◆
「俺はシータ・ストマック。お前が日夜潰してるバイトの雇い先──ストマック社の仕入れ担当だ」
「ストマック……貴方が……!!」
「へぇ、俺達のことは知ってるみたいだな?」
彼女は唇の端を不敵に吊り上げた。
直後、視界がぐらりと揺れて私の身体が宙に浮く。脇腹に蹴りを入れられ、サッカーボールが如く飛ばされたのだ。
地面に叩きつけられる寸前、私は反射的に手足を伸ばしてなんとか受け身を取った。次の一手の警戒のためにすぐさまシータに注視するが、彼女には一切動く気配が感じられない。絶対的な自信、それに伴った余裕と形容するのが適切だろう。
いずれにしても、距離が離れた今の状態であっても緊張の糸は緩められなかった。
「……トリニティの皆さんを攫って、何も知らない方々を言いなりにして……!!」
「闇菓子の話か?それなら俺達のせいじゃない。あいつらが勝手に求めてるだけだ。それにな──」
「お前に口出しする権利はない。そうでしょ?シータ。」
瞬間、視界の端に何やら黒い影が見えたかと思うと、黒いフードと仮面を付けた2人──エージェントが姿を現した。片方は青い光を、もう片方は白い光を放っており、後者が四角いフォルムの拳銃を握っている。
そして、シータに近づき、その肩に両手を乗せる者が1人。
「……貴方は」
「ジープ・ストマック。シータと私は、2人で1つなの」
彼女はまるで世界に自分達しかいらないとでも言うような、尊大な笑みを浮かべた。
「私達、ずーっと暇だったのよ。ランゴ兄さんからつまらない仕事ばかり渡されて……もううんざり」
ランゴ兄さん。また知らない名前だ。恐らくだが、まだまだ私の知らない誰かが裏で糸を引いているのだ。
「でも、そんな時にお前が現れた。俺達のオモチャになりそうなお前がな」
「私が……オモチャ?」
「そうよ」
シータが大きなフリルをはためかせながら左手を挙げ、軽快に指を鳴らした。
「赤ガヴ。暇潰しに、お前で遊んであげる」
その合図を受け取り、2人のエージェントが同時に動き出す。私はパーカーに付いたジッパーを開き、急いで眷属をセットした。
「変身!!!」
《Poppin’gummy! Juicy!》
その直後、青いエージェントが迷いなく一直線に突っ込んでくる。彼の右手は寸分の狂いもなく私の顔面を捉えようとしていた。
来る──!
私は息を呑み、わずかに腰を引きながら身体を左に捻る。拳が私の頬をかすめた。間一髪だ。
そこから左足で強く踏み込み、バットを振る要領で左拳を振った。
「──たぁっ!」
私のカウンターパンチは彼の腹部に吸い込まれるように命中する。重い、確かな手応えがあった……のだが。
彼は一切怯むことなく、今度は左手で私の顔をむんずと掴んだ。
「えっ、効いてな──!?」
拘束から逃れるために両手で左腕を掴んだ瞬間、物凄い腕力によって背中を地面に叩きつけられる。あまりに突然の衝撃ですぐには動けず、その間に青いエージェントが馬乗りの体勢になった。
追撃として私の胴体に振り下ろされた拳を、それぞれ両手でなんとか受け止める。
「ぐぅッ……中々手強い……ですがッ!!」
私は腹からガヴガブレイドを射出し、青いエージェントを吹き飛ばした。それから急いで立ち上がり、床に転がったそれを握ろうと手を伸ばす。
しかし、変身によって広がった視野が遠距離からの銃弾を視認した。明らかに私の腕を狙っている弾道だった。
「──くっ」
剣まであと少しといった所で腕を引き、連射された銃弾を回避する。それらは私の代わりに剣にぶつかり、遠くへと跳ね飛ばした。
「押されてんぞー赤ガヴ!もっと気合入れろ!」
「殺されたくないでしょ?なら頑張らないと!」
シータとジープが愉しそうに声を戦場へと投げ入れる。その声は妙に晴れやかで、まるで競技場のスタンドから届く歓声のようだった。無責任で、空っぽで、こちらの生死になど一切頓着しない、ただの娯楽としてしか見ていない声色。
「貴方達は……どうして、そんなに薄情でいられるんですか?」
「薄情?あははっ!!お前がそれを言うの?」
ジープはあからさまに肩を揺らし、大げさに腹を押さえて笑い出す。目尻に浮かんだ笑い皺が、余計にその嘲りを濃くした。
「お前だって、ウチで雇ったバイトを殺しまくってるくせに!!」
その言葉が、腹の底にひどく冷たいものを落とす。それはぐにゃぐにゃと形を定めずに膨張し──胸の中にある何かを崩した。いや、正確には崩したのではない。ひび割れた。表面の理性が、静かに、しかし確実に、亀裂を広げていったのだ。
確かに私は殺した。グラニュート達の命を奪い、生を終わらせた。それは否定しようのない事実だ。
だが、それは彼らが闇菓子に魅入られ、トリニティの平和を脅かしていたからだ。どんなに善良なグラニュートだろうと関係なく、その性格すら捻じ曲げ、運命を弄ぶ危険な食べ物を食べてしまっていたからだ。
『どうしますか?』
楽しんで殺したことなど、一度もなかった。
選択肢を提示する度に祈っていたのだ。彼らはどこかで止まれるんじゃないかと。きっと、ここからやり直せることもあるんじゃないかと。
『闇菓子を、諦められる訳、ねェだろうが!!!』
けれど、その祈りは届かなかった。
彼らがグラニュート界で頑張っていれば、先の未来に幸せな人生が待っていたかもしれないのに……その可能性を根こそぎ奪われて、いいように使われて。挙句の果てに、ジープ達が私を馬鹿にするための材料なんかにされて──!!
「貴方達のせいでめちゃくちゃにされた皆さんを、そんな下らないことのために使うなッ!!!」
気づけば拳が固く握られていた。ぎりぎりと歯を食いしばる音が自分の頭の中で反響する。身体の奥から爆発した熱が、皮膚の下を這い回った。
怒りだ。
「もう、貴方達の好きにはさせません!!」
その瞬間、まるで答えるように、私の決意を感じ取ったかのように、眷属が私の胸元へと飛び込んできた。それをキャッチし、ガヴにセットする。
《Snack!》
《Eat Snack!Eat Snack!Eat Snack!》
レバーを回す。薄く揺らめく透明な膜が私の全身を包み込む。その内側では、黄金色の粒子たちがひらひらと舞っていた。それらはチップスのように軽やかな形をしていながら、触れれば焼かれそうなほどの熱を持っている。
「私が終わらせるんです──リツさんから頂いた、この力で!!!」
その啖呵と共に私はボタンを押し込んだ。
直後、眼前の光景が一変する。膜が破れ、黄金色のエネルギーが奔流となって迸った。
それは一直線にガヴへ吸い込まれたかと思うと、私の周囲を嵐のように渦巻き、うねる。胸元、次いで肩、そして頭へと──幾重にも重なりながら重厚な鎧を形成した。
だが、それで終わりではない。
圧縮された力が今度は両腕へと流れ込んでいく。神経の一本一本にまで染みわたるような、熱く、鋭く、そして確かな感触。それは掌の中で膨れ上がり、嵐を纏って姿を現した。
やや湾曲した、三日月のような二振り。
吸い付くように良く馴染んだ。
《ZakuzakuChips!Zakuzaku!》
腰を落とし、刀を構えながら状況を俯瞰する。
1本道、6m程先に格闘タイプ。射撃タイプは更に1m程先。シータとジープは彼らを退けた後だ。打破するためには、とにかく近づくしかない。
「姿を変えた……報告に上がってた通りね」
「ま、俺達の眷属に敵う訳ねぇけど」
地を蹴った瞬間、再びエネルギー弾が放たれて私を襲った。顔に2発、胴体に3発──だが、この程度なら問題ない。それらは核を失えば霧散する。
私は弾の軌道を読み、正面から全弾を斬った。そしてザクザクと軽快な音を鳴り響かせながら、ファイティングポーズをとった格闘タイプへ接近する。丁度、彼で射線を切る形だ。
「覚悟!!」
両手の刀を肩の高さから振りかぶる。そして、そのまま一息に振り下ろした。
右上から左下へ、左上から右下へ。二振りの刃が空中で交差し、空間に巨大な『X』の軌跡を刻む。完全に首を斬った──そう思った。
しかし、次の瞬間、眼前の姿が下へ沈み込む。
読まれていたのだ。敵は一瞬で判断し、その場にしゃがみ込んだ。斬れたのは仮面に生えた2本の角だけ。
「まだまだぁ!!」
手首を捻り、今度は横一直線に切り払う。鋭い斬撃が風圧を巻き起こし、空気を裂いた。
だが、足裏に溜めたバネを解放するように、彼の体が真上へと跳ね上がる。まるで重力が消えたかのような垂直の跳躍。私の斬撃はその下を虚しく通過し、視界の上方に影が落ちる。
見上げた瞬間、蹴りが飛んできた。足裏が一直線に私の顔面を狙い、躱す間もなく、そのまま打ち込まれる。
衝撃と共に視界が揺れた。足が浮き、思考が追いつく前に体が後方へと跳ね飛ばされた。踵で地面をがしりと掴み、転倒はなんとか防いだが……視界の端が光る何かを視認する。
「射線が──」
腹部に4発。先程と違い、軌道が直線に並んでいない。体勢が大きく崩れているために、斬るのは間に合わない。
2発ずつ、私は咄嗟に左右の刀で受け止めた。衝撃が腕を駆け上がったその瞬間、刀は悲鳴すら上げる暇なく破片となって飛び散る。刀身が……砕けた。
「えっ、脆くないですか!?」
悲鳴まじりの叫びが漏れる。なぜ砕けた?理由を考えなければ。しかし、そんな余裕はない。敵は悠長に待ってはくれない。
格闘タイプがこちらに近づく。距離は1mを切っていた。次の瞬間には、確実に腕を振りかぶるだろう。せめてダメージを軽減しなければ。両腕を盾のように構えれば、多少はマシになるだろうか?刻一刻と悪化していく状況に対し思考を巡らせ、思わず両手に力が入る。
その時だった。
眩い閃光が柄の部分から走った。先程までをなかったことにするかのように、仕切り直しとでも言うかのように、全く新しい刀身が持ち手の部分から生え、伸びたのだ。
「新しく……なるほど!!」
簡単に砕け、簡単に再生する。潔いとも形容出来るその性質──それこそが、この刀の目的なのだ。
「超攻撃的!防御が脆い分、手数で押せということですね!!」
直後、十分に近づいた格闘タイプが私の胸部に向かって右腕を振る。私はそれに対して左の刀を立てて持ち、ストレートパンチによって刀身を砕かせた。
「この刀はただの刀ではありません。そもそも、切る必要すらなかったんです──」
拳骨が鎧に届く寸前、左手に力を入れる。凄まじい速度で持ち手から飛び出した刀身は、振り抜かれた右腕を切断した。
「──こうすれば、簡単に貫通しますから!!」
支えをなくした右の拳が力なく装甲に触れる。この瞬間は間違いなくチャンスだ。私は右の刀を彼の頭上に振り下ろした。
しかし、その一閃は横槍に砕かれる。右側からエネルギー弾を発砲されたのだ。
今度は左の刀を地面に平行に構え、居合斬りに似た型で振り抜く。これならいける──そう思った瞬間、再び一閃が砕かれた。割れた破片の中から先程切断した右腕がちらりと見え、彼が落下していたそれを自ら蹴り上げたのだと理解する。凄まじい執念だ。そう形容する他なかった。
「だったら……!!」
私は振り下ろした右手でガヴのレバーを回す。
《Charge me!Charge me!Charge me!》
射撃タイプも拳が届く距離まで近づいていた。右側にいるのだから応戦は出来ない。早くチャージを完了させなければいけない。
だが、あと少しの所で右手を押さえられた。まだ切断していなかった、格闘タイプの左手だ。
「……それでも!!!」
私は足裏で強く地面を踏み、跳び上がって宙を回る。この状況、決して詰んではいない。レバーの回転を止められるのならば、ガヴを回転させるだけだ。
「私は諦めません!!!」
空中でボタンを押し込んだ瞬間、両方の刀身がひとりでに砕ける。そしてそれは変身の時と同じように渦を巻き始め、肉薄している2人のエージェントを激しく斬りつけた。
大きな、大きな隙だ。
着地してから柄を強く握れば、マシンガンじみた破片の連射が絶えず行われる。気付いた頃には、二振りの刀身はとっくに嵐を体現していた。
私は深く息を吐き、大剣と化したそれを振り抜く!
《ZakuzakuChips!Finish!》
「はぁぁぁああッ!!!」
無数の刃が吹き荒れ、あらゆる軌道を通り抜けた破片が跳ねるようにエージェントの身体へと打ち込まれていく。そうして、激しい爆発音と共に終わりを迎えた。
「嘘……でしょ……!?」
「俺達の眷属が……!!」
シータとジープはこの結果を予想できなかったようだ。口をあんぐりと開け、激しく動揺した感情を声に出している。
私は一歩前に出て2人に強く言い放つ。
「どうしますか?二度と皆さんに手を出さないか……それとも私に倒されるか!!」
「……偉そうに生意気な事言いやがって!!」
「このままで済むと思わないことね!!」
彼女達はそれだけ言い残し、この場を立ち去ろうとした。
当然、このまま取り逃がす訳にはいかない。私は2人を捕まえるために地を蹴った。しかし、
「後ろの人間。そいつを殺されたくないなら黙って止まれ」
シータにそう言われて思わず歩を止める。真実であれ嘘であれ、皆を守るのが最優先なのだから止まるしかないのだ。その隙に、2人は視界の外へと逃げていった。
「……はぁ……はぁ。ひとまず勝てましたね。大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」
警戒を緩め、民間人の無事を確認するために振り返る。その子は──
「──え?」
彼女は私に話しかけられても怯えたりせず、その代わりにじっと見つめていた。睨むと表現する程ではないが、私という存在を値踏みされていると直感する。
いや、そんなことはどうだっていい。黒いパーカー、ピンクの耳。私が見間違えるはずがない。
杏山カズサだ。杏山カズサがそこにいた。
──────────────────────
◇
「ごめんなさい。戦いの邪魔をするつもりはなかったんですけど……」
私は目の前の仮面ライダーに対し、努めて冷静に言葉を返した。とてつもない攻撃をしていたり、突然姿が変わったり、正直声を上げたいことだらけだが、ここはぐっとこらえて丁寧に会話を進めておきたい。
「少しお話を伺ってもいいですか?」
敬語を崩さず、物腰柔らかに。知りたいだけだと伝わりさえすれば良い。
「……えー、っと」
彼か彼女かも分からないが、仮面ライダーは返答に困った様子を見せた。何か知られたくないことでもあるのだろうか。だとすれば、聞き取りは中々難航しそうだが。
「その……私が怖くないんですか?」
沈黙から数秒、意外な質問が投げかけられる。そう話す仮面ライダーの姿は……なんというか、すごく背中が小さく見えた。
「いえ、全く。調べた限りでは、貴方は私達を守っているみたいですから」
「……そうですか」
「ネットでは、『仮面ライダー』なんて呼ばれてますよ?」
「えぇっ!?そんなにカッコいい名前なんですか!?」
いきなり元気な声を出され、身体がビクッと跳ねる。想像以上に勢いよく食い付いた。
「はい、そうなんです。それで、いくつかお聞きしたいことがあるんですが」
「はい!なんでしょう?」
しめた。仮面ライダーは私からの質問に乗り気だ。まずは化け物について、それから宇沢のことを──
「もー、やっと見つけたよ!!」
その時、私の背後から低い女性の声が聞こえた。少し掠れて……大人っぽい声だ。誰だろうと思いながら振り返る。
「君、その姿は一体なんなんだ!!他のグラニュートとは明確に違うみたいだし……なぁ、ちょっとだけ身体をイジらせてくれ!悪いことはしないからさぁ!!」
「え?……うわぁぁぁ!!!」
彼女はかなりのスピードを出して私達に──いや、より正確に言うならば、仮面ライダーに近づいた。私は彼女によるタックルで脇に飛ばされる。壁にぶつかった背中が痛い。
「いたた……アンタ、いきなり何?」
言いながら2人の方を見る。走って来た彼女は、断りもなしに仮面ライダーの全身を隈なくベタベタ触っていた。
「なるほどなるほど、君の身体はこの組成が主なのか!そして、腹部に付いているのは──」
「ご、ごめんなさーーーい!!!」
彼女の奇行に耐えきれなくなったのだろう。次の瞬間、仮面ライダーが大きな声で謝罪をしながら、どこかへと走り去ってしまう。
「なっ、待ってくれー!!まだサンプルの採取が出来ていないんだぞ!?」
私は、その状況を唖然として見ることしか出来なかった。
「……は?」