が鳴った。どうやら彼女は私が助力を欲しがる前から、既に狙いを理解していたようだった。
◇
私は前腕に装着されているリングを構えて、宇沢に向かって放たれたエネルギー弾を軽々防いだ。
「悪いね。さっきまで私たちを一方的にボコボコにしてたのに、いつの間にか私とよく分かんない槍兵で三対一になっちゃってさ。ほら、勝てない戦いって全然楽しくないでしょ? だから若干申し訳無くもあるんだけど」
おどけた口調で繰り広げる、スケバン時代に磨き上げた一方的なポジショントーク。相手をイライラさせるためだけに存在する悪趣味な言い回しの数々は、精神的な優位から引きずり降ろされたシータの腕をわなわなと震えさせるには十分すぎる出来だった。
「……言わせておけばっ!」
シータが怒りの形相で叫ぶと同時に、彼女の腹部に開いたおぞましい大口──ガヴが、禍々しい光を放ちながら激しく脈動する。次の瞬間、吐き出されるようにして、フードとマスクで顔を隠したエージェントが二体、姿を現した。
「そこの白いヤツらを止めろ!」
シータの鋭い号令を受け、エージェントたちは首肯もせずに即座に突撃する。しかしこちらも、ホイップ兵たちが槍を構えて、我が身を顧みずに応戦した。
「……これで、私とアンタで一対一。そう言いたい訳ね」
「上から目線でゴチャゴチャ言うな!」
シータは私のぼやきに噛み付くと、脇目もふらずに、単発銃を乱射しながら私の元へと走り込む。
「お前に俺たちの何が分かるんだ! 全部見透かしてるみたいなムカつく顔しやがって、今すぐにボコボコにしてやる──!」
「……はぁ。キレてるせいで、ろくに周りも見えなくなってるじゃん。それ以上は負けた私が惨めになるからやめてよ」
軽く息を吐き、腰に差したヴァレンバスターの銃身を開いた。刹那の後、腕部と胸部のリングが装甲から分離して、シータの周囲を飛び回る。
「何を……!」
「──これからアンタにツケを払わせんだよ!」
銃身を閉じた瞬間、四つのリングは指向性を持ち──私の鼻先まで近づいた彼女を弾き飛ばした。
「ぐッ……!?」
「手下を出せるのは誰の専売特許でもない、ってね!」
チョコドンフォームに数段勝る脚力ですぐさま地を蹴って、まだ着地していないシータに追いつく。そして、狼狽えた彼女の顔面を見据え──
「──歯ぁ食いしばれぇ!!!」
全力の右ストレートを放った。
シータは更に速度を増して、テラス席の机などを巻き込みながら、カフェの壁に叩きつけられる。
「……ク、ソ……!」
悔しいやら、苛立たしいやら、もはやどの感情を吐き出せばいいのか分かっていないような、そんな呻きを上げていた。しかしそれすら、もうおしまいだ。
悲惨な音を立てながら、もう片方も──ジープも突っ込んできたのだ。
「ジープ! ……なんで、なんでこんなことに……!」
「……私たちが……赤ガヴなんかにぃぃいい!!!」
「上手くやったってことね。宇沢」
「はい!」
宇沢は変わらぬ大きな声を出し、ホイッピアの絞り袋を三回、強く握った。
《Whip Charge!》
「これで……終わりです!」
剣身が金色に輝いて、強大な力を蓄える。宇沢はいっそう姿勢を深くして──トリガーを引いた。
「はぁぁぁあああああ!!!」
直後、剣先から螺旋を描く奔流が放たれ、シータとジープを眩く照らす。それは彼女たちに、これから起こることを嫌でも強く想起させた。
◇
俺たちは生まれてからずっと一緒だった。味方が誰もいない場所に生まれてから──ストマック家に生まれてから、唯一心を預けられる相手だった。
いつもそばにいた。離れるなんて考えられなかったし、考えたこともなかった。考えたくもなかった。
これからもそうだと思っていた。ずっと、いつまでも、俺たちはそのままでいられると思っていた。
でも。
考えなきゃいけない時が来た。
「……ジープ」
俺の魂の片割れを見る。光に照らされた彼は、なんだかいつもより綺麗な気がした。
このままでは、ジープも死んでしまう。
気付けば、俺の身体は動いていた。
「ジープ!」
俺はジープを突き飛ばして──
「させる訳ないじゃん、そんなこと」
「──────」
「宇沢だけならまだしも。
──俺の身体はリングで拘束されていた。ジープに触れる直前で。
「……ははっ」
ジープもまた、同じやり方で動けなくされている。
どうやら終わりみたいだ。
「一緒に、終わりか──」
◆
身体がゆらゆらと揺れている不思議な感覚を覚えながら、私は目を開けた。
「やっと起きた?」
「……うぅ〜ん……あれ?」
辺りをキョロキョロ見回すと、少し視点が高い。正面には杏山カズサの後頭部。
「私をおんぶしているのですか!?」
「うわっ、いきなりデカい声出さないでよ!」
私の大声に驚いたのか、杏山カズサが少しだけ体勢を崩した。落下しないよう、反射的に回している腕に力を入れる。
「わわわ! 危ないです杏山カズサぁ!」
「ぐ……首……きつ……死ぬ……!」
「あぁ、ごめんなさい!」
慌てて腕の力を緩めると、私は背中の上で慌てながら必死に謝った。結構しっかり締め落とすところだったと青ざめる私に対し、杏山カズサは乱れた呼吸を吐き出していく。
「ところで……どうして杏山カズサはおんぶを?」
「……アンタが、必殺技撃った後に、倒れたんだよ」
「そうだったんですね。確かに言われてみると、全身に力が入りません……」
「今首絞められたけどね?」
呆れた溜息を吐きながらも、私を支える杏山カズサの手に力がこもり、背負い直される。身体の奥底から削り取られたかのような脱力感は、今までのフォームとは一線を画す、あの強大な力を──ケーキの力を解放した代償なのだろう。
「寮に帰ってるんだけどさ、それでいい?」
「ダメです!」
「は? なんで」
「私の家でスズミさんが待ってるんです!」
「……スズミさん? 待って、どういうこと?」
「私が二人に負けて山を滑り落ちた後、たまたま近くをパトロールしていたスズミさんと出会ったんですよ!」
「……あぁ。そういうことね」
納得がいったのか、杏山カズサは少し俯く。
「……宇沢と話すの、先越されたか」
「? 何か言いました?」
「いや、ただの独り言。場所知らないから、案内してくれない?」
「はい、分かりました!」
「積もる話はそこでね」
その時、夜の静寂を切り開くように、地平線の彼方から橙色の光が射し込み始めた。建物の形をなぞる朝陽は、私たちの影を長く引き伸ばしている。
人知れずグラニュートと戦い、誰に見届けられることもなく、ただ一人で静けさの中へと帰る――それが、これまでの私の日常だった。けれど、背中越しに伝わってくる体温が、その孤独を優しく塗り替えていく。
今日は──今日からは、きっと違う。
「……あ、宇沢」
ふと脚を止めたカズサが、小さく私へ振り返った。
「誕生日。おめでとう」
朝の透き通った空気の中で紡がれたその一言は、思いのほか優しく、温かい。
「……ありがとうございます!」
私の顔がじんわりと熱を帯びた。
それは陽光のせいか、それとも。
ここまで読んでいただきありがとうございます。これにて第一章は終わりです。
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